All Chapters of バツイチだけど、嫁ぎ先が超名門だった件: Chapter 81 - Chapter 90

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第81話

「誓って言うけど、俺はずっと結婚生活を大事にしてきた。彼女が好意を伝えてきた後は、ちゃんと会うのをやめたし、自分の立場もはっきり伝えたんだ。『俺は既婚者で、妻を愛してる。浮気する気なんてない』って。志穂も『わかった、もう邪魔しない』って言ってさ。しばらくは本当に姿を見せなかったし、メッセージも来なかった。あの夜、バーでたまたま会ったんだよ。彼女は『海外から帰ってきたばかりで、偶然だね』って声をかけてきて。俺が落ち込んでるのを見て、何杯か付き合ってくれた。『友達として話そう』って言われて、つい飲みすぎて。ストレスもあって、全部ぶちまけてしまった。途中から記憶が途切れてて、どうやってホテルまで行ったのか全然覚えてない。翌朝目が覚めたら、彼女が裸のまま隣に寝てたんだ。頭もガンガンしてて、前の晩のことはまったく思い出せない。関係があったのかどうかもわからなかったけど。ただ、怖かった。男女が同じ部屋にいて、しかも裸で寝てるなんて。『俺、何かしたのか?』って聞いたら、志穂が笑いながら近づいてきて、『最近セックスしてなかったの?昨夜はすごかったよ、私もうクタクタ』って言うんだ。もう頭が真っ白になったよ。その瞬間、お前に顔向けできないと思った。何をどうすればいいかもわからなくて。でも志穂は俺の顔を見て、『責任は求めない。一夜の過ちってことでいいじゃない。離婚を迫ったりしない』って言ってくれたんだ」そこまで話すと、明は顔を真っ赤にして、後悔の色を滲ませながら焦り始めた。「あの朝以降、彼女が姿を消してくれれば、このまま秘密にできると思った。お前には本当に申し訳ないと思ってたけど、どうしても言えなかった、言い出せなかったんだ」あまりにひどい言い訳に、思わず笑ってしまった。「つまり、私にバレなきゃ、浮気してないことになるってこと?」「違う!この罪はずっと背負っていく。お前への償いとして、これからはもっと尽くすつもりなんだ」その言葉を聞いたとき、ふと思い出した。昔ネットで見かけたあの一文。「人に長く尽くさせたいなら、罪悪感を持たせるのが一番」ってやつ。その罪悪感が、より深い優しさと献身を生む、って理屈。確かに、状況によっては通用するかもしれないけど、少なくとも浮気には絶対当てはまらない。「へぇ、じゃあ、彼女との関係を
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第82話

明の話によると、志穂から電話がかかってきたのは、ちょうど私たちの付き合い始めた記念日の夜だったらしい。言われてみれば、そんな日があったなとふと思い出した。明は毎年、記念日とか誕生日、バレンタインみたいな特別な日には、お金がなくても必ず何かしらサプライズを用意してくれていた。花やちょっとしたプレゼントを買ってきたり、キャンドルディナーを手作りしてくれたり、時には陶器のカップや、手編みのぬいぐるみなんかもあった。特にぬいぐるみなんてさ、男が彼女に編み物をプレゼントするって、どれだけいるんだろう?明のこういうところ、ほんとにすごい。普通の浮気男にこんなマメなこと、絶対できない。あの夜、明はサーロインステーキを買ってきて、家でキャンドルディナーを作ろうとしてた。ステーキの血を拭いて、これからフライパンにのせようかって時に、電話が鳴ったんだ。私はリビングでテレビを観ながらフルーツをつまんでて、キッチンからは「はい、明です」って丁寧な声が聞こえた。あとは「うん」とか「そう」とか、短い返事だけ。どうやら、その電話は志穂からだったらしい。「電話に出た瞬間、本当に驚いたよ。もう二度と会うこともなく、俺たちの生活に関わってくることもないと思ってた。だけど彼女は、まるで爆弾みたいに突然爆発してきたんだ」明は声を詰まらせながら話し始めた。「『今夜、一緒に食事しなかったら、あの夜ホテルで一緒にいた時の写真と動画を奥さんに送るわよ』って脅してきた。最初は信じなかったよ。彼女がそんな写真撮って保存してるなんて思えなかった。でも、俺は彼女のこと甘く見てた。電話越しにクスクス笑いながら、志穂はこう言ったんだ。『どうせ私が写真なんて撮ってないと思ってるでしょ?じゃあ、まず一枚送ってあげる』って電話を切る間もなく、すぐに写真が届いた。その瞬間、血の気が引いた。リビングにいるお前に気づかれないかビビって、水道の音でごまかしながら、声を抑えてこう言った。「約束したよな?もう連絡しないって。なんで約束を破るんだ」明は眉をひそめて、情けないくらいしょんぼりしていた。「そしたら彼女、笑いながらこう言ったんだ。『本当に純粋だよね、呆れるほどに。私ね、あなたのこと好きだったの。手放そうとしたけど、一度手に入れたって思うと、やっぱり悔しくて。私のことをきれ
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第83話

