All Chapters of 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて: Chapter 501 - Chapter 510

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第501話

綾乃は、息子の期待に満ちた顔を見て、どうしてもがっかりさせたくなかった。彼女はそっと顔を近づけて悠人のおでこにキスをし、優しく言った。「今夜は、パパとママが一緒に寝てあげるね」その言葉を聞いた悠人は、目をまんまるにして驚きと喜びを爆発させた。「ほんと!?悠人もパパとママと一緒に寝られるんだ!うれしい!」そう言ってから、彼は綾乃のほっぺにキスをして、にこにこしながら雅浩の方を見た。「パパ、ママが一緒に寝てくれるって言ったよ?うれしくないの?」雅浩はぷにぷにした悠人のほっぺをつまんで、笑いながら答えた。「うれしいよ」「うれしいなら、ちゃんと表現しなきゃダメだよ?そんなだからママに嫌われるんだよ」悠人にきっちり説教された雅浩は、すぐにその言葉の真意を悟った。彼は綾乃の方へ身体を寄せ、そっと唇にキスを落とし、優しく囁いた。「ありがとう」綾乃はもう拗ねておらず、悠人を抱き寄せ、小さなお布団をかけてあげた。雅浩が読み聞かせる童話を聞きながら、三人はゆっくりと夢の世界へと入っていった。翌朝、悠人が目を覚ましたとき、パパとママはまだ眠っていた。彼はそっと二人の間から抜け出し、パパの手をママの腰にそっと乗せてあげた。それから布団をかけ直して、静かにドアを開けて部屋を出た。自分の部屋に戻ると、すぐに佳奈に電話をかけた。コール音がしばらく続いた後、ようやく電話が繋がった。佳奈の声はまだ眠気が残っていて、少ししゃがれていて、ふわふわとしていた。「悠人、なんでこんなに早く起きたの?」その声を聞いた悠人は、ベッドの上で飛び跳ねながら興奮気味に言った。「おばちゃん、いいことがあったんだよ!でも、他の人には内緒ね!」佳奈は目を閉じたまま笑って答えた。「うん、わかった。なになに?どんないいこと?」「パパとママが一緒に寝たんだよ!三人で一緒に寝たの!今もパパがママを抱っこして寝てるの!これ、全部悠人が頑張ってくれたおかげなんだよ!」佳奈はくすっと笑って言った。「悠人、えらいね!今度おばちゃんのおうちに来たら、大きなごほうびあげるね」悠人は大喜びで、佳奈にたくさん話をした。そしてようやく電話を切った。佳奈は目を閉じたまま、悠人の可愛い姿を思い出して、自然と口元がほころんだ。ちょ
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第502話

「うん、大丈夫。安心して行ってきて。知里が今日うちに来てくれるって言ってたし、赤ちゃんのためにいろいろ買ってくれたのよ。本当にいい義理のお母さんだよね。でもさ、その義理のお父さんはいつになったら就任するのかな?」佳奈がそう言うと、智哉は笑いながら彼女の頭をくしゃっと撫でた。「誠健があの子を落とすなんて、まだまだ先の話だよ。知里の手の中には、あいつの弱みがあるんだからな」佳奈は興味津々で彼を見上げた。「なんか隠してるでしょ?二人の話になると、いつもその顔するんだから。もしかして、誠健が知里に内緒でなんかやらかしたとか?」「まあ、そんな感じだな。でも俺たちは口出ししない方がいい。あの二人には、ぶつかり合いながら成長していく必要があるんだよ。嵐を乗り越えてこそ、虹が見える――俺たちみたいにな」智哉はそっと佳奈の眉をなぞるように撫で、その深い瞳には溢れんばかりの愛情が浮かんでいた。二人のこれまでの歩みは、決して平坦ではなかった。それでも、一緒に乗り越えてきたからこそ、絆は揺るぎないものになった。今や、何があっても二人を引き離すことなんてできない。洗面台の前で、日増しに丸みを帯びる自分の姿を鏡越しに見つめる佳奈。隣で丁寧に世話をしてくれる智哉を見ていると、自然と笑みがこぼれる。胸の奥から溢れる幸せ――言葉では言い表せないほどだった。彼との愛の証であるこの命が、あと二ヶ月ほどで生まれてくる。その日が来るのを、心から楽しみにしていた。一方その頃。知里は佳奈と赤ちゃんのために買った大量のベビーグッズを前に、呆然としていた。段ボールが二箱分。とてもじゃないけど、一人じゃ運べない。困り果てていたその時、秘書から「届け物があります」との電話。「ナイスタイミング!」とばかりに、手伝ってもらおうと部屋のドアを開けた――「佳奈、あなたってほんとに私の救世主ね。今会いたいと思ってたとこよ、まずはチューを……」言いかけたその瞬間、ドア枠に片腕をかけて立つ誠健の姿が目に入った。顔にはいつものちゃらけた笑み。でも、その目にはいつもより濃い熱が宿っていた。「たった一晩会わなかっただけで、そんなに俺に会いたくなった?さあ、どこにチューしたいか選んでいいよ?」そう言って、両腕を広げてハグしようと近づいてくる。
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第503話

