All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 171 - Chapter 180

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7-3 那覇空港の出迎え 1

 明日香が入院している特別個室に翔、琢磨、明日香の3人の姿があった。翔と琢磨はそれぞれPCに向って仕事をしている。そして明日香は液晶タブレットでイラストを描いていたが、やがてペンを置くと伸びをした。「う~ん……やっと終わったわ」「明日香、仕事が終わったのか?」翔はPCから視線を上げると明日香を見た。「ええ。終わったわ、今回の依頼はゲラを早く貰えたのよ。だから余裕をもって読むことが出来たからね」「明日香は速読が得意だからな。1〜2回読み込むことぐらい簡単だろう?」翔が明日香の描いたイラストを覗きこんだ。そこには血まみれの人形を抱えた青白い顔の女性が廃墟の中に佇む不気味なイラストが描かれている。「うっ! あ、明日香……。今回のイラストなんだが……どんな内容の小説なんだ……?」翔は顔をしかめた。「ええ。呪われた人形を偶然手に入れてしまった女性に次々と襲い掛かる恐怖の世界を綴った小説よ。この作家さんは新進気鋭のホラー小説家らしいわ」「明日香のイラストは評判がいいからな。イラストレーターとして知名度も高いし。でもあまり無理に仕事をするなよ? 今は安静にしていないと……」翔は明日香の頭を撫でると、今迄無言だった琢磨が乱暴に椅子から立ち上った。「ちょ、ちょっと琢磨! 驚かせないでよっ!」「どうしたんだ? 突然」2人の問いかけに琢磨は乱暴に答える。「別にっ! そろそろ朱莉さんの乗った便が到着する頃だから俺はもう飛行場へ行くからな」どこかイライラしている琢磨の口調に翔は不思議に思った。「え? おい、琢磨。まだ到着までには1時間近くあるぞ? 何もそんなに急がなくても……」「あのなあ、この部屋にはどう見も俺はお邪魔虫だろう? だから早めに空港へ行って待ってるんだよ!」「あら、琢磨。気が利くじゃないの。でも本当の理由は違うんじゃないの? 朱莉さんから一度も連絡がなかったからイラついてるんじゃないの?」明日香の言葉に翔は琢磨を見た。「え? そうなのか? 琢磨」「う……!」(こ、こいつら……なんて無神経なこと言うんだ? 人の気も知らないで……!)琢磨は2人をジロリと睨み付けると明日香がわざとらしく肩をすくめる。「おお、怖い。朱莉さんは琢磨のこんな本性を知ってるのかしらね?」「うるさい! 明日香ちゃんにだけはそんな台詞言われたくないな!」
last updateLast Updated : 2025-04-10
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7-4 那覇空港の出迎え 2

12時40分――朱莉を乗せた飛行機が那覇空港に到着した。荷物を受け取り、到着ロビーに行くとそこにはすでに琢磨の姿があった。「朱莉さん、こっちだよ!」琢磨が笑顔で手を振って朱莉に呼びかけている。先程までの琢磨とはまるで別人のようである。(とてもじゃないが、今の俺の姿をあの2人には見せられないな)「こんにちは、九条さん。御忙しい所お迎えに来ていただきまして本当にありがとうございます」朱莉は丁寧に頭を下げた。「いや、だって強引に沖縄へ呼んだのは俺達だから迎えに来るのは当然さ。それで翔なんだが……」「ええ。明日香さんに付き添っていらっしゃるんですよね? それは当然のことですから」「朱莉さん……」「それよりも九条さん。お電話できなくてすみませんでした。心配されましたよね?」朱莉は頭を下げた。「うん。まあ心配はしたかな? とりあえず歩きながら話そう。まずはネイビーを預かってくれるペットホテルへ行こうか」琢磨の言葉に朱莉はアッと思った。「そ、そう言えばホテルにはペットを入れてはいけないんですよね? すっかりそんなこと忘れていました。九条さん、本当に何から何まですみません」「ハハハ……そんなに恐縮しなくていいよ。朱莉さんはあまり旅行とか慣れていないんだろう? 分からなくても当然さ。俺が朱莉さんを呼んだんだから、任せてくれ」**** やがて2人は駐車場に着いた。「あの、タクシーを使わないんですか?」「ああ、沖縄の交通手段と言ったらレンタカーが一般的なのさ。ほら、これだよ」琢磨は白い軽自動車のミニバンをを指さした。「さあ、乗って」車に乗り込むと朱莉は車内をキョロキョロ見渡した。「うわあ……可愛らしい車ですね。私も免許を取ったらこういうタイプの車にしようかな」「そうだね。それじゃ出発しよう」運転しながら琢磨は朱莉の嬉しそうな横顔を見て思った。(良かった……この車にして)「この車は軽自動車だし女性向きの仕様だからいいと思うよ。車を買うときは俺に声をかけてくれれば一緒に選びに行ってあげるよ」「な、何を言ってるんですか。九条さん。私の車を買う為にお付き合いいただくなんてそんな真似させられませんよ。私なら大丈夫です。車位1人で選べますから」「そうか。それは残念だな」「え?」朱莉の反応に琢磨は焦った。(しまった! つい本音を口走って
last updateLast Updated : 2025-04-10
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7-5 沖縄でのランチと琢磨の提案 1