明の話によると、志穂は二人のセックスの動画や写真、ホテルの宿泊記録まで持っているそうだ。それで、志穂が私に直接暴露するのを恐れて、仕方なく食事に行ったと言う。要するに、彼は完全に脅迫された被害者だってことだ。あの夜のことはよく覚えている。電話の後、明はステーキを焼く間もなく、「クライアントからの緊急の用事で出なきゃいけない」と言った。私の中で、明はとても几帳面で仕事に熱心な人だったから、困った顔をしているのを見て「行ってきて。大丈夫よ。もし二人の気持ちが通じていれば、毎日が記念日だもの」と優しく送り出した。明は私の頬にキスをして、「お前と結婚できたのは、きっと前世の行いが良かったからだな」と言った。私はその時、「じゃあ、これからもっと私を大切にしてね!」と甘えたことを思い出した。明の話術はかなり上手だ。おそらく実際にあったことをベースに、残りを作り話で補っているのだろう。でも、その割合がどれくらいかは、私には分からない。「それで?」と聞くと、明は続けた。「あの夜、彼女に会いに行ったら、電話で言ったことは全部嘘だって言われた。ただ食事に誘いたかっただけだって。家族に無視されて落ち込んでいて、私だけが彼女を温かく思い出してくれる存在だって言うんだ。家は金持ちだけど、誰も彼女を理解してくれない。外見はお嬢様で羨ましがられるけど、内心は孤独で寂しい。そして、お前が羨ましいって言ったんだ」「羨ましい?」思わず冷ややかに笑った。「面識もない私のどこが?」明は私を見つめながら言った。「お前は幼い頃から両親に愛され、お姫様のように育てられた。でも自分は滝沢家の娘と言えど、実は何の価値もない。だから、愛する両親と夫を持つお前が羨ましいって。それを言いながら大声で泣き出したんだ。あんな風に泣く女性は見たことがなかった」「だから、同情したの?」「俺が悪いのはわかってる。でもあの夜、本当に動揺した。志穂が可哀想に思えて、彼女はおれの手を握り、『一人にしないで』と頼んできた。行かないでって、今夜だけ傍にいてほしいって。その日は彼女の誕生日だったから、酔って意識が朦朧としている様子だったから、ホテルまで送った。でも部屋に入った瞬間、突然ベッドに押し倒されたんだ!彼女は全然酔っていなかった!」ここまで聞いて、また笑いが込み上げてきた。「つまり、
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第84話

