All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 221 - Chapter 230

422 Chapters

8-23 亀裂の原因は? 1

 エレベーターのドアが閉まった後も朱莉の心臓はドキドキと早鐘を打っていた。(い、今の女性は姫宮さん……。何故一人でここに……? やっぱり二人はもう……?)思わず目じりに涙が浮かびそうになり、朱莉はゴシゴシと目を擦った。姫宮のことは気がかりだが、今は安西に呼ばれている。彼の話を聞きに行くのが先だ。朱莉は再び帽子を目深にかぶり、コートの襟を立てる。傘をさして、駅へ向かって歩き始めた――**** 結局、朱莉はカフェには寄らずに真っすぐ安西の事務所へやって来た。姫宮を億ションで見かけてしまったショックで食欲など皆無だったからだ。傘を閉じて狭い階段を登り、インターホンを鳴らした。するとすぐにドアが開き、安西が顔を覗かせた。「朱莉さん。雨の中お呼び立てしまい、申し訳ございません」事務所の中へ入ると安西が謝罪してきた。「いえ、とんでもありません。むしろ雨の中、働いていらっしゃる調査員の方達に申し訳ないくらいです」「ハハハ……それは別に気になさらないで下さい。それが我々の仕事なのですから。さ、どうぞソファにおかけください」安西は朱莉にソファを進めてきた。朱莉は腰かけると安西に尋ねた。「それで新しく掴んだ情報と言うのは何でしょうか?」「ところで朱莉さん。コーヒーはいかがですか? 実はいい豆が手に入ったんですよ。よろしければ一杯どうですか?」「本当ですか? 嬉しいです。実は丁度コーヒーが飲みたいと思っていたので」「では少しお待ちくださいね」安西はコーヒーミルを持ってくると、そこに豆を入れて、ゆっくりと挽き始める。「すごい……本格的なんですね」朱莉は感心して、その様子を見つめる。「ハハハ……実は大学を辞めた時、興信所かカフェを経営するか迷ったんですよ」「それは……またすごいですね……」(全く共通点の無い職業のどちらかを選択しようとしていたなんて。才能がある人なんだ……)朱莉は感心してしまった。「さあ、どうぞ」朱莉は早速挽きたてのコーヒーを口に入れる。「おいしいです……。それにあまり苦みが無いですね」朱莉の言葉に安西は笑みを浮かべた。「おや? 朱莉さんはコーヒーの味が分かるのですか? 実はこの豆は粗挽きなんですよ。粗く豆を挽くと苦みが抑えられて軽い味わいになるんですよ」「そうなんですか? でも、本当に美味しいです」朱莉はゆっくりコー
last updateLast Updated : 2025-04-19
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8-24 亀裂の原因は? 2

「また、お1人だけで億ションの中へ入っていく事もありますが、ものの20分程で出て来ることがほとんどですね」「そうなんですか……?」(え……? そんな短い時間で一体姫宮さんは何をしにきているんだろう……?)「そう言えば話は変わりますが、朱莉さん。今の秘書、姫宮さんになる前は九条琢磨という男性が鳴海翔さんの秘書だったようですね?」朱莉は琢磨の名前が出てきたのでピクリと反応した。「は、はい……。九条さんが秘書をしておりました」「それではニュースはご覧になりましたか?」「はい。翔さんから連絡をいただいたいので。でも正直驚きました。九条さんが東京へ戻られてからすぐに音信不通になってしまって、翔さんから九条さんをクビにした話を聞かされたんです。それがまさか……」「ラージウェアハウスの新社長に任命されて、驚いたと?」「はい。それに鳴海グループに敵対心があるような発言をしたことも含めてです」「そうですね。入社されて一月半での新社長抜擢。まさに異例の出世スピードですし、あの発言は驚きますね。我々で独自に調べたのですがどうやらこの九条琢磨という男性は半年ほど前から、この会社にヘッドハンティングされていたそうですね。しかも好待遇で。ですが、ずっと彼は断っていたそうです」「それは翔さんと九条さんは親友同士でしたから当然でしょうね。ですが、結局翔さんは九条さんをクビに……」「ええ、ですが九条琢磨さんは、こう言っていたらしいですよ。『守らなければいけない人がいるから今はこの会社を去ることは出来ない』と」「守らなければいけない人……?」一体誰のことだろう?「多分……朱莉さん。貴女のことではないですか?」安西の言葉に朱莉は顔を上げた。「え……? 私……ですか?」「ええ。ヘッドハンティングの相手にそれとなく女性のことを匂わす台詞を口にしていたそうですから」(そんな……まさか……)朱莉には信じられなかった。「まだ日数を掛けて調査していないので、正確なことは言えませんが、ひょっとすると鳴海翔さんと九条琢磨さんは貴女と明日香君のことで意見が対立していたのではないでしょうか?」「確かに九条さんは私のことを色々助けてくれていました。それに私に謝っていました。私を契約婚に巻き込んだのは自分の責任だと」「恐らく、鳴海翔さんと九条琢磨さんは契約婚のことで日頃から対立し
last updateLast Updated : 2025-04-19
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9-1 明日香の退院 1