 ネイビーをペットホテルに預けた後、琢磨は次に朱莉の宿泊するホテルに向かうことにした。「本当に運が良かったよ。何とか那覇市内でホテルを1件予約することが出来たんだ。沖縄で一番宿泊施設が多いのは何と言っても那覇市だからね。立地条件もいいし、明日香ちゃんが入院している病院も那覇市内にあるから」ハンドルを握りながら琢磨が説明する。「明日香さんの具合はどうなんですか?」「実はあまり詳しく知らないんだ。ベッドの上で休んでいなければならないけど、仕事は出来るみたいだし」「え? 仕事……? 明日香さんてどんな仕事をしてるのですか?」「あれ? 朱莉さんはもしかして知らなかったのかい? 明日香ちゃんはイラストレーターなんだよ。おもに小説の表紙のイラストを描いているよ。以前は文芸作品が多かったけど、最近はライトノベルにも描いているみたいだね。後は……あ、そうだ。アプリゲームのキャラクターデザインも手掛けたことがあるって言ってたっけな?」琢磨の話に朱莉は驚いていた。「そうだったんですか? 明日香さんてそんなに凄い方だったんですね」(だから明日香さんはあんなに自信に満ちて綺麗なんだ……。それに比べると私は学歴も無いし、何かに秀でている才能も無い……。これじゃ翔先輩が明日香さんを好きになるのも当然だよね……)「どうしたんだ? 朱莉さん。もしかして疲れたのかい?」急に静かになった朱莉を気遣って琢磨が声を掛ける。「いいえ、大丈夫です。でも少しお腹が空いた……かも……」朱莉は真っ赤になって俯いた。「あ……! ご、ごめん! まだだお昼食べていなかったんだね。まあ俺もまだなんだけど……。それじゃ先に何処かでお昼を食べに行こうか。何がいい?」「私はどこでもいいですよ? ファミレスでも構わないです」「いや、わざわざ沖縄に来ているのにファミレスじゃ味気ないだろう? う~ん……」「あ、あのソーキそばはどうですか?」朱莉の言葉に琢磨は頷いた。「うん。ソーキそばか……いいねそれにしても朱莉さん沖縄は初めてなのにそのそばのこと知ってたんだね。 もしかして事前に調べていたのかい?」「いえ。京極さんに……」言いかけて慌てて朱莉は口を閉じた。(いけない、九条さんにあまり京極さんの話をしたら……)朱莉は今琢磨がどんな顔をしているかチラリと見たが、別に普段と変わらない様子の琢磨
last updateLast Updated : 2025-04-11
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7-6 沖縄でのランチと琢磨の提案 2