「彼女の方から誘惑してきたんだ。でも......分かってるよ、俺の自制心が足りなかった。本当は、あの場から逃げるべきだったんだ。だけど......志穂が......男って、欲望に弱いだろ?俺もそうだった。志穂は本当に巧かった。多分、今までにも男がたくさんいたんだと思う。海外育ちってのもあって、男の扱いがうまいんだ。その一瞬、理性が吹っ飛んで、踏み越えちゃいけない一線を越えてしまった。欲に負けた俺が悪いんだ......死んで当然だよ」実のところ、明のこの言い分の本質は「俺がやったことは、世の中の男なら誰でもやってしまうような過ちだ」と言いたいだけだった。私は冷たく鼻で笑った。「人間に欲があるのは分かるけど、自分の欲望を抑えられないのは獣だけよ。誰彼かまわず手を出してさ」明は言葉を失った。私は深呼吸して言った。「話を続けて。本題はそこじゃない。あの一億円って何なの?」明は話を再開した。「翌朝、目が覚めたら、志穂が一億円の小切手を用意してたんだ。『昨日は気分が最悪で、ついあなたを騙して呼び出しちゃった。本当にごめんなさい』って謝ってきた。それで小切手を差し出して、『最近、会社の資金繰りがうまくいってないって聞いたの。一ヶ月以上、何の解決策も見つかってないでしょ?この一億円は貸すつもりで渡すわ。無利子でもいいし、もし気が引けるなら、普通に利子つけて返してくれてもいい。それが私なりの償いだから』ってさ。でも、そんな金、受け取れるわけないだろ。俺は背中向けて立ち去ろうとしたんだ。『もう二度と連絡してくるな』って突き放してさ。だけど、あいつ、全然引き下がらなかった。いきなり態度変えて、こう言ってきたんだよ。『私を振り切れると思ってるの?無理よ。選択肢は二つだけ。1億円を受け取ってしのぐか、それとも、私があなたの奥さんのところに行って全部話すか、どっちがいい?』って」明は怒りをにじませながら続けた。「本当に頭にきたよ。でも、弱みを握られてる俺には、もう抵抗なんてできなかった......」ほら、やっぱり。全部「泥棒猫」が仕掛けてきた罠で、自分は無理やり巻き込まれたただの被害者。何も悪くなくて、金まで無理やり押し付けられたって。そんな明の言い訳に、私は皮肉っぽく笑って言った。「あなたって、すごい才能の持
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第85話

「その瞬間、ようやくわかった。志穂は本気だった。ただの冗談なんかじゃなかった。実際にマンションの前に車を停めてたし、あの脅しだって口だけのものじゃなかった。彼女の言うとおりにしなければ、すぐにお前に関係をバラすつもりだったんだ。お前の体調が悪かった時期だったから、とてもじゃないけど、そんなこと言えるわけなかった。それに、銀行から一億円の融資も下りなかった。だから、まずは志穂の機嫌を取ろうと思ったんだ。彼女は金持ちのお嬢様で、男に困ることなんてないし、いつか俺に飽きたら放してくれるって思ってた。俺なんて、ただの暇つぶしの相手だって」私は、冷静に、そしてどこか冷ややかに、明の「芝居」を見つめていた。驚きはなかった。まったく。明は、志穂から金をもらってA社とのトラブルを解決したけれど、タダでもらうのは嫌で、借用書を書いて利子もつけたって言ってた。志穂には「そこまでする必要ないのに」って笑われたらしいけど、男としてのプライドが許さなかったらしい。まるで金で囲われてるみたいで。それで取引自体は片付いたけど、志穂はそのあともちょくちょく彼を呼び出してきた。まるで首元にナイフを突きつけられてるようなもので、断れずに「デート」に出かけてたらしい。そこまで聞いて、思わず口を挟んだ。「それで?毎回どうやって誤魔化してたの?私たち、ほとんど一緒にいたのに、全然気づかなかった。よくそんなにうまく隠せたわね!」明は顔を赤くしたり青くしたりしながら、正直に話し始めた。「志穂に会うたびに、お前にバレないかってビクビクしてた。説明なんてできないし、嘘ついてまで隠すのも嫌だった。だから、会ったあとは必ずカーナビの履歴を消して、スマホのメッセージやLINE、通話履歴も全部削除して、体に匂いが残ってないかも念入りに確認してから帰ってたんだでも、そのうち志穂が会いたがる頻度がどんどん増えてきて、本当に困った。もしミスしてバレたら終わりだし、一度嘘をついたら、その嘘を守るために何十個も嘘を重ねなきゃいけない。だから、志穂のほうから『引っ越そうか』って言い出して、うちの会社の近くにマンションを買った。そこなら歩いて行ける距離だから、車を使わずに済むし、痕跡も残らないって。さらに、LINE以外のチャットアプリを使おうって言ってきて、そうすればやりとりの履歴も消さなくて済むって
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第86話

