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第291話

「凌央があなたのところにいないことくらい知ってるわ。だってさっき私のところに来て、今シャワーを浴びてるもの!」美咲の声には誇らしげな響きがあり、電話越しでもその喜びが伝わってきた。乃亜は眉を上げ、冷ややかに笑った。「凌央はたった今帰宅したところよ。どうしてあなたのところにいるのかしら?美咲、認めなさい。彼が愛しているのは私であって、あなたじゃないわ!」ちょっとした嫌味なお世辞くらい、誰だってできるものだ。凌央が今どこにいるかなんて、乃亜にはどうでもいいことだった。美咲は怒りから顔から血の気が引き、爪が手のひらに食い込んだ。あの二人は明日離婚するはずじゃなかったのか? なぜ今夜も一緒にいるんだ!まさか裕之は彼女を騙していた?実際は二人の間に離婚の話なんてなかったのかもしれない!「もし彼が私を愛していないなら、どうして桜華市の全ての道に同じ種類の花を飾らせたの? もし愛していないなら、庭に私の好きな花を植えたり、私が好きだからって同じお茶を飲み始めたりしないわよね!」「それに、あなたたちの新婚初夜のこと覚えてる? 私が足を挫いたと電話したら、彼は新居にあなたを置き去りにして、一晩中私の世話をしてくれたのよ!」「そしてきっとあなたはまだ知らないでしょうね。彼が最近、美容院とリバービューマンション、それに車も贈ってくれたのよ。桜華法律事務所を譲るとまで言ってくれたわ!」彼女は自慢していた。だが心の奥では、これら全てが凌央の乃亜への罪滅ぼしに過ぎないと痛いほどわかっていた。彼女はそんなもの要らなかった。彼女はただ凌央が欲しかったのだ。「私は全て録音したわ。離婚する時は、きちんと返品するのよ。だってそれらは私と凌央の夫婦共有財産なんだから!」以前なら、こんな美咲の言葉を聞いたら、乃亜は気を失いそうになっただろう。しかし今の彼女には、かつてない冷静さがあった。彼女の凌央への愛も、少しずつ冷めていった。今ではもう、心に波風すら立たない。本当に吹っ切れたのだ。美咲が何を言おうと、彼女を傷つけることはできなかった。「乃亜、あなたが3年前に凌央のベッドに潜り込み、おじい様に結婚を強要した時から、彼はあなたを心底嫌悪してたのよ!この3年間、さぞかし辛かったでしょうね?」美咲はゆっくりと言い放っ
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第292話

乃亜が知っているわけがない。「あなた、お風呂から上がったのね!はい、今すぐ行くわ!」乃亜は突然そう言い残し、電話を切った。美咲は携帯を握りしめ、全身を震わせていた。乃亜のやつ、また凌央を誘惑している!ダメだ。絶対に、乃亜の思うようにはさせない!そう思うと、すぐさま凌央の番号に電話をかけた。呼び出し音が長く響いたが、誰も出なかった。美咲は深く息を吸い込んだ。まさか、もう始まったのか?ダメだ! 絶対に乃亜と寝させてはいけない。慌ててもう一度電話を掛けた。呼び出しが切れそうになる直前、受話器から低く艶やかな男声が響いた。「用件は?」その声は、聞く者を陶酔させるような色気を帯びていた。美咲は一瞬、意識が遠くなるような感覚に襲われた。彼女はもしベッドで彼にあの声で自分の名前を呼ばれたら、死んでもいいと思った。「用件は?」彼は口調を強めた。邪魔立てされたことへの苛立ちが感じ取れた。「凌央、会いたいの」美咲は唇を噛みながら、かすかに呟いた。彼女は四六時中、彼に会いたかった。だが、凌央は彼女と共にいることを決して望まなかった。「美咲、もう夜も遅い。もう寝た方がいい。幼稚な真似はやめてくれないか?」凌央はデスクに向かったまま、山積みの書類を前にペンをくるりと回していた。顔には険しい表情が浮かんでいた。かつて乃亜は、美咲との関係を断つよう求めてきた。彼は口では承諾しながらも、実際には何も行動を起こさなかった。