All Chapters of 婚約崩壊寸前！初恋は遠ざかれ: Chapter 71 - Chapter 80

慎一は追いかけてこなかった。彼にはもっと大事なことがあった。雲香が待っていたからだ。私は軽舟と留置所の前で別れ、振り返ろうとしたとき、彼が「佳奈」と私の名前を呼び止めた。振り向くと、彼は帽子の影から鋭い顎を引き締めて私を見つめていた。私は微笑んで、「今回はあなたのおかげね。この件が片付いたら食事をご馳走させて。あなたみたいに忙しい人、時間を取ってくれるかしら？」と冗談めかして言った。彼は軽く頷き「大丈夫、行くよ」と柔らかく答えた。私は安心して、「いいわ、その時は絶対に来てね。あなたの仲間も連れて、私が奢るから」と言った。彼は少し呆れたように首を振って「別に飯のために手を貸したわけじゃない」とつぶやいた。「そんなこと分かってる。そうじゃなきゃ、私が困ったときに頼るのもあなたじゃなかったはずだもの。助けてくれたこと、本当に感謝してるの」私がそう言うと、軽舟は一瞬戸惑ったように頷いた。「佳奈」彼は再び私を呼び、痛々しげな表情で言った。「あなた、もうその仕事はやらないって言ってなかったか？どうして巻き込まれたんだ？」その言葉に、私は一瞬返す言葉を失った。あの頃、私が実習を終えたとき、被告人は私を指導していた先輩弁護士に標的を移したため、私のような新人にはもう軽舟の保護は不要だった。私は学校の前のカフェで彼にコーヒーをご馳走し、お礼を言い、これを機に別れを告げた。その時、彼が私を助けてくれたことに感謝し、もう彼の時間を取ることもなくなると伝えたので、彼が喜ぶかと思ったが、彼はむしろ「どうせ弁護士を続けるなら、厄介ごとは付き物だから守ってやるさ」と笑った。軽舟がその話をするまで、そんな出来事すら忘れていた。あの頃、彼は訓練で日に焼けた肌に白い歯が映え、その笑顔が強く印象に残っていた。慎一との関係が決まり、実習を終えることも家族からの決定だったため、彼に私は弁護士になるつもりはないと告げた。卒業後は結婚して専業主婦になるから、守ってもらう必要はないと。「好きな仕事をすることで、幸せになれるって言ってたよな？」当時、法律事務所から学校に戻る夜道で、刑事について軽舟に質問するのが常で、彼はまだ新米だったからほとんど答えられず、次第に私が一方的に話すだけになった。彼はあまり聞いていないだろうと思っていたが、まさか今

慎一は私に近づき、冷たい目で睨みつけて言った。「俺たちの関係は、そんな簡単に終わるものじゃない。たとえ俺たちが終わっても、君と雲香の間には、もっと複雑な問題がある」彼の論理がどうしても理解できなかった。なぜ、一生愛し合えない運命の二人が、互いに苦しめ合い続けなければならないのか。人生はたかが数十年。うまくいったとしても八、九十年で終わる。私の父も四十六歳で亡くなった。だから私は、もう慎一と無駄に絡み合い続けたくはない。私は彼にすでに二十年を費やしてきた。慎一は愛について語ることを拒むが、私は彼を愛していたことを否定できない。彼との今の関係は、昔の一方的な恋よりもずっと苦しく、痛みを伴うものだった。いつまでも一人の人を愛し続けることはない。だから、今こそ抜け出したいのに、今になって難しくなってしまった。「私と彼女の間には、話すことなんて何もないわ。借りがあるとすれば、霍田家の妻の座を譲ることくらい。でも私はその座をもう手放したのよ。それを彼女に与える気がないのは、あなただけでしょ」慎一の手が拳を握りしめるのが見えた。彼の心の中の汚い思いが見透かされて、気まずさを覚えたのだろうか。「あなたはその座を譲るつもりなのか、それとも他の男の妻になるのが待ちきれないのか？康平か？夜之介か？それともあの軽舟か？」その言葉と共に、慎一の顔がますます私に近づき、私は手で押しのけようとしたが、逆に彼に手首を捕まれた。その目に浮かぶ見たこともない怒りに、一瞬で視線を逸らし、心に鈍い痛みが広がった。彼にとっては、長年愛してきた妻が関係が破綻するや否や、すぐに他の男と関係を持とうとしているように見えているのだろう。私がそんな人間だと、彼は思っている。「佳奈」彼は私の顎を掴み、無理やり私を見つめさせて囁いた。「俺の世界には離婚なんてない。あるのは死別だけだ。俺が手にした女は、他の男に渡すつもりはない」彼は強く私の頬を掴み、顎が固定されて口を無理やり開かされ、反論しようとしても呻き声しか出せなかった。「佳奈、お前って本当にそそる女だな」彼は私の舌先に触れ、その指先に長く伸びた透明な雫が、夕陽を浴びて輝いていた。次の瞬間、彼の舌が私の口の中に強引に侵入してきた。私が口を閉じさせないようにし、舌先で追いかけっこするように弄んでいる

