All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 871 - Chapter 880

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第871話

一度でも協力できれば、その後の協力も問題なく進むはずだ。紗雪もまた、二人がうまくやっていけることを願っていた。少なくとも、自分がその間に立って苦しむ必要はなくなる。清那は左右を見回し、それが自分の思い過ごしかどうか分からなかった。だが、紗雪があの言葉を口にしてから、二人の関係が少し和らいだような気がする。雰囲気まで、さっきとは違っている。何しろ、彼女も二人がこれまで巻き起こした場面を目の当たりにしてきた。今こうして穏やかに座って会話できていること自体、すでに珍しいことだ。清那は唇を結んで笑い、小さな願いを心の中でかけた。どうか二人がこのまま仲良くいてくれますように。そうすれば、みんなもずっと気楽に過ごせるだろうし、以前のような余計な心配もしなくて済む。思わず声に出してしまう。「こうでなくちゃね!今は内輪で疑い合う場合じゃないわ」紗雪も頷き、真剣に清那を見た。「清那の言う通りよ。私たち四人がここに一緒にいられるのも、何かの縁なんだと思う。私だって、最初は目を覚ませるかどうかも分からなかった。でも皆が力をくれたからこそ、ここにいる」紗雪は柔らかくも揺るがぬ笑みを浮かべた。「外で待ってくれている人がいると知っているから、私は諦めなかった。みんなのために、そして自分のために」その言葉は、人の胸を深く打つものだった。京弥は紗雪の肩を抱き寄せ、そっと気持ちを落ち着かせる。彼には分かっていた。この一か月、横たわっていた紗雪の苦しみは、外で動いていた彼らと同じくらい、いやそれ以上につらかったはずだ。自分が一か月も眠っていたと知ったときの深い無力感、そして足が思うように動かない感覚。それは実際に経験した者でなければ分からないものだ。誰にも紗雪を説得することはできない。彼女自身が少しずつ心を解きほぐしていくしかない。そうして初めて、彼女はさらに遠くへ進み、もっと広い世界を見ることができる。京弥はずっと分かっていた。紗雪は籠の中の小鳥じゃない。彼女を閉じ込めて外の世界を見せないなんて、決して許されないことだ。紗雪は最初から自由な鳥だ。誰も彼女を縛れない。彼女自身でさえも。京弥はまた、紗雪の可能性が無限であることを知っていた。彼女は大きな野心を持つ人間だ。
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第872話

くだらない過去の感情なんて、頼るより自分を信じる方がましだ。婚約までしておきながら、よくもまあこんな仕打ちができるものだ。もし将来、本当に結婚なんてことになったら、どうなると思っているのか。緒莉の瞳の奥に、鋭い光が閃いた。大丈夫、もう辰琉との婚約を続けるつもりはない。K国に戻ったら、この賭けは無効にしてやる。母にも必ずそう要求するつもりだ。辰琉なんて男、これ以上何の役に立つ?愚かな男。緒莉の頭は高速で回転し、どうやってこの男を切り捨てるかを考えていた。もうこれ以上、彼と関わり合う必要はない。まったく無意味だ。それに、男というのは女の稼ぎを邪魔するだけの障害物だ。稼ぐ力を削ぐ以外に、辰琉に何か価値があるようには到底見えない。もし彼の顔や安東家の支援を考慮していなければ、とっくに別れていただろう。だが今となっては、紗雪が目を覚ました。二人がどれだけ争っても、もはや意味はない。この座は、どうやっても自分のものにはならないのだから。それに、美月や理事会の老人たちが同意するはずもない。緒莉は、彼らの性格を誰よりも知り尽くしていた。この一か月、紗雪が眠り続けていた間、その頑固さを嫌というほど見せつけられてきた。だがそれでも、彼らの態度は変わらなかった。自分がどれほど努力しても、彼らは必ず言う。あの契約は全部、紗雪が署名したものだ、と。だから、いつも冷ややかな態度でしか接してこない。最初の頃は、緒莉も気にしていなかった。紗雪さえ目覚めなければ、どれほど楽だっただろう。焦る必要もなかったはずだ。だが、そんなことは起こり得なかった。自分があれだけ動いても、あの老人たちは見て見ぬふりをするだけ。その時、緒莉はようやく悟った。会社でいくら頑張ったところで、何の意味もないのだと。結局、働こうが働くまいが、彼らは必ず難癖をつけてくる。そうしているうちに、緒莉の情熱はどんどん削がれていった。だから、もう無理に感情を抑えるのはやめた。自分はもう十分に変わってきたのだから。だが、今回の件は確かに深刻だった。うまく処理しなければ、今後のことがすべて立ち行かなくなる。緒莉は医者を呼んだ。その場にはまだ、研修警察官が付き添っていた。彼は苦しそうな
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第873話

