All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 1411 - Chapter 1420

1466 Chapters

第1411話

二川家。緒莉は、美月が紗雪と会ったことを知っていた。一体どんな話をしたのか、気になって仕方がない。リビングでソファに座る美月は、どこか機嫌がよさそうだった。その様子を見て、緒莉の疑念はさらに強まる。――まさか、あの二人、何か自分に隠れて取り決めでもしたんじゃないか。本当のところ、美月はずっと紗雪のことを気に入っている。それはわかっている。それに比べて自分は、会社でこれといった成果を出せていない。契約一つまともに取れず、株主たちからも不満の声が上がっている。そんな現実を知っているからこそ、悔しさが募る。とはいえ、どうしようもない。自分なりに努力して、仕事の能力を高めようとはしている。それでも契約はまとまらない。なぜか取引先は、紗雪ばかりを指名する。それ以外の人間とは、まるで組みたがらないかのようだ。その事実に、緒莉の苛立ちはさらに膨れ上がった。彼女は歩み寄り、美月の後ろに立つと、そっと肩に手を置いた。そして、優しく揉みほぐし始める。緊張していた美月の体が、みるみるうちにほぐれていく。その心地よさに顔を緩めながらも、美月は問いかけた。「緒莉、急にどうしたの?」「何言ってるの、お母さん」緒莉は少し拗ねたように言いながらも、手は止めない。「娘が母親の体を気遣うのは普通でしょ?最近、すごく疲れてるみたいだったから」「緒莉は本当にいい子ね」美月は満足そうに微笑んだ。――紗雪と比べて、どちらが好ましいかなんて、言うまでもない。紗雪は、こんなふうに自分に寄り添ったことなど一度もなかった。「お母さんの負担を減らすのは、私の役目だもの。それに最近、本当に大変そうで......見ていて心配だったの」緒莉はそう言いながら、自然な流れで話題を変える。「私、会社では紗雪みたいにうまく立ち回れないけれど......でも、ちゃんと努力するよ」その声には、わずかな震えと、押し殺したような悔しさが滲んでいた。美月は思わず表情を固める。知らないところで、娘はこんなにも思い悩んでいたのか。確かにこのところ、緒莉には不満もあった。紗雪と比べれば、能力の差は歴然としている。社内でも信頼を得られておらず、会社の状況も日に日に悪化している。株主たちからの圧力も強く
Read more

第1412話

「お母さん......私、本当にできるのかな?」そう言った瞬間、緒莉の手が止まった。瞳にはすでに涙が滲んでいる。その変化に気づき、美月が振り返ったとき――ちょうど一筋の涙が、彼女の頬を伝い落ちた。その光景に、美月の胸はぎゅっと締めつけられる。――こんなに、追い詰められていたのか。自分では、ずっと守ってきたつもりだった。こんなことで悩む必要はないと思っていたのに。だが現実は違った。自分の考えが、あまりにも甘かったのだと気づかされる。「緒莉......」言葉をかけようとしたその瞬間、緒莉の涙はさらにあふれ出した。「ごめんなさい、お母さん......私がダメだから......でも、本当に頑張ってるの。最近、お母さんがどれだけ大変かも、ちゃんとわかってる。口には出してないけど、ずっと見てたの。もうすごく疲れてるって......」「緒莉、そんなふうに思い詰めなくてもいいのよ」美月は慌てて声をかけた。「あなたはもう十分頑張ってる。無理に誰かと比べる必要なんてないの。昨日の自分より少しでも前に進めていれば、それで十分よ」「でも私は......お母さんの力になりたいの。足手まといにはなりたくない......」美月に手を取られ、緒莉はそのまま隣に腰を下ろした。涙で顔を濡らす娘を見て、美月の胸も痛む。そっと肩を抱き寄せ、そのまま腕の中に包み込んだ。「大丈夫。あなたが足手まといだったことなんて、一度もないわ。緒莉は私にとって、ずっとかけがえのない存在なのだから。これ以上そんなことを言ったら、お母さん怒るわよ」美月は真剣な表情でそう言い聞かせた。確かに、仕事の能力では紗雪のほうが上かもしれない。けれど、向上心があるだけで十分だ。それ以上を求めるつもりはない。それに、こんなふうに泣いている姿を見ると、胸が痛むばかりだ。知らぬ間に、自分のプレッシャーが彼女に伝わっていたのだ。守っているつもりだったのに。美月の言葉を聞いて、緒莉は涙に濡れた目で見上げる。「......本当に?」「ええ、本当よ」美月は柔らかく微笑んだ。「完璧な人間なんていないし、最初から何でもできる人もいない。みんな、少しずつ経験していくものなのよ」「うん......わかった。ありがとう、
Read more