彼にとっては、美咲との関係は潔白なもので、わざわざ距離を取る必要などないと思っていた。何より、彼は乃亜が大袈裟に騒ぎ立て、わざと難癖をつけていると思っていた。だから乃亜と約束した後も、平然と美咲と連絡を取り合っていたのだ。今夜、乃亜が決然と離婚を申し立てた。彼はまだ挽回可能だと考えた。しかし、乃亜が祖父の存在まで持ち出した。その時に彼はようやく悟った。彼女が彼に言っていた言葉はすべて本気だったのだ。以前は、彼女のことを理不尽に騒ぐ女と捉え、数日放っておけば収まると思っていた。今の彼ならわかる。彼の行った一つひとつの行動を、乃亜はすべて覚えていたのだ。「凌央、子供の頃、あの寺に行ったことを覚えてる?」凌央の苛立ちを感じ取り、美咲は懐か
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第293話

美咲は喜びで興奮した。「わかったわ!今すぐ着替えるわね!」凌央が彼女を迎えに来てくれるなら、乃亜が凌央を誘惑する隙間もない!ふと、乃亜が怒り狂う姿を想像し、思わず笑みが漏れた。痛快だ!電話を切った凌央は書類を整理すると、ようやく立ち上がりドアに向かった。ちょうどその時、山本がドアを開けて入ってきた。「蓮見社長、お食事を届けに参りました。温かいうちにどうぞ!」三十分ほど前、凌央から急いで食事を届けるよう電話で指示を受けた山本は、事情もわからないまま、急いで調達してきたのだった。「そこに置いておいてくれ。これから外出する」さっきまで空腹を感じていたのに、今はすっかり食欲が消えていた。山本は呆然とした......社長の気まぐれにも程があるだろう。車に乗り込んだ凌央は、依然として憂鬱な気分だった。美咲は子供を失って苦しんでいた。凌央も間もなく乃亜を失う。その時、同じように苦しむのだろう。考え込んでいる最中、再び美咲から電話がかかってきた。凌央は眉間を揉みながら答えた。「どうした?」以前の彼は、三日三晩働き続けても平気だった。しかし、今はひどく疲弊していると感じた。「出発した?」美咲の声は優しく尋ねた。「今、車に乗ったところだ!」「あの西城家っていうお店のお粥が食べたいの。買ってきてくれない?」美咲は恐る恐る尋ねたが、内心は不安でいっぱいだった。彼女は流産以来、凌央の態度がどこか変わったように感じてならなかった。まるで目の前にいるのに、はるか遠いところにいる感覚だった。彼女は必死に彼をつかまえようとするが、どうしてもつかみきれない。不安でたまらないからこそ、何度も電話をかけ、傍にいてほしいと思った。そうすれば、彼女は少しだけ現実味を感じられた。「わかった!」凌央は短く応じると、電話を切った。美咲は携帯を握りしめ、電話の向こうから聞こえる切断音に、漠然とした不安にかられた。深く息を吸い込み、這い上がる感情を無理やり押し殺した。そして再び携帯を手に取り、電話をかけた。「手段は問わないわ。私が求める結果はただ一つ、乃亜の流産よ!」彼女は歯を食いしばりながら言い放った。今、失った我が子のことを思い出すと、乃亜への憎悪が沸き上がった。
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第294話

その口調には、ほんの少し溺愛めいた甘さが混じっていた。彼女は思わず考えてしまった。直人は紗希のことが、少しは好きなのではないか。そうでなければ......ちょうどその時、携帯の着信音が鳴り響いた。乃亜は思考を切り上げ、画面に表示された番号を見ると、その繊細な眉をしかめた。拓海がどうして彼女に電話をかけたのだ?疑問が頭をよぎったが、彼女はすぐに電話に出た。「拓海さん!」祖母の死後、拓海は彼女をずっと支えてくれた。彼女は彼に恩義を感じていた。「こんな夜遅くに連絡して、すまない」拓海の声は優しく、電話の向こうで穏やかに微笑んでいる姿が目に浮かぶようだった。「どうしたの?