All Chapters of 離婚協議の後、妻は電撃再婚した: Chapter 1061 - Chapter 1070

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第1061話

海外のビーチ。真奈はデッキチェアに身を横たえ、目の前には青い空と白い雲、果てしなく広がる海があり、砂浜には金色の砂がきらめいていた。サングラスをかけた真奈はスマホのカメラに向かってピースサインをして、そのままSNSに投稿した。写真には、顔の半分をピースで隠す真奈の横で、Mグループの芸能人たちが夢中で砂遊びをしている姿が写っていた。真奈のキャプションは――「青い空と白い雲と海、いたずら好きな社員たち、そして理想の社長」コメント欄はすぐに大盛り上がりになった。コメント1【社員旅行ってよくあるけど、海外まで連れて行くなんて!私もそんな社長の下で働きたい!】コメント2【あの!私の推しを全部さらっていくなんて!推しを返して!】コメント3【Mグループの芸能人たちが一斉に休暇……私の楽しみが消えた!】……一方その頃、英明は花柄の短パン姿でスコップを手に、場違いなほど必死に砂を掘り返していた。ぶつぶつと小声で文句を漏らす。「結婚式もまだなのに先に新婚旅行か?別に新婚旅行でいいけどさ!なんで俺が手配しなきゃいけないんだ?何十人も連れてきて何日も滞在させるなんて、ただじゃないんだぞ!」「兄さん、何ブツブツ言ってるの?」「別に!」英明は不機嫌だった。この出費は必ず冬城に取り返してやると心に誓っていた。その時、真奈がサングラスを外し、少し離れたところにいる英明を見やって、にこりと笑いながら言った。「福本社長のおかげで、うちの社員旅行費がだいぶ浮いた。さすが福本社長、太っ腹」その言葉に、英明は引きつった笑みを浮かべた。「いやいや!これくらいの金額、福本家なら問題ない。地元の人だから、当然のことさ!」だが内心では痛くてたまらなかった。胸がえぐられるほどの痛みだった。もし本当に家督を継いでいればまだしも、実際はその権限すらない。そんなふうに悩んでいると、そばにいた陽子が突然声を上げた。「わあ、パパから生活費が振り込まれた!あとでアクセサリー買いに行こうっと!」それを聞いた英明は思わず声を上げた。「父さんがお前に生活費を振り込んだ?じゃあ俺のは?」「知らないわ。パパ、兄さんには送ってないの?」陽子は首をかしげ、疑わしそうな顔をした。英明は慌ててスマホを取り出し、何度も画面を更新したが、口座の残高は一向に増えない。
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第1062話

陽子はにこにこと言った。「でもね、私のお小遣いは子どもの頃からずっと増えてるの。兄さん、怒らないで。今度パパに言って、兄さんの分も増やしてもらうよう頼んであげるから!」英明が悲憤に顔をゆがめているのを見ても、陽子は気にも留めず、軽く彼の肩を叩いた。「じゃあ私は買い物に行ってくるね!兄さんはここでのんびりしてて」そう言うと、陽子は鼻歌を口ずさみながら、跳ねるような足取りで去っていった。――その頃、海城。「ここ数日、Mグループの広告主は次々とうちに乗り換えてきています。今やMグループの芸能人は揃って活動休止状態ですし、彼らが抱えているいくつかのスポンサー契約も奪えるはずです。それに、Mグループの手持ちのリソースも、一か月以内にはすべて我々のものになるでしょう」高島は向こう側で現在の状況をありのままに報告した。「瀬川は本当に何の対策も打っていないの?」「対策はあります」高島は淡々と答えた。「白石がこのところほとんど休みなく働いています。真奈は白石を使って劣勢を挽回しようとしているようですが、明らかに効果は出ていません」「白石はMグループの看板スターだわ。瀬川にできるのは、白石を頼って高級ブランドの契約をつなぎ止めることくらいだろう。彼女が相手にしないような小さなスポンサーは、全部うちで引き受けるわ」美桜は頬杖をつきながら言った。「私の言った通り、すべて飲み込みましょう。スポンサーやCM、リソースがなければ、Mグループなんて中身のない骨組み同然。資金が尽きるのも時間の問題よ」「そのやり方は、少し相手を甘く見すぎているのではないでしょうか?」高島は冷ややかに言った。「瀬川が何もせずに滅びを待つとは思えません」「私もそうは思わないわ。でも、今の石渕プロダクションは勢いが頂点にある。スポンサーがみんなこちらへ流れてきているのは事実よ。瀬川にできることなんて何もないわ。Mグループの今月の収益を見てみなさい。うちの端数にも届かないもの」「Mグループのあの商業街は、彼らに莫大な利益をもたらします。スポンサー契約がなくなっても、Mグループの底力は侮れません」「その商業街は、私が手を出すのが一歩遅れただけ。でも、たとえ瀬川の手に渡ったとしても怖くはないわ。彼女は自分の縄張りを守ればいい。私は冬城グループを手に入れるだけわ。冬城グループ
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第1063話