けれども、やはり以前のような柔らかく澄んだ声ではなかった。医者が入ってきた時、緒莉の期待を帯びた視線と正面からぶつかった。医者は眼鏡を押し上げ、慌てて尋ねた。「二川さん、どうなさいましたか?」医者も緒莉が警察の容疑者であることは知っていた。だが病院に来た以上、患者として扱うのが当然だ。この規則だけは、病院として一度も変わったことはなかった。緒莉は無理に口元に笑みを作った。「先生、私の喉......回復の可能性はありますか?それと、退院の手続きをお願いしたいんです」前半を聞いた時、研修警察官はただ気の毒に思った。だが後半を聞いた途端、思わず座っていられなくなった。最初は彼も、今西のやり方は行きすぎだと思った。だが緒莉が「容疑者」であることに変わりはない。それは他人が勝手に外してやれる肩書きではなく、ましてや自分一人で変えられるものではない。研修警察官は医者に向かって、そっと首を横に振った。相手はすぐにその意図を理解したようだ。医者は気の毒そうな顔で言った。「首の圧迫は、かなり深刻なんです。声が短期間で回復するのは、正直かなり難しいでしょう。ですから、もうしばらく様子を見て、焦らず入院を続けられることをお勧めします」そう言い終えると、医者の顔には再び微笑みが浮かんだ。それを見て、研修警察官はこっそり親指を立てた。やはり年の功というやつだ。協力するなら、やはりベテランに任せるのが一番だ。今日だけでも、そのことを痛感した。医者の答えは完璧で、何ひとつ突っ込みどころがなかった。それを聞いて、緒莉はゆっくりと視線を落とした。胸の奥にある失望は隠しきれなかった。彼女は、自分の声がとても好きだったのだ。まさか、たった一度の賭けで、自分の声を失うことになるなんて。辰琉。絶対に許さない。緒莉は涙を浮かべながら顔を上げた。「あとどれくらいここにいなきゃならないんですか?」横で研修警察官が答えた。「二川さん、体をしっかり休めてからで構いません。その後に事情聴取をさせてもらえば大丈夫です」緒莉は小さくうなずいた。表情には何の色も浮かばなかった。まるで、警察の言葉をそのまま信じ込んだかのように。医者の説明もまた、同じ方向で彼女を引き止めていた。
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第874話

「他のことならともかく、病気について適当なことを言いません」研修警察官はまだ惜しそうに言った。「彼女、前はすごくきれいな声だったって聞きました。本当に残念ですね」医者も頷き、顔に惜しむような表情を浮かべた。だが、それ以上は自分の管轄ではない。自分は患者を診て、毎日健康に過ごさせて、一日も早く退院できるようにする――それだけだ。それ以外に首を突っ込む必要はない。残りは自然と警察が関わってくることだ。医者はただの好奇心で尋ねた。「そういえば、彼女ってかなり重い罪を犯したんですか?どうしてずっと病院に?」医者にはどうにも理解できなかった。実際、緒莉の状態ならとっくに退院できるはずなのだ。ここまで引き延ばしているのは、警察の要請によるものだった。仕方なく、警察官は声を潜めて答えた。「事故みたいなものです。一緒にいたあの男、精神的におかしくなったんです。今、証拠を探してる最中なんです。見つかれば、その時に二人まとめて取り調べできます」それを聞いて、医者は複雑な気持ちになった。会話から身を引き、白衣のポケットに両手を突っ込みながら言った。「そうでしたか......これはあなたたちの仕事ですし、一介の医者である私が口を出すことではありませんね。それに、聞いたところで理解できそうにないです」困ったような顔を見て、研修警察官は思わず可笑しくなった。やはり、どの仕事も楽じゃない。実際に身を置いてみなければ分からないことばかりだ。どの職業も、外からじゃ他の仕事の実情なんて理解できないものだ。「それでは、先生も仕事に戻っていってください」警察官は医者の肩を軽く叩き、労いの気持ちを示した。男同士に余計な儀式は不要だ。慰めと称賛、これだけで十分。飾り立てればむしろ煩わしい。その頃、緒莉はすぐにベッドに戻り、再び横になった。さっき二人の会話を聞いた後、胸の内は複雑に入り混じっていた。最初、声帯の件も嘘だと思っていたが、本当だった。そして彼女を病院に留めているのは、警察の意図だった。そのことは、薄々感じていた。だが理由までは分からなかった。今となっては、辰琉と一緒に取り調べるため、ということか。けれど辰琉の精神状態が本当におかしいなんて?今の彼女には、
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第875話