志穂が明にこんなことを言ったのは、おそらく本当だろう。あの図々しい態度を見ていれば、こんな恥知らずな発言も納得がいく。「それで、明はなんて答えたの?」と尋ねると、明はこう言った。「正直言って、すごく怖かった。でも認めるよ、不倫にはスリルがあった。そのせいで、余計に後ろめたさを感じてた。あの時、お前が妊娠してて、医者から胎児の状態が不安定だから控えるようにって言われてたのが、むしろ救いだった。そうじゃなかったら、どうやってお前と向き合えばいい?ベッドを共にすることなんて、できっこなかった」そこまで聞いたとき、皮肉にも少し感謝したくなった。あの女と同じ体で私に触れようとしていたかと思うと、吐き気がする!幸い、一度も関係は持たなかった。「たまに志穂が俺の胸に寄りかかって、じっとこっちを見るんだ。その目を見てると、ふとプロポーズした夜のお前の目を思い出す。あれは、心から愛する人にだけ向ける優しい眼差しだった。その瞬間、罪悪感でいっぱいになった。でも同時に、二人の女の心を手に入れたっていう、男としての歪んだ快感もあった。けど、はっきりわかってた。結婚の誓いも、お前の気持ちも、全部裏切ってるって。それでも志穂から抜け出せなかった。現実から目を背けて、ただぼんやりと日々を過ごしてたんだ。お前がいつ気づくのか、それもわからないまま。正直、気づかれるのを待ってた部分もあるけど、同時にずっと怯えてた。真実を知ったお前が、どう出るか」これで、二人の不倫の経緯は、ほとんど語り尽くされた。たしかに志穂が誘ったのは事実。でも、明も相当図太い。自分は「仕方なく」「追い詰められて」と言い訳しながら、全部の責任を志穂に押し付けている。「彼女は付き合い始めてから、一度も離婚を迫ってこなかった。ただ不倫のスリルを楽しんでるだけかと思ってた。でも一度だけ、あの動画をお前に送る前の午後、アフタヌーンティーを食べながら『子供が生まれたら、離婚してくれる?継母になるのも別にいいの』って聞いてきた。凍りついた俺を見て、『冗談よ』って笑ったけど、まだ震えが止まらないうちに、『今夜は帰っちゃダメ。クライアントとの会食って言いなさい。行かなかったら契約はパーよ』って言い出してさ。『妻の出産予定日が近いから無理だ』って断ったら、『真帆さんって聞き分けのいい奥さんなんでしょ?うま
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第87話

いやはや、ここまで来ると、明はあの動画で言ってたくだらないセリフまで、しっかり説明しきった。前後のつながりも完璧で、まさにスキがない。こいつ、完全に小物じゃん。志穂にボコボコにされてる。思わず明に拍手しそうになった。そして、ここからが本題だ。「お前が俺と志穂のことを知ってから、俺はあいつと完全に縁を切った。もう全部バレたから、正直、怖いものなんてなかった。お前を使って俺を脅してこようが、全部ぶち壊してやるつもりだった。最悪、あいつの親父に会いに行って、処理してもらえばいいって。志穂は親父に弱いから、それで少しは大人しくなると思ったんだ。あの日、あいつは冷たく笑って『やるじゃん』って言ったよ」明は空を仰ぎながら、まるで誓うように言った。「本当に連絡なんて取ってない。しつこくしてくるのは向こうなんだ。こんなときだからこそ、俺を信じてほしい。じゃなきゃ、志穂の思うツボだ。あいつ、俺たちが幸せなのが気に入らないんだよ!俺たちの夫婦を壊そうとしてるんだ!」「へえ、希望を持たせて、はっきりと切らなかったから、しつこくまとわりつかれてるんじゃないの?」と私は冷たく笑った。「今日のレストランでの志穂の態度、あれどう見ても、自分が選ばれるって確信してた顔だったよね」明は勢いよく私を抱きしめて、必死に否定した。「そんなわけないだろ?俺たち、もう七年も一緒にいたんだぞ?あんな怖い女のために、その七年を捨てるなんてこと、俺がするわけないじゃん!」私は黙ったままだった。それでも明は、なおも必死に言葉を重ねた。「志穂といた日々は、本当に地獄だった。毎日が苦しくて、息が詰まりそうだった。だけど、あいつと決別した日から、初めて少しだけ楽になれた気がした。やっと、お前にちゃんと謝れるチャンスが来たと思った。ずっと、お前にバレる日が怖くてたまらなかった。でも、もう逃げたくないんだ。愛してる。お前を失うなんて、絶対に無理だ。頼む、どれだけ幻滅しても構わないから、七年間一緒に過ごしてきた俺たちのために、最後にもう一度だけチャンスをくれ。今度は、ちゃんと行動で証明させてほしいんだ」心は、もうすっかり冷えきっていた。「今の私は、あなたを信じるべきかどうかさえ、わからない」と静かに言った。「実はね、前にこっそり志穂のことを調べたことがあるの。あなた
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第88話

