All Chapters of 社長夫人はずっと離婚を考えていた: Chapter 481 - Chapter 490

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第481話

玲奈はいつも忙しいとか、時間がないとか言うのだ。どんなに忙しくても、どんなに時間がなくても、一本電話を入れる時間くらいはあるでしょう?でも玲奈は、たとえ茜が電話をかけても、めったに出ることはなく、ましてや玲奈から自発的に電話をかけてくることはさらに少なかった。まるで玲奈の中では、何もかもが茜より重要と言っているようなものだ。茜は考えれば考えるほど悔しくて、涙が止まらなくなかった。茜がこんなに悔しがっているのを見て、玲奈がまだ何も言わないうちに、智昭は茜の涙を拭いながら真っ先に口を開いた。「ママは今本当に仕事が忙しいんだよ。来年になったら、ママもこんなに忙しくなくなるはずだ」茜はまだ幼いので、智昭にそう慰められると、悔しさや悲しみはすぐに薄くなった。茜は手の甲で涙を拭いながら、期待を込めた目で玲奈を見つめた。「本当?来年になったら、ママは少し暇になるの?」どうこういっても茜は玲奈が産んだ娘だ。たとえ親権を放棄したとしても、茜が幸せに暮らしてほしいと心から願っていた。茜の期待に満ちた眼差しを見て、玲奈はやはり心が痛み、今この瞬間に彼女の希望を打ち砕くことはできなかった。しかし、智昭が来年なら忙しくないと言ったが、玲奈は簡単に約束することはできなかった。「ママの手元の仕事は、確かに今年の年末にはほぼ落ち着くけど、来年もまた別のことで忙しくなるかもしれない。だから、来年も必ず時間があるとは約束できないの……」玲奈の言ったことは、茜が聞きたかったことではなかった。しかし、先ほど玲奈の顔に浮かんだ痛々しさを見て、玲奈が自分のことを気にかけてくれているとわかった。それさえわかれば、他はあまり気にならなかった。茜の気分も明るくなった。智昭の腕から降りると、茜は駆け寄って玲奈に抱きついて言った。「いいよ。そうだとしても大丈夫。でもママ、時間があったら、もっと電話に出てね」玲奈はそれを聞いて、ためらいがちな顔を浮かべ、そして智昭の方を見た。智昭も玲奈を見ていた。でも、智昭もただ玲奈を見つめるだけで、それ以上の表情は見せなかった。どうするか、どうしたいかはすべて玲奈次第で、智昭は干渉しないようだ。玲奈は視線をそらし、さらに少し経ってから言った。「できる限り出るわね」茜の悪い気分は来るのも消えるのも早かった。機
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第482話

月曜日、玲奈は相変わらず藤田グループに向かい、会議に出席した。智昭は重要な会議があるため、今回は自ら階下に行って玲奈の会議内容を傍聴することはなかった。しかし、会議が終わると、智昭は和真と慎也に尋ねた。「階下の会議は終わったのか?後半の提案書は提出されたか?提出されたら、持ってきて見せてくれ」以前、智昭が階下に行って、玲奈の会議を傍聴していたことは、和真と慎也も知っていた。智昭の言葉を聞いて、和真と慎也は互いを見つめ合い、それから智昭の目の前にある書類の山を見た。智昭は明日出張する予定で、机にある書類はすべて今日中に処理しなければならないのだ。一方、玲奈たちの今日の会議内容は来月から正式に展開する予定で、今の提案書はまだドラフトに過ぎず、智昭は戻ってから処理しても全く問題はなかった。しかし、智昭にそう言われたので、慎也はオフィスに戻り、階下から届いてきたばかりの書類を見つけて、智昭に手渡した。提案書はドラフトとはいえ、玲奈は実際に今後の処理について、十分見通ししていたため、智昭が受け取ったこの報告書の内容は、すでに明確で具体的なものと言えた。智昭は書類を受け取ると、直ちに具体的な処理手順のページを開いた。書類には専門用語がたくさん書いてあって、慎也と和真でさえすべての内容を理解できなかった。提案書の内容は多かったが、ほんの一部を見ただけで、智昭の顔にゆっくりと笑みが浮かぶのが見えた。智昭は提案書を見るとき、いつもキーワードだけをざっと見るため、閲覧スピードはどんどん速くなっていった。8、9ページを、3分もかからずに読み終えた。読み終えた時、智昭の目に含む笑みは隠しきれないほど明らかになっていた。慎也と和真には、智昭がこの提案書に非常に満足していることがわかった。彼らがまた口を開いていないうちに、智昭が書類を閉じて二人を見ながら言った。「彼らはもうすぐ懇親会に行くはずだ。慎也、誰かに伝えてくれ、俺も懇親会に参加する」慎也と和真はどちらも一瞬ぼうっとした。反応した後、慎也はようやく言った。「わかりました」玲奈たちは確かに昼に会食を予定していた。会食の時間が近づき、玲奈たちが出発しようとしていた時、藤田グループ技術部の田中部長から告げられた。「さっき連絡がありましたが、この後の会食に藤田社長も参加されます」玲奈はそれを聞いても、特に反
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第483話

