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第218話

Author: 無敵で一番カッコいい
学校からの連絡を受けた遼一は、進行中の会議を即座にキャンセルし、そのまま車を飛ばして学院へと向かった。

本来なら、こんなこと中村に任せておけばいい。社長である自分が直々に出向く必要など、どこにもない。

「本当に......森宏司の学籍を取り消し、さらに十年の懲役を求めるおつもりですか?私の理解では、今回の件はすべてお嬢様が発端になっています」

中村は落ち着いた声で言った。その言葉に、遼一の視線が鋭く中村に向けられた。目の奥に、薄い氷のような冷気が宿った。

「......君も、あれが彼女のせいだと思っているのか?」

中村はハッとして、慌てて頭を下げた。

「......いえ、そのようなつもりでは」

自分が言ってはいけない一言を口にしたと、気づいた。

遼一は足を組んでいた姿勢を崩し、椅子からゆっくりと立ち上がると、冷たく射るような視線を残して背を向け、ドアへと向かった。

その背中に向かって、中村が絞り出すように声を上げた。

「......私は、あくまであなたのために尽くしているつもりです」

遼一が自分を側に置くと決めてくれたあの日。その瞬間から、この命はすでに彼のものだった。新しい人生を与えてくれたのは、間違いなく遼一なのだ。

遼一は一瞬足を止めたが、振り返ることなく言い放った。

「......給料を払ってるのは俺じゃない」

明日香は、最近どこか落ち着きを失っていた。

今まで学校のことなど一切口出ししなかったが、最近の明日香は成績を上げようと必死になっている、それ自体は良いことかもしれない。

だが、それが「翼を広げるため」や、「月島家から逃げるため」という意味なら、あまりにも甘い。

そんな道に未来はない。間違った知恵は、いずれより大きな罰を呼ぶだけだ。

一方、休憩室では、明日香が立ち上がり、樹の視線を避けるようにして言った。

「......お兄さん、もう話は終わったと思うから。ちょっと様子を見てくるね」

そう言ってドアを開け、ほとんど躊躇することなく歩き出した。その手の中には、樹から渡された薬がしっかりと握られていた。

廊下の先のバルコニーで、遼一がタバコを吸っていた。

ビジネス以外の場で、彼がタバコを吸っている姿を見るのは珍しい。きっと、明日香を待っていたのだろう。

その様子を見た中村がそっと近づき、注意を促すと、遼一は黙っ
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