All Chapters of 優しさを君の、傍に置く: Chapter 121 - Chapter 130

175 Chapters

優しさを君の、傍に置く《3》

――――――――――――――――――――――――最初は殆ど一目惚れみたいなものだった。バーテンダーとしてカウンターに立つ慎さんは、格好良くて綺麗で仕草もスマートで女の子が憧れるのもよく分かったし、男から見ても「いい男」だった。すっと伸ばした背筋が綺麗で、あんな洒落たバーでどんな客とも気後れせず話し相手をするとこなんて、年下とは思えないくらい貫禄があった。だから、未だに俺も敬語が抜けないんだろうか。だけど、バーテンダーじゃない素の慎さんを少しずつ知って、そこからまた少しずつ、殻に皹が入って。ぱらぱらと剥がれ落ちて、そこにいたのは普通の女の子だった。繊細で臆病で、ちょっと融通が利かなくて、強がって見えて実はコンプレックスの塊で、素直じゃないけど優しくて、甘えん坊で泣き虫でちょっと癇癪持ちの。傷ついた女の子だった。どこに惹かれたかって言われるとわからない。その全部が可愛く思えたし、守らなくてはと思った。知れば知るほど、好きになる。店では男で通しているから、誰彼構わず俺の恋人だと自慢するわけにはいかないけれど……いや、俺はいいんだけど彼女の仕事の障害になってはいけないし。そんな秘密も、彼女の本質を知るのは俺だけだ、と思ったら優越感は生まれる。彼女のトラウマは、やっぱりそう簡単にはいかなかった。俺の宝物になったあの夜から、半年と少し。今でも女の格好はしたがらないし、男に対する警戒心は強い。俺に限って言うなら、恐怖心は拭えたと思う。急に抱きしめたりしても狼狽えなくなったし、ディープキスで震えたりもしなくなった。だけど、恐怖心が和らげば、露わになって見えてきたのは身体に刻み込まれた『嫌悪感』だった。毎回ってわけじゃないけど、急に何かを思い出すのか気乗りのしない顔になって、そんな時は大抵、うっかり触れると発作的に振り払われたり引っ掻かれたりする。そうなると、今度は自分がショックを受けて激しく落ち込む。俺は気にしないって言うのに。だって、女の子の身体って彼女に限ったことでなく、繊細なものだと思うし。だけど発作的な、自分で抑制できないその衝動が、彼女にはショックなようで。そんなことを、半年余りの間で何度か繰り返した結果。「陽ちゃあん。今、別れてるって聞いたよー、どうすんの?」先日、ついに別れ話が切り出された。もう翔子の耳に入っ
last updateLast Updated : 2025-08-20
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優しさを君の、傍に置く《4》

------------------------------------------------------------------------ 【神崎真琴】 ぞわ、という感覚が、気持ちいい時とそうでない時がある。その時、殊更嫌悪感を抱いてしまうのは、陽介さんに対してじゃなく行為にたいして、だ。それを、ことあるたびに口にするのは、余計に言い訳めいて、言えなくなった。けれどあまりに何度もそういう事があれば、いい加減に嫌われてしまうんじゃないかと怖くて、一人不安をため込む。初めての夜、あんなにも大事に大事に抱いてくれたのに、それからもずっと触れる時はまるで宝物みたいにそれはそれは優しくしてくれるのに。どうして、いつまでもこんな突発的な衝動に襲われるんだ。そんな苛立ちが蓄積した不安をも刺激して爆発した。 「もう無理だ! 別れる!」 いつもみたいに振り払っただけでなく、暴れた足が陽介さんの股間に当たって揚げ句ベッドから蹴りおとしてしまった時だった。陽介さんを、足蹴にして蹴落とすなんて。やらかしてしまってから、その光景に愕然とする。彼は、少し痛そうに顔を歪めながらも大丈夫だとおどけて笑ってみせた。だけど。僕が癇癪を起こして「別れる」と言った途端、すごくすごく、怖い顔をした。 「何言ってんすか」 「も……同じことの繰り返しだ、無理だ」「んなことないっすよ、こんなん偶にじゃないすか。こんくらい、俺は全然大丈夫だって……」「そんなわけない! いい加減貴方だって嫌でしょう?!」「俺は嫌だなんて一度も言ってない!」 
last updateLast Updated : 2025-08-21
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優しさを君の、傍に置く《5》

