【神崎慎】あの夜。―――……ほんと、すんません! 頭冷やして来ます!僕が思わず、変な声をあげてしまったせいで。陽介さんは、逃げ出してしまった。確かに、身体は震えていたし。だけど怖いという感情はもう、なんだか正体不明の感情になっていた。震えてるんだから、怖いんだろう。それが何に対してなのか、もう僕には判断がつかなくて。だって、陽介さんは怖くない。触れられるのもキスも嫌じゃない。なのに、判別も制御もできない恐怖感に振り回されている。ひたすら申し訳なさげに僕に謝る陽介さんを見て、悲しくて仕方がなかった。ただ、恋人同士なら普通に触れ合うことを、彼はしただけなのに。謝らせてるのは、僕なのだ。僕のせい。いつまでも、そんな風に思ってしまう自分も嫌だ。早く、早く全部、上書きしたい。だから。「その時は陽介さんも、今度は途中で逃げ出さないでくださいね」陽介さんの首筋に縋り付いて、その耳元で囁く。翔子さんに頼んで女物の服を一緒に選んでもらって、メイクもお願いして……それは披露宴のためじゃない。ちゃんと、女に戻るため。陽介さんに見てもらうためだ。どくどくどく、とどちらのものともわからない心臓の音が聞こえるばかりで、陽介さんからの返事はなく背中に手が回されることもなくて。心許ない、固まった空気を砕くように、バッグの中で振動音を鳴らす携帯に邪魔をされる。「ちょ、ちょっと待って。姉です、多分」慌てて身体を離し、気恥ずかしさを誤魔化すように背を向けて電話に出た。『遅い! もう始まってまうやんかー!』電話越しに急かされて、慌てて会場の方へと向かう。すると、こちらに向かって一生懸命手を振る姉の姿が見えた。早く早くと手招きされて、急ぎ足で近づく。といっても、慣れないパンプスでそれほど早くもないけれど。「すんません、車が混んでて中々」後ろから陽介さんがそう言い訳をしてくれた。「仕方ないけど、早う受付行って! 篤くん、さっきまでここら辺で挨拶したりしとってんけど……」「ええよ、式で顔は見れるんやし」寧ろ、直前になれば忙しいだろうと狙ってギリギリに来たんだし。早く早くと急かす姉の足元近くで、ふわふわのドレスに頭の天辺にお団子で可愛らしく纏めた佑衣が、僕を見て愕然と立ち尽くしていた。「佑衣、可愛いね。どうかした?」「……まこくんが
Terakhir Diperbarui : 2025-08-06 Baca selengkapnya