 朱莉が東京から沖縄へ戻り、早いもので1週間が経過していた。そして今日は明日香の退院日である。「思っていた以上に早く退院出来て良かったですね」退院手続きを済ませて来た朱莉は、待合室に座っていた明日香の元へ戻ると声をかけた。「ええ、そうね。最初の話ではもう少し時間がかかるって言われていたけど」明日香は少し浮かない顔で答える。「どうしたんですか? 折角退院できると言うのに、何だか顔の色が優れないようですけど?」すると明日香は視線を落とした。「だって……今日、これから翔と翔の新しい秘書が沖縄へ来るのよ? 翔に会えるのは久しぶりで嬉しいけど、あの姫宮という女性に会うのは……正直に言うと気が重いわ」「大丈夫ですよ、明日香さん。結局安西先生の興信所でもあれから詳しく調べていただいて、お2人は只の副社長と秘書の関係だったと言うことが分かったのですから。それに東京からわざわざ長期滞在型のホテルを予約してくれたのも姫宮さんですし」朱莉は明日香を元気づけるように明るい笑顔で言う。「朱莉さん……」明日香は朱莉の顔をじっと見つめた。「さて、それじゃ明日香さん。早速そのホテルへ行きましょう」「ええ、そうね」 並んで歩きながら朱莉は明日香に話しかけた。「大分お腹が目立ってきましたね?」「ええ。もう6か月だから。昨日も実は夜眠っていたら、お腹の中を蹴られたのよ」「そうですか。きっと元気な男の子が生まれてきますよ」実はこの間のエコーの検査で、はっきり性別が判明したのだ。「そうね。翔も男の子と聞いて喜んでいたわ。鳴海グループの跡取りが決定したなって」「でも、翔さんのことですから男の子でも女の子でもどちらでも構わないと思っているんじゃないですか?」朱莉の言葉に明日香も頷く。「ええ……まあ確かに2度目に私が妊娠した時にすごく喜んでくれたしね……。でも……」明日香の顔が曇る。「どうしたんですか?」「……やっぱり私は母親失格になりそうね。だって、エコーの画像を見ても、お腹の中で動いても……この子が愛しいって感情が……まだ持てないのだから」「明日香さん……」朱莉も最近、明日香自身から朱莉の出自については聞かされていた。その話を聞かされた時は、何て気の毒な境遇だったのだろうと胸を痛めた。  そんな話をしている内に、2人は駐車場に着いた。「明日香さん。
last updateLast Updated : 2025-04-19
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9-2 明日香の退院 2

