明日香はベッドに手をつき、素早く上体を起こすと、身を引いて遼一との距離を取った。「......何しに来たの?芳江さんは?」その声には、拒絶、恐怖、そして反発の色が濃く滲んでいた。遼一は彼女の感情のひとつひとつを見逃さなかった。「俺に会いたくないのか?」明日香は布団を強く握りしめ、視線を逸らしたまま、氷のような声で返した。「偽善者ぶったって無駄よ。わざわざ病院まで来なくても、お父さんはあんたを責めたりしない。芳江さんがいてくれれば、それで十分」だが遼一は動じず、立ち上がると持参した保温ジャーの蓋を開けた。「ウメさんが作ってくれた黒糖茶だ。卵も入ってる。温め直したばかりだぞ」「いらない。帰って」明日香の声は冷えきっていた。だが遼一は、その拒絶をまるで聞かなかったかのように、茶を器によそい、スプーンを手に取って明日香の口元へと差し出した。その眼差しには、否応なく押し通す強い意志が宿っていた。パシッ。明日香の手が振り払った瞬間、器は床に落ち、ガチャンと音を立てて転がった。彼女は遼一を見上げ、皮肉な笑みを浮かべた。「ここには誰もいない。だから無理して演技しなくていい」それでも遼一は怒らなかった。ポケットから真っ白なハンカチを取り出すと、服についた汁を丁寧に拭った。「......口の利き方もずいぶん生意気になったな」その言葉に、明日香の中の苛立ちが一気に沸き立た。生理の影響もあって、彼の顔を見るだけで感情がかき乱される。彼女は目を閉じ、呼吸を整えるようにして、抑え込んでいたものを吐き出した。「じゃあどうすればいいって言うの?私をずっと苦しめて、薬を飲ませて、命まで狙った人間に――今まで通り笑顔で『お兄さん』って呼べって?......無理よ。あんたを見るだけで、吐き気がするの」遼一は静かにハンカチを丸めて捨てると、身を少し前に乗り出した。陰影の深い瞳が明日香の視線と重なり、その声音は、低く、どこか耳元で囁く悪魔のようだった。「俺がまだ少しは理性を保ってるうちに、そのわがままは、胸の中にしまっておけ。好きじゃなくても、嫌いでも......黙って全部、飲み込め」そう言って、遼一は手を伸ばし、乱れた明日香の髪をそっと耳にかけた。「明日香。いつまで経っても分からないんだな。駄々っ子には、お菓子はもらえない。お
Baca selengkapnya