何かあったの?」乃亜も少し慌てた。「いや、特に大事な話じゃないよ」拓海は一瞬黙ってから続けた「裕樹と凌央、それに直人が一緒に飲んでいたんだ。知っていたか?」「知らなかったわ」彼女は本当に知らなかった。直人が紗希を迎えに来た時も、そんな話は一切しなかった。乃亜はためらい、何かを察したように尋ねた。「もしかして何かあったの?」拓海がわざわざ夜中に電話してくる以上、ただ事ではないはずだ。「直人がお見合いしたらしい」拓海は静かにため息をついた。「桜坂家の令嬢だ。研究所勤めで、家柄も本人の能力も申し分ない。彼らはおそらく結婚するだろう」彼が思うに、少なくとも、両家は満足しているに違いなかった。政界人同士の繋がりだからだ。もし両家が本当に家族になれば、お互いを支え合い、さらに上を目指せる。だから紗希はただの捨て駒でしかなかった。拓海が乃亜にこれらのことを伝えたのは、紗希に本気になりすぎないように警告してほしかったからだ。さもなければ、結局傷つくのは紗希自身なのだ!「わかったわ、ありがとう!」乃亜はそう言って電話を切った。携帯を強く握りしめながら、前に紗希が酔っぱらっていた時の様子が何度も頭に浮かんだ。紗希はいつも直人のことは愛していないと言っていたが、酔った時には彼の名前を呼んでいた。もし本当に別れることになったら、紗希は立ち直れるだろうか?乃亜はこのことを紗希に伝えるべきかどうか悩んでいた。一方、拓海は乃亜のことを考えていた。今、彼女は何をしているのか、はたまた自分の
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第295話

美咲は一瞬たじろぎ、少しきまり悪そうになった。「もしあなたが彼の代わりに決断できるなら今すぐ話すわ。でもそんな権限がないなら、さっさと凌央に代わりなさい!でないと、後悔するのはあなたよ!」乃亜の声は冷え切っていた。彼女は美咲の企みを十分理解していた。だが今は彼女と駆け引きする気などなかった。彼女はただ円満に離婚を成立させたいだけだった。「どうしてそんなに私を責めるのよ!」美咲の声が突然変わり、哀れを誘うような態度になった。乃亜はすぐに察した。凌央がそばに来たのだ。そして彼女は思わず笑いをこぼした。「私たちの通話は全部録音してあるわよ。私に濡れ衣を着せようだなんて思わないことね!」もう凌央と離婚するのだから、美咲と潰し合っても構わなかった。美咲は一瞬呆然とした後に、やっと反応し、悔しさに歯を食いしばった。そして、乃亜を引き裂いてやりたいほどの怒りが込み上げてきた。録音しているなんて!「そろそろ凌央に代わってもらえる?」実際は美咲に伝言させることもできたが、彼女がまるで本当の妻のような態度を見せるのが不快で、彼女とこれ以上話す気も起きなかった。「私と凌央は今、お寺で子授けの祈願をしているの。終わったらすぐに電話させるわ」美咲は得意げにそう言った。「ただの連絡よ。今日離婚するって凌央に伝えて。でもまあ、あなたたちが子授け祈願中なら、電話は切るわね。離婚は日を改めても構わないわよ!」乃亜の声は冷ややかだった。彼女は確信していた。きっと美咲はすぐに凌央に電話を代わるに違いない。乃亜のそんな考えがまだ頭の中に残っているうちに、美咲の甘ったるく媚びた声が聞こえてきた。「凌央、早く電話に出て!乃亜からの電話よ!」乃亜は思わず笑ってしまった。きっと今美咲は、天にも昇る気持ちだろう。そんなことを考えていると、耳元に男の冷たい声が響いた。「用件は?」「これから役所に向かうわ。証明書を持ってくるのを忘れないで」乃亜は悟った。もう凌央と話しても、心に波風ひとつ立たないのだと。まるでごく普通の他人と話しているかのようだった。凌央は不機嫌そうに電話を切った。携帯を握りしめながら、電話口の彼女の淡々とした態度を思い出し、腹立たしさを感じた。乃亜は自分を愛しているのではなかっ