誠健はすぐに駆け寄り、大きな手で彼女の背中を優しく撫でた。細長い目に、ぱっと光が差し込む。「知里、今月の生理……まだ来てないんじゃないか?」そう言われて、知里は呆然とした。彼女の生理はいつも正確だったはず。今月も、月初めには来ているはずだった。けど、今はもう月末。最近は撮影続きで忙しくて、すっかり忘れていた。脳裏に嫌な予感がよぎる。あの日、酔った勢いで誠健と激しく求め合って、その後のバスルームでも……コンドームはしてなかった。まさか……一発でできたとか……?知里は吐き気で目が赤くなり、顔面蒼白。呆然としたまま誠健を見つめた。瞳には、どうしようもない混乱と怯えが浮かんでいた。誠健はすぐに彼女の口元を拭き、床から立ち上がらせながら優しく言った。「大丈夫だよ。もし本当にできてたら……結婚しよう」知里は怒って彼の胸を拳で叩いた。「誠健、わざとでしょ?私が危険日だって知ってたのに、なんでコンドームしなかったの!」誠健は彼女の手をがっちり握り返し、ニヤッと笑った。「全部俺のせいって言うなよ。急かしたのは知里だろ?早くしてって」「開き直るな!あんたなんかと結婚するくらいなら死んだほうがマシ!調子に乗るな、クソ野郎!」「じゃあ、子どもはどうする?ひとりで育てるつもりか?片親ってのは、きついぞ」「今はキャリアの大事な時期なの!子どもなんて絶対に無理!それに、あんたの子なんて……絶対いらない!もし本当に妊娠してても、私はおろすから!」怒りに任せてバスルームを飛び出した知里。でも心の中はぐちゃぐちゃだった。もし、本当にできてたら……本当に、おろせる?子どもは大好き。ずっと欲しいと思ってた。でも、相手が誠健――あの嫌味で最低な男だなんて。それだけの理由で、子どもを下ろせる?彼に負けるなんて絶対に嫌。絶対、屈するもんか!知里はすぐにスマホを取り出し、ネットで妊娠検査薬を数本注文した。まずは確かめなきゃ。話はそれからだ。ところが、誠健が彼女の手を強引に引っ張る。「もう病院に連絡済みだ。ちゃんと検査して、結果を見てから話そう」「行かない!あんたの病院なんか行ったら、すぐ噂になるでしょ?みんなあんたの同僚なんだから!」「市販のやつは精度が低い。確実なのは血液検査だ
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第504話

