あの頃、彼の目は見えず、11号は声を失っていた。 ふたりはこのLINE番号を通じて、心を通わせていた。 この携帯は視覚障害者専用の機種で、届いたメッセージはすべて音声で読み上げられる。 そしてこの番号は、11号だけのもの。他の誰とも繋がったことはなかった。 智哉は、携帯の画面に表示されたメッセージをじっと見つめた。 【99号、私が見える?手を振ってるよ】 ――目の前にいるこの少女こそが、彼がずっと探し続けてきた11号。 智哉はもう一度、窓際の少女を見つめた。 少女は彼に向かって、手話を送る。 【99号、久しぶり】 その瞬間、智哉の瞳がかすかに揺れる。 これこそ、あの時11号が彼に教えた唯一の手話だった。 「もし退院して、またどこかで会えたら、この手話で伝えるから」 そう笑いながら言った彼女の姿が、鮮明に蘇る。 この合図を見れば、すぐに私だとわかるから――そう約束した。 智哉は、その窓際の少女から目を離さなかった。 すべてが、確かに11号と彼だけの記憶に基づいている。 疑う理由など、本来どこにもないはずだった。 だが、この少女が現れたタイミングが、彼の心に影を落とす。 佳奈とすれ違った矢先に、突然現れた11号。 それは果たして偶然なのか。 それとも、誰かが意図して仕組んだものなのか。 もし仕組まれたものだとしたら、この少女は一体誰なのか。 そして、本物の11号はどこにいるのか。 その疑念を胸に抱えたまま、智哉は表情を崩さず、少女に軽く頷いてみせた。 そして、ゆっくりとカフェの中へと足を踏み入れた。 少女は隠しきれない喜びを顔に浮かべ、柔らかな声で問いかける。 「99号……元気だった?」 その声は穏やかで優しく、まるで時が巻き戻ったかのようだった。 智哉は、ほんの少し口角を上げて答える。 「どうして、こんなに時間がかかったんだ?」 その問いに、少女の目には涙が滲んだ。 しばらく黙ったまま彼を見つめ、ようやく口を開く。 「退院してから、家が大変だったの。父の会社が経営危機になって、継母はお金を持って他の男と逃げた。父はそのストレスで、
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