結局、旅行の約束直前の土日も陽介さんは来なくて。 「めそめそしてるくらいなら電話の一本でも入れてみろ!    まったく、陽介絡みだとてんでダメなやつだなお前は」 日曜の夜更け、佑さんが僕にそう言って早目に店を上がらせた。自室には、準備万端整えたキャリーバッグが床に鎮座している。本当に明日、行けるとも限らないのに。陽介さんが怒って旅行キャンセルしてたらどうしよう。明日、迎えに来てくれるんだろうか。どちらにせよ、僕はちゃんと謝らなくては。携帯の画面はアドレス帳の陽介さんの番号が表示されている。ラインにしようかと思ったけど、ちゃんと声と声で話さないといけないと思った。たっぷりの時間を要して、ようやく画面を叩く。緊張しながら呼び出し音を聞いていると、程なくして繋がった。『はい』 陽介さんの声が電話の向こう側から聞こえた途端、頭が真っ白になった。 「あ……、あの」『はい』「あの…………」 何を言えばいいんだっけ。明日の旅行の話?迎えに来るのは何時か、とか。いや、それより先に謝らなければいけないはずだ。 「…………あの、」『真琴さん?』「は、はい!」 いつまでも「あの」しか言えないでいると、名前を呼ばれてなんでかドキリとして堅い声で返事をした。 『旅行の準備は出来ました?』「え……あ、はい。……ちゃん
last updateLast Updated : 2025-08-22
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優しさを君の、傍に置く《6》

夕焼け色を通り過ぎ薄闇が広がりはじめ、ポツポツとパーク内に灯りがつくと途端に物悲しい雰囲気を感じたのは僕だけだろうか。勿論、パークはもっと遅くまで開いてるし、アトラクションもまだまだ終わらない。夜のパレード待ちの人達が、そこかしこの道の端で場所取りをし始めていた。 「お城、ライトアップされてる」「ほんとっすね。近くまで行ってみますか」 次第に濃くなる闇夜の中で、パークの灯りが際立ち始め、装いが代わる。近づいた頃にはとっぷりと暮れて、シンデレラ城がたくさんの光を浴びて夜の中で一番に煌めいていた。 「綺麗ですね。ほんとに、夢の国にいるみたい」 お城のすぐそばの広場は、案外人が少なかった。パレードの方へと人が移りはじめているからかもしれない。ライトアップされた空間は昼よりも華やかにさえ見えるけれど、さっき感じたもの悲しさの理由が、少しわかった。夜は一日の終わりを示していて、それが寂しく感じるからだ。陽介さんが何も言わないのをいいことに、僕から話しだそうとしないのも、楽しい時間が終わってほしくないからで。そう気づいたと同時に、陽介さんから話を切り出された。 「こないだのことですけど」 びくっ、とおびえるみたいに肩が跳ねて隣を見上げる。すると、僕はよほど酷い顔をしたらしい。陽介さんが、苦笑いをする。 「もう泣きそうな顔してる」 それが余りに優しい声だったから、僕はこみあげてくるものが堪えられなかった。 「……ごめん」「はい」「ごめんなさい」「……ほんと、泣き虫になっちゃいましたね、真琴さんは」&n
last updateLast Updated : 2025-08-23
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優しさを君の、傍に置く《7》