誠健は一切迷いなく言い切った。「妊娠してまで仕事するつもりか?俺が養えないとでも?知里、いい加減にしろ。妊娠が確定したら、お前の仕事は全部キャンセルだ」「やだ!やっとの思いで十八番手から這い上がってきたのに、今ここで全部捨てるなんてできない!あんた知らないでしょ?私が結婚から逃げるためにどれだけ苦労したか……佳奈が拾ってくれなかったら、私なんかとっくに路上で餓死してたよ!」その言葉に、誠健の眉がピクリと動いた。「結婚から逃げた?お前、婚約してたのか?誰だそいつ。教えろ。そのクソ男、俺が潰してやる」誠健は、知里が一人でB市に来て頑張ってるのは知っていたが、そんな過去があるとは思ってもみなかった。だが、たとえ婚約があっても関係ない。どんな手を使っても、その男との縁は切らせる。俺の女だ。他の男のものになるなんて絶対に許さない。しかも今、お腹の中には自分の子どもがいる。知里は、今にも彼を噛み殺しそうな勢いで睨みつけた。心の中では叫びたかった。――あの「婚約者」は、お前だって。病気の祖父を無視して勝手に婚約破棄して、帰った祖父は寝込んだ。そのくせ裏で私のことを散々悪く言って……「一生、お前みたいなのと結婚するか」って。ふざけるな、今さら結婚したい?笑わせないで。本気で言ってんなら、お断りよ!知里は睨みつけながら「関係ないでしょ」と吐き捨て、そっぽを向いた。二人は、二十分も経たずに産婦人科へ到着した。すでに五十代のベテラン医師がオフィスで待っていた。彼は二人が入ってくるなり、にこやかに声をかけた。「誠健、どうした?こんな急に呼び出して」誠健は遠慮なくズバリ言った。「先生、彼女が妊娠してるかどうか、調べてください」医師は一瞬目を見開き、すぐにニヤニヤ笑い出した。「それは簡単だよ。血液検査ですぐわかる。そんなに焦って……ってことは、やっぱり君の子か?」「俺の種です」誠健はきっぱりと言い切った。医師はまた目を見開いて、嬉しそうに言った。「それはおめでたい!君の父さんがこの日をどれだけ待ちわびてたか……結婚式も近そうだな」誠健はニヤッと笑った。「先生、ご祝儀の準備しといてくださいね」「もちろんさ、二人分用意しとくよ」そう言って、彼は血液採取の道具を取り出し、手袋をはめ
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第505話

医師は検査結果の用紙を誠健に手渡し、にこにこと言った。「誠健、このご祝儀はどうやらナシになりそうだよ。君、まだまだ頑張らないとね。彼女はただのホルモンバランスの乱れと、ちょっとした胃腸不良だ」誠健は検査結果をじっと見つめた。そこに並ぶ数値はすべて正常範囲。まるで空気が抜けたボールのように、彼はその場にドサッと腰を下ろした。……できてない?あの時、あれだけ頑張ったのに。知里が泣くほど愛し合って、しかも危険日ど真ん中だったのに……なんで?まさか、俺がダメなのか……?まるで水をかけられたナスのように、誠健は目を伏せ、黙り込んだ。知里は彼の手からスッと用紙を奪い取った。そこに「妊娠」の文字がないとわかるや、張り詰めていた心が一気にほぐれた。さっきまでこわばっていた顔に、自然と笑みが戻る。「ほら見なさいよ。そんなに一発必中なんて甘くないって。子ども産む?あんたなんかのために?来世にしな!」そう言って、意味深に彼の肩をポンポン叩くと、上機嫌で鼻歌を口ずさみながら部屋を出ていった。誠健は悔しさに奥歯を噛みしめる。できてなかったのはいいとしても、まさかこの俺をバカにするとは。許せん……これは男のプライドの問題だ!バッと椅子から立ち上がった彼は、後ろから知里を抱き上げ、そのまま出口へ。知里はスキップ気味に歩いていたが、突然抱き上げられて思わず叫んだ。「きゃああっ!?誠健!おろしてってば!ここ病院よ!同僚もいるのに、恥ずかしいでしょ!」誠健はニヤリと笑い、耳元でささやいた。「もう恥は捨てた。いい機会だから、見せてやるよ。誰ができない男かってな」そのまま、彼は米袋でも担ぐように知里を肩に担ぎ上げ、ズンズンと出口へ向かって歩く。それを見ていた若いナースたちは、目を丸くして口元を抑え、黄色い声を上げた。「やば!石井先生の彼氏力エグい!肩担ぎ!?まるで少女漫画!」「てか、婦人科から出てきたってことは……知里さん、やっぱ妊娠してるの?」「ありえる〜!もう一緒に住んでるって噂だったし。え、てことは……石井先生パパになるの!?ねぇ、結婚式呼んでくれないかな〜!」きゃあきゃあ騒ぐ彼女たちの背後から、ひとつ冷静な声がした。「何を見てるの?」それは同じ病院の医師、美琴だった。ナースたちは待っ
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第506話