第1413話

「妹が余計なことを考えないか心配なの。だって、この件を他人に知られたいかどうかもわからないし......」だが美月は、表情を引き締めて言った。「私はあの子の母親よ。このことを知っていたって、何が問題なの?」「そうだけど......」緒莉はすぐに言葉を濁すように続けた。「でも私も事情を知っていれば、あとで妹に聞かれたときにちゃんと説明できるかなって」美月は彼女の真剣な様子を見つめ、しばらく黙り込んだあと、結局は本当のことを口にした。「......実は、もうあの子には会いに行ったの。この話も、ちゃんと伝えたわ」「えっ!?」緒莉は思わず立ち上がり、顔を青ざめさせる。その表情には明らかな動揺が浮かんでいた。「じゃあ、紗雪、絶対怒ってるよ......私が、余計なこと言っちゃったから......」「緒莉、どうしたの?」美月は眉をひそめた。「私は紗雪の母親なのよ?娘婿の素性を知る権利くらい、あって当然でしょう」「違うの、お母さん。そういう意味じゃなくて......」緒莉は慌てて首を振る。「この話を私が先に言っちゃったから、よくなかったんじゃないかって思って......」その言葉で、美月も彼女の不安を理解した。「大丈夫よ、その点は心配しなくていいわ」美月は穏やかに言った。「紗雪は何も言わなかったし、表情すら変わらなかった」「本当......?」緒莉はまだ信じきれない様子で尋ねる。まるで、それが本当に紗雪なのか疑っているかのようだった。「本当よ。昨日、カフェで会ってきたばかりだから」「そうだったんだ......もう会ってたんだね」緒莉は、あたかも初めて知ったかのように言った。「母親が自分の娘に会うのに、何か問題でもあるの?」「ううん、全然」緒莉はおとなしくうなずき、視線を落としながら尋ねる。「お母さんはあの集まりの話だけをしたの?」心の中で毒を吐いていた。――この人、なんでこんなに敏感なの?今はもう、何を聞いてもいけないわけ?自分はもう娘じゃないの?やっぱり、紗雪が力を持った途端、みんなそっちに寄っていく。じゃあ自分は、一体何なの......緒莉は、美月の性格をとっくに見抜いていた。どんな人間かなど、手に取るようにわかっている。
Read more