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第296話

美咲の表情がこわばり、顔色が褪せた。なぜ凌央は突然こんなにも急いで線を引きたがるのだろうか?「凌央......私は......」美咲は弁明しようとしたが、言葉が見つからなかった。凌央は彼女を一瞥するだけで、振り返りもせずに去って行った。病院を出ると、彼は山本に電話をかけた。「蓮見社長」「調べたか?」「社長の携帯には着信制限がかかっていました。つまりは......相手の番号がブロックリストに入れられていたということです」山本は言葉を濁しながら報告した。「美咲の退院手続きを済ませろ」凌央は冷たく言い残し、電話を切った。乃亜の祖母が亡くなった数日間、彼は錦城で仕事に追われ、自分の携帯が操作されていたことに気づかなかった。だから祖父からの電話にも出られなかった。乃亜でさえも、元々彼を恨んでいたのだから、電話などするはずもなかった。結局、唯一電話をかけてくるはずの祖父の番号だけが、なぜかブラックリストに入れられていた。こんなことを仕組める人物は、たった一人しかいない!凌央は電話を切り、タバコの箱から一本取り出し、火をつけた。立ち込める煙の向こうに、ふと乃亜の泣き崩れる姿が浮かんだ。あの数日間、彼女は一人でどれほど悲しみに耐えたのだろうか。タバコを吸い終えると、今度は弁護士に電話した。ちょうど電話を終えたところで、祖父から着信があった。「凌央!何時だと思っているんだ!まだ到着しないのか!」電話の向こうから祖父の力強い声が聞こえた。凌央はタバコの火を消しながら、冷たく言った。「今すぐ行きます」祖父は乃亜のことを一番好いていたはずじゃなかったか?乃亜が離婚すると言っているのに、止めもせず、むしろ彼を役所へ行くよう急かしていた。まったく......祖父はふんっと鼻を鳴らし、電話を切った。凌央は眉間を揉んだ。祖父は心から彼が気に入らないようだ。いったいどちらが実の孫なんだか。その頃、乃亜と祖父は老舗の定食屋で朝食をとっていた。祖父は海鮮粥を彼女の前に置いた。「お前の大好物だろう。たくさん食べろ! 最近やせ細ってしまっているぞ!」声には心からの憐れみが込められていた。乃亜が口を開こうとした瞬間、海鮮の香りが鼻をつき、突然むかつきを覚えた。「うっ.
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第297話

「さっきは誰からお電話だったんですか?」乃亜は質問に答えず、逆に質問で返した。「凌央の母親だ」祖父の声の調子は明らかに不快そうだった。「私が凌央と離婚することを、彼女はご存知ですか?」乃亜は真子が以前、彼女のお腹の子供に危害を加えようとしたことを思い出し、嫌悪感がこみ上げてきた。あんな女、母親の資格もない。「わしは伝えていない。これからも伝えるつもりはない!」祖父の言葉に、乃亜は違和感を覚えた。「どうしてですか?」彼女は凌央の母親なのに、どうして伝えないんだ?「凌央はお前に、真子との関係について話さなかったのか?」祖父は逆に問い返した。乃亜はしばらく黙ってから、首を横に振った。凌央はあれほど彼女を嫌っているのだ。そんなことを話すはずがない。「実は、彼女は凌央の実の母親ではないんだ」祖父はため息をつき、乃亜の顔を見つめてから、躊躇しながら続けた。「凌央の母親は、彼がまだ幼い時に亡くなった。その後、凌央は蓮見家に戻されたが、彼の身分が特別だったため、ずっとわしの手元で育てられた。ただ......」祖父はここまで言うと、苦痛から表情を歪めた。彼はあの頃のことは、思い出したくもなかった。「お話しになりたくなければ、結構です。別に無理に知る必要もありませんから!」知れば知るほど、心の荷物が増えるだけだ。今の彼女は、ただ身軽に生きたいと思っていた。「話したくないわけではないが、この話は話すと長くなってしまう。簡単には説明できないんだ!