それから約1時間後——2人はこれから明日香が滞在するホテルの部屋の中にいた。「うわあ……すごく素敵な部屋ですね。姫宮さんがこのホテルを予約したんですよね」朱莉は部屋を見渡した。2LDKの広々とした客室は全室オーシャンビューになっている。食事は部屋で取ることも出来るし、レストランを利用することも可能だ。クリーニングは勿論、掃除まで全てホテルが世話をしてくれるので、家政婦の話は無しになったのだ。「ええ。そうね」しかし、明日香の顔はどこかうかない。「明日香さん……?」朱莉は怪訝そうに声をかけた。「い、いえ。何でも無いわ。朱莉さん、今日まで本当にありがとう。貴女にはお世話になったから私の方から臨時ボーナスとしてネットでお金を口座に振り込んでおいたから、後で確認して?」明日香の言葉に朱莉は驚いた。「何言ってるんですか明日香さん。私は別にお金の為にやって来た訳ではありませんよ? ただ、明日香さんの力に……」「ええ。貴女なら、そう言うと思っていたわ。だけどこれは私の気持ちだから。お金でしか朱莉さんにお礼する手段が無くて……だから何も言わずに受け取って頂戴」あまりにも明日香の真剣な様子に朱莉は押されてしまい……。「分かりました。それでは受け取らせていただきます」そう、返事をするのだった。「明日香さん。それでは、私はこの辺で失礼しますね。16時には翔さん達が那覇空港に到着すると思うので、迎えに行く用事もありますから」朱莉はショルダーバックを肩から下げると立ち上がった。それを聞いた明日香は眉をひそめた。「人のこと言えないけど……翔は貴女に迎えを頼んだの?」「はい。私の買った車も見たいと話していられたので」「そうなの? なら、いっそ翔に運転して貰うのもいいんじゃない? あんなに見事な女性用にカスタマイズされた車を翔が運転する姿は見ものだわ」明日香がクスクス笑う姿を見て朱莉は思った。(良かった。明日香さん、少し元気が出てきたみたい)「明日香さん。それではまた何かありましたらメッセージを送って下さい。それでは翔さんと姫宮さんをこちらにお連れするまでお待ちくださいね」「ありがとう、朱莉さん」 朱莉は客室を後にして腕時計を見た。時刻は13時。後3時間後には翔が姫宮を連れて沖縄へとやって来るのだ。(姫宮さん……)朱莉は姫宮の姿を思い浮かべた。
last updateLast Updated : 2025-04-19
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9-3 対面 1

 16時―― 朱莉は那覇空港で翔と姫宮が来るのを待っていた。やがて翔が秘書の姫宮を伴って、ついに朱莉の待つ到着ロビーへとやって来た。(とうとう姫宮さんに……!)朱莉の心臓は緊張と不安で耳障りな位に早鐘を打っている。翔は笑顔で朱莉の前にやって来た。「久しぶりだね、朱莉さん。元気そうで何よりだよ。明日香のことでは朱莉さんに色々世話になったようで本当に感謝しているんだ。与えられた務めをきっちり果たしてくれている朱莉さんに感謝の気持ちとして臨時ボーナスを口座に振り込ませて貰ったよ。後で確認しておいてくれ」その言葉に朱莉は少なからず傷付いた。(与えられた務め……臨時ボーナス……。別に私はそんなつもりで明日香さんのお世話をしていたつもりじゃなかったんだけど。ただ、明日香さんの力になってあげたかっただけなのに。でも翔先輩はそんな風には取ってくれなかったのかな……)しかし、そんな思いをおくびに出さず朱莉はお礼を述べた。「いつもお気遣いいただき、ありがとうございます」「いや。朱莉さんは契約書以上の務めを果たしてくれているんだから、報酬を与えるのは当然のことさ。それじゃ改めて紹介するよ。こちらが新しい秘書の姫宮静香さんだ」翔は自分の隣に立っている姫宮を紹介した。「初めまして、鳴海朱莉様。この度副社長の専属秘書となりました姫宮静香と申します。どうぞよろしくお願いいたします」「は、はい。鳴海朱莉と申します。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」朱莉は慌てて頭を下げて挨拶をし、改めて姫宮静香という女性を見つめた。ロングヘアは一つにまとめ、髪をアップにし、Vネックのフレンチスリーブの膝丈のワンピースにブルーのパンプスを履いた姿は正に仕事の良く出来る女性のように朱莉の目には映った。(この人が新しい翔さんの秘書……。私とは全然違うタイプの女性だわ……。少し明日香さんに雰囲気が似ている気がする……)朱莉は羨望の眼差しで姫宮を見つめた。2人の簡単な挨拶を見届けた翔が再び朱莉に声をかけてきた。「姫宮さんには今、明日香の出産先について、色々力になって貰っている。彼女は本当に仕事が良く出来て、信頼出来るパートナーなんだ。朱莉さんも何か困ったことがあれば彼女に相談するといい」「はい、分かりました。姫宮さん、これからどうぞよろしくお願いいたします」朱莉は丁寧に頭を下
last updateLast Updated : 2025-04-20
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9-4 対面 2