好意を持つ相手には礼儀正しくとはよく言うものだ。この状況では、礼二と玲奈も仕方なく、丁寧に智昭と握手した。智昭に挨拶を済ませ、一行が着席したところで、礼二に電話がかかってきた。会社に急用があったらしく、礼二は戻って対応しなければならなかった。智昭と田中部長たちに挨拶を終えた後、玲奈は礼二の表情を見て心配になって、声を潜めて聞いた。「どうしたの?」礼二は安心させるように軽く彼女の肩を叩き、身を乗り出して小声で答えた。「大丈夫、俺で対処できる」礼二の言葉を聞き、玲奈は安心した。周りの人々は二人がお互いを気遣い、親しそうに囁き合う様子を見て、心の中で二人の仲の良さに感嘆した。和真と慎也はその光景を見て、思わず智昭の方を見た。他の人は知らないが、二人は智昭がここにいる理由は玲奈にあるとよく知っていた。しかし、彼らが視線を向けた時、智昭の表情は読み取れず、何を考えているのかまではわからなかった。礼二が立ち去って、会食は続いた。料理を注文した後、話題は次第に両社の今後の協力内容に移っていった。その話題になると、智昭は玲奈を見ながら口を挟んだ。「最新の提案書の第三点で言及されている、再築ソリューションに興味があります。もしこのプランが完全に実現すれば、センサーチップと端末の性能は確かに大幅に向上するでしょう」「ただし、このプランの実行は困難です。プログラミングが複雑すぎること、計算ユニットは速いがデータの転送が遅いことなど、いずれも多大なコストと人手をかけて解決しなければならない大きな問題です」「プログラミングの複雑さについては、確かにあなたのプランで言及されたAIによる自動コード分割で解決可能ですが、この技術はまだ色々と不足があって、さらに多くの問題を引き起こすのではないでしょうか?」智昭は既に最新の提案書を読んだと聞いた時、藤田グループ技術部の重役たちは驚いて、裏ではただの社交辞令にすぎないと思っていた。しかし、智昭が提案書の内容に触れたのを聞き、彼らは智昭が本当にその提案書を読んでいたことに気づいた。玲奈も少し意外だった。だが、智昭が藤田グループの社長を務めている以上、彼に疑問があれば、玲奈も答えざるを得なかった。「確かにあなたの指摘は一理あります。でもこの段階で問題が発生した場合、計算リソースに関しては約束できます。御社に千億規模のモ
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第484話

