明日香は、彼らの話が長引くと思って食べ物を探しに階下へ降りただけだった。まさか、あんな場面に出くわすとは思いもしなかった。それでも、何事もなかったふうに装って尋ねた。「珠子さん......どうしたの?さっき、すごい勢いで階段を駆け上がっていったけど」遼一は伏し目がちに彼女を見つめた。その表情には、暗い影が差していた。「お前には関係ないことだ。口を出すな」明日香は内心の動揺を隠すためだけに、無理に話題を探していた。そう言われても反論できず、パンを一口かじって呟いた。「ただ......急に食べたくなっただけ。上に戻るわ」明日香がそう言って歩き出そうとしたその瞬間、遼一が一歩前に出て、進路を塞いだ。明日香の身体が反射的に後ずさった。「......なにをする気?」「病院に行くんだ」「行かない!」思考より先に、拒絶の言葉が口をついて出た。遼一の眉がひそめられ、次の瞬間、彼女の手首を強く掴んで階下へと引きずっていく。明日香の手にあった牛乳が激しく揺れた。「ちょっと!乱暴にしないでよ!牛乳こぼれる、熱いってば!」「車の中で飲め」問答無用だった。明日香は無理やり車の助手席に押し込まれ、シートベルトを締められたとき、遼一の鼻先がふと、彼女の頭頂をかすめた。わずかに吐息が触れ、彼女の背筋が粟立った。ボンネットを回り込んで運転席に乗り込むと、エンジンが唸りを上げた。車が走り出してからしばらく、車内に言葉はなかった。明日香は牛乳を持ったまま、うつむいたまま口を開いた。「病院に行く必要なんてない。帝都の病院は、もう全部回った。それでも治らなかったの。あなたが私に薬を盛った時点で分かってたはずよ。後天的な子宮の欠陥なんて、治しようがないって」明日香にはどうしても、この男の「気遣い」が理解できなかった。これまで何度も冷たく突き放し、痛めつけてきたくせに、今さら何を守ろうとしているのか。康生との会話が終わった直後に、急いで病院へ。それはあまりに不自然で、裏があるとしか思えなかった。だが、遼一は何も答えなかった。アクセルを踏み込む足音だけが、彼の苛立ちを物語っていた。南苑の別荘を離れ、街路樹が流れ去る中、明日香はようやく、冷えきった牛乳を見下ろしながら口を開いた。「......実は、ずっと
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