広輝がすぐに口を開いた。「ご飯おごるよ!」「いいよ、おごってくれる人がいるから。次にして」すみれはそう言って、彼を避けて通ろうとした。広輝が追いかけてくる。「じゃあ送っていく?」すみれは足を止めた。「……本気?」「当たり前だろ!」「いいわよ。速く運転して」通勤時間に少しでも仮眠をとるため、すみれは今週ずっと自分で車を運転していなかった。広輝は助手席のドアを開け、それはそれは献身的だった。残念ながら……「後部座席に行くわ。横になりやすいから」「……はいはい」車の中、広輝はハンドルを握りながら、心の中で深く嘆いた。この世に、自分より健気な彼氏がいるだろうか。一時間もかけて彼女の仕事終わりを迎えに行き、そのまま別の男とのデートに送り届けるなんて。でも……もし送らなければ、すみれはとっくに姿を消していただろう。それに、残業を終えたばかりで我先に会いに行くほど夢中にさせているのが、いったいどんな男なのか――それも見てみたかった。後部座席に横になったすみれが言う。「何よ、急にため息なんかついて」「ため息なんてついてないよ?」と広輝が言った。「ついてたわ、さっき」「一週間も残業してたんだっけ?」「そうよ」すみれは手近にあった枕をつかみ、首の下に敷いた。――うん、これでずっと楽になった。「そんなに忙しいのに、テニスする時間はあるんだな」広輝はまた嫌味っぽく口にした。「悟が言ったの?」すみれは眉を上げて問い返す。「ふん!」「よく言えるわね。あんたとつるんでる悟や海斗って、みんな頭にちょっと問題あるんじゃない?」「……は??」「サーブのフォームを直してもらおうとコーチを頼んだら、悟がいきなり殴りかかって鼻を折りそうになったのよ。おかげで40万も賠償金払わされて……あれ、あんたと同じで頭がおかしいじゃないの?」「……コーチ?」「じゃなきゃ何だっていうの?」「へへ……別に……へへ……」「?」すみれは無言で目を見開いた。ため息をついたかと思えば、次の瞬間にはニヤつき出す。やっぱり頭おかしい!「住所まだ教えてくれてないけど、どっちに向かって走ればいいんだ?」と広輝が言った。「凛の家よ。道はわかるでしょ?」「凛?凛に会いに行くのか?!」「そうだけど?
Read more