研修警察官がそれとなく尋ねた。「二川さん、なんだか元気がなさそうに見えますけど?」緒莉の心臓がドキリと跳ねた。危うく、警察がまだここにいることを忘れるところだった。こんなに思いつめた顔を見られて、怪しまれたらまずい。そう考えて、緒莉は無理に笑みを浮かべた。「いえ......ただ、さっき先生が言っていたことを考えてて......声がいつになったら戻るのかなって」それを聞いて、研修警察官はほっと胸を撫で下ろした。どうやら緒莉は素直で、余計なことは考えていないらしい。さっき自分たちが外で話していた内容は、彼女には聞こえていなかっただろう。女性が自分の声を気にするのは当たり前のことだ。しかも、彼女の声は以前とてもきれいだった。だが、先ほど医者が言った言葉を思い出し、研修警察官の瞳には一瞬、痛ましさがよぎった。それでも緒莉を励ますように言う。「大丈夫ですよ。きちんと休めば、声帯はいずれ必ず治りますから」緒莉は微笑んで、それ以上は何も言わなかった。今の彼女に、この警察に構っている余裕などなかった。頭の中を占めているのは、辰琉の身に証拠が残っているのかどうか、それだけ。もし本当に証拠があったとしたら――自分はどうすればいい?あのチャットは別のアカウントを使って送ったはずだが、その登録情報は確かに自分の名義だった。でも、やり取りの言葉は曖昧にしたものの、本当に肝心な話は辰琉の目の前で直接口にしていた。あの時、彼が疑いもせず、録音もしていなければいいのだが。そうでなければ、弁解のしようがない。母に対してなど、とても許しを請うことすらできなくなる。思考を巡らせていると、不意にけたたましい着信音が響き、意識が現実に引き戻された。緒莉はスマホを取り上げ、表示を確認する。母からの電話だ。だがすぐには出ず、研修警察官の方を見やった。警察は一瞬きょとんとし、咄嗟に役割を思い出すように姿勢を正して咳払いした。「誰からですか?」研修警察官は緒莉に多少の好意を抱いていた。しかしだからといって、職務を投げ出すわけにはいかない。自分にも生活があり、家族を養わなければならない。全てを緒莉に注ぐわけにはいかない。彼は研修生ではあったが、馬鹿ではない。やるべきことは、きちん
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第876話

緒莉が何かを言う前に、室内から美月の焦った声が聞こえてきた。「緒莉、今どこにいるの?」その言葉に、緒莉は少し驚き、戸惑った。どうして急にそんなことを訊いてくるのか分からなかった。しかも、さっきインターンが言ったことも頭の中でぐるぐるしていて、もう考えがまとまらない。どう反応していいかも分からなかった。「......病院にいるの」その一言を聞いた瞬間、美月は娘の声の調子がおかしいことに気づいた。そこで焦りを抑え、落ち着いた声で問いかけた。「声が変よ。何があったの?」大切に育ててきた娘だからこそ、ほんの少しの異変もすぐに分かるのだった。母の心配が伝わってきて、緒莉の胸の奥が少し緩んだ。やはり、母は以前と変わらず自分を気にかけてくれている。声がおかしいと気づいただけで、さっきまでの感情も抑えてくれたではないか。「話せば長くなるの。帰ったら話すね」緒莉は不用意に口にすべきではなかった。声がこうなったのは辰琉のせいだと。母が電話をかけてきた目的がまだ分からない以上、軽々しく明かすべきではない。もし先に言ってしまえば、母にどう説明することになるのか。だからこそ、まずは母の態度を見極めるべきだと、緒莉は心の底から思った。そのほうが、後々比較して判断できるからだ。美月もそれ以上は深追いしなかった。緒莉はもう大人で、自分の考えを持っているのだと理解していた。けれど、緒莉の進むべき大きな方向は、やはり自分が握っていなければならない。何しろ、自分の手で育ててきた娘なのだから。「今どこにいるの?まだA国?」美月は目を細め、探るような口調で尋ねた。どうにも娘の様子がおかしい気がする。伊藤に調べさせたことも思い出し、胸の奥が重く沈んでいく。自分が思っていたような素直で聞き分けのいい娘とは、どうやら違うのかもしれない。緒莉は母の意図が分からなかったが、おとなしく答えた。「うん、A国にいるよ」「じゃあ、辰琉くんのことはもう知ってる?」美月はもう隠すことなく、真正面から切り込んできた。不意打ちを食らい、緒莉の頭は一瞬真っ白になった。どう答えればいいのか分からない。「そ、それは......」口ごもっているうちに、声が詰まって涙声になってしまった。それを
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第877話