乃亜、実を言えば、凌央があのような性格になったのは、このわしのせいでもあるんだ!」祖父は長年思い出さないようにしていた記憶を掘り起こし、胸が締め付けられるような苦しさを感じていた。「では、今はお話しにならなくても結構です。機会があればその時に話しましょう」乃亜はそう言うと、スプーンを取ってお粥を口に運んだ。彼女と凌央はもうすぐ別れ、他人になるのだ。彼女はもう凌央についてのことは、知る必要もなかった。「いや、わしはどうしても凌央の過去を話さねばならん!あの子がどんな目に遭ってきたか知れば、なぜあんな冷たい性格になったか、なぜ人を愛せなくなったか、お前も理解できるはずだ!」祖父は思った。二人は離婚するとしても、凌央の真実を乃亜に伝えて
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第298話

祖父の気分はすぐさま良くなった。電話で真子が凌央と渡辺家の令嬢をお見合いさせると言ってきたことさえ、もう腹立たしく感じられなかった。乃亜は黙々と食事を続けた。祖父は明らかに彼女と凌央の離婚を望んでいなかった。彼が余計なことを言えば、未練があると誤解されかねない。余計なことをしてしまうよりは、何もしないほうがましだ。食事を終えると、祖父は乃亜を車に乗せ、運転手に役所へ向かうよう指示した。断り切れず、乃亜は仕方なく車に乗り込んだ。祖父は満足げだった。役所に近づいた時、凌央から電話がかかってきた。祖父は電話に出るなり問い詰めた。「お前はいつ到着するんだ!」「乃亜に代わってくれ!」凌央の声には緊迫感があった。「その口の利き方は何だ!」祖父が怒鳴り返した。「彼女に重要な用事がある!」祖父は仕方なく携帯を乃亜に手渡した。「凌央がお前に用事があるらしい」乃亜は一瞬躊躇してから携帯を取り、淡々と言った。「何の用?」「おじい様が創世の1%の株をお前に譲ると言っている。今手続きをするか、それか後でするか?」この件は以前から祖父が話していたことだったが、凌央は多忙で忘れていた。今日離婚の手続きをしに向かう中、乃亜との3年間を回想しているうちに、ふと思い出したのだった。電話を切った乃亜は祖父を見た。「おじい様、私が今日凌央と離婚するのをご存知でしょう?どうして私に創世の株を譲るんですか!おじい様、私は株なんていりません!」「わしが与えるものは素直に受け取ればいい、断るんじゃない!」祖父は不機嫌そうなふりをした。乃亜は唇を噛んだ。「創世の株はあまりにも多すぎます!受け取れません!」祖父はとっさにウィンクしてみせた。「凌央との離婚に対する償いだと思ってくれ。この株さえ持っていれば、今後あの子はお前のために働くことになる。まさかそれが愉快だと思わないとでもいうのか?」祖父は乃亜の本心までは読めなかった。ただ彼は、とにかく彼女に株を受け取らせたかった。「でも......」乃亜は首を振った。すると、祖父は不機嫌になった「これは決定事項だ。議論の余地などない!」乃亜は大人しく口を閉ざすしかなかった。祖父は携帯を取り出し、凌央に電話をかけた。「おじい様」
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第299話

乃亜は思わず目を見開き、目の前の男を見つめた。今のはきっと幻聴に違いない!実際この男は何も言っていないはずだ。「乃亜、お前の祖母が亡くなった時、俺は出張中で、携帯が......」ここまで言うと、凌央は突然言葉を詰まらせた。今の美咲は、かつて母と自分を追い詰め、母を死にまで追いやったあの女そっくりだ。このことを乃亜に知られたら、彼女は美咲に接触しにいくかもしれない。もしそうなれば、美咲が何をしだすか分からない。やはり美咲を遠ざけてから話すべきだ。言葉を途中で止めた彼を見て、乃亜はすぐに悟った。どうやら、あの時、彼の携帯はずっと電源が入っていなかったようだ。そういうことなら、彼女が自分から電話するような厚かましい真似をしなかったことは救いだ。