黒澤は身をかがめ、ちょうど真奈の唇に触れようとした――その瞬間、寝室のドアが勢いよく開かれた。「遼介!真奈!ニュースを見て!」「……」「……」黒澤と真奈は抱き合ったままの体勢で、そろってドアの前に立つ伊藤を見た。伊藤は目の前の光景に固まり、気まずそうに咳払いをして視線をそらした。「おかしいなあ、こんな昼間にみんなどこ行ったんだ?下の階を探してみるか」そう言いながらドアを閉める直前、思い出したように声を上げた。「ニュースのトレンド1位だ!石渕プロのトップスター、小西利昭(こにし としあき)がファンを殴った!」その言葉を聞くなり、真奈はすぐそばのスマートフォンを手に取った。ニュースを見ると、トレンド一位は確かに「#小西利昭ファン暴行」というタグで、既にネット中に拡散されていた。真奈はトレンド一位を開いた。中にはファンが撮影した動画があった。動画の中で、ファンたちは会場外で小西の到着を出迎えており、横断幕を掲げた女性ファンも多かった。現場に混雑は起きておらず、騒ぎ立てるような様子もなかった。だが、小西はファンの「利昭!利昭!愛してる!」というコールを聞くと、手にしていたカップを床に叩きつけ、激しく罵倒した。「このクソどもが!仕事や学校も行かないニートばかりか!四六時中追いかけて『愛してる』ばかり言いやがって、ふざけんな!消えろ!全員消えろ!」前列にいた女性ファンは、小西にファンレターを手渡そうとしていた。だが彼はそれを奪い取ると、そのまま目の前で破り捨て、去り際にはその女性を突き飛ばし、最後にはアシスタントを置き去りにして立ち去った。「小西……前に白石からCMを奪った人よね。若くて勢いがあって、ファッションセンスもいいらしい。今や石渕プロの看板スターだったのに……まさか最初に崩れるのが彼だなんて」黒澤はニュース画面を見ながら口を開いた。「急に人気が爆発すれば、人の心は変わるさ。しかも、最近の石渕プロは広告案件がどんどん増えてる。それをこなせるのは小西しかいない。彼が断れば案件は他社に流れる。上の連中が、そんなおいしい話を外に出すわけがないだろう。前に智彦が言ってた。小西はもう三日間一睡もしていないって。それに飛行機の中でもファンに付きまとわれるらしい……それじゃ、ああなるのも無理ない。俺だったらとっくに壊れてるだろう
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第1064話

