All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 191 - Chapter 200

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7-23 朱莉の買い物 1

「くそ! まだ翔の話は終わらないのか?」琢磨は病院のロビーでイライラしながら時計を眺めていた。その時、朱莉の姿が見えた。朱莉は琢磨の方へ向かって歩いてくる。「朱莉さん!」琢磨はここが病院だということも忘れ、朱莉の傍まで駆け寄って来た。「九条さん。すみません、お待たせしてしまって」朱莉は笑みを浮かべているが、その顔色は酷く悪かった。「大丈夫かい? 顔色が悪いよ。少しここで休んで行かないか?」「いいえ、大丈夫です。それよりも色々と買い物があるので」それを聞いた琢磨の顔が途端に険しくなる。「買い物だって? こっちは既に明日香ちゃんの大量のクリーニングだって渡したのに、まだ何かあるのかい?」「いいえ、違います。今回は私個人の買い物なんです」「買い物? それは一体……」そこまで言いかけて、琢磨は口を閉じた。「ひょっとするとマタニティ用の服でも買うつもりなのかい?」「!」朱莉の肩が小さく跳ねるのを琢磨は見逃さなかった。「そうか……。翔に言われたからだな?」琢磨はギリリと歯を食いしばった。「で、でもマタニティ服でも普段着として使えますし、い、いずれ私もこの契約婚が終わった後……」そこまで言うと朱莉は眼を擦り、俯いた。「……」琢磨はそんな朱莉を黙って見降ろしていた。(朱莉さん……その後の台詞は一体何て言おうとしていたんだ? あいつ等は腹立たしいが、朱莉さんを1人には出来ない)「付き合うよ」「え?」「俺も朱莉さんの買い物に付き合うよ。と言うか、付き合わせてくれないかな?お願いだ」「いいんですか? でも、そう言っていただけると助かります」朱莉は丁寧に頭を下げた。「いや、いいんだよ。どのみち、明日から朱莉さんはマンションで暮す事になるんだから買い物は必要だよ。今日の内に朱莉さんが使う日用品の買い物に1日付き合おうと決めていたんだ」琢磨は笑顔で答えた。「え? 1日ですか? それではご迷惑をかけてしまいます。だって九条さんは明日の飛行機で東京に帰って、その足で職場に向かうんですよね? 翔さんが言ってましたよ?」「確かにそうだけど、でも出張と似たような物だよ。今までだって遠くの出張先から東京へ戻ってそのまま出社なんて多々あることだから」「でも1時間程お付き合いただければ、後は大丈夫ですから」「いいんだ、だって今日も沢山買い物が
last updateLast Updated : 2025-04-14
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7-24 朱莉の買い物 2

 2人は琢磨の運転する車で、まずは朱莉の新しい生活に必要な日用品を買い揃えた。次に琢磨が探し出した新しい教習所へ転入届に行き、最後にベビー用品専門店へと足を運んだ――**** 店内には可愛らしいベビー服やベビーカー、おむつや哺乳瓶。そしてマタニティウェアと様々な品物が売られていた。「俺、こんな店来るの初めてなんだけど何だか照れ臭いと思わないかい?」琢磨が朱莉に耳打ちする。「私も初めてですよ。何だか不思議な空間に感じてます」朱莉も小声で返事をする。(そっか……マタニティ服のことばかり考えていたけど、これから生まれて来る赤ちゃんは私が替わりに育てることになるからやっぱり私の方で色々買い揃えるんだろうな……)「どうしたの? 朱莉さん」ボンヤリ考えていると琢磨が声をかけてきた。「い、いえ。このベビードレス、可愛いなと思って」朱莉はその中の一着、新生児用のベビードレスを手に取った。「うん。確かに可愛いね」琢磨は朱莉の背後からベビードレスを覗きこむ。すると琢磨の背後で声が聞こえてきた。「ねえねえ、お母さん、見て。あの若い夫婦、すごく素敵だと思わない?」「確かにそうだね。美男美女ですごく幸せそうに見えるね」琢磨の耳に偶然その会話が耳に飛び込んできて、一瞬で耳まで真っ赤に染まる。チラリと声の方を横目で伺うと、どうやら妊婦の娘と実母の組み合わせのようだった。朱莉の方は2人の会話が聞こえていなかったのか、真剣な眼差しで新生児用の肌着やスタイ等を見ている。(あの人達には俺と朱莉さんが夫婦に見えたのか?)それだったらどんなに良かったことか。しかし、琢磨は絶対に朱莉に対して抱いている思いを言葉にすることが出来無い。何故なら自分にはそんな資格は一切無いからだ。だから琢磨に出来ることは、なるべく朱莉の手助けをし、翔と離婚後は自分以外の他の誰かと結婚して、幸せになれるよう祈るだけだった……。 その後、朱莉はこの店でマタニティ用の服を3着と、新生児用の肌着にベビードレスを買って店を出た。「え? もう新生児用の下着やドレスを買ったの?」朱莉から話を聞いた琢磨の目が見開かれる。「はい。だってとても可愛らしいドレスを見つけたので。あの……気が早過ぎましたか?」「い、いや? どうなんだろうな? ごめん。実は俺の友人の中で結婚しているのは何人かいるけど、まだ誰
last updateLast Updated : 2025-04-14
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7-25 変わらぬ翔と明日香の成長 1