「着いたよ、朱莉さん。今日から一応2泊3日でこのホテルに予約を入れてあるからね。……ごめん。こんなホテルしか空いて無くて」「どうしてですか?素敵なホテルじゃないですか」朱莉は車を降りるとホテルを見上げた。朱莉から見ると、このホテルの外観は十分立派に見えた。しかし、琢磨が宿泊している部屋は1泊15万円もするホテルなのだ。「あ、朱莉さん。朱莉さんが構わないなら俺の宿泊しているホテルと交換しないか? 実は今宿泊している部屋は五つ星ホテルでスイートルームなんだ。そこしか空いていなくて……」徐々に琢磨の声が小さくなっていく。(いくら、俺が宿泊する時にそこのホテルのスイートルームしか無かったからと言って自分ばかりあんな高級ホテルに泊まることなんか許されないだろう。朱莉さんが宿泊するのは1泊1万5千円の部屋……。これじゃまるで翔と明日香が朱莉さんにしてきたことと一緒じゃ無いか……)「よし。そうしよう。今からホテル側に交渉すれば多分大丈夫だから」「九条さん……」朱莉は琢磨の申し出に驚いた。朱莉からすれば1泊1万5千円だって、十分過ぎるのだが、琢磨はそうは思わず申し訳ない気持ちで一杯だったのだ。「な、何を言ってるんですか? 私はこのホテルで十分ですよ? それじゃ中へ入って取りあえずチェックインの手続きを済ませてきますね」「ああ、俺も一緒に行くよ」そして2人でフロントで宿泊手続きをすると朱莉は琢磨に声をかけた。「では九条さん。部屋に荷物を置いてきますので、ここのロビーで待っていていただけますか?」「分かったよ。それじゃ待ってるからね」琢磨は朱莉を見送ると、ロビーのソファにドサリと座ってスマホをタップした。すると翔からメッセージが届いていることに気が付いた。早速琢磨はメッセージを開いて見た。『朱莉さんとは合流出来たか? 挨拶がしたいから、夕方にでも彼女を明日香の病室まで連れて来てくれないか?』それを見て琢磨は思わず自分の気持ちを声に出してしまった。「ああ!? こっちはこれから朱莉さんを連れて不動産屋に行って、賃貸マンションの契約を交わさなければならないんだぞ? それに食器類や日用生活雑貨を買い揃えないとならないのに!」イライラしながら、琢磨はその旨を綴ったメッセージを書いて返信するとすぐに翔から電話がかかって来た。「もしもし、何だ、翔?」『琢磨、
last updateLast Updated : 2025-04-11
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7-7 芽生え始めた嫉妬心 1

「え? 翔先輩から病院へ来るように言われたんですか?」部屋に荷物を置いて琢磨の元へ戻って来た朱莉に、翔から先程言われた事を一応琢磨は報告した。「ああ、そうなんだ。全く翔は……」「分かりました。病院へ行きます」「え? ええっ!? 本当に行くのかい?」「はい、翔先輩が私を呼んでるんですよね? それに明後日には九条さんと翔先輩は東京に戻ってしまいます。明日香さんは今絶対安静ですよね? そうなると着替えや洗濯とかのお手伝いがこれから必要になると思いますので」「え? 本気で明日香ちゃんの世話をするって言うのかい?」琢磨には信じがたいことだった。(朱莉さんはあれ程明日香ちゃんに嫌な目に遭わされてきたのに。それでも明日香ちゃんの世話をするっていうのか……?)「九条さん、それでは早速行きますか?」朱莉は琢磨を見上げた。「い、いや。それなら病院へ行く前にまずは先に不動産屋へ行こう。実は朱莉さんがこれから住むマンションをもう決めてあるんだ。だから手続きに行かないとならないんだよ」「そうなんですね? 九条さん、お忙しいのに私の為に本当に何から何までお世話になりっぱなしでありがとうございます。でも、これからは沖縄と東京で離れた生活になります。なので今後は九条さんのお手を煩わせないようにここで明日香さんが無事出産するまで見守って行こうと思います。それに、ひょっとすると……」朱莉はここで言葉を飲み込んだ。「朱莉さん? ひょっとすると……って何?」「え、いえ。何でもありません。それより翔先輩と明日香さんが待ってるんですよね? 早く不動産屋へ行きませんか?」朱莉はパッと顔を上げて琢磨を見た。「あ、そ……そうだね。それじゃ行こうか」琢磨にはそれ以上聞く事が出来なかった。何故なら一瞬朱莉が泣きそうな表情をしているのを見てしまったからだ。朱莉を車に乗せて運転しながら琢磨は朱莉の様子を伺うと、南国の景色を楽しんで見ている。そんな朱莉の横顔を見ながら琢磨は思った。(朱莉さん……一体今何を考えているんだ?)車が国際通りに入ると朱莉は目を見開いた。「うわあ……。何だかここは随分賑わった場所ですね」「ああ、ここは国際通りって呼ばれてるんだよ。商店街が沢山立ち並んでいてね、観光客で溢れかえる場所だよ。食べ物屋さんやお土産屋さんまで何でも揃っているよ。沖縄土産なら、この
last updateLast Updated : 2025-04-11
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7-8 芽生え始めた嫉妬心 2