明は涙ぐみながら私を見つめ、深く後悔しているような表情を浮かべていた。「今日は本当に、志穂の方から挑発してきたのよ。明、私にだってプライドがある。たとえあなたを許したとしても、私の結婚を壊そうとした女に、人前であんなふうに侮辱されて、黙っていられるわけないじゃない。人生で初めて、人と本気で喧嘩したのよ。あんな惨めな姿、想像できる?」明は私の腕をぎゅっと抱きしめて言った。「わかってる。本当に志穂が悪かった!きっと、わざとあんなこと言って、俺たちがまだ関係あるみたいに見せかけようとしてたんだ。誓って、あいつとは本当に縁を切った。もし嘘だったら、天罰が下っても構わない」正直、そのとき私は、今すぐ雷でも落ちてくれればいいのにと思った。このクソ野郎、そんな誓いを平気で口にして、死ぬことすら怖くないのか!私はついに声を上げて泣いてしまった。明は私を抱き締めながら、あやしたり、繰り返し謝ったりしてきた。その肩に身を預けながら、私は歯を食いしばった。もう待つつもりはない。そして、明もきっともう待つことなんてできないのだろう。明は、志穂とのことをすべて打ち明けたと言い、これからは私だけを愛して生きていくと、行動で証明したいと訴えた。私は涙をこぼしながら、黙ってうなずいた。そのまま雰囲気が高まった中で、私は彼の頬に触れて言った。「痛くない?ごめんね、さっきは本当に頭にきちゃって。あなたに捨てられるんじゃないかって思ってた。私にはあなたしか家族がいないの。もし失ったら、どうやって生きていけばいいか」明は私の手を取ってキスし、心配そうに顔を曇らせて言った。「どうしてお前を責められるんだ?志穂にあんな態度を取られて、怒るのは当然だよ。むしろ、俺の方が辛かったくらいだ。でも、一つだけ約束してくれないか?」「え?」「これからもし誰かが、俺たちの関係を壊そうとしてきても、まず俺に話してほしい。他人の言葉だけで、俺を疑ったり裁いたりしないでくれ」明は私の手を握りしめながら、必死な目でそう訴えた。「本当に、お前だけは失いたくないんだ」私は感極まったようにうなずき、鼻声で「うん」と答えた。明はもう一度、私を優しく抱きしめた。だけど私は「風邪が治ったばかりだから」と言い訳して、深いスキンシップをやんわりと避けた。
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第89話