第1414話

伊藤は内心、ぞっとしていた。――どうして毎回、こんなにもタイミングよく緒莉と目が合ってしまうのか。前回も、しばらくの間ずっと気が気じゃなかった。結局は、しらを切ってやり過ごすことで、なんとか疑いを向けられずに済んだのだ。だが今回は、またしても真正面から目が合ってしまった。――また何か、余計なことを疑われているのではないか。今の伊藤にははっきりわかっている。緒莉という人間は、どこか常軌を逸している。一度でも気に障れば、必ず敵に回すタイプだ。しかも、自分の世界に閉じこもっているようなところもある。だからこそ、このところ彼はずっと考えていた。できるだけ関わらない、それが一番だ、と。さらに、彼女にはどこか精神的な不安定さも感じる。言葉を交わすときも、常に気を遣わなければならない。さっきまで美月と話していたときの、あの柔らかな態度。それとは打って変わって、自分に向けられる視線はどこか異様だった。その差に、伊藤は言いようのない不気味さを覚える。慌てて視線を逸らし、もう彼女のほうを見ないようにした。それを見て、緒莉も視線を戻す。――この男は、監視させておけばいい。おとなしくしている限り、何も問題はない。だがもし、余計なことを口にするようなら――その結末は、言うまでもない。きっと本人も、よくわかっているはずだ。ならば、なぜ余計なことをする必要がある?皆が大人しくしていれば、それで済む話なのに。そう思いながら、緒莉は警告するように一瞥を送った。その視線の意味を察した伊藤は、すぐに顔を背け、慌てて仕事へと戻る。キッチンに向かい、今夜の夕食の準備を指示し始めた。――やはり、この女は見た目ほど甘くない。これからは、できるだけ距離を置いたほうがいい。もし目をつけられたら......その先がどうなるか、考えたくもない。長年ここで働いてきた。今さら、年を取ってから別の職を探すなど、絶対に避けたい。「最近の伊藤、ちょっと様子がおかしいわよね?」美月はその違和感に気づき、口にした。緒莉は首を横に振る。「さあ......家のことで何かあったのかもね」「そうなのかしら。時間があるときに、ちょっと様子を聞いてみようかしら」美月は少し心配そうだった。伊藤
Read more

第1415話

緒莉は笑みを浮かべていたが、その笑みはどこか目の奥まで届いていない。それがかえって伊藤の不安を煽った。まるで何かが起きる前触れのように、胸の奥がざわつく。「緒莉様、何かご用でしょうか?」今回は、伊藤のほうから口を開いた。だが緒莉は、隠す気など最初からなかった。「伊藤さんがうちで働いてるの、もう何年かしらね。何を言っていいか、言っちゃいけないか――そのくらいは、ちゃんとわかってるよね?」その一言で、伊藤の心臓がひやりと冷える。――意図は一瞬で理解できた。それでも彼は、あえて知らないふりをする。「緒莉様、私はただの執事です。自分の職務を果たすだけで、それ以外のことは一切存じません」「本当に?」緒莉は細い目をさらにすっと細めた。明らかに信用していない。「はい」伊藤は一切ためらわず答える。「ならいいわ」緒莉はゆっくりと言葉を落とした。「もう年も年だし、そろそろ実家に帰って、ゆっくり養生するのもいいんじゃないかなって思ってたんだけど、必要ないみたいだね」――露骨な脅しだった。誰が聞いてもわかるほどに。それでも伊藤は顔色一つ変えず、静かに応じる。「わかっています。何かあれば真っ先にご報告いたしますので。何を言うべきか、言うべきでないか、その区別はきちんとついております。私はあくまで執事、自分の務めを果たすのみでございます」即座に忠誠を示すその態度に、緒莉は満足そうに目を細めた。彼女が求めているのは、こういう人間だ。余計なことをしない者。それさえ守るなら、ここに居続けることを許してやってもいい。「いいわね、その姿勢」緒莉はくすりと笑った。「生活で困ることがあれば、遠慮なく私に言いなさい。助けられることなら、いくらでも助けてあげる。もう若くないんだし、無駄に動き回るのも大変でしょ?」意味ありげな笑みを浮かべて見つめられ、伊藤はすぐに頷いた。「お心遣いに感謝いたします。どうぞご安心ください、これからも二川家で誠心誠意務めてまいります」「それでいいわ。もう仕事に戻って。ちょうど私も疲れたから」そう言い残し、緒莉はそのまま部屋へと戻っていった。キッチンに一人残された伊藤は、その背中を見送りながら、垂れた手をゆっくりと握りしめる。――やはり、疑われ
Read more

