All Chapters of 永遠の毒薬: Chapter 731 - Chapter 740

あまり親しくない辰巳が、乃亜のために美咲の刃を受けた。祖父は乃亜の真剣な表情を見て、嘘をついていないことを確信し、それ以上は何も言わなかった。「少し座っててくださいね。私はすぐに着替えて戻りますから」乃亜は祖父を椅子に座らせ、優しく声をかけた。「うん、わかった」祖父はうなずき、手を軽く振って乃亜を送り出した。乃亜は背を向けて部屋を出て、祖父はその姿が見えなくなるのを見送った後、軽くため息をついた。「はぁ......」近くにいた使用人が小声で耳打ちした。「若奥様、前よりずっと美しくなりましたし、性格も穏やかになったと思います。もし若奥様と凌央様が再婚すれば、凌央様も孤独にならずに済むのに」祖父は静かにうなずきながら、「乃亜が戻ってきてくれれば、凌央もひとりぼっちにならずに済むだろう。乃亜がいれば、凌央も元気でいられるし、何よりも心が落ち着くはずだ。凌央がどれだけ璃音のために頑張っても、やはり男親は母親ほど子供に対する細やかな配慮はできない。創世グループを経営しているから、子供の面倒を見れる時間もないしね」とつぶやいた。「そうですね、若奥様と凌央様が再婚すれば、おじい様もきっと元気になるし、体調も良くなりますよ。おじい様が幸せになれば、きっと長生きもできるでしょう」使用人は期待を込めて言った。祖父は再びため息をつき、「その時になったら、状況を見て話すよ」と答えた。「それなら、仕方ないですね」使用人は少し寂しげに言った。乃亜が着替えて戻ってくると、彼女はすぐに祖父の前に立ち、手を差し伸べて言った。「おじい様、帰りましょうか」年を取ると、夜更かしが体に良くないと感じる。ここから旧宅まで近いから、先に祖父を家に送ることにした。「辰巳の健康チェック、行かなくていいのか？俺はドライバーに送らせるから、戻ったらまたゆっくり話してくれ」祖父は心配そうに言った。「じゃあ車まで送りますね。無理せず、気をつけて帰ってください」乃亜は祖父を立たせ、優しく言った。「ありがとう、乃亜」祖父は微笑みながら言ったが、復縁のことがどうしても頭をよぎる。それを口にしそうになったが、やめておいた。「まあ、また今度聞いてみよう」祖父は深いため息をついた。こんなに遅くまで、乃亜を休ませるのは気が引けた。「おじい様、私は凌央と離婚しまし

辰巳は目をぱちぱちと瞬きながら、目の前の女性を見つめていた。なんて美しいんだろう！心臓が速く鼓動しているのが、自分でもわかる。「鼓動が速すぎるよ、ちょっとおかしいんじゃない？」乃亜は眉をひそめ、優しく言った。辰巳は顔が真っ赤になり、恥ずかしさでその場に穴が開くくらいだった。「だ、大丈夫だよ！ちゃんと普通だよ！」乃亜は少し笑ってから、傷口を再確認した。少し腫れていて、血がにじんでいる。「ちょっと出血してるから、薬を塗り直すね」痛いはずなのに、辰巳はこの瞬間が永遠に続けばいいのにと思った。乃亜が包帯を巻き終わると、サッと部屋の片づけを始めた。片づけ終わると、彼女は準備を整えて、ドアの方へ向かう。「ちょっと......出前頼んだんだけど、よかったら一緒に夜食食べていかない？」辰巳は言葉を詰まらせて、戸惑いながら言った。普段は全然臆病じゃないのに、どうして乃亜の前だとこんなにも緊張してしまうんだろう？「夜食は食べないことにしているの」乃亜はあっさり断った。「あなたも、夜食はあまり食べないほうがいいわ。体に良くないから、私は行くわね。食べ終わったら、早く休んで」辰巳は水をかけられたような気分で、全身が冷たく感じた。行っちゃうのか......一緒にいてくれないのか......その思いが胸を締め付けた。乃亜はそのまま部屋を出て行ったが、辰巳の表情には気づかなかった。部屋を出た後、乃亜は深く息を吸って、疲れた体を感じた。手術が何時間も続いて、もうヘトヘトだ。でも、凌央は無事だったから、まあ良かった。エレベーターの扉が開いた瞬間、乃亜は立っている拓海を見つけ、ふっと心が温かくなった。すぐに歩み寄り、穏やかな声で言った。「車で待っててって言ったのに、どうしてここにいるの？」拓海は微笑みながら手を差し伸べ、「君がエレベーターから出てくるとき、最初に僕に気づいてもらえるかなって思って」乃亜の手をやさしく握りながら、静かに言った。「行こう、家でゆっくり休もう」言いたいことは山ほどあったけど、乃亜の疲れた顔を見たら、無理に話すのはやめようと思った。もっと話したいことがあったけど、また今度。明日二人で結婚届を出すに行くんだ。これから一生一緒にいられるんだから、焦ることないよね。「う