翔と姫宮がロビーで打ち合わせをしながら朱莉の連絡を待っていると不意に翔のスマホが鳴った。「もしもし、朱莉さん? ……うん。……分かった。ありがとう、すぐにそっちへ向かおう」そして電話を切ると翔は姫宮に声をかけた。「姫宮さん。朱莉さんが車を回してくれたそうだから外に出よう」「はい、そうですね。翔さん」姫宮と翔は同時に立ち上がった。「それじゃ、行こう」歩きながら、姫宮は翔に尋ねた。「翔さん、朱莉さんのことをどのようにお考えですか?」「朱莉さん……? うん……そうだな……。彼女なら生まれて来る俺と明日香の子供を愛情をかけて育ててくれそうだと思っているよ」「そうですか。契約書では残りの婚姻期間は5年となっておりますが、延長の可能性はありそうですか?」「まさか! そんなことは絶対にありえない。婚姻期間が延びることは無いよ。早く自由の身にしてあげるのが朱莉さんの為なんだから」そんな翔の横顔を見つめながら姫宮は小さく呟いた。「……それが本当に朱莉さんの為になるのでしょうか……」「え? 何か言ったかい?」翔は姫宮を振り返る。「いいえ、何でもありません」姫宮は表情を崩さずに答えた—― **** 朱莉の運転する車の後部座席に座った翔が車内を見渡している。「朱莉さんの運転する車、外装も女性向きだけど、内装も女性向きだね。うん、色合いがすごく素敵だ」「はい、外装や内装が女性向きにカスタマイズされていて、すごく気にいったんです。ありがとうございます」朱莉は笑顔で答える。「何言ってるんだい、これも朱莉さんに対する必要な投資だよ。何せ子供を育てるにはやはり車は必要だからね。これからもよろしく頼むね」「はい、お任せください」投資……その言葉に朱莉の胸はチクリと痛んだ。朱莉は答えながらバックミラーでチラリと姫宮の様子を伺うと彼女は何か英文で書かれた書類に目を通している。(英語の文章……やっぱりすごく仕事が出来る女性なんだ)朱莉は羨望の眼差しで姫宮を見て……心の中で溜息をつくのだった―― **** 「こちらが明日香さんのいらっしゃる客室です」朱莉が案内すると姫宮が言った。「副社長、明日香さんとつと姫宮がロビーで打ち合わせをしながら朱莉の連絡を待っていると不意に翔のスマホが鳴った。「もしもし、朱莉さん? ……うん。……分かった。ありが
last updateLast Updated : 2025-04-20
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9-5 不安な電話 1