誠健は知里を家に連れて帰ると、そのままベッドに放り投げた。ネクタイを引きちぎり、ボタンを外すのも一瞬だった。ベルトに手をかけたその瞬間、知里の蹴りが誠健の腹を直撃した。続けざまに、拳と足が容赦なく飛んでくる。「誠健、今日あんたが私に触れたら、死んでやるから!」誠健はすぐさま身を乗り出して、暴れる小悪魔を腕の中に封じ込めた。唇の端には不良のような笑みが浮かんでいる。「死に方はいろいろあるけど、俺が選んでやろうか?……俺に抱かれて死ねよ」そう言って、彼は知里の唇に噛みついた。狂おしく熱く、そして独占欲に満ちたキスが、知里を襲う。男と女の力比べなんて、勝負は最初から見えていた。どれだけ知里が抵抗しても、結局は誠健の下に押さえつけられる。キスを交わしながら、誠健の喉からは艶やかな声が漏れる。「知里……欲しい。ダメかな?」知里は荒い息を吐きながら、涙目で彼を睨んだ。「誠健、ムラムラしてるなら外で女でも抱いてきなさいよ。私にちょっかい出さないで」誠健は真剣な眼差しで彼女を見つめる。「でも俺がしたいのは、お前だけなんだよ。俺の初めて、お前が奪ったんだ。責任取ってもらわないと。じゃなきゃ、あんたがクズ女だろ?」「はぁ?何言ってんの?そんなの信じるわけないでしょ!あんたが毎日どこで遊び歩いてるか、誰でも知ってるんだから!童貞守ってるわけないじゃん!」誠健はその口をガブリと噛んで、声はますます低く、艶を帯びていく。「信じなくてもいい。でも俺にとって、お前が初めてだったんだよ。知里……俺の純潔、奪ったんだから責任取れよ」そう言って、再び彼女の唇を奪った。知里はもうキスで頭がぐちゃぐちゃで、まともに考えられない。誠健の言葉を聞いて、目をまん丸に見開いた。……このクソ男が、初めてだって?まさか……女遊びばっかしてると思ってたのに、実は誰とも寝てなかったってこと?熱いキスが唇から首筋へ、そして柔らかな肌を這い降りていく。知里は甘い声を漏らす。「誠健……あんた犬かよ……」誠健の目は情欲に濡れて、彼女を見下ろす。「そうだよ、俺は犬だ。それも羨ましがられるほどの『種馬腰』持ってる犬だぜ。もう一回、試してみるか?」そう言って、彼の大きな手が知里の敏感な部分に触れた。大人の男女
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第507話

知里がバスルームから出てくると、ちょうど誠健がベッドに腰掛けて、煙草をふかしていた。男の顔には珍しく深い陰りが差していて、瞳の奥もどこか沈んでいた。知里はそのまま彼の元へ歩み寄り、手に持っていたスマホを取り上げた。「誰が勝手に人のスマホ見ていいって言ったのよ」ムッとした口調に、誠健は煙草を灰皿に押しつけながら、彼女をぐいっと引き寄せて抱きしめた。タバコの残り香と、知里のボディソープの甘い香りが混じり合い、ふわりと鼻先をかすめた。「お前、ホントにお見合いする気か?」知里は淡々と答える。「このドラマ、来週でクランクアップでしょ。ちょうどいいタイミングだから、別れる予定なの。その後は親の言う通りにお見合いでもするわ」その答えに、誠健の目が一瞬、鋭く光る。知里を抱く腕に、無意識に力が入った。「知里お前、ほんとクズだな。俺のこと散々搾り取って、終わったらはいサヨナラ?どんだけ男ナメてんだよ」知里はジト目で睨み返した。「最初から言ってたでしょ?これはお芝居だって。あんたが勝手にハマってんでしょ」「でも俺はもう、ハマっちゃってるんだよ。どうすりゃいいんだよなぁ、知里、お見合い、やめてくれないかな?」いつも軽薄な態度しか見せなかった誠健が、初めて見せた真剣な声色。その声に、知里は思わず戸惑った。ぱちぱちと瞬きをして、彼を見つめる。「じゃあ何?私に付き合おうって言いたいの?」「俺、そんなに条件悪いか?顔はイケてる、仕事もできる、ベッドでも文句なし。これで十分でしょ?なに他の男探してんの、バカなの?」そう言って彼女の額を指でパチンと弾いた。冗談っぽく見えるけど、その瞳は真剣そのものだった。今まで散々喧嘩してきた。彼は彼女のことを「可愛げがない」と言い、彼女は彼のことを「女好きのクズ」と罵った。でも、いざ本当に離れるとなった瞬間、胸の奥がざわついた。――まさか、本気になってしまったのか。知里は誠健の顔を見つめ、ふっと笑った。「誠健、私さ、小さい頃からずっと根に持つタイプなんだよね。一回でも私を傷つけたり、見下した人間のこと、絶対に許せない」誠健はぽかんとした顔で聞いていたが、やがて不思議そうに首を傾げた。「俺、そんなひどいことしてないだろ?口喧嘩はしたけど、本気で傷つけたつ
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第508話