「明日香、朱莉さんがクリーニングを持って来てくれたぞ」検査が終わり、部屋にベッドごと戻って来た明日香に翔が声をかけた。「あら、そうなの? 朱莉さんが自分から持ってきてくれたのかしら?」「いや、俺が朱莉さんを呼んだ。ほら、明日から俺と琢磨は東京に戻るだろう? その間明日香の面倒を見て貰わないとならないからな」翔は明日香の髪を撫でた。「……」しかし、当の明日香は何か考え込んだ風に黙っている。「どうしたんだ? 明日香」「ねえ……。翔、朱莉さんに何て言ったの?」明日香はじっと翔の目を見つめる。「え……? 週に3回は明日香の面倒をみに病院へ来るように伝えたが?」「3回……それじゃ朱莉さんにちょっと悪い気がするわ。週に2度でいいわ。それに洗濯物だけお願いするわ。後は大丈夫よ。この病院には看護師以外にヘルパーもいるから」明日香の言葉に翔は耳を疑った。「え? 明日香……今の台詞本気で言ってるのか?」「何よ、本気に決まってるでしょう? 子供を産むんだからもっとしっかりしないとね。それに朱莉さんにだって自分の生活だってあるだろうから。教習所にだって行くわけでしょう?」「教習所……そうだ! 教習所だ。沖縄にいる間は休んでもらわないと!」翔はスマホを取り出して、朱莉に連絡を入れようとするのを明日香が止めた。「ちょっと待ってよ翔。何故朱莉さんの教習所を休ませようとするの?」「だってそうだろう? 朱莉さんには妊婦の恰好をしてもらわないとならないんだ。あまり妊婦で教習所へ通う人は少ないだろう?」「そのことなんだけど……。何とか朱莉さんを妊婦にしたてないで御爺様達の目をごまかす方法は無いかしら?」明日香は翔をじっと見つめた。「え?」「いくらなんでも朱莉さんが出産したことにするって言うのはやはり無理があると思うのよね。だって、現に私はこうしてこの病院に運び込まれてしまったわけだし。幸い、病院では私たちの関係は兄妹として認識されているけど。でもこの病院で出産するのはやめようかと思っているのよ。落ち着いたら海外で出産しようかと考えてるの。海外で出産すれば目立たないでしょう?」「最近ネットで良く何か調べていると思っていたけど……そんなことを調べていたのか?」「ええ、そうよ。いくら何でも日本で出産するのは危険だと思うのよね。なるべくリスクは避けたいから」「
last updateLast Updated : 2025-04-14
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7-26 変わらぬ翔と明日香の成長 2