そうでなければ、彼女はいま緒莉と駆け引きする余裕などなかった。それに、前に調べたこともあって、緒莉に確かめたい気持ちが強かった。ずっと胸に引っかかっていて、夜も落ち着いて眠れないほどだった。緒莉は仕方なく涙を止めたが、声にはまだ嗚咽が混じっていた。彼女は悟った――今回母親が来たのは、まさに問いただすためだと。でなければ、こんなにも多くのことを切り込んでくるはずがない。しかも、あんなにあからさまに辰琉のことを口にするなんて。母が本当に知りたいのは内情だと、明らかだった。緒莉の目の奥に、暗い光が一瞬よぎった。それならば、この声のことももう隠すわけにはいかない。何としても自分と辰琉の関係を切り離さなければ。傍らで緒莉の表情の変化を見ていた警察官は、心の中で驚きを隠せなかった。まるで舞台の上で芝居をしているかのよう。しかも一切わざとらしさがない。電話越しであるにもかかわらず、彼女の感情の切り替えは極めて自然で、ためらいが一度もなかった。思わず見惚れてしまうほどだった。だが警察官も分かっていた。これは緒莉と母親の問題で、自分が口を出すべきことではない。自分はただ容疑者を見張る役目の警察官にすぎないのだから。その程度の分別はあった。緒莉の方も、この警察官を眼中に入れていなかった。どうせただの研修生で、何を口にしたところで信じてもらえるはずがない。それに、自分が電話で多少感情的になったところで、誰が気にするだろうか。美月の声色に苛立ちを感じ取った緒莉は、ようやく口を開いた。「お母さん......私の声がこうなったのは、辰琉のせいなの」彼女の声は強い決意に満ちていたが、よく聞けば怯えが滲んでいた。そうした細かな響きを、美月は聞き漏らさなかった。美月は勢いよく立ち上がり、表情を一変させた。「本当なの?」「もちろんだよ!」緒莉の声は揺るがず、ためらいもなかった。彼女は手のひらを強く握りしめた――絶対に辰琉を切り捨てなければ。自分にはもっと大事なことがある。どうせ辰琉はもう狂ってしまったのだから、牢にでも放り込んでおけばいい。社会に害を及ぼすよりは、牢屋にいた方がまだましだ。だが、そんな本音を母や警察官の前で口にするわけにはいかなかった。
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第878話

そうだった。医者も、紗雪を勝手に動かしてはいけないと言っていた。でも、京弥は全然聞こうとしなかった。その点について、緒莉の考えは確かに間違っていなかった。もし本当に何かあったらどうする?この娘まで失ってしまったら――美月は仕方なく彼女に同意した。「そうね、それは間違ってないわ」美月の言葉を聞いて、緒莉の胸はさらに落ち着いた。「でも、その声と辰琉くんはどう関係あるの?」今の美月にとって、辰琉に対する好感はもう一切ない。二人の娘が受けた傷が、どちらも辰琉に関わっていると知ったからだ。あんな男に、どうして優しく接することができようか。安東家が自分の息子すら管理できないのなら、自分が代わりに締めるしかない。美月の問いには、隠された怒りが滲んでいた。その気配を感じ取って、緒莉は母が完全に自分の話を信じてくれていると確信した。しかも、自分のために怒りを抱いてくれている。だから緒莉も、もう隠すことはしなかった。警察に協力して事情聴取を受けたこと、そこで辰琉にちゃんと話すよう説得したこと――すべてを語った。「まさかあの人が、あそこまで大胆だとは思わなかったの」緒莉は嗚咽混じりに続けた。「だって警察署の中よ?なのに、私に直接手を出すなんて......どうしたらいいか分からなくなって、紗雪のことまで考える余裕なんてなかったの」泣き声は美月を苛立たせたが、長年の母娘の情を思えば責めることもできない。美月は眉間を押さえ、怒りを抑えつつ慰めた。「分かったわ。安東家のことは私が何とかする。緒莉はしっかり休めなさい」そう言って電話を切った美月は、それ以上何も聞かなかった。状況はもう明らかだ。緒莉と紗雪、両方がそれぞれの言い分を持っている。けれど、美月の心はやはり紗雪の側に傾いていた。彼女は今目を覚ましたばかりで、何が起きたのかまだ知らない。しかもひと月も寝たきりだったのだから、多くのことを経験していない。もし何かを企んだとしても、機会すらなかったはずだ。一方、辰琉の動機はまったく理解できなかった。だって彼はもう緒莉と婚約している。後々両家が結びつけば、二川家が安東家を支えないはずがない。それは誰の目にも明らかなことだ。世間だって二人の婚約を知っている。
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第879話

