遼一は明日香をじっと見つめた。まるで、観察でもするかのように目を細め、その視線はどこかいつもよりも柔らかく感じられた。思わず、明日香の胸に戸惑いが走った。こんな目をするなんて、彼は本来、珠子に対してだけのはず。普段、遼一が自分に向けるものといえば、冷たさ、嫌悪、そして決して埋まらない距離感ばかり。明日香は少し緊張しながらも、おそるおそる彼の視線に目を返した。昔の遼一は、こんなんじゃなかったのに......いったい、どこで狂ってしまったんだろう?私は、何もしていないはずなのに。「珠子ちゃんが、君がそこまで気を遣ってくれるのを知ったら、きっと喜ぶよ......で、君はどうなの?藤崎のこと、好きになったんじゃない?」「えっ?」明日香は驚いて目を見開いた。なんで、いきなり樹の話?今日の遼一、やっぱり変。まるで、誰か別人みたい。遼一は沈黙のまま彼女を見つめ、その反応をまるで探るようにじっくりと観察した。だが、すぐに腕を下ろし、いつもの冷淡でよそよそしい態度へと戻っていった。さっきまでのあの一瞬の優しさが、まるで幻だったかのように。「なんでもない」その言葉に、明日香は思わず安堵の息を吐いた。胸の重しがふと下りた気がして、その場から逃げるように立ち去ろうとしたそのとき。突然、熱くてざらついた掌が、彼女の手首をぎゅっと掴んだ。「どうしたの?まだ何かあるの?」「腹減った。ラーメン、作ってくれ」「?」この頃の明日香は、料理などまったくできなかった。遼一も、それをよく知っているはずだった。目玉焼きを作るだけで台所を爆発させかねない腕前なのに。拒否する間もなく、遼一はもう背を向けてソファに戻り、目を閉じていた。彼の体からふわりと漂う酒の匂い。どうやら、本当に飲みすぎたらしい。明日香は観念したようにため息をつき、キッチンへと向かった。冷蔵庫を開け、取り出したのは青菜と卵を二つ。遼一には空きっ腹に酒を入れる悪癖があった。しかも、翌朝には何も食べない。それが積み重なって、胃をどんどん悪くしていった。それでも今は、彼は名義上の兄。せめて将来、遼一が月島家に復讐しようとするそのとき、あの時ラーメン作ってあげたことだけでも思い出して、見逃してくれてほしい。そんな淡い願いを胸に、明日香は台所に立った。
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