「明日香、会いたかった!」翔は明日香のいる客室に入り、駆け寄って力強く抱きしめてきた。「ちょ、ちょっと……翔!」明日香の窘めるような声に翔は慌てて明日香から離れた。「ああ……ごめん、明日香。そう言えばお腹の中に子供がいたのにすまなかった。大丈夫だったかい?」「ううん。それは大丈夫だけど……あら? ところで朱莉さんは?」「朱莉さんならマンションに帰ったけど?」それを聞いた明日香の目が険しくなった。「翔……まさか朱莉さんを追い返したの!?」「え? まさか! 彼女の方から遠慮してマンションへ帰ったんだよ。新しい秘書が俺と明日香で積る話があるだろうから、2人きりで話をしてもらおうと言ったからだ」「そうだったの……。朱莉さんならいて別にいても構わなかったのに」明日香は何処かイラついた様子で爪を噛んだ。「おい、明日香。お前本気で言ってるのか? とても以前のお前なら朱莉さんのことをそんな風には……」すると明日香がポツリと言った。「……初めてだったのよ。翔以外の人に……誰かに親切にして貰ったのは……」「明日香?」「朱莉さんだけだったのよ。こんな捻くれた私に赤の他人なのに親切にしてくれたのは。だからもう一度お礼を言いたかったのに。それに朱莉さんは今日は朝から私の退院の手続きに付き合ってくれて、ここまで連れて来てくれたのよ。疲れているはずなのに、貴方の出迎え迄させて車でここまで運転させるなんて」「あ、明日香……」翔は明日香の話を信じられない思いで聞いていた。あんなに他者を思いやる気持ちに欠けていた明日香が誰かに対してこんな風に思うようになるとは。「ねえ。知ってた? このホテルから朱莉さんのマンション。どの位離れているか、どの位時間がかかるのか……」「……」「朱莉さんの住んでいるのは那覇市、ここは名護市。車で1時間以上かかるのよ? 疲れているはずなのに……。私は悪いから遠慮したのよ。だけど朱莉さんが自分に退院の日のお迎えをさせてくれって言うから。そこにいくと翔、貴方は何? 自分から朱莉さんのお迎えを頼んだんでしょう?」何処か詰るように明日香は言う。「あ、ああ……そうだ……」翔が重たい口を開く。「翔、貴方は朱莉さんを自分の従業員のように扱っているけどもう少し朱莉さんに気を遣ってあげて。もっとも私もこんなこと言えた義理じゃないけどね。私は最
last updateLast Updated : 2025-04-20
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9-6 不安な電話 2

 帰りの車中、朱莉は運転しながら姫宮のことを考えていた。「一体どういうことなんだろう? 姫宮さんは翔先輩の完全な味方だと思っていたけど、やけに否定的な言い方をしているように聞こえたのは、私の気のせい……?」思わず口に出して呟いてしまった。 **** その夜――朱莉がネイビーを膝に抱えながら、ネット配信映画を観ていた時、朱莉の個人用スマホが着信を知らせた。「ひょっとして翔先輩かな?」しかし、朱莉はその着信相手を見て凍り付いた。それは京極からの電話だったのである。実はあの日、安西の事務所で京極と姫宮が並んで歩いている画像を見せられたその夜、京極から電話がかかって来たのだ。しかし、京極と姫宮が一緒に写っているあの写真が気がかりで、京極から何か決定的な話を聞かされるのでは無いかと思うと、それが怖くて、咄嗟に電話口で伝えたのだ。今、通信教育のレポート提出に追われていて、忙しいのでしばらくは電話もメッセージも遠慮してもらいたいと……。それを告げた時の、電話越しから聞こえる悲し気な声が朱莉の心を揺さぶった。しかし……それでも朱莉は京極と話をするのが怖くて頑なに連絡を拒んだのである。それがよりにもよって、翔と姫宮が沖縄へやって来た日に電話がかかってくるなんて。あまりにも偶然が重なり過ぎて、再び朱莉は疑心暗鬼に陥ってしまった。(お願い……! 早く……電話が切れて……!)朱莉は耳を塞いだ。(ごめんなさい、京極さん。私……まだ貴方の電話に出る勇気が……!)暫く鳴り響いたスマホはやがて静かになった。「よ、良かった……」朱莉は安堵の溜息をついたが、時を置かずして再びスマホが鳴り響いた。(京極さん……)考えてみれば、京極は忙しい身だ。それなのにこうして朱莉に電話をかけてきている。(私の為に京極さんの貴重な時間を奪う訳にはいかない……)朱莉は観念して、電話をタップした。「はい、もしもし……」『朱莉さん!?』電話に出た途端、京極の切羽詰まった声が受話器越しから聞こえてきた。「はい、朱莉です。どうも……ご無沙汰しておりました」すると、京極の安堵したため息が聞こえてきた。『良かった……中々電話に出てくれなかったからてっきり何かあったのでは無いかと思って心配しました。でも何も無かったんですね? 安心しましたよ』その声は本当に朱莉の身を案じているよ
last updateLast Updated : 2025-04-20
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9-7 空港での見送り 1

