All Chapters of 離婚協議の後、妻は電撃再婚した: Chapter 1071 - Chapter 1080

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第1071話

その言葉に、周囲は驚きの声を上げた。「冬城、いったい何を考えてるんだ?真奈とはもう契約を結んだんじゃなかったのか?」伊藤は思わず飛び上がりそうになった。なんで急に手のひらを返すんだ?真奈はじっと冬城を見つめ、眉を深くひそめた。幸江も険しい表情で声を上げた。「冬城、はっきり説明して。あなた、前に……」「幸江社長。幸江グループにも、表立って口に出せない事情はあるだろう?たとえば、前社長が退任した件など、幸江社長も詳しく説明してもらえるか?」それを聞いて、幸江の表情は一瞬で険しくなった。冬城淡々と言った。「どうやら幸江社長は話すつもりはないようだね。では、我が冬城グループの件にも幸江社長が口を挟む権利はない」冬城の言葉にはかすかな脅しが込められていた。真奈はすぐに幸江の表情が硬くなったことに気づき、伊藤の顔色までもが陰るのを見逃さなかった。冬城の狙いは明らかだった。これは、彼ら自身に冬城グループの株を手放させようとする圧だった。傍らで様子を伺っていた福本陽子は、状況が理解できず、こっそりと兄に尋ねた。「ねえ、なんか変じゃない?空気がピリピリしてるんだけど……」「俺に聞くなよ、こっちだって分かんねぇって。ったく、海城ってとこは、本当に厄介だな」福本英明は舌打ちした。数日見ないうちに、冬城はすっかり腕を上げたようだった。あれほど冬城グループの全株式を真奈に譲ると言っていたのに、何の前触れもなく、なぜ急に反故にしたのか?その場の空気がざわつく中、福本英明は周囲の目を盗むようにして、ゆっくりと会場の隅へと身を引いた。一方、幸江は顔色が優れず、一歩後ろに下がった拍子に、危うくよろめきかけた。すかさず伊藤が手を伸ばして彼女を支え、黒澤と真奈に向かって言った。「美琴の体調がよくない。先に連れて帰るよ」「わかった、私たちも帰ろう」これ以上、ここに留まる意味はなかった。だが、真奈と黒澤が幸江たちと共に退場しようとしたその時――「瀬川社長」美桜の声が後ろからかかった。彼女は静かに歩み寄りながら言った。「少し、二人だけでお話ししませんか?」黒澤は真奈を一目見るだけで、彼女の胸中を察した。そして低く落ち着いた声で言った。「俺はすぐそばにいる。何かあれば、すぐに呼んでくれ」「分かったわ」真奈が頷くと
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第1072話

「そうじゃないんですか?」美桜はにこやかに言った。「もし私の予想が合っていれば、瀬川社長は小西のスキャンダルを利用して、石渕プロを揺さぶろうとしていたんですよね?でも、それは私も最初から想定してました。小西が稼いだ分を全部吐き出すことになっても、構いません。私が欲しいのは――冬城グループですから」「冬城グループを差し上げても構いません。以前冬城と私が結んだ契約書は、破棄してもいいです。ですが、私の大切な人たちを巻き込むようなことは、絶対にやめてください」美桜は笑みを浮かべたまま応じる。「もちろんです。私は約束は守りますよ。ご心配なら、ちゃんと契約書を交わしてもいいです」「わかりました。じゃあ契約書を交わしましょう。冬城グループは譲ります。でも……石渕社長、あまり浮かれないでください。たとえ冬城グループがなくても、私があなたを倒せないとは限りません」美桜は肩をすくめ、気にも留めないような表情で言った。「ふふ、それじゃあ楽しみにしてますね」そう言って真奈は背を向け、その場をあとにした。去っていく真奈の後ろ姿を見つめながら、美桜はふっと笑みをこぼした。その頃――「はっきり言えよ!お前は結局誰の味方なんだ?」福本英明は冬城をぐいっと引っ張り、人目のつかない隅へと連れていった。冬城は彼に掴まれた手を無言で振り払うと、すぐには何も答えなかった。焦った様子の福本英明が声をひそめて言った。「まじめに!真剣に聞いてるんだぞ!お前、結局誰の味方なんだよ?どうしてまた石渕美桜が出てくんだ?まさかまた新しい女に惚れたとか、ないよな?」冬城はうんざりしたような口調で答えた。「詮索するな。覚えておけ、海城でお前と俺は初対面だ」去ろうとする冬城を、福本英明が慌てて前に立ちはだかり、道を塞いだ。「言ってくれよ、そうじゃなきゃ俺だってどっちがお前の将来の嫁かわかんねえだろ?俺、間違った方につきたくないんだよ!それにさ、瀬川は俺にすごくよくしてくれたし、あの人、いい人だと思う。でも美桜は……なんかこう、いかにもヤバそうな雰囲気あるじゃん。お前、結局どうするつもりなんだよ?」「いい加減にしろ。どっちも俺の将来の嫁なんかじゃない」冬城は顔を険しくさせたまま続けた。「真奈と黒澤はもうすぐここを離れる。お前は妹を連れて、すぐにその場を離れろ。あいつら
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第1073話