知里はじろりと睨みつけ、誠健の腕を振り払った。「安心して。ちゃんと別れ話の清算はするわ。慰謝料も払うから、それでおしまい。これからは一切関係ない」本気だと察した誠健は、奥歯を噛みしめた。「いいだろう、なかなかやるじゃねぇか。見せてもらおうじゃないか、お前が俺と本当に離れられるか」そう吐き捨てると、彼はそのままバスルームへと姿を消した。一方その頃。晴臣は予定通り智哉のオフィスを訪れた。部屋の中にはもう一人、雅浩の姿もあった。デスクには書類が山のように積まれている。晴臣は目を細めた。どうも、想像していたより複雑な空気だ。智哉は彼が入ってくるのを見ると、ゆっくりと顔を上げ、前の椅子を指さした。「どうぞ」そう言いながら、一枚の書類を彼に差し出す。「これは、父さんと祖母が持ってた高橋グループの株式だ。二人ともお前に譲渡することを了承してる。これでお前は俺に次ぐ第2位の株主、そして高橋グループの副社長だ。これはその任命書」晴臣は一通り目を通し、ふっと意味ありげに笑った。「俺がそのうち社長の座を奪ったらどうする?」智哉は穏やかに微笑む。「欲しいなら、奪うまでもない。譲ってやるよ」その一言に、晴臣の目から疑念が消えた。「なるほど。つまり俺に会社任せて、お前は嫁と子どもとぬくぬく暮らすってか?ほんと、自分勝手なやつだな」智哉は淡々と答える。「お前も高橋の血を引いてる。家がここまで追い込まれて、何もせずにいられるか?俺は本当は佳奈を連れて、どこか安全な場所で出産させてやりたい。でもグループの問題が山積みで、そばにいられない。今はあの屋敷に閉じ込めるしかなくて……正直、罪悪感でいっぱいだ」そう言いながら、彼は煙草を3本取り出して、晴臣と雅浩に1本ずつ渡し、自分の分を口に咥える。その瞳には、かつての冷酷さではなく、どこか疲れた影が落ちていた。その姿に、晴臣は不意に胸が詰まるような思いを覚えた。ポケットからライターを取り出し、静かに智哉の煙草に火を点ける。「世界中の黒風会の名簿、片っ端から調べたけど、啓之って名前の男は一人もいなかった。つまり、やつは名前を変えてる。もっと言えば、あの事故で顔も変えた可能性がある。AI顔認証でも見つからないのは、そのせいかもしれない」智哉は細めた目で煙を
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第509話