「朱莉さん……」琢磨は朱莉の答えに少しだけ失望してしまった。出来れば朱莉には残念がって欲しかったのだが……。(そうだよな。よくよく考えてみれば俺と翔は明日東京に帰るけど、朱莉さんは当分沖縄に残るんだから観光案内なんか必要無いってことだし。結局朱莉さんと観光したかったのはこの俺だけか……)その時、突然朱莉のスマホに着信が入ってきた。「翔先輩……」それを聞いた琢磨はピクリと反応する。「その電話、俺に貸して貰えないか?」琢磨は手を差し出した。「え? でも……」「朱莉さん……お願いだ」その声は何処か辛そうに聞こえたので、朱莉は琢磨に電話を託した。「もしもし」『え? 何だ? 琢磨か?』翔はまさか琢磨が朱莉の電話に出るとは思わず驚きの声を上げた。「ああ、俺だ。朱莉さんの買い物に付き合って、今2人でカフェにいた所だ。翔……まだお前朱莉さんに何か要求を突きつけるつもりなのか?」その言葉に電話を聞いていた朱莉は悲しそうに目を伏せた。『まさか! そんなんじゃない。実は朱莉さんには週に3回明日香の面倒を見て貰う為に病院に来てくれるように話したんだが……』「何!? 週に3回だと!? 翔! ふざけるなよ!」『落ち着いてくれよ琢磨。確かに俺は朱莉さんに週に3回病院に来てくれるように頼んだが明日香がそんなに必要無いって言ったんだ。週に2回だけ、洗濯だけ頼みたいって』その言葉を聞いた琢磨は我が耳を疑った。「何? 明日香ちゃんが自分から言ったのか?」『ああ、朱莉さんにも自分の生活があるだろうからと言ってた。子供を産むんだから、もっとしっかりしないとって明日香本人が言ったんだよ』「そんな……信じられない……」(あの明日香ちゃんがそんなことを言うなんて。やはり女性は妊娠すると色々かわるのだろうか?)『そう言うことだから朱莉さんと電話を替わってくれ』翔に促され、琢磨は頷いた。「あ、ああ。分かったよ」琢磨は朱莉にスマホを渡した。「翔が朱莉さんと話をさせてくれって」「はい、分かりました」翔からスマホを受け取ると朱莉は電話に出た。「もしもし。お電話代わりました」『朱莉さん、さっきは本当に悪かった。さっきは週に3回病院に来てくれとか、服装にも気を遣ってくれなんて言ってしまったけど、明日香がその必要は無いって言ったんだ』「明日香さんが?」それは朱
last updateLast Updated : 2025-04-14
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7-27 琢磨のお願い 1

 電話を切った朱莉の様子が何だかおかしく感じ、琢磨は尋ねた。「また翔に何か言われたね?」「い、いえ。別に何も言われていませんよ?」朱莉はすぐに否定したが、琢磨は朱莉をじっと見つめる。「さっき突然電話の最中に顔色が変わった。今、随分青ざめた顔をしているよ? 本当は辛い言葉をなげつけられたんじゃないのかい?」「いえ……そんなことは……」朱莉はズキズキ痛む頭を押さえながら返事をすると、琢磨が突然朱莉の額に手をあてた。「熱い。ひょっとして熱でもあるんじゃないのかい?」「熱……どうでしょう……?」しかし、先程から身体が何となく熱っぽさを感じていたのは事実だ。「……店を出よう。立てるかい?」琢磨は立ち上がると朱莉の側へ寄った。「は、はい……何とか」朱莉が立ち上ると、琢磨はグイッと朱莉の肩を抱き寄せて、歩き出した。一斉に店内にいた人々の視線が2人に集中する。「あ、あの……く、九条さん……?」朱莉はすっかり戸惑ってしまった。「周りの目なんか気にすることは無い。かなり熱い身体をしてるじゃないか。すぐに車に戻って何か風邪薬でも買って帰ろう」「ありがとうございます……」自分の身体を支える様に歩く琢磨の顔を朱莉は見上げた。(本当にいつも私は九条さんに迷惑ばかりかけている……)朱莉は申し訳ない気持ちで一杯になるのだった――****「ドラッグストアに寄ってからホテルに戻ろう」運転席に座ると琢磨は言った。「はい、分かりました。よろしくお願いします」弱々しく朱莉は返事をする。「車の中で寝ているといいよ。ホテルに着いたら起こすから」「はい、ありがとうございます……」朱莉は眼をつぶり、そのまま眠ってしまった―― 次に目を覚ました時、見知らぬベッドの上で眠っていることに気が付いた。額にはいつの間にか熱冷ましのシートが貼られている。「ここは……?」ボンヤリした頭でベッドに横たわったまま視線を動かしてみる。その部屋はとても豪華な部屋だった。高い天井に、広い部屋は隅々まで美しい内装をしている。部屋の調度品はどれも豪華な造りで、大きなサンルームが窓から続き、太陽の光が部屋に降り注いでいる。(一体、ここは何処なんだろう……? それに時間は……? 九条さんは何処に行ったんだろう……?)しかし、強い眠気で再び朱莉は眠りに就いた―― 次に目が覚めた時
last updateLast Updated : 2025-04-15
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7-28 琢磨のお願い 2