「幸江龍平は……いったいどうやって死んだの?」寝室で、真奈は黒澤を見つめながら、自分の推測を確かめようとした。「美琴さんが殺したわけじゃない」黒澤は淡々とした口調で言った。「幸江龍平の会社は、当時美琴さんに奪われていた。名目上はまだ幸江グループの社長だったが、美琴さんに完全に実権を奪われていた。プロジェクトの問題で多額の借金を抱えていたが、それも全部美琴さんの仕掛けたことだった。龍平は、自分の財産がすべて美琴さん名義に移されていることに気づいて、オフィスで崩れて取り乱した。そのあと、自分でビルから飛び降りて自殺したんだ」すぐに、真奈は核心をついた質問を投げかけた。「自分で飛び降りたの?それとも、美琴さんに追い詰められて……?」「お前までそう聞くんだから、他人はなおさらだ」黒澤はゆっくりと足を窓際へと運び、ガラスにそっと手を触れながら続けた。「美琴さんはあのとき、龍平に二つの選択肢を出した。一つは、オフィスの窓から飛び降りること。そうすれば、彼女が借金を返済すると言った。もう一つは、龍平との縁を切って、借金取りに殴り殺されるのを待つかだった」真奈はゆっくりと首を振り、ぽつりとつぶやいた。「どちらを選んでも死ぬしかない……さすがは美琴さんね」「幸江龍平は飛び降りる方を選んだ。だけど、美琴さんは最後に心が揺らいで、助けようとしたんだ……でも、龍平は逆に美琴さんを突き落とそうとした。結局のところ、自分で足を滑らせて、そのまま転落した。当時の幸江グループ社長転落事件は、世間でもけっこう注目されたけど……あのとき何があったか、真相を知ってる者なんて、誰もいなかった」「証人はいるの?」黒澤は言った。「智彦が証人だ。あの場にいて、一部始終を目撃していた」隣の部屋で。幸江は窓辺の出窓にもたれかかっていた。伊藤は静かに近づき、肩にそっと毛布を掛けながら言った。「冬城には証拠なんてない。ただの思いつきだよ。あんなの、気にすることない」「私が……彼に復讐したのは、間違いだったのかしら」幸江は小声で言った。「いいえ、私は間違ってない」「お前は最初から何も間違ってない。人を殺せば償う、借りがあれば返す。それが当たり前のことだろ。あいつはお前のお母さんを殺した。罰を受けるのは当然だった。それにお前の命まで狙った。あれは全部、自業自得だよ
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第1074話