その一言で、晴臣は動きを止めた。もし母親が玲子の『代り』じゃなかったとしたら……その裏にある意味は――「つまり……あの頃、お前の父さんと付き合ってたのは、俺の母さんだって言いたいのか?」智哉の鋭い視線がわずかに揺れた。そして、静かに頷く。「今のところ、それが一番筋が通る説明だ。父さんと本当に交際していたのは奈津子おばさん……つまり本物の玲子だった。結婚して子どもまで産んだのは、整形して玲子になりすました偽物だ」「啓之は高橋家を乗っ取るために、玲子に似た女を見つけ、整形させ、仕草や口調まですべて叩き込んで、玲子として父さんの前に送り込んだ。そうして、高橋グループにじわじわと食い込んでいった」「だから、父さんは今でも奈津子おばさんのことを思い出せない。なぜなら、彼の記憶の中にあるのは、常に玲子の顔だけだったから。ふたりが入れ替わってるなんて、見分けようがない」「玲子の両親、つまり俺の外祖父母はすでに他界しているけど、本物と偽物を見分ける方法が一つだけある。彼らの遺品を見つけて、DNA鑑定をすればいい」その話を聞いた晴臣は、すぐに要点をつかんだ。「つまり……昔、浩之と征爾が取り合ってた女は、俺の母さん。だからお前は、浩之が母の正体に気づいてると疑ってるわけだな?」智哉は煙をゆっくり吐き出しながら答える。「それはあくまで推測だ。証拠はないし、仮に浩之に問い詰めたとしても、絶対に認めないだろう。だから俺が思うに、あの頃ずっとお前たち母子を追い詰めてた理由は二つある。一つは、玲子が自分の偽りの身分を隠したかったから。もう一つは、浩之がお前たちが瀬名家に戻って、遺産を巡って自分と争うのを恐れてたからだけど、途中で急に態度を変えて、お前たちを迎えに来た。何か別の計画に切り替えたとしか思えない。ただ、その新しい目的が何か、まだ俺にもわからない」その言葉に、晴臣は背筋がゾクッとした。もしそれが事実なら、母親だけじゃない。外祖父も、瀬名家全体も、浩之の掌の上ということになる。拳をぎゅっと握りしめ、彼は低く言った。「だから、俺を副社長にしたのは……浩之の目的を探るため。つまり啓之かどうかを確かめるためってことか」智哉ははっきりと頷く。「それもある。もう一つは、父さんと祖母が、お前に償いをしたかったからだ。ど
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第510話

佳奈はその一言で、すべてを察した。しかし、わざととぼけたように言う。「えっ、ひどく噛まれたの?狂犬病のワクチン打ったほうがいいかもね。石井先生、どうしてそんなに油断してるの?知里が犬に噛まれるなんて」誠健は奥歯をきしませ、悪びれずに笑った。「その犬ってのは俺だよ」佳奈はぱちくりと大きな目を瞬かせる。「……なんであなたが知里を噛むのよ?うちの知里は肌がきれいで繊細なんだから、そんな荒っぽくしたら困るでしょ。ねえ、どこ噛まれたの?見せてよ」誠健は思わず吹き出し、破顔して言った。「妊娠すると3年はバカになるってよく言うけど、お前、本当だな。そんなことも見抜けないのかよ。俺が彼女のこと好きで、噛みたくてしょうがないってだけだよ」「好きで噛むのと、好きだから噛むのは意味が違うの。もし本当に好きじゃないなら、次から勝手に噛んじゃダメよ。傷が残ったら、知里がお嫁に行けなくなるでしょ」そこまで言われてようやく誠健も悟る。舌で奥歯をなめながら、低く唸った。「佳奈、お前まで智哉のあの性悪と同じになって……なんでよりによって、あいつの腹黒さを見習うんだよ」佳奈はにっこり微笑んで返す。「うちの旦那の策は全部仕事用。私に対しては、ただの一途なの。決めたら絶対に離さない。でもあなたは違う。心が一つしかないくせに、自分の本心がどこにあるかもわかってない。もったいない男ね」そう言って、知里の手を取って屋敷の中へ。背中を向けたまま、手を振って別れを告げる。「石井先生、昨夜は徹夜手術でお疲れでしょ?お食事は遠慮してね。知里を送り届けてくれてありがとう。じゃあね」誠健は立ち尽くし、二人の背中を見送りながら、懐から煙草を取り出し火を点けた。知里の見合い話でイラついていた気持ちが、今また佳奈の言葉でぶり返す。俺はこんなに軽く扱われる男か?ポケットからスマホを取り出し、すぐさま智哉に電話をかける。「佳奈、お前が妊婦じゃなかったら、今すぐにでも説教してやるところだ。でも代わりに、お前の旦那と決着つける!」ちょうど記者会見を終えたばかりの智哉が電話に出る。声は低く、落ち着いていた。「何の用だ?」誠健は思いっきり煙を吸い込み、苛立ちをぶつける。「お前さ、自分の嫁ちゃんと管理しろよ!知里と組んで、俺を散々おちょ
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