田中部長たちも顔を見合わせた。その時、彼らも気づいた。智昭が会食に出席したのは玲奈目当てだった。これは……しかし、智昭にはすでに恋人がいて、関係も良好なのだ。彼が玲奈に対しては純粋にその才能が気に入っただけで、おそらく……それ以上の意味はないだろう?玲奈と智昭はかなり長い間、話をし続けていた。提案書にある智昭が興味を持った部分について話し終えると、会話は自然に終わった。その後、智昭と玲奈は一回も話すことはなかった。しかし、和真や慎也、田中部長など観察力の鋭い数人は、智昭が時折玲奈の方へ視線を送っていることに気づいていた……会食が終わりに近づいた時、智昭のスマホに急に電話がかかってきた。電話の内容まではわからないが、智昭の表情がいきなり変わって、電話を切ると玲奈たちに向かって言った。「青木さん、そして皆さん、申し訳ありませんが、急用ができたので先に失礼します。引き続きよろしくお願いします」わざわざ自分に声をかけたから、玲奈も応じるしかなかった。「はい、お気をつけて」間もなく、智昭と和真たちは立ち去った。田中部長は智昭が慌ただしく去っていく様子を見て言った。「藤田社長があれほど急いで帰ったなんて、よほど重大なことが起きたに違いませんね」玲奈も胸がざわついて、思わず心配になってきた。智昭があんなに急いで帰るなんて、もしかしておばあさんの病状が悪化したのか——そう思うと、玲奈は急いでバッグからスマホを取り出した。もしおばあさんに何かあったなら、智昭は個室を出た後、必ず玲奈に連絡してくるはずだ。スマホを開くと、智昭からの未読メッセージは一件もなかった。つまり、智昭が急いで帰ったのはおばあさんに関係ないことだった。そこまで考えると、玲奈の不安も消えていった。一方その頃。慎也と和真はレストランを出た後で、優里の車が追突され、重傷を負ったことを知らされた。智昭と慎也はすぐに病院に到着した。彼らを見かけると、結菜が駆け寄ってきた。「お義兄さん、やっと来てくれたのね」智昭は救急救命室を見つめながら尋ねた。「優里の状況はどうなっている?」結菜と佳子がまだ口を開く前に、救急救命室のドアが開かれ、外で待っていた人々がすぐに駆け寄った。「先生、娘の状態はどう——」「先生、孫娘は——」「先生——」数人が一斉に話し出し、医者が頭を抱えるほど
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第485話

智昭は少しも躊躇いなく言った。「あっちに連絡しといて、明日改めて伺うと伝えてくれ」慎也は何かを言おうとしたが、智昭が再び優里に視線を戻したのを見て、結局口にしたかった言葉を飲み込んだ。慎也が頷き、病室の外へ電話をしに行こうとした時、智昭は何かを思い出したように、ふと顔を上げて指示を追加した。「和真に急ぎの書類を処理させるように。具体的な手順は後で直接に連絡する」「わかりました」慎也は外に出て、智昭の指示通り、まずは和真に電話をかけた。「了解!」和真はそう言い返すと、すぐに電話を切らず、思わず続けた。「最近、社長は玲奈さんにますます気を遣っていて、今日だって……もしかしたら藤田社長が玲奈さんに対しては……と思ったよ」慎也もすぐに和真の考えを読み取った。本当は和真と同じ考えだったのだ。だが今、智昭が優里のことをこれほど心配する姿を見て、自分が考えすぎていたことに気づいた。以前と比べれば、智昭の玲奈に対する態度は変わったかもしれないが、本当に心を寄せ、愛しているのはやはり優里だった。優里が目を覚ましたのは、午後4時半を過ぎてからだった。目覚めると、智昭がいるのを見て、笑みを浮かべた。「午後から出張って言ってなかった?どうしてここに……」智昭が口を開く前に、結菜が先に答えた。「お義兄さんはね、お姉さんを心配して、出張を明日に延期したんだよ」そう言うと、結菜はにっこり笑って続けた。「それに、さっきからずっと病院で一緒に待っててくれたんだよ、お姉さんが目を覚ますのを」優里はそれを聞いて、胸が温かくなり、笑顔がこぼれた。しかし、すぐに気遣って言った。「私はもう大丈夫そうだから、智昭は仕事に戻って構わないわ」智昭は言った。「急ぎではない」智昭が優里に付き添うと聞いて、結菜や遠山おばあさんたちはからかうように優里を見て笑った。医師が優里に再度の検査を施して、当日の夜には検査結果が出た。優里に特に問題がないことと知り、大森家と遠山家の人々はほっとした。優里の頭の傷は大したことはなかったが、数日間入院して状況を見る必要があった。その夜、清司は知らせを受けると、花と果物を持って、病院に優里を見舞いに来た。「辰也は急用で抜けられないようで、次に時間ができたら見舞いに来ると言ったよ。これはあいつに頼まれた果
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第486話