長い年月が過ぎ、伊藤は幸江がもうあの出来事を忘れたと思っていた。だが冬城がその話題をほんの一言口にしただけで、幸江はあっさりと取り乱してしまった。この件はずっと、幸江の心の闇だった。幸江は目の前の伊藤を見つめながら、幼いころのことを思い出して言った。「おじいさんは昔から、子どもを放任して育てる人だったの。まるで老いた狼みたいに、自分の子孫にも自力で生き抜くことを望んでいた。私が国に戻ってきた最初の数年、わざと私に会おうとしなかったのは、私の力を試すためよ。もしあなたが助けてくれなかったら、幸江龍平に命で償わせることなんて、とてもできなかったと思う」「何が起きても、俺はお前のそばにいる。無条件で支えるさ。幸江龍平に償わせるくらい、どうってことない。たとえお前が空に穴を開けても、俺がなんとかして塞いでやる」伊藤の真っすぐな言葉を聞いて、幸江はふっと笑った。「自分を誰だと思ってるの?遼介なの?あなたは生まれながらのお坊ちゃまなんだから、私のために危険なことなんてしちゃだめよ。遼介は子どもの頃から悪い環境で育った人間だから平気だけど、あなたは違う。優しい雰囲気で育ったのよ。口ではいくらでもきれいなことが言えるんだから」「そんなきれいごとじゃない」伊藤は低い声で言った。「美琴、たとえ俺が悪い環境で育ったわけじゃなくても、好きな女を守るためなら、遼介と同じように命を懸けられる」「ちょっと!縁起でもないこと言わないでよ!」幸江は眉をひそめ、伊藤の額を指で軽く突いた。「まったく、生意気なんだから。命を懸けるって?そんなこと、軽々しく言うもんじゃないわよ」いつものように少し説教してやろうとしたその瞬間、伊藤は逆に幸江の手を握り返した。苦笑を浮かべながら言う。「美琴、俺はもう子どもじゃない」子どものころ、幸江のほうが背が高く、いつも姉のように彼に話しかけていた。けれど今の伊藤は、もうあの少年ではない。背も力も、彼女をはるかに超えていた。幸江はその手を振りほどこうとしたが、どうしても抜けなかった。幸江は最後に力なく言った。「……わかったわよ。確かに昔より力は強くなったわね。これで満足?」「俺が認めてほしいのは、力じゃない。俺がもう子どもじゃなくて、一人の男だってことだ。美琴、弟みたいに扱わないでほしい。男として見てくれ」伊藤
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第1075話

――バンッ!ドアが勢いよく閉まる音だけが響いた。伊藤は幸江に締め出され、ちょうどそのとき寝室から出てきた真奈が、その光景を目撃した。彼の顔も耳も真っ赤に染まっている。真奈は首をかしげて言った。「伊藤……またお酒、飲んだの?」「……」伊藤は小さくため息をつき、まるで白旗を上げるように手をひらひらさせた。「普通の恋愛ドラマならさ、冷たい社長が情熱的に告白したらヒロインはときめくものだろ?なんで俺のヒロインは拳で返してくるんだ?」「……たぶん、やり方が違うんじゃない?」真奈は考え込んで言った。「伊藤、一度ちゃんと正式に告白したほうがいいと思うわ」「告白なら、告白なら、子どもの頃から何度もしてる!あの人が勝手に冗談だと思ってるだけで、俺にどうしろって言うんだよ!」「正式な告白のことよ!」真奈は真剣な表情で言った。「普段からふざけてばかりなんだから、あなたの言葉を本気にする女の子なんていると思う?どうやって告白するか、どうすれば美琴さんがあなたを受け入れてくれるか、ちゃんと考えたほうがいいわ。今の関係のままじゃ、外に知られたら印象が悪いわよ」「……確かにそうだな」伊藤は真面目にうなずき、「よし、今すぐやる!」と勢いよく言って、そのまま夜の外へ飛び出していった。真奈はその背中を見送りながら、呆れたように小さくため息をついた。そして幸江の部屋の前まで行き、軽くノックした。「美琴さん、私よ」真奈の声を聞いて、幸江はそっとドアを開けた。幸江の部屋にはスタンドライトが一つだけ灯っていた。真奈はそっと中へ入り、頬を赤らめたままの幸江を見て言った。「美琴さん、伊藤のこと……受け入れるつもりはないの?」「どうやって受け入れろっていうの?私は年上だし、ずっと弟みたいに思ってたのよ」「ただの弟?」「もちろんよ!」そう言いながらも、幸江の声にはどこか自信がなかった。真奈の目を見ることができず、視線を落としたままぽつりと続けた。「でも、私が一番つらいときはいつも彼がそばにいたの。今となっては、自分でもわからないのよ……彼のことが好きなのか、それともただ頼っているだけなのか」「美琴さん、本当に好きな人が誰かを知るのは、意外と簡単よ」真奈は言った。「目を閉じて、最初に頭に浮かんだ人を思い浮かべてみて。その人が、あなたの好きな人」
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第1076話