「九条さん……」ポツリと呟くと朱莉の気配に気がついたのか、電話をしていた琢磨が朱莉を見た。すると琢磨は電話の相手に怒鳴りつけた。「朱莉さんが目を覚ました。電話切るからな!」琢磨はスマホの電話を切ると朱莉に声をかけた。「朱莉さん! もう大丈夫なのかい?」「はい。お陰様で頭痛も治まりましたし、熱っぽさも大分改善されました」それを聞いた琢磨はソファから立ち上がり、朱莉に歩み寄ると自然な動きで朱莉の額に手をあてた。「うん。もうさっきみたいな熱っぽさは確かに無いな。良かった……心配したよ。いつから具合が悪かったんだい? もっと早く教えてくれれば倒れる前にホテルに帰ったのに。でも、気付かなくてごめん」琢磨の謝罪に朱莉は首を振った。「違います! 私がもっと早くに九条さんにお話ししていれば良かったんです。悪いのは私ですから」「だけど俺に迷惑がかかると思って言えなかったんじゃないのかい?」琢磨は少し寂しげに言う。「!」確かに琢磨の言う事は一理あった。だが朱莉自身倒れる程に具合が悪化するとは思ってもいなかったのだ。「翔には俺からきつく電話で言っておいたよ」「え?」「あいつの……翔のせいだろう? あいつの心無い言葉で莉さんをまた傷つけて、そのショックで具合が悪くなったんだろう?」「そ、それは……」「明日、東京へ帰るのを1日伸ばそうかと思っているんだ。朱莉さんが心配だから」琢磨の言葉に朱莉は驚いてすぐに返答した。「それは駄目です!」いつにない、朱莉の強い口調に驚く琢磨。「え……? 朱莉さん?」「お願いです、もう私のことでこれ以上九条さんを振り回したくは無いんです。だから明日は予定通りに東京へ戻って下さい。もう熱はこの通り下がったので大丈夫です。引っ越し作業もちゃんとしますので九条さんが心配される必要はありませんから」「だけど……」尚も言い淀む琢磨に朱莉は続ける。「九条さんが秘書を務める相手は私ではありません。翔せんぱいなんです。私ではなく、翔先輩を優先して下さい。そうじゃないと九条さんに申し訳なくて……私は九条さんと距離を置かなければならなくなります」「朱莉さん……それは……」(それは俺が朱莉さんを心配するのを迷惑だと思っているからなのか?)琢磨が悲し気に俯いたのを見て朱莉は慌てた。何故九条がそんな顔をするのか理解できなかったのだ
last updateLast Updated : 2025-04-15
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7-29 東京へ向けて 1

 翌朝、朱莉は隣の部屋の物音で目が覚めた。「……?」時計を見るとまだ時刻は6時前である。「九条さん……?」(ひょとして、もう出掛けるのかな?)朱莉も急いで着替えると、九条の部屋をノックしながら声をかけた。「おはようございます、九条さん」すると隣から琢磨の返事が聞こえた。「え? 朱莉さん……?もう起きたのかい?」「はい。あの……ドア、開けてもいいですか?」「ああ。いいよ」「失礼します」朱莉がドアを開けると、スーツ姿の琢磨がいた。「おはよう、朱莉さん。もう起きても大丈夫なのかい?」「はい。もう大丈夫です。お薬が効いたみたいですね。色々お世話になりました。それで……もう那覇空港に行くのですか?」「ああ。7時の羽田行の便に乗るんだ」「翔先輩も一緒ですか?」朱莉は躊躇いがちに尋ねた。「うん。そうだよ。空港で待ち合わせをしている」「あの……私……」「見送りは別にいいからね」朱莉が何を言おうとしたのか琢磨に意図が伝わった。「え? でも……」「朱莉さん、レンタカーはもう返却してあるんだ。俺はタクシーで空港へ向かう。だから朱莉さんとはここでお別れだ」「九条さん……」「もう部屋の支払いは済んでるし、10時まではこの部屋に居られるからそれまではここで休んでいるんだ。ホテルを出る時フロントに声をかければいいからね」琢磨は内心の気持ちを隠しながら言った。(くそ……! 本当は今すぐに一緒に東京へ連れ帰りたいのに……!)「色々お世話になりました。感謝しています」改めて頭を下げる朱莉。「いや、いいんだよ。むしろこんな所まで連れてきてしまったことが申し訳ない位なんだから」「でも……」「毎晩……」「え?」「い、いや……毎晩、沖縄での様子をメッセージで送って貰えると安心かな?」「はい、分かりました。報告ですよね? 必ず入れますね」朱莉は笑みを浮かべて頷く。「報告……」琢磨は口の中で小さく呟いた。別に報告して欲しいとの意味で言ったわけでは無い。ただ朱莉が心配で、メッセージのやり取りをしたくて提案したのだが、朱莉にとっては『報告』と取られたことがやるせなかった。(所詮、朱莉さんにとって俺は、翔の『秘書』でしかないんだろうな……)しかし、それでも構わないと琢磨は思った。自分は朱莉にとって相応しくない人間だ。だから自分が朱莉に出
last updateLast Updated : 2025-04-15
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7-30 東京へ向けて 2