慎一は私が思っていた以上に手際が良かった。母の雪乃が言っていた通り、慎一はずっと待ち続けていたのかもしれない。母との電話が決裂した瞬間、彼は一切ためらわずに行動を始めた。スマホを手に取り、慎一に電話しようかと迷ったが、やめた。どうせ私に何を言ってくるのか？得意げに、私の弱さを嘲笑うだけだろう。私はパソコン画面に視線を戻し、夜之介が送ってくれた資料を、不満そうにじっと見つめた。雲香の友人、名前は曲井玲子。二人は同じ名字という縁で大学で出会い、親友になったらしい。玲子は今回の事件で身代わりとなり、全ての責任を自ら負い、事件に雲香は関係ないと証言している。彼女も大学生で、両親は離婚している。家族の愛情に恵まれず、雲香との友情が彼女の心の支えになっているようだった。この少女が自ら罪を認めたのか、それとも慎一が何か条件を提示して彼女の人生を犠牲にさせたのかは分からない。だが、こうして罪を被ることで、彼女の人生の半分が無駄になるだろう。資料をさらにスクロールしても、良い知らせは一つもなかった。亮介もまた証言を翻し、雲香とではなくずっと玲子と連絡を取っていたと主張した。同じ姓の「曲井さん」と呼んでいただけで、二人を区別していなかったと言うのだ。全体として、一見すると破綻しているようで、どこか筋が通っているようにも見える構成になっている。最も予想外だったのは、事件の交渉を引き受けてくれていた夜之介が、もう私を手助けできなくなったという事実だ。理由は簡単で、それは康平が夜之介の上司だからだ。上司の命令に逆らうわけにはいかない。数日前、留置所から出て行く彼の苛立った背中を思い出さずにはいられなかった。まるであれが幻だったかのようだ。私のために頭を剃ったのは彼ではなく、いつも私と対立しようとする康平が戻ってきたかのようだった。彼とは電話で話すのが苦手で、Lineのトーク履歴も数年前で止まっている。あの頃、私は慎一と結婚したばかりで、幸せな幻想に浸っていた。康平が結婚に関する不幸な記事をしつこく送ってきて、私は慎一のために彼をブロックした。私は彼にメッセージを送り、会って話がしたいと誘ったが、心の中で拒絶されるのが怖かった。驚いたことに、康平は直接ビデオ通話をかけてきた。私は通話ボタンを押した。画面に映った

