冬真は、夕月が振り向いた瞬間を見つめていた。彼女の瞳に浮かぶ笑みには、鹿谷への無条件の愛おしさが満ちていた。その表情に冬真は息を呑んだ。夕月がこんな表情を見せるのは初めてだった。桐嶋にさえ向けたことのない笑顔で、まるで鹿谷の言葉なら何でも百パーセント支持するかのようだった。鋭い刃物で心臓を一突きまた一突きと抉られるような痛みが走る。冬真の呼吸が乱れ始めた。幼馴染という存在が持つ破壊力は、こんなにも凄まじいものなのか。鹿谷と夕月が幼い頃から一緒に育ったことは知っていた。だが、これまで眼中に置いたことすらなかった。橘家の後継者である自分が、田舎育ちの人間など気にかける必要などなかった。夕月と鹿谷の仲の深さは承知していたが、それでも鹿谷という存在を見下していた。まさか夕月が、鹿谷の「本命」という言葉を肯定するとは。もし鹿谷が「本命」で、桐嶋が「彼氏」なら——自分は何なのか。七年に及ぶ結婚生活は、夕月にとって笑い話でしかなかったというのか。千キロの鉄槌で殴られたような衝撃が全身を貫いた。胸に空いた穴から冷たい風が吹き込み、内臓をナイフで切り裂かれるような痛みが走る。「夕月!」漆黒に染まった瞳で、眉間に深い皺を刻みながら、冬真は吐き捨てるように言った。「あいつが本命なら、桐嶋は何なんだ?」「桐嶋さんに片思いでもしてるの?」夕月は冷ややかな声で返した。「随分気になるみたいね」男の鋭い視線を受け止めながら、夕月はその眉間に深い哀しみを見た気がした。まつ毛が僅かに揺れる。元夫を前にしても、胸は何も揺らがない。「何度言えば分かるの?私たちは他人でしょう。離婚の時はさっさと手を切りたがってたくせに、どうして今さら私の前に現れては存在感を示そうとするの?」その言葉に、男の声音が一気に冷たくなった。「考え過ぎだ。まさか、私がわざとお前を待ち伏せていたとでも?」冬真は唇の端を歪めて嘲笑う。漆黒の瞳には軽蔑の色が浮かぶ。だが、後ろめたさからか、夕月の顔を直視できず、視線を逸らしてしまう。実は——彼は確かに意図的にここで夕月と出くわすよう仕組んでいた。瑛優を連れて文芸部の先生に会いに校舎に来るという情報を掴むや否や、エレベーターを細工したのだ。だが、この階で夕月を待っている間、思いもよらない邪魔者が現
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