それを聞いて、昨日智昭が急いで立ち去ったのは優里のためだと、玲奈は初めて理解した。玲奈はとっくに知っていたし、智昭が優里を気にかけるのもすでに慣れていた。結菜のこの言葉は、わざと自分に聞かせるためだともわかっていた。玲奈は無表情で結菜たちを通り過ぎ、先にエレベーターに入った。玲奈が押した階数を見て、玲奈が病院に来たのは、藤田おばあさんの見舞いのためだと、結菜と遠山おばあさんたちは気づいた。藤田おばあさんが病気になったことは彼女たちも知っていた。彼女たちは自分から藤田おばあさんを見舞いに来る機会はなかったが、藤田おばあさんがこの病院に入院していることは知っていた。だが、藤田おばあさんが具体的にどの病室にいるかはわからなかった。そのため、昨夜はわざわざこっそり人を頼んで調べさせていた。だから、玲奈が向かう階数を見て、結菜たちはすぐに玲奈が藤田おばあさんを見舞いに来たと理解した。遠山家と大森家の人々は、実はまだ藤田おばあさんに見舞いをしたことがなかった。彼らは藤田おばあさんの個室番号を聞き出してはいたが、実際は藤田おばあさんの不興を買うのを避けるためだった。誰もが慎重に振る舞い、軽々しく藤田おばあさんの前に出ようとはしなかった。会いたくてもずっと会えなかった人に、玲奈が簡単に会えるのを見て、佳子と遠山おばあさんたちはたちまち不快になった。結菜も玲奈を強く睨みつけた。しかし、今エレベーターには他にも人がいるから、結菜はすぐには悪口を吐けなかった。エレベーターを出た後、結菜は歯を食いしばりながら小声で言った。「彼女とお義兄さんはもうすぐ離婚するのに、まだしつこく藤田おばあさんの前に出てくるなんて、本当に厚かましい!」そう言うと、何かを思い出したようにまた続けた。「あの女がこんなに藤田おばあさんにべったりにするのは、きっと裏で悪巧みをして、お義兄さんの家族全員にお姉さんを嫌わせるためよ!」佳子と遠山おばあさんも同じことを考えていた。藤田おばあさんがこんなに重病なのに、藤田家がまだ智昭に優里を連れて、藤田おばあさんの見舞いに来ることを許さないと思い、佳子の目はすぐに冷たくなった。一方その頃。藤田おばあさんは検査を終えたばかりで、玲奈が来たのを見て、とても喜んだ。玲奈は藤田おばあさんと話しながら、持って
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第487話

木曜日、玲奈は茜の試合の同行を断ったが、茜は怒るどころか、試合とイベント終了後に、一緒に外出することをねだってきた。茜の甘えに抗えず、玲奈は承諾した。ここ二三日、玲奈は仕事が忙しく、藤田おばあさんの見舞いに行けていなかった。金曜の朝、玲奈はようやく病院を訪れることができた。病院の玄関で、包帯を巻いた優里が散歩している姿を見かけた。優里は携帯で誰かと話していた。「優里おばさんの体はもう落ち着いてるわ。茜ちゃんは試合に集中してちょうだい。おばさんのことを心配しすぎないでね」通話を切ると、優里は玲奈を見掛けて、そのまま冷たく視線を逸らした。電話の向こうから何か聞こえたらしく、優里は続けて言った。「結果が出たら、真っ先におばさんに電話するって?ふふ。ええ、待ってるわ。茜ちゃんからの電話を絶対に逃さないようにするから。集合時間が近いでしょう?早く先生たちの所へ行ってなさい。頑張ってね」時刻はまだ朝八時前だった。茜は相変わらず、毎朝早々に優里に電話をかける癖があった。玲奈は無表情で優里の横を通り過ぎ、エレベーターに乗った。玲奈が病室に着くと、部屋に閉じこもるのがつまらなくて、藤田おばあさんも散歩に出たことを知った。花束を置くと、玲奈は再び階下へ向かった。病院の中庭に佳子と優里たちが見えた。そして、藤田おばあさんも。ただし、彼女たちはおばあさんと別々にいた。藤田おばあさんは優里の入院を知らないらしく、二人に気づいていない様子だった。一方、逆に佳子たちは藤田おばあさんをじっと見つめていた。玲奈が現れると、優里と佳子は視線をそらし、反対方向へ歩き去った。玲奈が近づいてくると、藤田おばあさんは彼女を気づいた。藤田おばあさんの顔に笑みが広がって言った。「まあ、玲奈が来たの?」「おばあさん」遠ざかる優里たちにも、藤田おばあさんの笑顔をはっきりと見えていた。彼女たちは確かに藤田おばあさんに挨拶に行こうと思ったが、今回藤田おばあさんは突然の病気で、刺激に耐えられないと聞いて、結局挨拶しに行くのをやめた。藤田おばあさんが玲奈をそれほど気に入っていることについては、佳子は気に留めずに言った。「藤田おばあさんは智昭のことを干渉できないらしいわ。藤田おばあさんがいくらあの女を気に入っていても、智昭はやはり彼
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第488話