伊藤は思わず舌打ちをした。「たった数日で、ここまで効果が出るなんて早すぎるだろう」「効果が出るのが早いのは、あの子たちが感じてる落差が大きいからよ。もともとはただの素人だったのに、たった一ヶ月足らずで一気にブレイクした。そんなふうに急に持ち上げられたら、気持ちが浮かれるのも無理ないでしょ。そこに過剰なプレッシャーがかかれば、感情のコントロールを失っても不思議じゃないわ」そう言って、真奈は黒澤の腕にそっと手を回し、その肩にもたれた。「……って、これ全部うちの旦那に教えてもらったの。うちの人、すごいでしょ?」「……」「……」幸江と伊藤は、呆れたように顔を見合わせた。そのとき、二階から福本英明がゆっくりと降りてきた。下にいる面々に軽く手を振りながら、首をかしげて言った。「今日は何か特別な日か?こんなにうまそうなものが並んでるなんて」幸江は声を弾ませた。「初勝利のお祝い。石渕プロ、これから大変なことになるわよ」「……マジで?」真奈はふっと微笑んだ。「石渕プロの不運なんて、まだほんの序の口よね。これからもっと面白くなるわよ」――その頃、海城・石渕プロダクション。高島が静かに口を開いた。「本日だけで、広告主の撤退がすでに十七社にのぼっています。以前からの契約も次々と解除の動きがあり、小西に対する違約金の請求額は天井知らずです。もちろん、うちの資金力で支払えない額ではありませんが……これまで稼いできた利益は、これでほぼ帳消しになります」美桜は目の前に積み上げられた分厚い違約金関連の書類を見つめながら、眉をひそめた。「小西は今どこに?」「現在、管理下に置かれています。お会いになりますか?」「連れて来て」その言葉を受けて、高島はすぐさま階下に連絡を入れた。まもなくして、小西がマネージャーに付き添われ、美桜のオフィスへと連れてこられた。美桜は目の前に立つ小西をじっと見据え、冷たい声で問いかけた。「小西、私はこれまであなたに冷たくしてきたかしら?」小西はうつむいたまま、黙り込んでいた。「空港で自分が何をやったか、わかってる?会社があなたのせいで、いくらの違約金を背負うことになったと思ってるの?」「……その賠償金は、僕が払います」「あなたが?払えるとでも思ってるの?!」美桜は手にしていた契約書を、小西の目の
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第1065話

小西の背中が遠ざかっていくのを見つめながら、高島がゆっくりと口を開いた。「追わせましょうか?」「行きたいなら、行かせておけばいいわ。違約金なんて、あの子に払える額じゃない。どうせそのうち、自分から戻ってくるわよ」美桜は回転椅子にもたれ、そっと目を閉じた。まさかこんな大事な時に、小西が突然こんな問題を起こすとは、思いもしなかった。あのとき、小西ははっきりと自分の口で約束した。この業界の頂点に立つと。けれど実際はどうだ。ほんの少し風が吹き始めただけで、もう音を上げて逃げ出した。高島が様子を伺うように問いかけた。「この後、どうしましょう?」「他にも芸能人はいるわ。小西の持ってた仕事は、うまく割り振って。彼がこの大金を手放すって言うなら、欲しがる人なんていくらでもいるわ」そう言って美桜はゆっくりと立ち上がり、両腕を伸ばして軽く背中を反らせた。「少し疲れたわ。私の言葉、皆に伝えて――命がけで取りに行けって。成功すれば、その分の見返りはきちんと用意するから」「承知しました」高島はオフィスを後にした。その時、芸能人用の楽屋では――数人の芸能人が疲れ果てた様子で机に突っ伏していた。高島が部屋に入ってくると、そのうちの一人が顔を上げて尋ねた。「高島さん、もう帰ってもいい?」小西のスキャンダルが原因で、彼らも足止めを食らっていた。とはいえ、彼らはこの楽屋に閉じ込められ、外に出ることも許されていなかった。高島は淡々と口を開いた。「これから小西の仕事をあなたたちに割り振る。一流の仕事ばかりだ。今後はかなり忙しくなるかもしれないが……石渕社長がおっしゃっていた。あと二ヶ月頑張れば、それなりの見返りはあると」「え?まだあと2ヶ月も!冗談じゃないよ!」「もう限界……家に帰って寝かせてほしい」「高島さん、俺もう二日間寝てないんだよ。それにこれからツアーもあるのに、小西の仕事がどれだけハードか、誰だって知ってる。あれを全部押し付けられたら、こっちは命がいくつあっても足りないよ!」……楽屋には、あっという間に不満の声が渦巻いた。高島はそのざわめきの中、静かに、しかしはっきりと言った。「やりたくないなら、違約金を払って石渕プロを出てもらって構わない。でも、よく考えるんだな。確かに今はきつい。だが、あなたたちの手にあるのは
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第1066話