「な……なんで?」 余りにも突然すぎて、嬉しいとかそんな感情もまだ沸かなかった。多分、理解ができていなかったのか、もしくは頭がついていっていなかったのかもしれない。 「真琴さんが『僕なんか』って言うたびに、俺は好きですって言うし可愛いって言います。でもそれも、傍にいられてこそ、なんで。 嫌なら、断ってもらってもいいっすよ。でもこれは誕生日プレゼントなんで受け取ってくださいね」 ずいっ、とさらに目の前に進んで来たそれを、つい反射的に受け取って、なんだか触れてはいけないものに触れたような、そんな気持ちになる。きらきらきらきら。光の屑、というよりも、粉といった方がいいかもしれない。たくさんの光の粒子が、柔らかく揺らめいていた。 「いくらなんでも、誕生日プレゼントに、こんな、」「ただその場合……すんませんけど来年以降はちょっと、指輪のグレードが下がります」「は?」「しがないサラリーマンなもんで。毎年給料の三か月分はちょっと無理が」 驚いて見上げると、くぅっと悔しそうに顔を顰めていて、目が合うと少し照れた色を滲ませて笑う。それを見て、これが冗談なんかじゃないのだとやっと僕は理解した。 「ま、毎年?!」「はい。たとえ引っ掻かれても蹴られても別れるつもりないし、毎年必ず、真琴さんの誕生日にプロポーズしますよ俺は」 そんな馬鹿な、と思ったけれど。陽介さんなら、間違いなく毎年指輪を用意するだろうと、確信する。 「だからもう、そろそろ観念して、一生俺を傍に置いてくれませんか」 指輪を持ったまま、陽介さんの手が重なった。ちゅ、と唇を指先に充てられて
last updateLast Updated : 2025-08-24
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epilogue

【Still ahead of the story】 チャイムの音が鳴った。それとほぼ同時くらいに先生が教室に入ってきて、いつもよりもちょっと優しい声でみんなに着席するように促す。 「ほらほら、みんな。おうちの人が来てるからってそわそわしないのよ! 日直!」 いつもより高い先生の声に、ぶふ、と笑い出しそうになってぎりぎり堪える。だけど、確かにみんなもいつもより落ち着きがない。授業参観で土曜に登校するなんてめんどくさいと思うけど、一時間だけで後は親と一緒に帰れるし、お昼を外で食べようってママが言ってた。そのママが中々来なくて、私もちょっとソワソワしていた。授業が始まって、すぐくらいだと思う。カラ、と後ろの戸が開いて、少し遅れてママが来た。振り向くと小さく手を振ってくれたので、私も張り切って振り返す。すると今度はちょっと怖い顔をして、前を向けと黒板の方を指差した。隣の席から、こそこそと話しかけられて耳をそばだてる。 「ねえねえ、あれ、ひなちゃんのパパ? すっごくかっこいいね」「違うよ、ママ!」 えっ、と驚いて杏奈ちゃんが後ろを振り向いた。それからまた、こそこそと声を掛けられる。ちゃんと集中しないと、後でママに怒られるのに。 「嘘だあ、背も高いし男の人でしょ? すごく綺麗だけど」「ママだってば。パパはもっとデカい。たぶん弟の方に行ってるから、後で交代しに来るよ」 まあ、間違えるのも無理ないけど。私のママは、すっごく美人だけど背が高いし男っぽい格好しかしないから、よく間違えられちゃう。ママが、一度で女の人だとわかってもらえたのはお腹が大きい時だけだったって言ってた。 
last updateLast Updated : 2025-08-25
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番外編SS集《1》