土曜日の夜、玲奈は青木おばあさんと劇場に行った。二人が入口に着いた時、少し離れたところで、注目を集めていたある人物が彼女たちを見つけると、すぐに笑顔を浮かべながら速足で近づいてきた。「玲奈さん」呼びかけられて、玲奈は振り向くと、人混みの中から歩いてくる人物が翔太だと一目でわかった。玲奈は顔を上げて微笑んだ。「奇遇ね、今日もこの公演を観に来たの?」実は、この遭遇は偶然ではないのだ。翔太がわざと仕掛けたことだ。会社では、翔太は玲奈を青木さんと呼んでいた。名前で玲奈を呼んだのは、めったにないことだった。玲奈が嫌がる様子を見せないのを確認すると、彼はふわっと笑ってから、玲奈と青木おばあさんに自己紹介をしながら、青木おばあさんに挨拶した。「青木さん、こんにちは」青木おばあさんは笑顔でうなずいた。「こんにちは」最近の若者で演劇を好む子は珍しいのだ。ましてや、翔太が玲奈に話しかける時のその眼差しは……傍観者として、青木おばあさんはすぐに翔太の玲奈に対する想いに気づいた。だが玲奈は何も気づいていないように見えたから、青木おばあさんも何も言わなかった。玲奈と青木おばあさんは二人だけで来ているのを見て、翔太は尋ねた。「子どもは連れて来なかったのかい?演劇が嫌いとか?」茜の話になると、玲奈の笑みが少し薄れた。茜は今日の昼には首都に戻ると言っていたし、帰ったら一緒に遊びに行こうとも言っていた。実際にはもう夜になっているのに、茜はとっくに帰っているはずだった。それなのに、空港に迎えに来てとも言わず、帰ってからも連絡一つよこさなかった。このようなことに、玲奈は特に気にしていなかった。もう慣れていた。茜が今何をしているか、玲奈はだいたいわかっていた。翔太に尋ねられて、玲奈は淡々と答えた。「まぁ、そうね」翔太は、子供なら長く話せる良い話題だと思っていた。しかし、玲奈が興味なさそうにしているのを見て、さらに翔太が子供の話を持ち出した時、玲奈の顔が冷たくなったことに、彼はかなり驚いていた。だがその後、おそらく玲奈が子供の親権を取れずに辛いのだろうと、翔太は考え直した。玲奈がこの話題を好まないのを見て、翔太もそれ以上は聞かなかった。公演ホールに入ると、翔太は自分の前列の席のチケット2枚を人と交
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第489話