高島はざっと全員の顔を見回し、異論を唱える者がいないのを確認すると、黙って楽屋を後にした。その間、三日が過ぎた。小西は干され、姿を見せなくなったが、石渕プロダクションは何事もなかったかのように通常運転を続けていた。海外のビーチで。真奈はサングラスを外し、ビーチチェアから立ち上がった。前方の砂浜で楽しそうに遊んでいた福本英明は、真奈が立ち上がるのを見て不思議そうに尋ねた。「瀬川さん、もう帰るのか?」「ええ、そろそろ戻る時間よ」真奈は手にしていたサングラスを軽く放り投げた。その時、遠くの道路脇に黒澤の車が止まり、彼は歩いて真奈の前まで来ると、上着をそっと肩にかけて言った。「帰りのチケットはもう手配した。黒澤夫人、休暇は終わりだ」「帰る?帰るんだ!最高!」「休暇は終わりだ」の言葉にいちばん喜んだのは福本英明だった。彼は飛び上がらんばかりに興奮した。やっと終わった!この期間、自分がどれだけ我慢してきたことか。芸能人もスタッフも毎日うまいものを食べて贅沢三昧、そのすべての出費を負担していたのはこの自分だ。これで海城に戻れば、今度は自分が佐藤邸でダラける番だ。真奈はまだはしゃいでいるスタッフたちを一瞥し、落ち着いた声で言った。「みんな、そろそろ帰るわよ。戻ったら仕事が山積みだから、気を引き締めて。絶対に気を抜かないようにね」ここ数日、芸能人たちはすっかり羽目を外していたが、この瞬間ばかりはシャンパンやスコップを高く掲げ、口々に叫んだ。「社長、任せてください!この勝負、必ず取り返します!」真奈は思わず笑みをこぼした。美桜は人材を育てるという点では、確かに卓越した才能を持っている。けれど、人を育てられることと、人をつなぎ止められることはまったく別の話だ。真奈と美桜は根本的に違う。美桜は部下を道具や駒として扱い、自らは王座に座って盤面を支配する。だが真奈は孤立して戦っているわけではない。彼女の背後には、命を懸けて共に進める仲間たちがいるのだ。Mグループが通常営業を再開すると、ネット上はたちまち熱気に包まれた。空港では多くのファンが横断幕を掲げ、自分たちの推しの帰還を熱烈に歓迎していた。真奈はマスクとキャップでできるだけ目立たないようにしていたが、黒澤の存在感があまりにも強すぎた。そのせいで
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第1067話

真奈と黒澤は前の方でこそこそ何かを話していた。その一方で、福本英明は慌てて人混みをかき分けて抜け出そうとしていた。彼にとってファンの熱気を真正面から受けるのは初めての経験で、あまりの勢いに押されながら必死に叫んだ。「俺はお前たちの推しじゃない!違うって!ただの普通の人だ!普通の人だってば!」いくら声を張り上げても、周囲のファンは一向に引く気配がない。それもそのはず、福本英明の顔立ちはあまりに明るく整っていて、誰が見ても芸能人にしか見えなかった。一方その頃、幸江と伊藤の方はさらに悲惨だった。二人は絵に描いたような美男美女で、出かける時から目立っていた。幸江の大人びた魅力は多くの男性ファンを惹きつけ、伊藤の端正な顔立ちとトレンディなチャラ男風スタイルは、視線を集めないはずがなかった。こうしてMグループの面々は、ファンの熱狂的な歓声に包まれながら、二十分もかけてようやく空港を脱出した。「まいった……生まれてこのかた、こんな熱烈な歓迎受けたの初めてだ!女の追っかけって、ここまで狂ってんのか!」福本英明は顔についた口紅をぬぐった。誰かが首にしがみついて、勢いのまま頬にキスをしてきたのだ。「何言ってんのよ。あなたたち男だって、結婚してくれとか叫んでたじゃないの!どっちもどっちでしょ!」「え?さっき誰かが結婚してくれとか叫んでた?」伊藤は一瞬でカッとなった。「どこのバカ野郎だ!」自分だってまだ言ったことがないのに!「うるさい、あっち行け。私の前をうろつくな」幸江は伊藤を手で押しのけた。さっき空港であれだけ人が押し寄せた時、伊藤なんかより自分のほうがよっぽど役に立っていた。そう思うと、幸江は思わず肩をすくめてため息をついた。年下は所詮年下だ。肝心な時にまるで男らしさがない。一行が佐藤邸に戻ると、屋敷の中はやけに静まり返っていた。伊藤は通りかかったメイドを呼び止めて尋ねた。「佐藤さんはどこだ?今日俺たちが帰ってくるのを知らなかったのか?」「旦那様は本日お出かけになりました」「出かけた?」伊藤は首をかしげた。「こんな真っ昼間に、どこへ行ったんだ?」普段、佐藤プロの業務に佐藤茂が自ら出向くことはほとんどない。佐藤家で何か大きな出来事があっても、いつもオンライン会議で済ませていた。昼間から彼が外出するなんて
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第1068話

