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第1100話

作者: 夜月 アヤメ
光莉は、まる三日間も意識を失っていた。

再び目を覚ましたとき、自分が病室のベッドにいることに気づいた。

全身が、骨ごとバラバラにされたみたいに痛い。

頭は霞がかかったようにぼんやりしていて、瞼も重く、なかなか開けられなかった。

鼻をくすぐるのは、薄く漂う消毒液の匂い。

ほんのりと温かいタオルが、やさしく目元を拭ってくれる。その感触に導かれるように、光莉の目がゆっくりと開き、視界が徐々にクリアになっていった。

顔をそっと横に向けると、ベッドのそばに座る成之が目に入った。不安そうにこちらを見つめている。

光莉は唇を動かした。何か言おうとしたけど、声にはならなかった。

成之はタオルを置き、そっと囁くように言った。

「やっと目が覚めたな。水、持ってくる」

そう言って立ち上がり、コップにぬるめの水を注ぎ、慎重に光莉を支えて上体を起こすと、その水を口元まで運んだ。

光莉は何口か水を飲み込んだ。喉はひどく痛んで、すぐに激しく咳き込む。成之は慌てて背中を軽く叩いてやった。

彼女の身体は、動かすだけでひどく痛んだ。

成之はベッド脇の呼び出しボタンを押した。

すぐに医師が入ってきて、彼は横に控えたまま診察を見守る。

「村崎さん、伊藤さんはしばらく安静が必要です。極力ベッドから起こさないでください。二十四時間、誰かが付き添うようにしてください」

「わかりました。他に問題がなければ、お任せして構いません。お疲れさまでした」

医師たちは静かに部屋を出ていった。

成之は再びベッドに戻り、光莉のそばに腰を下ろす。そして、彼女の手をそっと握った。

「もう大丈夫だ。これからは、絶対に君に傷ひとつつけさせない。藤沢家にも、君が無事だって伝えてある」

光莉は口元をわずかに引き上げた。

「これで......無事って言えるの?」

成之は視線を落とし、沈んだ瞳で囁いた。

「......ごめん」

「なんで、謝るの?」光莉の声はかすれていて、掠れた喉が言葉を押し出すようだった。

「......俺の母親が、君にあんなことをした。だから......謝らせてくれ」

「......あなたの母親、ね」光莉は歯を食いしばるようにして言った。「じゃあ......これから、どうするつもり?」

成之は、わずかに眉をひそめた。目の奥には、どうしようもない困惑の色が浮かんでいる。

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