慎一は、今となってはもう、こういう出来事を目にしても怒りや恨みなんて感じなくなっていた。ただ、どうしても理解できなかった。自分なりに家族を守ろうと、必死にやってきたつもりだったのに。けれど、願いとは裏腹に、現実はそれを裏切った。頭のどこかでは、何か反応しなきゃと思っているくせに、それすらもできない自分がいる。私は疲れ切った体を椅子に預けて、片手で頬杖をつき、彼をじっと見つめていた。彼がどう反応するのか、待ち続けていた。やがて、彼は書類の山から顔を上げ、無表情のまま私と視線を合わせた。どれくらいの時間が流れたのかわからない。慎一はもともと、思い立ったらすぐ行動する、決断力のある人だった。でも、私たちの間に流れる沈黙は、少なくとも二、三分は続いていた。彼は両手を震わせながら机に突っ伏すようにして立ち上がり、そのまま振り返りもせずに部屋を出ていった。去り際、彼はこう言い捨てた。「あの女のことには、もう二度と関わらない」私には、それがまるで「あの女はもう、俺の母親じゃない」と言っているように聞こえた。逃げ出す、という表現がぴったりだった。霍田夫人は、確かに雲香のために罪をかぶった。でも、彼女がやってきたことはそれだけじゃない。私は慎一の苦しみがわかる気がした。だから、彼女が私に薬を飲ませたことは、敢えて彼に伝えなかった。もし彼が、そのせいで私と彼の子どもを失ったと知ったら、きっと彼はもっと壊れてしまうから。これで全て終わったと思っていたのに、耳元にまた慎一の忠告が響いた。会議室のドアのそばに立つ慎一。細長い指先でドアノブを握りしめ、指が白くなるほどの力で私を睨みつけて言った。「あの女に何をしようと、俺は口出ししない。でも、雲香にはもう手を出すな!」私は驚いて顔を上げた。慎一の瞳は、すでに血の色を帯びていた。「俺が、ちゃんと雲香を守る。二度と、お前の前に出さないようにする」声を抑えようとしても、その声はいつもよりずっと大きく震えていた。「佳奈……お前が俺を恨むのはわかる。俺の周りの人間を全部追い出したいくらい憎んでるのも。でも、俺にはもう妹しかいないんだ。文句があるなら、俺に直接ぶつけろ!」慎一は少し上を向き、喉仏が大きく動く。小さな声だったが、決意がこもっていた。「命でも何でもくれてやる!」その瞬間、私
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