「ダメ!」幸江は顔をしかめて叫んだ。「我慢なんてできない!」「我慢できないのが普通よ」真奈はくすっと笑い、そして立ち上がりながら続けた。「聞いたわよ。伊藤、この数日で美琴さんにサプライズを用意してるらしいじゃない。あの人、確かに普段はお気楽な御曹司だけど、気持ちのこととなると本気なの。だからこそ傷つきやすいのよ。もし拒んだら……もう二度と近づいてこないかもしれないわ。よく考えてね」そう言い残して、真奈は幸江に考える時間を与えるように、そっと部屋の外へ出て行った。ふたりの距離は、あとほんの一歩。だが伊藤は幸江に拒まれるのを恐れて、踏み出すことができずにいた。幸江のほうも気まずさを恐れ、後ずさりするばかり。幼いころから一緒に育った間柄だ。そんな相手と恋愛の話になるなんて、どうしても心が追いつかなかった。仕方ない、自分が手を貸すしかなかった。翌朝早くには、すでに石渕プロダクションと冬城グループの提携ニュースがトップを独占していた。特に美桜が冬城側の業務を引き継ぎ始めたという報道が大きく取り上げられていた。冬城グループの会議室。重役たちが顔をそろえ、冬城おばあさんが議長席に静かに腰を下ろしている。彼女の視線は、真奈がポケットから取り出した株式譲渡契約書に注がれていた。冬城おばあさんは冷たい笑みを浮かべ、ゆっくりと言った。「最初からそれを出していればよかったのよ。そうすれば今日のような恥もかかずに済んだのに。聞いたわよ、Mグループは最近株価が暴落して、少なくとも数百億は損を出しているそうじゃない。黒澤夫人、そんな時にわざわざこんなことをするなんて、何のつもりなの?」真奈は手にした株式譲渡契約書を見下ろし、静かに言った。「この株式、どうしても取り戻したいというのなら、それでも構わない。ただし、冬城をここへ呼んで。私が直接に話すわ」冬城おばあさんの目に、冷たい軽蔑の色がよぎった。「司はもう冬城グループの社長じゃないのよ。彼の前で弱々しく見せたところで無駄。冬城グループの株は必ず返してもらうわ。彼が反対したって関係ないの」その時、会議室の扉が開き、美桜が姿を現した。黒のタイトスカートに身を包み、銀色のクラッチバッグを手にした姿は隙がなく、冷ややかな光を帯びていた。彼女を見た冬城おばあさんの表情がわずかに和らぎ、声をかける。
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第1077話

「どうして私がひどいなんて言われなきゃならないの?石渕社長がうちのMグループから広告主を根こそぎ奪ったときも、情けなんて欠片もなかったじゃない」二人の女の間に漂う空気は、まるで火花が散るように張りつめていた。会議室にいた年配の男性たちは息をひそめ、一人として口を開けない。真奈はゆっくりと美桜のそばへ歩み寄り、耳元に顔を寄せて低く囁いた。「石渕社長……もし私の勘が当たっているなら、あなたは中成銀行と評価調整契約を結んでいるはずよね。中成銀行が400億円を石渕プロに投資したからこそ、石渕プロは海城で一気にのし上がった。でも、三年以内に800億円を稼げなければ契約は失敗。負けた場合の結末……あなたならよくわかってるでしょう?」もし負ければ、400億円を全額返済しなければならない。返済できなければ、担保に入れた石渕プロのすべてが中成銀行の手に渡る。真奈は、美桜が急いで石渕プロから離脱し、冬城グループを手に入れようとするのは、犠牲を払って大局を守る策だと推測した。しかも真奈は、黒澤からすでに美桜に関する資料をいくつも入手していた。真奈は静かに言った。「冬城おばあさんが、あなたに400億円もの借金があると知ったら……それでもあなたを冬城グループの掌舵者に据えるかしら?」「その心配は無用よ」美桜の声は氷のように冷たかった。中成銀行との契約――それは極秘中の極秘で、外部に漏れたことなど一度もない。真奈がそれを知っているということは、間違いなく徹底的に調べ上げた証拠だった。それでも真奈は、平然としたまま言葉を続けた。「石渕社長が地方から石渕家に呼び戻されたとき、評価調整契約で数百億円を手に入れたんでしょう?でも石渕家の資産だけじゃ、海城で石渕プロを立ち上げるには足りないはず。石渕家の財産……実際にあなたの自由になる金なんて、ほとんどないんじゃない?」「美桜、この女と内緒話はもういい。今日はあなたの就任式だ。その女に株式譲渡契約書を出させて、さっさと追い出しなさい。冬城グループには要らない人間だ!」冬城おばあさんは真奈を見つめながら、目の中に嫌悪が満ちていた。だが真奈は一切動じず、悠然と美桜と距離を取ると、落ち着いた口調で言った。「石渕社長、さっきも言ったけど、この契約書をお受け取りになりたいなら――冬城に、私の前に来てもらって。
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第1078話