第1416話

そのことを思い出すたびに、加津也の瞳には濃い陰が落ちた。初芽のために、彼はすでに家の仕事すら手放している。だから彼女を連れ戻せない限り、帰国するつもりはなかった。やがて、初芽の居場所を突き止める。そこにいたのは――伊吹と共にレストランで食事をしている彼女の姿だった。しかも、選んだのはカップル向けの店。その瞬間、加津也は一切迷わなかった。そのまま店へと向かって駆け出す。これだけ長く会っていないのだ。会いたくないはずがない。彼は本気で初芽に心を奪われていた。だが同時に、今回の彼女の行動には深く傷ついてもいた。――なぜ、自分のそばにいようとしなかったのか。どうして、こんな形で自分を裏切るようなことをしたのか。結局は、ここまでこじれてしまった。店へ向かう道中、頭に浮かぶのは、かつて二人で過ごした日々ばかり。それでも、いまだにわからない。初芽の心が、いつ離れていったのか。普通なら、何かしら兆しがあるはずだ。だが彼には、それが見えなかった。――仕事に追われていたあの頃、彼女をないがしろにしてしまったのか。けれどその時期、初芽は恋に夢中で、同時に自分の仕事にも打ち込んでいた。お互い、それぞれの場所で輝いていたはずだ。たまに会うだけでも、十分幸せだったのではないか。そう考えても、結局答えは出ない。ただ一つ思い当たるのは――その隙に、別の男に入り込まれたのではないか、ということだけだった。レストランの前に着いたとき、加津也は逆に足が止まった。長い間、彼は彼女を想い続けてきた。だがその彼女は今、別の男と優雅に食事をしている。しかも、キャンドルの灯るディナーを。自分は何のために、ここまで来たのか。――バカみたいだ。その考えに、顔色がみるみる険しくなる。それでも彼は、その場を離れなかった。入口の前に立ち続ける。――最後がどうなるのか、見届けたい。そして、彼女の口から答えを聞きたい。そう決めていた。何度も頭の中でやり取りを想像しながら、ただ待ち続ける。――きちんと向き合って、すべてをはっきりさせるべきだ。このまま曖昧なまま終わることだけは、どうしても受け入れられない。――その頃、店内では。初芽と伊吹が、記念日を祝ってい
Read more

第1417話

なぜか、初芽の胸にじわじわと不安が広がっていく。まるで背後から毒蛇に狙われているような、嫌な感覚だった。彼女は伊吹の腕をぎゅっと掴み、小声で言った。「伊吹、誰かに見られてる気がしない?」「......言われてみれば」伊吹は眉をひそめる。違和感はあるのに、どこがどうおかしいのかは掴めない。「でも、さすがに考えすぎじゃないか?」理由が見つからない。外出の際には必ずボディーガードが付いているし、何か異常があればすぐに知らせてくるはずだ。そう思い、伊吹は視線でボディーガードに確認する。だが彼らは入口でずっと警戒していたにもかかわらず、怪しい人物は見ていないと首を横に振った。それを見て、伊吹は初芽を安心させるように言う。「ほら、誰もいない。やっぱり考えすぎだよ」「うん......だといいけど」そう答えはしたものの、不安は完全には消えなかった。――そして、二人が車に乗り込もうとした、その瞬間。音もなく、背後に一つの影が現れる。「俺を捨てたってわけか」聞き覚えのある声に、初芽の背筋がぞくりと粟立つ。振り返ると、そこに立っていたのは加津也だった。「どうして、あなたがここに......?」初芽の声は思わず高くなる。まさかここで会うとは思っていなかった。だが今になって、さっき感じた視線の正体がはっきりする。――あれは、彼だったのだ。「そんなに俺に会いたくなかったか?」加津也は片眉を上げ、どこか傷ついたような色を目に浮かべながら、一歩ずつ距離を詰めてくる。「ずっと会ってなかったのに......少しも会いたいと思わなかったの?」初芽は即座に言い返した。「勝手に期待しないで。私たちは、もう終わったのよ」そのとき、伊吹が自然に初芽の隣に立ち、肩を抱き寄せる。「彼女の恋人は俺だ。これ以上、彼女に付きまとわないでください。迷惑だ」「恋人、ね」その言葉に、加津也は思わず笑い出した。ついこの間まで、自分と初芽は一緒にいた。彼女は自分の腕の中で、あんな表情を見せていたのに――それなのに、こんな短期間で別の男と海外に逃げ、堂々と「恋人」だと紹介されている。――では、自分との関係は何だったのか。そのまま、加津也は遠慮なく過去の関係を口にする。その瞬間
Read more