私の言葉に、部屋の中の人々の表情が変わった。大人になってから、康平と関わることはほとんどなかったので、この部屋にいる大半の人は私のことを知らないだろう。それでも、明らかに好奇の視線がこちらに向けられていた。おそらく、康平の友人たちは彼のSNSで私のことを見て、私と彼が犬猿の仲だということを知っているのだろう。康平が何か言う前に、若い女性が立ち上がった。彼女は康平の隣に座っていて、二人の距離が非常に近いことが分かる。康平が少し肩を動かせば、彼女の脚に触れそうなほどの距離だ。康平の好みの女性がどんな人なのか、少し興味が湧き、彼女をじっと見つめた。彼女は妖艶な顔立ちをしていて、淡いメイクでも目元には凛々しい雰囲気が漂い、指先には鮮やかなピンクのネイルが光っていた。彼女は康平と同じようにグラスを床に叩きつけ、勢い余ってガラスの破片が私の足元に飛び散った。幸いにも、私はスニーカーを履いていた。動かずに立っていると、彼女は私が怯えたと思ったのか、赤い唇に勝ち誇った笑みを浮かべた。「康平の席で、酒一杯で逃げられると思ってるの？」彼女は鋭い目で私を睨みつけ、その言葉には明らかに棘があった。横にいる男たちも、誰一人として動かず、悠然と座っていた。康平は慎一に酒を注ぎ、数日前には殴り合いをしていた二人が、今では兄弟のように楽しげにしている。慎一の微笑みには、弟のわがままを許す兄のような寛容さが漂っていた。まるで、康平が謝れば彼を愛してやる、といった表面的な寛容さだった。さすが、ビジネスの世界には永遠の敵がいないというだけのことはある。私を困らせている彼女の声は大きく響いたが、周囲の人々はまるで何も聞こえていないかのように、視線すらこちらに向けてこなかった。それは、彼女を黙認し、私に対する嫌がらせを容認している証拠でもあった。彼女は私を上から下まで値踏みするように眺め、私の周りを一周した。その目には嫉妬や計算が浮かんでいた。しかし、私はこの場にいる二人の男すら恐れていないのだから、彼女など相手にする価値はなかった。私は彼女に軽く笑いかけ、次の瞬間、彼女を押しのけて部屋を出ようとした。周りの観客のような人たちは、まるで恐ろしい場面を目撃したかのように息をのんだ。背後から誰かが叫んだ。「彼女は康平の彼女だぞ！どうしてそん

慎一の言葉が響き、全員が驚愕に包まれた。彼が私を助けたことに驚いたのではなく、私が彼の妻だったことに驚いていたのだ。陽子は膝が崩れてソファに倒れ込んだ。「つ......霍田家の奥様だったんですか？」康平がいなければ、彼らが慎一のような人物と接することなどあり得なかっただろう。私の素性を知らなかったのも無理はない。康平は表情を固くし、怒りを抑えながら言った。「慎一さん、俺と佳奈の問題に口を挟むのはどうかと思いますが？」彼の最後の言葉は不満を隠しきれず、長く引き伸ばされた。つい先ほどまで「慎一兄さん」と呼んでいたのに、今はまた「慎一さん」ときた。まるで偽りの兄弟のようだった。私は慎一をじっと見つめた。先ほどは何も助け舟を出さなかったのに、今さら一体何を考えているのだろう？私はその厚意を受け取る気にはなれなかった。私は彼の手からボトルを取り返そうとしたが、彼は私を引き寄せて抱きしめた。見上げると、彼の唇の端から透明な液体が流れ落ち、喉仏が喉の動きとともにセクシーに上下するのが見えた。彼が一本飲み終えるまで、私を放さず、さらには私の額に唇を落とした。......彼の酒気を帯びた湿ったキスが、私の壊れた心をさらに濡らした。何か大きな悲しみが押し寄せ、私を飲み込みそうになった。彼は薄く笑って唇を動かした。「康平坊ちゃん、俺の妻を酔わせたところで、家で彼女の世話をするのは俺だろう？」彼はもう一本のボトルを手に取り、のんびりと続けた。「康平坊ちゃんにはわからないかもしれないが、酔った女というのは本当に手がかかるものなんだよ」周囲から賛同の笑い声が上がり、それはまさに慎一への賛辞だった。私は頭を垂れて恥ずかしさに耐えていたが、彼は私の顎に手をかけ、顔を上げさせた。彼が飲み干すたびに、その喉の動きがセクシーで、目を奪われるような誘惑が感じられた。「どうして......？」私は二人にしか聞こえない声で彼に尋ねた。彼は私を見下ろし、顔をつかんで公然とキスをしてきた。周囲の歓声に包まれ、彼は大胆に言った。「なんでもないさ。お前が俺のために康平と縁を切ったから、俺も手助けするのが当然だろ？」彼は得意げに微笑み、周囲には情熱的な夫婦として映っているに違いなかった。康平の目は、私に対して侮蔑の光を宿していた。「