彼には、自分のこれからの道がどんなものになるのか、まだわからなかった。けれど一つだけ、はっきりしていることがあった。乃亜がどんな決断をしても、自分は無条件で支える。もし彼女が子どもを手元に戻したいと言うなら、全力で助ける。その子を自分の娘のように可愛がり、守り抜く。自分の行動で示すのだ。乃亜を愛していること、そして彼女のすべてを愛することを。乃亜の目に、涙がにじむ。溺れる者が必死に浮木を掴むように、彼の服をぎゅっと握りしめる。喉まで込み上げた思いは、言葉にならなかった。胸の奥に溜まった感情は、ただ震えとなって指先に伝わる。拓海に対する負い目は、海よりも深く、山よりも重い。一生をかけても埋めきれない。「もう遅いし、そろそろ休んだ方がいいな。俺も部屋に戻る」拓海の声はかすかに震えていた。それでも抱きしめる腕をさらに強くする。まるで彼女を自分の骨にまで染み込ませ、離さないように。きっとこれが、二人に残された最後の温もりになるのかもしれない。理性は冷たい風のように、「手放せ」と囁く。だが情は蔦のように心に絡みつき、ほどけない。ほんの一瞬でもいい、彼女を守っていたい。その思いだけが残る。乃亜は手を伸ばし、拓海の頬をそっと撫でた。硬い輪郭の下から伝わる温かさが、すべての寒さを溶かしていくようだった。彼女は小さく微笑み、囁く。「この人生であなたに出会えて、知り合えて......人混みを越えて一緒に歩めたこと、それだけで幸せ。これからどんな道が待っていても、手をつないで......愛し合って、守って......ずっと一緒にいられますように」拓海の目に、赤い光がにじむ。彼は乃亜をじっと見つめ、その姿を心に刻み込もうとした。そして、静かに顔を寄せ、彼女の額に唇を落とす。そこには、限りない優しさと切ない未練が込められていた。「......おやすみ」低く掠れた声が震える。「僕の宝物......」背を向けた瞬間、足取りは少し乱れた。それでも振り返らない。これが長い別れになると、彼自身が一番わかっていた。寝室を出て、拓海は書斎へ向かう。灯りは柔らかく温かいのに、胸の中の闇を照らすことはできない。机に向かい、握り締めた拳の指先は白く浮き上がる。散らかった