第1418話

その一言には、露骨なまでの挑発が込められていた。初芽は本気で、精神が崩れそうになる。――やっぱり、ろくでもない男と付き合うと、「汚点」みたいなものが残る。よく言われるその言葉は、まったくの的外れじゃなかった。今の初芽は、心の底から後悔していた。どうして、こんな最低な男と付き合ってしまったのか。一方で、伊吹も眉をひそめ、不快そうに加津也を見据える。「そのことなら、最初から知っている。だが、お前には関係ない」彼ははっきりと言い切った。「俺は初芽を選んだ。だから彼女のすべてを受け入れる。良いところも悪いところも、全部だ」「なにそれ」加津也は鼻で笑う。「何が『全部受け入れる』だ。ただのきれいごとだろ」伊吹は冷ややかに返す。「少なくとも、今のお前よりはよほどまともな男だ。本当に愛しているなら、彼女の傷を人前で暴いたりはしない。お前は『愛してる』なんて言いながら、やってることは彼女を傷つけることばかりだ」その言葉に、加津也は眉を強く寄せた。「口だけは立派だな。本当に愛してるって言い切れるのか?」「当然だ」伊吹は迷いなく答える。初芽も彼のそばに立ち、静かに口を開いた。「愛してるかどうかくらい、見ればわかるわ」そして、はっきりと言い切る。「そもそもこれは外野が口出しすることじゃないわ。あなた、彼の足元にも及ばないから。だからもう帰って。やり直すつもりなんてないから」最初は動揺していた初芽だったが、今はもう違う。――なぜ、自分が怖がる必要があるのか。もともと合わない関係だった。それに、この国には法律がある。まさか街中で無理やり連れ去られるなんてこともない。何より、自分には伊吹がいる。――自分を守れる。その確信があった。加津也の目が、次第に冷たく歪んでいく。彼はこんな言葉を聞くために、わざわざここまで来たわけではない。彼女を連れ戻すつもりで来たのだ。「......本当に、俺とよりを戻す気はないんだな?」「ええ」初芽は即答した。加津也は彼女を指差し、低く言い放つ。「いいだろう。後悔するなよ」そう言い残すと、そのまま背を向けて去っていった。その姿が消えた瞬間――初芽はまるで水から上げられた魚のように、大きく息を吐いた。そして
Read more