「こちらの女性が今回物件を借りたいという方ですね?」不動産屋の女性が朱莉を値踏みするような目で見た。(う……た、確かに美人だわ。しかも私よりもずっと若いし……まさかこの2人は付き合っているのかしら? でもそれにしてはおかしいわ。女性一人をこんな立派なマンションに住まわせるなんて。ひょっとするとこの素敵な男性は何処かの組員で、彼女は幹部クラスの愛人か何かで、マンションを借りてあげるのかしら……)朱莉と琢磨は目の前の女性社員が頭の中で勝手な妄想を繰り広げていることなど露知らず、2人でパソコンの中に写されている内部写真の映像を観ている。「うわあ……九条さん。このマンション、全フロアオーシャンビューになっているみたいですよ」「そうだね。このマンションから沖縄の綺麗な海と青空を毎日見ることが出来るよ。それに一番便利なのは全て新品の家電や家具がついて来ている点だよ?」2人が顔を寄せ合うようにPC画面を見つめている姿を女性社員は嫉妬にまみれた顔でじっと見ている。しかし、それを他の社員が見ていた。朱莉と琢磨が集中して部屋の中を閲覧している時、不意に声をかけられた。「お待たして申し訳ございませんでした」目の前に現れたのは40代とみられる男性だった。「あれ……? 先程の女性はどうされたんですか?」琢磨が不思議そうに尋ねた。「ええ、彼女は他にも顧客を抱えておりまして多忙なので、私がこれから担当させていただきます。それでどうされますか? 内覧されて行きますか?」男性社員の言葉に琢磨は尋ねた。「朱莉さん、内覧出来るみたいだけど、どうする?」「いいえ、大丈夫です」朱莉の答えに琢磨は驚いた。「ええ!? 内覧しなくていきなり決めて大丈夫なのかい?」「はい、九条さんが選んでくれたなら問題ないでしょうから」じっと自分を見つめる朱莉に琢磨は戸惑いながらも目の前の男性社員に言った。「それでは賃貸契約をさせて下さい」その後—―朱莉と九条は賃貸契約を結び、引っ越し迄の流れを色々と話し合い、琢磨は鍵を預かって2人で不動産屋を後にした。  車に乗り込むと琢磨は声をかけた。「それじゃ、朱莉さん。明後日引っ越しをすることになるけど、大丈夫かい?」「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」「自分の知らない土地で暮すっていうことは、色々不安も多いと思うけど…
last updateLast Updated : 2025-04-11
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7-9 明日香の依頼 1

 琢磨が病院へ入って行くと、椅子に座っている朱莉が嬉しそうに琉球グラスを見つめている姿があった。一瞬その姿を見て琢磨は俯くが、すぐに顔を上げた。「朱莉さん、お待たせ。それじゃ病室へ行こうか?」「はい、そうですね」朱莉は立ち上がると、琢磨の後をついて明日香の病室へと向かった。「朱莉さん、すまなかったね。わざわざ沖縄まで呼び寄せてしまって」病室の中へ入るとすぐに翔が朱莉に声をかけてきた。「いえ、そんな大丈夫です。気にしないで下さい。明日香さんのお身体は如何ですか?」朱莉はベッドの上にいる明日香に尋ねた。「そうね。時々お腹が急に張ったりはするけど今の所は大丈夫よ。でも退屈で死にそうだわ」すると翔が明日香の側に寄り、優しく言った。「こら、駄目だろう? 明日香。妊婦なのに死ぬとかそんな言葉を使ったりしたら」翔の明日香を見る目は正に愛しい人を見る眼差しだった。そしてそんな2人を見つめる朱莉の姿は悲し気に琢磨の目には写った。(翔の奴め……朱莉さんの前では少しくらい遠慮してやればいいのに……)琢磨はイライラしながら翔と明日香の様子を見ていたが、明日香と翔はまるで2人だけの世界に入ってしまったかの如く、仲睦まじげな様子を見せつけている。ついに琢磨は我慢の限界で声を上げた。「おい、2人供! いい加減にしろっ! 今完全に俺と朱莉さんの存在を忘れていただろう?」「い、いや。そんなことはないよ」「そうよ、変なこと言わないでよ、琢磨。それよりも朱莉さん。ちょっとこっちに来て」「は、はいっ!」朱莉はいそいそと明日香の側に行くと、1枚のメモを手渡された。「実は貴女に明日買ってきて貰いた物があるの。リストにまとめたから、買っておいてくれる?」朱莉はそのリストに目を通し……愕然とした。(え……? こんなにたくさん? 明日の面会までに?)そこには女性物の下着の他に、銘柄が指定された化粧品やマニキュア等様々な品物が書き出されていた。「いい? 朱莉さん。明日それを持って病院へ来てね? あ、あと……。ねえ、翔。私の洗濯物持って来てくれる?」「あ、ああ……。でも明日香、本当に朱莉さんに頼むのかい?」「ええ、だって嫌じゃない。病院の洗濯機は色々な人が使うのよ? 私はそんな洗濯機で自分のパジャマを洗いたくはないのよ。ねえ、朱莉さん。貴女に頼んでも構わないわよね
last updateLast Updated : 2025-04-11
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7-10 明日香の依頼 2