福本陽子は海城の名家同士の複雑な因縁までは理解していなかったが、ここ最近、美桜がずっと真奈を狙っていることだけは知っていた。今回の海外旅行だって、もとはと言えば美桜のおかげで行く羽目になったのだ。真奈は前に出て招待状を受け取り、静かに言った。「冬城家と福本家が手を組んだのなら、行ってみるしかないわね。石渕さんがわざわざ私たちを呼んだ理由……確かめてみましょう」夕暮れ時、ロイヤルホテルの外は華やかな人波であふれていた。誰もが知っている――石渕プロは今、海城で最も勢いのある新興勢力だ。それだけでなく、冬城グループとの提携も決まり、ネットでは美桜が冬城家の事業を継ぐという噂まで広がっていた。先日、小西の件で石渕プロは少なからず打撃を受けたが、もし冬城家との協力が本格的に進めば、その難題も一気に解消されるだろう。冬城家の事業を後ろ盾にできるなら、小西の件で受けた影響など取るに足らない。車を降りた幸江は、ロイヤルホテルの華やかな装飾を見上げて思わず舌打ちした。「へえ、石渕家って本当に派手なのね。ロイヤルホテルでここまで盛大な晩餐会を開くなんて、初めて見たわ」海城には高級ホテルがいくつかあるが、ロイヤルホテルで宴を開けるのは限られた者だけだ。真奈もその後に車から降り、水色のドレスの裾を整えながら尋ねた。「このドレス、どうかしら?」幸江はしばらく眺め、顎に手を当てて言った。「悪くないわね。でもどこかで見覚えがあるような……先日、海外のビーチで買ったやつじゃない?」「あの2000円ってやつ?」車から降りた伊藤は目を丸くして言った。「真奈、そのセンスはすごいな。そんな安物なのに、まるで海外ブランドみたいに着こなしてるじゃないか。今度コツを教えてよ?」真奈は困ったように肩をすくめた。「好きで着てるわけじゃないのよ。他に服がなかっただけ」飛行機を降りてすぐ佐藤邸へ直行したため、新しいドレスを仕立てる暇もなく、海辺で買った服でその場をしのぐしかなかったのだ。たった2000円なのに、意外と質は悪くない。「真奈のクローゼットって、俺の寝室二つ分はあるのにな……それで服がないなんて、よく言えるよな」伊藤はぼそりとつぶやいた。幸江は横から口を挟んだ。「何もわかってないわね。ああいうドレスは晩餐会で一度着たら、もう二度と着られな
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第1069話