 那覇空港――搭乗ゲートに琢磨が行くと、既に翔の姿があった。「おはよう、琢磨」翔が躊躇いがちに声をかける。「ああ、おはよう」琢磨は少し不機嫌に返事をする。「その……悪かった。朱莉さんの具合はどうだ?」「昨夜風邪薬を飲ませたからな。もう今朝は熱が下がっていたようだ。元気そうだったしな」「そうか、なら良かった」翔は頷くも、違和感を抱いた。(今の言い方は何だ? まるで朱莉さんの様子を見て来たみたいだ)そこで翔は琢磨に尋ねることにした。「琢磨。お前、宿泊した部屋は確かスイートルームで部屋があまっているって言ってたよな?」「ああ、言った」「ひょっとして朱莉さんをお前の部屋に宿泊させたのか?」「何だ? 悪いか。病人を放っておけるはず無いだろう? お前達じゃあるまいし」琢磨はモルディブの件を持ちだしてきた。「い、いや……確かにあの時は本当に悪いことをしてしまったと思っている」「お前のその台詞はもう聞き飽きたよ」ぶっきらぼうに答える琢磨。「そ、それより……本当に朱莉さんをお前の部屋に泊めたんだな」「ああそうだ。心配だったからな」「琢磨。お前……」その時、館内放送が流れた。翔と琢磨の乗る便の案内であった。「よし、それじゃ行くか。翔」琢磨は荷物を持った。「そうだな。着いたらすぐに仕事だ」2人は東京行の搭乗ゲートへ向かい、飛行機に乗り込んだ。飛び立つ飛行機の中で琢磨は朱莉のことを考えていた。(朱莉さん……どうか元気で。今度は俺から会いに行くから……)そして琢磨は瞳を閉じた—―**** 朱莉は今、ホテルのレストランで朝食をとっていた。すると昨日琢磨に声をかけてきた2人の女性が中へ入って来た。そして朱莉と偶然目が合う。2人の女性は目配せし合おうと、何故か朱莉の方へと近付いて来た。「おはようございます、昨日はどうも」セミロングのやや釣り目の女性が朱莉に挨拶をしてきた。「おはようございます」朱莉も挨拶をしたが、不思議でならなかった。(この人達……どうして私に声をかけてきたんだろう?)「今朝、彼氏さんは見かけないようですけど、どうしたんですか?」別の女性が続けて尋ねる。(彼氏さん……? 九条さんのことかな?)「彼なら今朝、東京へ戻りました。仕事があるので」「まあ。彼女を置いて1人で東京へ? それってちょっと冷
last updateLast Updated : 2025-04-15
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8-1 梅雨明けと回想