「え? 琢磨……お前も行くのか?」翔が突然声をかけてきた。「当り前だろう? 朱莉さんを1人でホテルまで帰せるわけないだろう?」「いや……実は仕事の件で、どうしても早めに解決しなくてはならない案件があるんだが……」「だったら、お前1人でやればいいだろう? 俺はもう行かせて貰うからな。さ、行こう。朱莉さん」琢磨は朱莉を促して、連れて行こうとした矢先、翔が強く言った。「駄目だ! 琢磨、お前はここに残れ! お前と俺の2人で共有していた仕事の件なんだよ! だからお前は俺と一緒にここに残って仕事をして貰う。これは……業務命令だ」その言葉に琢磨は翔をキッと睨み付けた。「ハッ! 業務命令……か。分かったよ」琢磨は呟くように言うと、朱莉を見た。「ごめん。朱莉さん。ホテルへは1人で帰って貰えるかい?」「ええ、大丈夫ですよ。病院の前にタクシーは止まっていましたし、1人で帰れます」そして次に朱莉は明日香と翔に挨拶した。「すみません。それでは失礼致します。又明日伺いますね」そして朱莉は頭を下げると、静かに病室を後にした——**** 明日香の洗濯物という荷物を抱えた朱莉は病院の前でタクシーを拾い、行き先を告げた。タクシーは約20分程でホテルに到着したところで、朱莉は運転手に声をかけた。「あの、10分程で戻って来れると思いますので、すみませんがまだここで待っていていただけますか?」「ええ、大丈夫ですよ」「すみません。よろしくお願いします」朱莉は頭を下げると、明日香のクリーニングを持って足早にホテルの中へと入って行った。フロントで、急ぎでクリーニングを仕上げて欲しいと朱莉は頼むと、すぐにホテルを出た。ホテルの前には先程朱莉が乗って来たタクシーが待っていてくれている。「すみません、お待たせしました」「いえ。お客様。全然待っていませんから大丈夫ですよ。それで、どちら迄行かれますか?」「あの、国際通りまでお願いします」「国際通りの何処で降ろせばよろしいですか?」「何処……う~ん……何処……?」朱莉は考え込んでしまった。何せ沖縄に来るのも初めてだし、国際通りと言うのも初めて知ったのだ。するとタクシードライバーが笑った。「それでは国際通り入口までお乗せしましょうかね?」「はい、それでお願いします」 タクシーは約15分程で国際通り入口へ辿り着いた
last updateLast Updated : 2025-04-11
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7-11 焦り 1