もし真奈があと十日か半月ほどこのまま耐えていれば、石渕プロの芸能人たちは、過労によって一斉に崩壊していたかもしれない。その時こそ、真奈は何もせずとも漁夫の利を得て、石渕プロのタレントを丸ごと引き抜けただろう。「今のままでも、十分じゃない?私はね、物事をやりすぎるのが好きじゃないの。それに、女が女を追い詰めるなんて、あまりにも虚しいわ。もし本当にあんなやり方をしたら……あなたは評価調整契約の失敗だけじゃなく、広告主からの巨額違約金も抱えることになる。そうなれば、命まで危うくなるかもしれない。そんなやり方、私にはできないわ」その軽快な語り口に、美桜は思わず真奈をじっと見つめた。こんな世界に生きる者なら、敵に対しては容赦しないのが当然だ。けれど真奈は、人を追い詰めることを恐れている?「瀬川さん……言わせてもらうけど、優しさが必ずしも良い結末をもたらすとは限らないのよ」美桜は真剣な面持ちで言った。「私は本当にあなたたちMグループを潰すつもりだった」「でも、あなたにはできないって、私は信じてた」真奈の自信に満ちた態度に、美桜の眉がわずかに寄る。……確かに、できなかった。だがそれは、真奈がMグループを優れた手腕で守り抜いたからではない。ただ――彼女の背後に、あの男がいたから。あの存在がいたからこそ、美桜は手を緩めざるを得なかった。美桜はかすかに首を振った。「瀬川さん……あなた、本当に運がいい」完璧なパートナーである黒澤がそばにいる。さらに、今でも彼女を忘れられず、陰で支え続ける元夫がいる。周りには、頼れる多くの友人たちもいる。そしてあの人もまた、ずっと真奈を影から守り続けていた。「私の運だって、昔は悪いものだったわ」真奈は静かに言った。「でもね……この世界に真正面から向き合えば、人生には限りない可能性があるって、きっとわかるはず」二人が話している最中、会議室のドアが突然開いた。冬城は慌ただしく到着した様子で、真奈は時計を見下ろした。……まだ、たったの五分しか経っていない。まさか、本当に飛んで来たの?「ゆっくり話して、私は外で待ってる」そう言い残して、美桜は静かに会議室を出ていった。真奈は問いかけた。「……やっぱり、私があなたと二人きりで話したがってたって、最初から分かってたのね」
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第1079話