木咲は少し俯き、声を震わせるように言った。「拓海さんが出発する前に、わざわざおっしゃったんです。自分がいない間二人の世話を頼むって」琴子は慌てて頷き、急いで付け加えた。「その通りです、奥様。拓海さんが本当にそうおっしゃいました。言うなりに、すぐに荷物を持って出て行きました」乃亜はしばらく黙って考えていた。拓海の言葉に込められた意味を探ろうとしたが、どうしてもつかめなかった。「実は......」琴子が一瞬ためらってから、ちらりと乃亜を見ながら口を開いた。その顔には、少しの躊躇いと迷いが混じっている。「どうしたの？」乃亜は眉を軽くひそめ、柔らかい口調で優しく尋ねた。彼女はいつも家の者には優しく接していて、その言葉には決して上から目線はなく、温かさが感じられた。琴子は少し視線を外して、微妙な決意を込めた表情でゆっくり言った。「昨夜、喉が渇いて目が覚めたんです。水を飲みに出たら、階段の角で拓海さんと出会ったんです。彼も水を飲みに来ていたんですよ」木咲は急いで頷き、言葉を重ねた。「その時、外で音が聞こえたので、慌ててドアを開けたら、ちょうど拓海さんが下りてきたんです」乃亜は口を閉じ、少しの間考え込んだ。昨日の夜、拓海さんはどうしてあんな風だったのだろう？琴子は深呼吸をして、さらに話を続けた。「その時、灯りの下で彼の目が少し赤くなっているのを見かけました。まるで泣いた後のように。彼は気づかれたくなかったのか、あいさつだけして急いで行っちゃったんです。私が水を飲んで部屋に戻る時、彼はまだぼんやりと立っていたんですよ。でも、私はそのまま静かに部屋に戻りました。今朝、彼が出て行った後、書斎を掃除していたら、ゴミ箱に煙草の吸い殻がたくさん入っていたんです。拓海さんはきっと、夜通し悩んでいたんだと思います」話が終わると、琴子は静かに立って、何も言わずにただ手を下ろした。まるで時間が止まったかのように、部屋の中はひっそりと静まり返った。乃亜は琴子の言葉を聞きながら、頭の中でいくつもの思いが巡るのを感じた。拓海の悩みが、仕事から来ているものなのか、それとも昨夜私が話した秘密に関係しているのか。もし仕事のことなら、自分は手助けできる。しかし、もし璃音のことが絡んでいるのなら、自分はどうにもできない。それは否定できない事実だから。その瞬

乃亜は軽く眉をひそめ、少し困惑した様子で言った。「どうしたの、そんなに慌てて？」島田は深く息を吸い、言葉を選びながらゆっくりと答える。「美咲が、逃げたんだ」「え？」乃亜は驚きの表情を浮かべながら、すぐに目を細めた。「いつ、どこに？」「昨夜だ」島田は声を低くし、後悔の念が滲んでいる。「すみません、社長。俺の見落としだった」乃亜は静かに手を振り、冷静に言った。「自分を責める必要はない。あんたにはどうしようもなかったことだよ」島田は歯を食いしばりながら、心配そうに言った。「じゃあ、どうすればいいんだろう？すぐに美咲を探しに行くべきか？」乃亜はしばらく黙って考えた。携帯を指で軽く撫でながら、昨夜の凌央の事故の映像が頭に浮かんでくる。混乱した心を落ち着けるように、ゆっくりと口を開いた。「焦らないで大丈夫よ。少しだけ待って、考えさせて」美咲の失踪が、彼自身に関わっているのか？どうして彼が彼女を助けに来たのか、何が背後にあるのか、答えが出ないまま、頭の中で疑問がぐるぐると回る。「そういえば、社長、昨晩先生に会った？」島田が尋ねる。乃亜はゆっくりと首を振った。「会っていない」とは言え、彼女は島田には話していなかったが、実際には先生を見かけた後、車を追いかけたことがある。そして、命を危うくするところまでいってしまった。「本当に？確かに先生は直人と一緒に食事してたんじゃない？」島田は小さく呟くように言った。乃亜は眉をひそめた。以前、悠を何度か目にしたことがあったが、毎回違和感を覚えていた。それが本物の悠だったのか、もし誰かが偽装していたのなら、その目的は一体何だろう？そんな疑念が頭をよぎる。「社長、いい情報がある！」島田の声に、乃亜は思考を引き戻された。「何か分かったの？」乃亜は急いで答えた。島田は興奮気味に続けた。「あの湧太さん、実は長い間同棲していた女性がいたんだって。四年間も一緒に暮らして、愛し合っていたんだよ」乃亜はその話を静かに聞きながら、考え込んだ。湧太という名前は、桜華市の住民にとって尊敬される人物であり、清廉潔白で民衆のために尽力していると広く信じられていた。模範的な夫妻としても知られていたが、島田の話を聞いているうちに、乃亜の心の中で不安が広がる。何かが隠されている、そんな気がした。これまで、