「変だな……? 通話中なんて・・」駐車場に止めた車の側で朱莉に電話を掛けた琢磨は首を傾げた。琢磨が掛けた番号は朱莉が個人で使用しているスマホで、翔との連絡用の番号では無い。今迄朱莉に電話を掛けて通話中だった事は一度も無かった。(ひょっとしてお母さんと話しているのだろうか……? いや、まさかそれとも……?)嫌な予感がして、一瞬琢磨の脳裏に京極の姿が頭をよぎった。(まさか……電話の相手は京極なんじゃ……)嫌な胸騒ぎが起こり始めていた。その胸騒ぎの理由を琢磨は心の中で弁明していた。(違う、俺が京極に嫌な気持ちを抱くのは、あいつが朱莉さんに好意を寄せているからじゃない。何故か分からないが……あの男が危険な人物にしか思えないからだ。朱莉さんに好意があるように思わせて、本当は別の目的があって朱莉さんに近付いている可能性だってあるんだし……)琢磨はスマホを握りしめると再度、朱莉に電話を掛けた——**** その今から10分ほど前――ようやく全ての買い物を終えた朱莉は近くのカフェで涼みながらアイス・カフェオレを飲んでいた。すると朱莉の個人用スマホに着信が入ってきた。その着信相手は……。「え? 京極さん?」朱莉は慌てて電話に出た。「はい、もしもし」『こんにちは、朱莉さん。沖縄に無事着いたんですよね?』「はい、着きました」『そうですか……僕の所に連絡が入ってこなかったので実は少し心配していたんですよ』京極に言われて朱莉はアッと思った。「も、申し訳ございません。折角搭乗ゲートまで送っていただいたのに、沖縄に着いたことを報告しなくて」『ハハハ……冗談ですよ。どうですか? 沖縄は?』「はい、お昼は京極さんに教えていただいたソーキそばを食べたんです。すごく美味しかったですよ。あと、国際通りにも行ってきました。色々なお店があって楽しい場所でした」『声がとても嬉しそうですね。良かったです、少し安心しました』「え? 安心?」『はい、朱莉さんはいつも心に大きな悩みでも抱えているのか、俯き加減でどこか寂し気で、儚げな女性に僕の目には映って見えました。でも今の声からはそんな風に思わせる所が無くて良かったです』「京極さん……」(私のこと、そんな風に見えていたんだ……)『ところで朱莉さん。今はお1人なんですか?』「はい、そうです」『そうですか、良かった
last updateLast Updated : 2025-04-12
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7-12 焦り 2

(ど、どうしよう……)朱莉はすっかりうろたえてしまった。だが、このまま黙っているわけにもいかない。「あ、あの……京極さん……」『大丈夫です。何も言わなくていいです。僕は貴女を責める気など一切ありませんし、困らせたくもありません』電話越しから京極の労わるような声が聞こえてくる。「すみません……」『謝る事なんか一切ありませんよ。僕が今電話を掛けたのは朱莉さんが無事に沖縄へ辿り着けたことを確認したくて電話を掛けただけですから』「はい。連絡せずにすみませんでした」『いいえ。僕が勝手に心配して電話を掛けただけなので気にしないで下さい。それではまた連絡入れますね。失礼します』最期は朱莉が何か言う前に電話が切れてしまった。(京極さん……どうして私に構うんですか? 私達、お互いのこと殆ど何も知らないし、私は書類上とはいえ結婚しているのに……。こんなこと、疑いたくないけど……もしかして貴方は……)そこまで朱莉が考えていた時、再度朱莉のスマホが鳴った。(まさか……また京極さんから!?)朱莉は急いで着信相手を見ると、それは琢磨からであった。「はい、もしもし……」『朱莉さん!? 何とも無かったか!?』電話に出た早々に受話器越しから琢磨の切羽詰まった声が聞こえてきた。「九条さん? どうしたんですか? 何だか随分慌てている様ですけど?」『いや……さっき電話を入れたら通話中になっていたから、もしかしてお母さんに何かあったのかと思って……』「いいえ、違いますよ。母とは電話していません」『それじゃ……京極さんとかい?』「あ……。は、はい。そうです」『また何か嫌なことでも言われたりしたのかい?』「いえ、そんなことではありませんでした」『そうか、なら……って駄目だよな。俺がこんなこと聞いたりしたら。朱莉さんのプライバシーの問題だってあるわけだし』「九条さん……」朱莉は琢磨に何と声をかければ良いか分からなかった。『朱莉さん。今何処にいるんだい? 迎えに行くよ。それに昨日は誕生日だっただろ? 1日遅れたけど何かお祝いさせてもらえないかな? 食事でも一緒にどうだい?』「あ、あの……・お気持ちはとても嬉しいですが、九条さん、お疲れではないですか? 明後日には東京に戻らなければならないのに。なので私のことは別に……」言いかけた時、琢磨の低い声が聞こえて来
last updateLast Updated : 2025-04-12
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