さっきまで、緒莉はずっと彼女の意識を別のことへと向けさせていた。怒りの矛先を、完全に安東家へと引き寄せたのだ。他のことについては、彼女はほとんど考えもしなかった。とくに我に返ったときには、すでに電話は切れていた。どうりで、さっきの会話がどこか妙に感じられたわけだ。だが、今さらかけ直すのも、どうにも気が引ける。さっきの緒莉の様子を見て、美月もやはりおかしいと感じていた。それに、話し方もどこか歯切れが悪く、数言交わすごとに泣き出す始末。気持ちもすっかり削がれてしまった。ここまで来てしまった以上、後で話すしかないだろう。「今はいいわ。先に会社を見てくる」伊藤が心配そうに口を開いた。「奥様、お体の方は......」言葉こそ最後までは続かなかったが、美月にはその意図が分かっていた。あのとき倒れて以来、体は前のようには戻っていない。よほどのことがなければ、表に出ることなどなかった。すでに会社の大半は紗雪に任せていた。だが紗雪までも倒れてしまい、代理として緒莉にやらせてみたものの、結局頼りにはならなかった。結局、この会社を支えられるのは自分しかいない。「大丈夫よ。今回行くのは、安東グループの様子を確かめるためだから」美月の瞳の奥に、鋭い光が閃いた。「安東家はもう、両家の縁談をいらないのかしら?うちの子たちに、あんなことをするなんて」その様子を見て、伊藤も察した。今回美月が向かうのは、安東家に一泡吹かせるためだ。まずは腹の内を探ること。他のことは、紗雪が回復してからでなければ解決できない。......電話を切られた緒莉は、唇に笑みを浮かべた。母親がまだ何かを聞きたがっていたのは分かっている。だが、この電話はまさに、彼女にとって完全な勝利だった。美月のペースは、すっかり彼女に乱されていたのだ。もはや何を言いたかったのか、母親自身すら分からなくなっていた。笑える話だ。たった数言で、見事に怒りの矛先を安東家へと向けさせたのだから。心の中で首を振り、緒莉は思う。やはり美月は昔と何も変わっていない。自分が何を言おうと、必ず自分の側に立ってくれる。それも当然だろう。小さい頃から、美月は自分を溺愛してきたのだから。理由は分からないが、彼女にと
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第880話

彼もまた、電話の内容はすべて把握していた。その後、上司に報告するとしても、言い訳はいくらでもできる。あとは、この女が大人しくしていてくれればいい。それに上層部としても、一刻も早く手掛かりを掴んでほしいと思っているはずだ。そうでなければ、こうして緒莉を監視していても意味がない。だが警察の知らないところで、彼が緒莉を見張っている一方、緒莉もまた「この警察をどう片付けるか」を考えていた。病院に留まっていても埒があかない。辰琉はすでに狂っており、警察も状況を把握していない。完全に受け身の立場だ。打開するには、やはり美月を動かすしかない。自分の切り札は、土壇場にでもならない限り使いたくない。最初に送ったあのメッセージも、すでに「来なくていい」と伝えてある。首の件は完全に想定外。だが、起こってしまった以上は利用しなければならない。声を無駄に失ってなるものか。それに、辰琉――よくもここまで手荒なことをしてくれたものだ。許すつもりはさらさらない。ただ、証拠となると今すぐには思いつかない。そもそも二人はほとんど会話すらしていないのだ。必要なことも、ほとんど口頭で伝えてきただけだった。緒莉はこれ以上をどうしても思い出せなかった。一方、紗雪の方はだいぶ回復してきていた。清那たちの看病のおかげで、体は以前よりもずっと良くなっている。むしろ驚くほどの回復ぶりだった。外国人医師ですら感嘆して言った。「二川さんは、私が見てきた中で最も意志の強い女性です。まさか、こんなに早く回復するとは」医師として長年やってきたが、これほどまでに強い意志を持つ女性は滅多にいない。しかも性格まで穏やかで良い人間。やはり女性の美と強さは、永遠に理解できないものだ――そう感じた。紗雪はただ微笑み、真摯に感謝を伝えた。褒め言葉に対しては、それ以上にどう答えていいか分からなかった。特に「意志の強い」と評されたことについては、ただ「やるべきことをやっただけ」と思っていた。まだ胸の奥に抱えたことがあり、簡単に諦めることなどできなかった。ずっとベッドに横たわっているなんて、自分には到底できないことだ。その言葉を耳にした京弥は、紗雪を見つめ、目に哀しみを浮かべた。そして思わず彼女を腕の
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