景一が半山公館に戻ってきた。彼の車の音が聞こえると、智美はすぐに立ち上がり、玄関まで迎えに出た。二人はちょうど玄関で鉢合わせた。智美は訊いた。「今朝、どうしたんですか」「朝は取締役会があって、午後は別の用事を処理していた」景一はただ淡々と説明する。智美はさらに尋ねた。「そんなに忙しかったんですか」「智美、君はどういう意味だ。俺がわざと行かなかったとでも?」「そんなこと言ってません」智美は小さく答えた。ただ確認したかっただけなのに、なぜこんなに過剰に反応されるのか。智美は唇をぎゅっと引き結んでから言った。「じゃあ明日の朝、一緒に出かけましょう。会社の予定があるなら、出発を三十分遅らせることもできるはずです」その言葉を聞いた途端、景一の顔に苛立ちが浮かび上がる。整った顔立ちが一気に冷たく、不機嫌な色を帯びた。「じゃあ、明日だ」そう言って、それ以上智美を見ることもせずに彼女の横を通り過ぎて奥へ入っていった。夕食の席は、三人とも無言だった。普段は智美が黙っているだけだが、今日は梨奈も一言も発さなかった。不自然なほどの静けさだった。智美は何気なく梨奈を一瞥する。目が赤く腫れている。泣いたのだろうか。もしかして、今日離婚しなかったことが不満だった?そう思った瞬間、智美はそれ以上気にするのをやめた。食事を終えると、そのまま部屋へ戻った。梨奈はすかさず、景一に問いかけた。「景一、もしかして智美さんとの離婚、迷ってるの?だって今日......」「梨奈」男の声は低く、鋭く彼女を見据える。「何度も言ったはずだ。今日は重要な会議があった。森雄一商事は俺一人のものじゃない、森家全体のものだ。何かの感情で会社にリスクを背負わせたくない。君はまだ騒ぎたいのか?」梨奈は反論もできず、泣き出しそうな顔で景一を見つめた。今日、会社を出てからずっと気持ちが沈んでいた。拗ねてみせたのも、彼に構って欲しかったから。でも、何も言ってくれなかった。梨奈は不安に駆られ、もうこれ以上騒ぐこともできず、自ら問いかけた。景一の返答に隙はなかった。だからこそ、彼女の心はますます揺らいでしまう。それでも諦めきれず、さらに問いかけた。「景一、別に揉めたいわけじゃないの。ただ......あなたと智美さん、本当に離婚するんだよね?」
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