第1419話

「君がもう決めたなら、わざわざ俺に聞かなくてもいいのに」そう言われて、紗雪はすぐに首を振った。「それはだめ。夫婦は一心同体でしょ?私が何か決めるなら、ちゃんとあなたに相談するべきであって、報告だけで済ませるものじゃないから」その言葉に、京弥の瞳がわずかに揺れる。「紗雪は優しいな。そこまで考えてくれて、嬉しいよ」そう言うと、彼はそのまま彼女を腕の中に引き寄せた。「こんなの、当たり前のことじゃない」紗雪は少し不思議そうに思う。自分にとっては普通のことなのに、なぜか彼はすぐに感動してしまう。これからは、もっと大事にしないと。――心の中でそう決める。こんなに簡単に感動してしまうなら、もし他の人に優しくされたら、簡単に連れて行かれてしまうんじゃないか。――こんなにいい旦那、絶対に誰にも渡さない。そんな独占欲すら、ふっと湧き上がる。もっとも、当の京弥はそんなことを知る由もない。外では「現代の閻魔大王」と呼ばれるほどの人物だ。他人に対しては冷徹で、恐れられる存在。そう簡単に心を動かされるような男ではない。秘書の匠ですら、もし紗雪がそんな心配をしていると知れば、「考えすぎだ」と言うだろう。京弥が特別なのは、紗雪に対してだけ。それ以外の人間には、視線すら向けない。だから――そんな心配は、最初から起こりえない。「じゃあ、今週末に行こうか」紗雪は期待するように彼を見上げる。京弥は迷いなく頷いた。「言っただろ。俺はいつでもいいって。君の都合に合わせるから」「うん!」紗雪は安心したように、彼の胸に寄り添った。......週末。二川家では、すでに食事の準備が整えられていた。美月は、京弥と紗雪が来るのを待っている。緒莉もソファに座り、上品な姿勢を崩さない。外から見れば、何の違和感もない。一方、伊藤は目立たないように静かに立っていた。彼はもう、緒莉の本性を見抜いている。だからこそ、余計なことはしない。――関わらなければ、この家で働き続けられる。今回の食事も、彼にとっては一種の試練のようなものだった。一度は迷ったものの、結局決めた。このことを紗雪に直接伝えるのはやめる。せいぜい遠回しに注意を促す程度にしておく。今の美月の寵愛ぶりを見れ
Read more

第1420話

すると京弥が先に口を開いた。「大丈夫だよ。状況に応じて対応すればいい。もうここまで来たんだ、引き返すのも不自然だろ」「......そうだね」紗雪も頷く。どうせ、いずれは向き合わなければならない。今ここで対峙するほうが、後からまた揉めるよりはずっといい。それに、もう家の前まで来ているのに引き返すなんて、あまりにも不自然だ。――案の定。二人が門の前に立った瞬間、美月が満面の笑みで手を叩いた。「やっと来たのね!」紗雪の瞳に大きな感情の揺れはなかった。隣に立つ京弥は何も言わず、ただ静かに佇んでいた。美月はその態度を特に気にしない。相手は鳴り城一の富豪で、大きな事業を抱える人物だ。多少気難しくても当然――むしろ「それらしい」とさえ思っている。それに、今の自分は彼に頼る立場だ。多少の無礼など、いくらでも目をつぶれる。美月は笑顔のまま続けた。「帰ってきてくれてよかったわ。毎日ずっとあなたのこと考えてたのよ。こんなに会ってなかったのに、電話の一本もくれないなんて」だが紗雪は、あっさりと言い返す。「今までも別に電話なんてしてなかったよね?急にどうしたの?」「......」美月の顔がわずかに強張る。まさかここまで遠慮なく言われるとは思っていなかった。しかも、京弥の前で。姑としてのプライドがズタズタだ。その空気を察し、緒莉がすかさず口を挟む。「紗雪、ちょっと誤解してるんじゃない?お母さんはただ、もっとあなたと過ごしたいだけなのよ。あなたが家を出てから、ずっと寂しがってたんだから」まるで調停役のように、双方にいい顔をする。しかし紗雪は一切遠慮しなかった。「私と母さんの話に口を出さないで」「どうしたの、紗雪......?」緒莉の目に、みるみる涙が浮かぶ。「姉妹なんだから、普通に話せないの?お母さんも見てるのに、こんなふうにしたら悲しませるだけじゃない」その言葉に、美月もすぐに同調する。「緒莉はあなたの姉よ。その言い方はどういうこと?」すると紗雪は、門の前で足を止めたまま、口元に皮肉な笑みを浮かべた。「二人とも、私を呼んだのって......ここで説教するため?まだ中にも入ってないんだけど」そのまま視線をまっすぐ美月に向ける。「これ以上そんな
Read more
PREV
1
...
140141142143144
...
147
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status