幸江、伊藤、黒澤、そして真奈の四人が宴会場に足を踏み入れた瞬間、その華やかな登場に周囲の視線が一斉に集まった。続々と人々が挨拶に駆け寄り、会場の注目は完全に彼らに集中していた。そんな中、端のほうにいた福本陽子は、むっとした顔で福本英明の腕を引っ張り、不満をぶつけた。「兄さん!ここの人たちって、見る目なさすぎない?私たちのことを誰も知らないなんてありえない!」――私は福本家のお嬢様よ。海外にいた時なんて、みんなが私に取り入ろうとしてたのに。それなのに海城に来たら、ただの付き添いみたいな扱いなんて、あんまりじゃない?「落ち着けって。あの瀬川だって、前に海外に来た時は同じように脇役扱いだったろ。こっちは彼女のホームなんだから、分が悪いのは仕方ないさ」福本英明は根気よく妹をなだめた。福本陽子は不満げに唇を尖らせたまま言った。「まあ、それも一理あるけど。でも私は福本家のお嬢様よ?最低限のリスペクトは必要でしょ?兄さん、海城に支社出してよ?絶対にMグループより大きくしてね!」「……」福本英明は口元をひきつらせた。お嬢様、本当に冗談がお上手で。Mグループより大きい?あのグループの背後には、海城を牛耳る四大家族が控えている。どの一家も手出し無用の大物ばかりで、そのうち一つでも敵に回せば命取りだ。そんな連中と張り合うくらいなら、福本家の本家ごと海城に引っ越して来た方がまだ現実的だ。「兄さん、頑張るよ……頑張るから……」福本英明はそう繕いながらも、視線は自然と少し離れた場所に向いた。そこには、美桜が真奈の方へゆっくりと歩いていく姿があった。美桜の顔には控えめな微笑みが浮かんでいたが、不思議と人を圧するような空気をまとっていた。「こちらが黒澤様ですね?かねがねお噂は伺っておりました。本日、お目にかかれて光栄です」美桜はさっそく手を黒澤の前に差し出した。黒澤はちらりとその手を一瞥しただけで、冷たく言った。「俺は握手はしない」それでも美桜は少しも表情を崩さず、今度は真奈に手を向けた。「瀬川社長、まさかあなたまで無下にはなさらないでしょう?」目の前に差し出された手を見つめた真奈は、軽く握り返して言った。「石渕社長、お会いできて光栄です」「美桜、あちらにはまだ大勢のお客様が待っているよ。無関係な人たちに時間を使うのはやめ
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第1070話

突然、真奈は先日立花が口にした言葉を思い出した。お嬢様のお前にわかるまい。お前は誇りを取って命を捨てるタイプだ。だがな、普通の人間には自分なりの生き方がある。誇りなんていらない、ただ生きるために必死になるだけだ。真奈は眉を寄せて言った。「美琴さん、前に言ってたよね。美桜は幼い頃に田舎に捨てられて、十年以上も苦しい暮らしをしてきたって」「そうよ」「だったら、彼女は知ってるはずでしょ?普通の人たちが、生きるためにどれだけ大変かを」真奈のその言葉に、幸江は不思議そうに首をかしげた。ちょうどその時、美桜が冬城おばあさんと手を取りながら、ゆっくりと壇上に現れた。美桜は鮮やかな紫のサテン地のロングドレスを身にまとい、ほんの少し挑発的な華やかさを纏っていた。そして満面の笑みを浮かべながら言った。「本日は、石渕プロと冬城グループの提携記念晩餐会にお越しいただき、誠にありがとうございます。あわせてご報告です。このたび、私が冬城グループの新たな代表として就任し、皆さまと共に、より輝かしい未来へと歩んでまいります」その言葉に、場内はざわついた。あちこちで人々が顔を見合わせ、視線を交わす。明らかに、驚きを隠しきれない空気が広がっていた。というのも、ここ数日、冬城は一切姿を見せていない。仮に社長を退くのであれば、本来は株主や関係者の前で、正式に説明がなされるべきだからだ。幸江は言った。「石渕社長、別に見くびるつもりはありませんけど……あなたが冬城グループの新たな代表って?私の記憶が確かなら、あなたは冬城グループの株を一株も持っていなかったはずですけど?」その言葉に呼応するように、周囲にいた数人の冬城グループの株主たちも頷いた。彼らは長年、社長の座を虎視眈々と狙っていた古株ばかり。ようやく冬城が退いたと思った矢先、まったくの外部の人間である美桜が突然社長就任を宣言するなど、到底受け入れられるはずがない。そのとき、冬城おばあさんが静かに口を挟んだ。「美桜が株を持っていなかったって?私はすでに、私の保有する10%の株式をすべて美桜に譲渡した。彼女には、冬城グループの代表になる正当な資格がある」複数の大株主たちが一斉に不満の色を浮かべる。「大奥様、冬城グループと石渕プロの提携については、もちろん我々も賛成です。ただし……社長の交代となれば、それ
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