真奈の足が、ふと止まった。背後から聞こえてきた冬城の声。「お前と黒澤が結婚するって聞いたから……新婚、おめでとう」「ありがとう」そう短く返した真奈は、一度も振り返ることなく、そのまま会議室をあとにした。ためらいの一切ない彼女の背中を見つめながら、冬城は苦笑し、ゆっくりと首を振った。その直後、美桜が会議室に戻ってきて、少し驚いたように尋ねた。「……彼女、あっさり渡したの?」「もともと、こういうものに興味のない人だからな」冬城はそう答えると、手に持っていた株式譲渡契約書を美桜に差し出した。「これで、冬城グループはお前のものだ。石渕さんがうまくやっていけることを願ってるよ」「もちろん、やっていけるわ」美桜はそれを受け取りながら、薄く笑った。「でももし瀬川が冬城グループを引き継ぐことが彼女にとって何の得にもならないと知っていたら――あなたの突然の横やりに、感謝してくれたかしら?」冬城は、何も答えなかった。美桜はわざとらしくため息をつきながら言った。「残念ね。今の彼女は、あなたのことを裏切り者だと思っているだけでしょうね」その言葉に、冬城は横目で一瞥をくれて、冷たく言い放った。「石渕さん、余計な心配はしなくていい」そう言い捨てると、彼は迷いなく会議室をあとにした。美桜はそれでもまったく動じなかった。どうせ、この株式譲渡契約さえ自分の手に入れば、それで十分だった。冬城グループ本社の外。真奈は黒澤の車に乗り込む。黒澤は言った。「さっき、ある人が中に入っていくのが見えたよ」真奈は、それが冬城のことを指しているとすぐにわかった。だが、何食わぬ顔で聞き返した。「ある人って……誰のこと?」黒澤はぷいっと顔をそむけて言った。「わかってて聞いてるだろ」「ただ、株式譲渡契約書を返しただけよ。それに……美琴さんの件、彼に話されると困るの」もしそれがなければ、自分から彼に会おうとは思わなかった。ふと気がつくと、車はいつもの道とは違う方向へと進んでいた。真奈は首をかしげて聞いた。「どこ行くの?ここ、佐藤邸に帰る道じゃないよね?」「ウェディングドレスの試着だ」「え……」真奈は息を呑んだ。黒澤は言った。「明後日が結婚式なんだぞ。お前の頭、会社のこと以外にも少しは詰め込めないのか?」彼らは海外で一週間以上も
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第1080話

「十二回も着替えるって?まさか宴会を何日間も開くつもりなの?」いくらなんでも十二回はやりすぎだ。黒澤は甘やかすように笑って言った。「じゃあ、やめようか」「替えなきゃダメだ!」その時、黒澤おじいさんが杖をついて入ってきた。皆が黒澤おじいさんの姿を見て、すぐに脇へ避けた。黒澤おじいさんは真奈を見るなり、顔をほころばせて近づき、「十二着なんて多くないさ。当時こいつの母親だって十二回着替えたんだ。結婚式は一生に一度の大事な日だからな。孫の嫁に我慢なんてさせられるか」と言った。「でも、おじいさん……私、結婚は二度目なんです」「前の時は式を挙げなかっただろう?なら今回は初回だ!」「……」真奈は苦笑いするしかなかった。傍らの黒澤が口を開いた。「ドレスの着替えなんて時間も手間もかかる。真奈が疲れるなら、替えなくても十分きれいだ」「この小僧が何を言う!」黒澤おじいさんは思わず杖で黒澤の顔を突きたくなり、声を荒らげた。「ウェディングドレスは十二着きっちり替える!この話は決まりだ!」そう言って、黒澤おじいさんはスタッフに目配せした。まもなく、二人のスタッフが一着のウェディングドレスを抱えて真奈の前にやって来た。「こちらは海外の名匠による特注のメインドレスで、トレーンは五メートルございます」「何メートルって?」真奈は聞き間違いかと思ったが、店員は真面目な顔で答えた。「トレーンは五メートル、ベールは六メートルでございます」「……」「真奈、とにかく試してみなさい。もし華やかさが足りないと思ったら、すぐに直させるからな」「ありがとうございます、おじいさん」真奈はウェディングドレスの前に歩み寄った。美しいものを見れば思わず息をのむのが女というもの、彼女も例外ではなかった。ドレスは確かに見事で、豪華さも申し分ない。けれど十二着も着替えるなんて……結婚式当日はきっと倒れるほど疲れるだろう。「お前も突っ立ってないで、ほら、あっちの部屋で服を着替えて見せてみろ」黒澤おじいさんに杖で突かれ、黒澤はしぶしぶ奥の部屋へ行き、着替えるしかなかった。それを見届けると、黒澤おじいさんはようやく満足そうに頷いた。このあたりは、黒澤は父の黒澤修介には到底かなわない。あの頃の修介は、妻を喜ばせるために何十着もの衣装替えに
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