凛はもう一度よく見て、首を振った。「ない」敏子は歩み寄り、娘と一緒に展示板の前に立った。「ここには、守屋園は一度徴用されたが、戦後に守屋家の子孫に返還されたと書いてあるわ。返還されたのなら、この庭園は私有地のはずよね」私有地なら、なぜすべての観光客に公開されているのか。それに入場料も取らないなんて、まるで慈善事業のようだ。なんとも不思議な話だ。敏子はそれ以上考え込まず、三人は東側の門を目指して歩みを進めた。この庭園は本当に広く、十分あまり歩いてようやく次の建物にたどり着く。建物の脇には小さな竹林があり、その外側には青い石畳が敷かれ、竹の奥深くまで道が延びていた。奥深い趣がある。そよ風が吹き抜けるたび、竹の葉がさらさらと鳴り、風までもがかすかに青竹の香りを帯びている。三人は案内板に従って歩き、慎吾はカメラを構えながら感嘆の声をもらした。「……見事だな」小さな中庭を抜け、狭い門をくぐった瞬間、視界がふっと開けた。広々とした平地が前方へと延び、その果てには堂々たる屋敷が静かに構えていた。彫り細工の施された梁や柱が連なり、堂々として気品漂う佇まい。正面中央には扁額が掲げられ、大きく「本館」と記されている。内部は立ち入り禁止で、外から眺めることしかできなかった。敏子はゆっくり近づき、黄色い線の手前でふと足を止める。その瞬間、脳裏に断ち切れた映像の欠片が閃いた。あまりにも一瞬で、掴みきれない。敏子は茫然とあたりを見回し、胸の奥で既視感がじわじわと膨らんでいく。……ここに、来たことがある?凛がまだ景色を眺めていると、振り返った敏子がその場に立ち尽くし、困惑の色を宿していた。「お母さん?」と呼びかける。「どうしたの?」慎吾も横顔を向けて声をかけた。「日差しが強すぎるのか?少し休むか?」敏子はふっと笑みを浮かべ、軽く首を振った。「なんでもないわ。ただ……ここって、本当にきれいね。もし住めたら、きっと気持ちよく暮らせそう」凛も笑みを返しながら口を添える。「ここは昔、実際に人が住んでいたのよ。庭園の前の持ち主が家族そろって長く暮らしていたの。あの頃は庭園はまだ開放されておらず、外部の人は入れなかったんだって」歩みを進めるうち、凛はこの場所の多くの建物に生活の痕跡が残っていることに気づい
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