【神崎 真琴】さあ帰ろう、と靴を履こうとしている時になって、急に母親に台所に手招きされる。「すみません、ちょっと」「大丈夫っすよ、待ってます」玄関で陽介さんだけを残して台所に向かうと、姉もそこに居た。「佑衣は?」「寝ちゃった。パパも来とったしまこくんも来るって、夕べはしゃいで深夜まで起きてたから」「お父さんは今自治体の挨拶周り行ったんよ、見送れなくて悪いって」「え、あんな酔っぱらった状態で?」「朝の神社の年始回りでも酒飲んどったよあの人は」「……相変わらず」この辺りは、古くからこの辺りに住む家が多くて、自治体もご近所付き合いも古い習わしが残ってたりする。だからお正月は案外忙しい。で、なんで僕は台所に呼ばれたんだろうと、二人の手元を見てわかった。四角いお重に、おかずを詰めている最中だった。「あんたのことやから、どうせ食べたり食べなんだりしてんやろ。持って帰り」母親がそう言いながら、ぎっしり詰まった重箱の最後の隙間に伊達巻を押し込んだ。「最近は、結構食べてる。あの人がちょいちょい買ってきたり食べに連れ出したりするから……ねえ、これ持って新幹線乗るの嫌なんだけど」「ちゃんと紙袋に入れてわからんようにするわよ。食べきれへんかったら陽介さんと一緒に食べ」「良い人そうで安心したわ。まこくんのことちゃんと女の子扱いしてるし」姉の言葉に、急に照れくささを感じて、手持無沙汰の手が皿に残っている伊達巻の切れ端を一つ、つまむ。「……僕のこと女の子扱いするのはあの人くらいだよ」懐かしい、手作りの伊達巻の味は、敢えて遠ざかるようにしていたこの家との距離を少しだけ、縮めてくれたような気がした。新聞紙に厳重に包まれてから紙袋に入れられた重箱を手に玄関に戻ると、そこに佑さんが立っていて、玄関のドアが開いていた。「あれ、陽介さんは?」声をかけて振り向いた佑さんの顔が、一瞬すごく、怖い顔に見え驚いて目を見開く。「え……どうかした?」「ああ、いや。陽介なら今」その表情はすぐに消えたけど、何か珍しく狼狽えている気がして首を傾げた時だった。「あ、真琴さん」ドアの外にいたらしい。陽介さんが笑ってまた玄関に入ってきた。「どうかしたんですか?」「何がっすか? あ、それなんですか」「母と姉が。おせちを持たせてくれて……」「まじっすか。やった、新
Terakhir Diperbarui : 2025-07-14 Baca selengkapnya