【おしおき:プロポーズ後のふたり】灯りを消した方が綺麗に見えるのだと気が付いて、真っ暗な部屋で窓の外を眺めていた。色とりどりの光の中央にシンデレラ城があり、その真上に閉園間際の花火が上がる。「すごいな、全力で夢の国だな……」ついさっきまで、自分があそこにいたのだと思うと、同時に陽介さんのプロポーズを思い出してしまって、また恥ずかしくて落ち着かなくなる。あああ、やばいだめだ考えるな。陽介さんが戻って来るまでに気を静めようと思ったのに、余計に動悸が激しくなってきた。ごん、ごん、と窓ガラスに向けて額を打ち付けるが、少しも動悸がおさまる気配がない。チェックインしたとこまでは、まだ良かった。二人でホテルに泊まるなんて初めてだったから、ちょっと新鮮な気持ちぐらいだったけど。だけど、部屋に入った途端、急に顔も見れないくらいに恥ずかしくなって、自分の部屋や陽介さんの部屋で一緒に夜を過ごしたことは幾度となくあるのに、なんでこんなに動揺するんだろう。プロポーズされた後だからか。ホテルという空気がそうさせるのか。シャワーを順番に浴びた直後、この後雰囲気がどのように移行していくのか急に怖くなって、兎に角落ち着きたかったのだ。「プリンが食べたい!」と、いきなりわがままを言った。もうパジャマに着替えていたというのに、すぐさま着替えなおして喜んで買いにいってくれる陽介さんは天使だと思う。「わ、なんでこんな真っ暗なんすか」コンビニのビニール袋を引っ提げ陽介さんが帰って来て、部屋の暗さに驚いた。「おかえりなさい。パークの灯りが。夜景は部屋を暗くした方が良く見えるんですね」「ほんとだ。あ、花火やってんですか」とすとすとす、と靴を脱いだ、靴下だけの足音がして陽介さんがさらっと隣に立つと僕と同じように窓の外へ目を向けた。ガラス窓に添えた手が、大小二つ並ぶ。僕の手には、薬指に指輪が光る。たったそれだけのことが妙にくすぐったくて居心地が悪く、そろりそろりと手を遠ざけると、陽介さんが気付いて夜景から僕の手に目線を映した。「指輪、似合います」「そ、そうかな」「はい」「……ありがとう」「はい」見ると彼はにこにこ嬉しそうで、この人には照れたり恥ずかしかったりそういうことがないのだろうかと、僕だけが翻弄されてるようで悔しくなってくる。「花火見ながら、プリン
last updateLast Updated : 2025-08-26
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番外編SS集《2》

睨んだままそう告げて、ぷい、とそっぽを向く。そうだ、二週間。確かに僕が悪いのだけど、今まで怒っても諭しても毎日でも会いたがった人が、いきなり二週間も会いに来なかったんだぞ。しかも、勇気を出して電話したのに、謝らせてもくれなかった。いや、声は優しかったけども。安心させてくれなかったのは、僕に対する罰だったのだろうか。照れくささと悔しさがごちゃ混ぜの感情で、落ち着かなくてプリンをぱくぱくと早いペースで口に運ぶ。すると、数秒無反応だった陽介さんが、きゅうっと僕の腹を抱きしめる腕に力を込めた。「すんません」「や……別に。悪いのは僕だってわかって……」「明日、新しいプリン買いますから」「は?」陽介さんの手が、僕の手からプリンのカップを取り上げた。そのカップの行き先を確かめる前に、もう片方の手が首筋から後頭部をとらえて引き寄せられる。「んっ、」いつもと違う、少し不自然な角度で唇が重なった。「ふ……ぅん」こんな甘ったるい声が、自分のものだなんて、考えると恥ずかしくて死にそうになる。だけど、唇の内側を舌で撫でられると、腰が抜けそうになるくらい気持ちがよくて。「真琴さん、甘い」「んっ、違う、それ」甘いのは僕じゃなくてプリンだ。そう言ってやりたかったのだけど、すぐに重なる唇にそんな隙間はなかった。上半身を振り向かせた体制でのキスは少し苦しくて、集中しきれないのがもどかしい。パジャマの裾から入り込んだ手にするすると腰を撫でられて、ぞわわ、とこそばゆい感覚に腰が揺れた。大丈夫。今日は、気持ち良い日だ、多分。受け入れることが出来そうで、ほっと気が緩んだ。する、と潜り込んでいた手が一息に撫で上がって、僕の胸に触れる。「あっ……」胸の先をやんわりと撫でた指先に身体を捩ると、キスから逃れた唇から吐息混じりに声がもれた。耳元に湿った熱い吐息を感じる。「ベッド、行きますか」その言葉に小さく頷く。窓の外の景色から、花火はいつの間にか消えていた。ねちこい。と、誰かが言ってたが(誰が言ってたかを思い出すとものすごく複雑な感情に巻き込まれるので余り考えないようにしてる)つまりこういうことだろうかと、彼と肌を重ねるようになって三度目かくらいで僕は悟った。明るい照明の下で、ベッドの宮に枕を当てて背凭れにして、膝を開かれている。彼はとに
last updateLast Updated : 2025-08-27
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番外編SS集《3》