 朱莉と明日香が沖縄へやって来てから1カ月半が経過しようとしていた。明日香の方は大分切迫早産の危険性が収まり、後半月後には退院出来ることが決まった。そして朱莉は……。――21時過ぎ「それで、今日やっと運転免許が取れたんですよ」朱莉は嬉しそうにパソコンの電話で話をしている。その話し相手は……。『おめでとう、朱莉さん。仮免の運転練習付き合えなくて残念です』「いえ。お気持ちだけで充分です。それに京極さんには毎日電話で運転方法のアドバイスを頂いていたので、こんなに早く免許を取ることが出来たんだと思います。本当にありがとうございます」『いえいえ、朱莉さんの運転テクニックが凄かったんですよ。でも安心しました。朱莉さん最初の頃は声も元気が無さそうだったので、心配だったのですが今では画面越しから素敵な笑顔を見せてくれるようになって。あ、そうだ。今、マロンを連れて来ますね』京極が一度PC画面から姿を消し、次に現れた時はマロンを抱きかかえてやって来た。「マロン……」朱莉はマロンを見て名前を呼んだ。マロンは朱莉を見ると嬉しそうに吠えて尻尾を振っている。 京極との電話は朱莉がこのマンションに引っ越してきた当日から始まった。初めは電話のみだったのだが、朱莉の声が元気が無いの気にした京極が、PCで会話をする事を提案してきたのである。勿論、設定方法は電話で京極に教えて貰いながら朱莉が1人で設定をした。『ところで朱莉さん。今朝のニュースで知ったのですが、本日沖縄で梅雨明けしたそうですね。どうですか? 沖縄の様子は』「はい、午前中までは雨が降っていたのですが午後になって急に天気が回復して青空が見えて、気温も急上昇したんですよ。沖縄ってこんなに梅雨明けがはっきりしているのかと思い、びっくりしました」『そうなんですか……。でもそう言えば今日の朱莉さんは真夏らしい恰好をしていますよね。こちらは冷たい雨が降っていて少し肌寒い感じですね』言われてみれば京極は長袖のシャツを着ている。「早くそちらも梅雨明けすればいいですね」『ええ……そうですね。ところで朱莉さん』急に京極の声のトーンが変わった。「はい、何でしょう?」『まだ暫くは沖縄で暮す事になるのでしょうか? 明日香さんの体調はまだ回復しないのですか?』いきなりの京極の質問に朱莉は戸惑った。「え……と、それは……
last updateLast Updated : 2025-04-16
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8-2 梅雨明けと回想 2

『朱莉さん、突然黙り込んでどうしましたか?』京極に声をかけられ、朱莉は我に返った。「あ……も、申し訳ありません。大丈夫ですから」『すみません。僕のせいですね。沖縄暮らしの期間について尋ねてしまったから』京極が目を伏せたので、朱莉は慌ててた。「いえ、決してそういうわけではありませんから」『あの、朱莉さん、実は……』その時、画面越しに映る京極からスマホの着信音が聞こえてきた。『すみません、朱莉さん。少し待っていただけますか?』「京極さん?」『……社の者からだ。こんな時間に電話なんて……』それを聞いた朱莉は言った。「京極さん、何か急ぎの用時かもしれません。もう電話切りますので、どうか電話に出てください」『すみません朱莉さん。ではまた明日、お休みなさい』「はい、お休みなさい」そして朱莉はPCの電話を切ると、ため息をついた。「京極さん……こんな時間までまだお仕事なんて大変だな……」朱莉は再びPC画面に目を向け、検索画面を表示した「どんな車にしようかな……」朱莉が見ているのは沖縄にある車販売の代理店のサイトである。明日朱莉は早速車を購入するつもりで、事前に車をチェックしようとしていたのだ。その時、朱莉の目に1台の車が目に止まった。それは白いミニバンの車だった。朱莉の耳に琢磨の言葉が蘇ってくる。『この車は軽自動車だし女性向きの仕様だからいいと思うよ。車を買うときは俺に声をかけてくれれば一緒に選びに行ってあげるよ』「九条さん……元気にしているのかな……?」思わずポツリと呟く朱莉。朱莉は琢磨が東京へ帰ってからは1度しかメッセージのやり取りをしていなかったのである。自分のスマホをタップして琢磨からの最後のメッセージを開いた。『朱莉さん。実はわけがあって、当分朱莉さんとは連絡を取ることが出来なくなってしまった。本当にごめん。翔に何か理不尽なことを言われたら必ず知らせてくれよなんて言っておきながらこんなことになってしまって申し訳ない。いつかまた連絡が取れるようになる日まで、どうかその時までお元気で』   このメッセージを最後に琢磨とは一切連絡が取れなくなってしまった。メッセージを送ってもエラーで戻って来てしまうし、電話を掛けても現在使われておりませんとの内容の音声が流れるばかりである。そこで慌てた朱莉は翔に連絡を入れると意外な事実を聞
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