日曜日の午後、茜から電話がかかってきて、ママに会いに行きたいと言った。以前に茜に約束したことを思い出し、玲奈は受け入れた。茜は運転手に送られてきた。車から降りると、茜は嬉しそうに玲奈の胸に飛び込んだ。玲奈と青木おばあさんにしばらく甘えた後、茜は嬉しそうにフェンシングの試合で一等賞を取ったことを報告した。彼女はトロフィーも小さなリュックに入れて持ってきたから、嬉しそうにトロフィーを玲奈の手に押し付けた。青木おばあさんはそれを見て、大きな笑みを溢し、茜を褒めちぎった。フェンシングという競技に関しては、茜のために、自分が何もしてあげなかったと、玲奈は自覚していた。これからも、茜のためにできることは少ないだろう。考えた末、玲奈は言った。「後でママとトロフィーを飾る展示ボックスを買いに行こうか?」茜は言った。「大丈夫よ、パパが試合前に展示ボックスをオーダーしてくれたの。すごく素敵なのよ」茜はその展示ボックスの写真も撮った。玲奈が展示ボックスの話を持ち出すと、茜はスマホを取り出して写真を見せた。「すごくきれいでしょ?」玲奈はちらりと見たが、智昭が茜のために作らせた展示ボックスは、かなり高価なものだと、写真からでも感じられた。しかも、智昭が事前にこっそりと展示ボックスを準備していたことから、彼が茜に本当に心掛けていることがわかった。茜はすでに展示ボックスを持っていたが、玲奈が自分の受賞をこんなに気にかけていて、展示ボックスを買ってあげようとすら言ってくれたことに、茜はとても嬉しかった。その夜、茜は青木家に泊まった。翌朝、玲奈が手続きに必要な書類などをカバンに入れるのを、茜は見かけたが、まだその意味がわからず、何も聞かなかった。茜の可愛らしい顔にある澄んだ瞳を見て、智昭がまだ彼女に離婚のことを話していないとわかった。玲奈はためらいながら茜を見た。茜も不思議そうに彼女を見つめて聞いた。「ママ?どうしたの?」玲奈は余計な波風を立てるのを恐れ、やはりこの件は智昭に任せた方がいいと考えた。「何でもないわ。ママは……仕事に行くから、家でいい子にしててね」「わかったよ、ママ、またね」玲奈は頷いて、早足で階下に行って家を出た。玲奈が役所に着いた時、智昭はすでに役所の入り口で待っていた。「おはよう」玲奈は黙って頷き、智昭と一緒に役所の中へ入っていった。
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第490話

玲奈は役所を後にし、会社に戻った時には、まだ朝礼に間に合うほど早かった。玲奈が席に着くと、礼二は小声で尋ねた。「手続きは?早くない?」玲奈は軽くうなずいた。智昭との間には争いがなく、離婚についての態度もむしろ積極的だったから、手続きは自然と早く進んだ。礼二はまた言った。「もし今までの色んなことがなければ、今日で正式に離婚できたはずだが、結局また手続きが完全に終わるまで待たなければならない。今回は引き延ばさないで。前回のようにまた基地に入ってしまったら、期間切れになって最初からやり直す羽目になる。面倒じゃないか」「分かってる」前回は、玲奈と智昭は翌日に離婚届を提出する約束をしたが、その後それぞれ用事ができて、結局最後までできなかった。その結果、今となっては振り出しに戻って、また手続きの対応を待たないといけないのだ。今週の水曜日は、玲奈の祖父の命日だ。青木おじいさんは首都で亡くなったが、Y市に埋葬された。火曜日の昼、玲奈と青木おばあさんたちは空港に向かって、Y市へ墓参りに行く準備をする。茜も同行した。もともと玲奈は茜の航空券を予約していなかったが、ちょうど茜が青木家にいて、茜が行きたいと言うので、彼女を連れていくことにした。以前、青木家がY市を離れてからは、めったにY市に戻ることはなかった。青木おじいさんが亡くなってからも、命日の数日間だけは毎年戻るようにしている。青木家の古い家は、彼らがY市を離れた時点で、既に十数年間住んでいた家で、今になると、ほぼ四十年が経っていた。数十年近くを経った今、古い家は頻繁に掃除されていても荒れ果てていて、人が住めたものではない。そのため、近年になって、玲奈たちがY市に戻る際は、いつもホテルに泊まる。玲奈と裕司にはまだ仕事があり、水曜日の夜には首都に戻らなければならない。他の人々は……青木おばあさんにとって、Y市は悲しみの街でもあって、長居するつもりはない。真紀とその弟は首都で生まれ育ったから、Y市に深い思い入れはない。だから、姉弟二人もY市に長く留まるつもりはないのだ。今のY市には、青木家の人々にとって未練のある場所はあまりないようだ。しかし、彼らが帰ってくるたびに、やはり古い家を一目見に行くのだ。その夜、晩ご飯を済ませた後、玲奈と青木おばあさん
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