いつもなら、暫く指で内側を広げてから彼が抱きしめてくれて、身体を繋げる。だけど、今夜は違った。「寂しい思いさせて、すんません」「ふあ?」「もう二度と、別れたいなんて思わずにすむように、身体ももっとゆっくり、愛させてくださいね」……え?どういう意味だ、と考える間もなく。「あああああっ!」指を埋めながらもう片方の手で襞を広げ、また舌を這わせ始めた。も、むり!むりだむりだ、しっかり愛は受け取ったから!必死でそう伝えようと思うのだが。「ああっ! あん! あう、」ただひたすら甘い嬌声が響くだけだった。きもちいのか苦しいのか。どちらも間違いではないけれど、もう身体の方が限界で。なのに確かに高まっていく快感に翻弄されて、背中を逸らせながら喘ぐ中。ちょっとだけ、とろけずに残っている理性が、必死に警告している。だめだ。このまままじゃ、まずい。だって、まだ繋がってもない前段階でもうすでに満身創痍の状態なんて、どういうことだ。大体なんで、苦痛と快楽をごちゃまぜに感じるほどに、僕はじらされてるのか。優しい顔をしていたけれど、「もう別れたいなんて言わずにすむように」とは、つまりこれが罰だということなんだろうか。もう、喘ぎ過ぎて擦れた声しかでない。身体がいうことをきかない、疲れ切ってるはずなのに、愛撫に反応して腰が揺れる。これじゃあ、陽介さんは誘ってるとしかとらえないだろう。もっとってせがんでるように思われてるかもしれない。―――もっとゆっくり、愛させてくださいねプリンを買ってきてくれた時のような邪気のない顔でそう言われたのを思い出し、身体は熱いのにゾッと寒気を感じた。まずいこのままじゃ確実に抱き潰される。早く次の段階に進んでもらわなくては、僕の身体がもたない。防御なんてまるで役に立たない今、何か攻撃を考えなければ。もう限界だから今日は止める!ではなくて、早く入れてもらおうと考える辺り、僕も相当におかしくなっていたのは間違いない。後から考えれば、の話だけれど。手のひらはやんわりと、けれど逃げられないくらいに腰に絡んだ陽介さんの腕を掴む。「陽介、さん、」身体が悶えるのを強引に抑えたからか、声も手も震えてた。顔を上げた彼と目が合うと、なんだか急に泣きたくなった。事実、涙が浮かんだ。これが中々、良い後押しになっ
last updateLast Updated : 2025-08-28
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番外編SS集《4》

すっかり日も昇った朝、窓の外は明るくて今日も天気は良いらしい。だけど僕は、仏頂面でまだベッドの中に居た。陽介さんは下着だけつけてベッド脇の床で正座して、僕に深々と頭を下げている。 「すんませんっした」「…………」「大丈夫、っすか」「大丈夫に見えますか」「あっ、プリン! プリン買ってきます」「プリンはもういいです」 目が覚めて、お手洗に行こうとしたら足腰が全くダメになっていた。ベッドを降りてすぐ、ふにゃふにゃと膝が崩れてその場から動けなくなり、慌てて陽介さんを起こしてお手洗の真ん前まで運んでもらうという、情けなく恥ずかしい思いをしたのである。当然、お手洗からベッドに戻るのも陽介さんの手を借りた。 「……もう一日、遊べるはずだったのに」「大丈夫っす、昼までゆっくり寝て、それからチェックアウトして遊びに行きましょう」 そう言う陽介さんの足元で、ごみ箱からころんと零れたペットボトルが転がった。昨夜、彼がたくさん買い込んできたペットボトルが殆ど空になってそこにある。やけにたくさん飲み物を買って来たな、とは思っていたけど、その時点でとことんやる気満々だったんじゃないか、と少々頭にも来る。何が、『夜中喉が渇くし』だ。確かにカラカラに乾いたが。途中で陽介さんに何度か飲まされた覚えはある。 『真琴さん飲んで。脱水症状になったらいけないから』 身体を起こされて彼に跨る格好で飲まされたり、最後の方はもう僕がぐだぐだで口移しで含まされた。心配をしてくれるのはありがたいが、それくらいなら早く解放しやがれとかなり本気で思った。思い出して
last updateLast Updated : 2025-08-29
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