そうだ、美咲はあの時流産手術の直後で、情緒不安定だったはずだ。凌央は彼女をあんなに愛している。彼女の側にいて一心に世話をするのが当然だ。携帯の電源を切り、外界の煩わしさを全て遮断したのだ。彼女にはその心情がよく理解できた。自分は気にしていないことを示すため、乃亜はわざと明るく笑って言った。「説明なんていらないわ。全部、理解しているから!」凌央は眉をひそめた。彼女はいったい何を理解したというのだ?「弁護士はいつ到着するの?」乃亜は彼の不機嫌そうな顔を見て、これ以上気まずい会話を続けたくないと思った。弁護士が来て、署名さえ済ませば、もうここから離れられる。離婚が成立すれば、二人は赤の他人。彼のことなど、彼女はこれっぽっちも知りたくなかった。「乃亜......」彼女の冷たい態度に、凌央は理由もなく不安を覚え、口を開こうとしたその時、ドアがノックされた。彼は仕方なく言葉を飲み込み、低い声で「入れ!」と命じた。ドアが開き、弁護士が書類の入ったファイルを持って入ってきた。乃亜を見つけると、にっこり笑って挨拶した。「蓮見社長、久遠弁護士」乃亜は桜華市の法律界では有名な存在だ。彼が知らないはずがなかった。しかし挨拶が終わらないうちに、凌央が冷ややかに言い放った。「彼女は蓮見夫人だ!」まだ離婚が成立していない以上、確かに法的には蓮見夫人であった。弁護士は渋々言い直した。「蓮見夫人!」乃亜は思っていた。凌央のやつ、
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第300話

「署名は終わったわ。そろそろ役所に行きましょう」乃亜は署名済みの書類を弁護士に渡すと、静かに凌央に告げた。「乃亜、もう一度考え直してくれないか?」凌央の声は小さく彼女に尋ねた。弁護士はさっさと書類をまとめ、急いで退出した。二人の私的な会話を、彼は聞く勇気がなかった。「とっくに考えはまとまっているわ。行きましょう」乃亜は目の前の彼の顔を見つめたが、心は意外なほど冷静だった。彼に傷つけられ騙され続けて、彼女の心はとっくにボロボロだった。昨夜、彼女はたくさん考えた。彼女はこれまでの自分自身に、本当に申し訳なく感じた。「乃亜......」凌央は再び彼女の名を呼んだが、彼女の冷たい瞳を見つめた瞬間、言おうとした言葉が口から出てこなかった。その時、祖父がドアを押し開けて入ってきた。「弁護士から署名が終わったとの連絡があったぞ。手続きは終わっているのに、なぜまだここにいる?ぐずぐずしていると、役所が閉まってしまうぞ!」祖父の力強い声が部屋に響き渡った。凌央は思っていた。おじい様は自分が一体誰の実の祖父だと思っているんだ!まるで彼と乃亜が離婚するのを待ち望んでいるようじゃないか!乃亜はくるりとドアの方へ向き、祖父の腕を優しくつかむと、「今から行きます!」と柔らかく応じた。以前なら、祖父が二人の離婚の事実を受け入れられないのではないかと心配していた。だが今の祖父の様子を見て、彼女はむしろ安心したのだった。しかし、凌央は不可解だ。何度も引き延ばして、どうしても離婚に応じようとしない。祖父が振り向いた時、凌央を深く見つめた。彼の顔色は明らかに優れていなかった。どうやら、彼は離婚したくないようだ!もし以前なら、祖父も乃亜に離婚を思いとどまるよう説得しただろう。だが凌央があんなひどいことをした後では、そんな言葉が出るはずもなかった。二人がエレベーターに入った時、凌央が慌てて駆け寄ってきた。乃亜はさっと手でエレベーターのドアを止めた。凌央が足を踏み入れると、祖父は彼を睨みつけ、ふんっと鼻を鳴らしてわざとそっぽを向いた。それは明らかに彼を避ける仕草だった。凌央の視線は乃亜に向いた。彼は彼女ならきっと自分を見てくれるはずだと思った。しかし彼女は祖父に向かって笑みを
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