「去年の共通テストの合格ラインは800点くらいだったから、私もきっと大丈夫だと思うの」そう言って、明日香は控えめに笑った。そのとき、康生が冷ややかな声を返した。「帝都に残るか、大学に行かないか、どちらかだ。大学に行って、何の意味がある?どうせ結婚するんだ。数日後にパーティーがある、一緒に来い。ちょうどお前に興味を持ってるおじさんたちがいる」そんなことを言い出すのは予想していた。前世でも康生は女を見下していた。彼にとって女性は子を産むための道具であり、結婚したら家にこもり、夫や子供の世話をするのが当たり前だと思っていた。「お父さん、今は昔と違うのよ。私の友達の中にはもう海外に留学してる子もいるし、静香のことだって知ってるでしょ?」康生が顔を上げた。「村田昌平(むらだ しょうへい)の娘か?」「そう。静香は今IELTSの準備をしてて、留学したらそのまま海外に住んで、国籍も変えるつもりなんだって。それに比べたら、私が朔良に行くなんてまだいいほうでしょ?休みになったら帰ってこられるんだし。いつか誰かに学歴を聞かれたとき、『高校卒業だけ』だったら笑われるよ。私が笑われるのは別にいいけど、お父さんの顔に泥を塗るわけにはいかないの」康生が何よりも気にするのは体面だった。彼は田舎出身で、自分に教養がないことを自覚していた。本も読まなければ、会社のこともすべて遼一に頼りきりだった。だからこそ、明日香の言葉は彼の胸の奥を的確に突いた。康生は不満そうに眉をひそめた。「どうしても朔良を受験したいのか?」明日香は素直にうなずき、できる限り従順な口調で答えた。「お父さんが心配してくれるの、ちゃんとわかってる。でもね、私が朔良に行けば、おばあちゃんのお世話ができるの。約束する、絶対に迷惑はかけない」祖母の存在は、明日香にとって最後の切り札だった。康生はどうしようもない男だが、親孝行だけは欠かさなかった。ここ数年、帝都に祖母を呼び寄せようと必死だったのだ。けれど祖母は頑として動かず、朔良の田舎で余生を過ごすと決めていた。康生も心配していたのか、毎年お盆になると欠かさず朔良に帰っていた。「私が説得して、連れて帰れるかもしれないし」康生は黙って考え込んだ。その沈黙を破ったのは江口だった。紅い唇をふっとゆるめ、笑み
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