三日後、進藤から連絡があった。志穂側の弁護士が和解を希望しているらしい。確かに先に手を出したのは私たちだけれど、相手はそれを追及せず、今後はお互い干渉しないことを条件にしてきたそうだ。進藤がLINEグループに【相手の条件を受け入れますか?】と送ってきたのを見て、私は思わず鼻で笑った。【『条件』?そんな資格、あの女にあるわけないでしょ。せいぜい『お願い』するのが関の山よ】理奈はさらに激昂し、グループチャットで怒りを爆発させた。【滝沢家って、ほんと恥知らずね!あんな女、ちょっと宣伝屋でも使えば一発で潰せるわよ!このクソ女、よくも条件なんて言葉使えたもんだわ!マジで腹立つ!】私は【和解は拒否するわ。あいつに私がどうして先に手を出したのか、しっかり考えさせなさい。裁判になるなら、望むところよ】と返信した。進藤がこちらの意思を伝えた後、てっきり志穂は反発してくるだろうと思っていた。だが意外にも、相手側の弁護士から「お詫び申し上げます。どうか和解をご検討ください、お願い致します」と丁重な連絡があった。今度はちゃんと「お願い」という言葉を使っていた。その後の対応は進藤に任せた。こちらにも非がある以上、和解が妥当だろう。裁判になれば暴力行為の責任を問われるかもしれない。でも、志穂に屈するくらいなら裁判の方がマシだと私は思っていた。そして一週間後、進藤からたった20円の振込とともに、志穂の謝罪文が送られてきた。手書きだった。そこには、「私の挑発的な発言が原因で暴力を招いた」と書かれ、過失は自分にあると認めたうえで、今後一切関わらないと約束していた。あとは型通りの謝罪文が並んでいた。たぶん弁護士が用意した文章をそのまま書き写しただけだろう。いや、志穂本人が書いたのかどうかすら怪しい。でも、それだけでも、十分に気が晴れた。進藤は「賠償金は気持ちとして20円だけいただきました。この20円、勝利の記念にどうぞお受け取りください」と報告してきた。思わず、進藤を褒めてあげたくなった。すぐに「進藤さん、今回の弁護士費用っていくらですか?」と聞いてみると、「今回は無料です。友情の証ということで。それに、悪人を法律の力で懲らしめるのって、最高に気分がいいんですよね!」という返事が返ってきた。でも私は、その20円すら受け取りたくなかったから
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第90話

去年妊娠が判明してからというもの、子どものためにコーヒーも紅茶も一切口にしなかった。私はコーヒーがないと生きていけないような人間だったのに。それでも子どものために、出産が終わるまで必死で我慢し通した。子どものことを思えば思うほど、明を刑務所送りにする決意がますます固くなった。「母になると人は強くなる」その言葉の意味が、今なら身にしみてわかる。成田はキャップをかぶり、カーキ色の作業着姿で私の目の前の席に腰を下ろした。「真帆さん」「何が好きかわからなかったから、とりあえずラテにしておいたわ」成田は気軽に帽子を脱ぎ、「なんでも大丈夫なんで」と軽く応じた。そしてコーヒーをひと口飲むと、さっそく本題に入った。「麻美の件、調べてみました。でも、この線は諦めたほうがいいかもしれません」「どうして?」「麻美を支援しているのは、志穂の父親です。以前もお話ししましたが、彼は麻美にとってまさに恩人のような存在なんですよ。たとえすべての責任を背負って裁判沙汰になったとしても、志穂に唆されたとは決して口にしないと思います。わかりますか?麻美は、母親が滝沢家で家政婦として働いていたからこそ、今の立場を手に入れられたんです。彼女にとって頼れるのは滝沢会長ただ一人。自分の将来を棒に振るような真似は絶対にしないし、恩人に背くこともないはずです」「彼女に直接会ってくれたの?」「会いました。麻美は頭が切れるタイプで、何も認めようとしませんでした。ただこう言ったんです。『もし訴えるなら正式な手続きを踏んでください。でも、私から何かを引き出そうとしても無理です』って。金銭を提示することも考えましたよ。金額は真帆さんに決めてもらえればと。でも、彼女のある一言で、この計画は無理だと確信しました」「どんな一言?」「彼女の母親が今も滝沢家で家政婦として働いていて、そう簡単には辞められない、と。それ以上のことは教えてくれませんでした。そして、こうも言っていました。『あなたが私に会いに来たことはなかったことにする。私たちは会っていない』と。あなたへの謝罪は、その形でしかできない、とも」麻美の立場は非常に微妙だ。母親はいまだに滝沢家にいて、簡単に志穂を裏切れるはずもない。何より、長年の努力の末に得た海外留学のチャンスを、どれだけ後ろめたさがあっても、私のために棒に振
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