 翌朝――「え? アメリカですか? アメリカで明日香さんは出産するんですか?」朱莉は電話で話をしている。その会話の相手は他でも無い、姫宮だった。『はい。アメリカには私の知り合いの産婦人科医がいます。また彼女は代理出産も手掛けています。私の方から彼女にはよく説明を行いました。このまま明日香さんには出産までアメリカに住んでいただくことになりました』「ええっ!? そ、それは本当ですか!?」あまりにもスケールの大きな話になり、朱莉は今更ながら怖くなってきた。「あ、あのそれって法律に触れるとか……?」『ご安心下さい。書類は違法にならないように完璧に仕上げてあります。ですが、もし万一のことがあったとしても絶対に朱莉さんにだけは被害が及ばないように念入りに手を打ってありますので何も心配することはございません』電話口の姫宮はきっぱり言った。「わ、私も……アメリカに行ったほうがいいんでしょうか……?」朱莉は声を震わせながら尋ねた。(順調にいけば、明日香さんが赤ちゃんを産むのは後4カ月後……それまで私は言葉が通じない国へ……?)『いいえ、朱莉さんはアメリカには行かなくて大丈夫です。というか……むしろ来ない方が良いかと。このまま沖縄に残って下さい。明日香さんがアメリカから戻って来る迄は』その話し方は有無を言わさぬものだった。「あ、あの……明日香さんはお1人でアメリカに行くのですか?」『行き帰りは私と副社長が付き添います。アメリカで明日香さんが住む家も借りましたし、現地スタッフと家政婦も雇ってありますので明日香さんを心配する必要は一切ございません』「そうですか……」(すごい……もうそこまで手を回していたなんて。翔先輩が優秀な人物と言っていただけのことはあるな……)『こちらでも色々と準備がありますので、沖縄を出発するのは3日後になります。それと、明日香さんの身の回りのお世話の必要はもうございませんので、朱莉さんはどうぞ今迄通りの生活をなさって下さい。定期報告はメールでいたします』「はい……分かりました……」どこまでも淡々と話す姫宮に朱莉はすっかり押されていた。『それでは失礼いたします』電話を切ろうとする姫宮に朱莉は慌てて声をかけた。「あ、あのっ!」『はい、何でしょうか?』「この話……アメリカに行く話、明日香さんは納得されているのでしょうか?
last updateLast Updated : 2025-04-20
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9-8 空港での見送り 2

—―3日後、午前9時 朱莉は明日香と翔、そして姫宮の見送りに那覇空港に来ていた。「朱莉さん。今迄色々世話になったね。次に会うのは明日香が出産後だから数か月先になるけど、また日本に帰国したらその時はまたよろしく頼むよ」翔が笑みを浮かべて朱莉に言う。「はい、分かりました」「朱莉さん。色々ありがとう。貴女がいてくれて本当に助かったわ」明日香は、大分目立ってきたお腹をかかえるように立っていた。「明日香さん……道中、お気をつけて」朱莉は心配そうに声をかけると、代わりに姫宮が答えた。「大丈夫です。明日香さんの体調を考え、ファーストクラスのシートを取りました」「そうですか。なら安心ですね」「だったらいいけどね。途中で産気づかなきゃいいけど」明日香の言葉に翔はギョッとした顔をする。「あ、明日香! 縁起でもないことを言わないでくれ」「何よ、ほんの冗談に決まっているでしょう?」明日香はツンとした顔になる。「このまま直接アメリカへ行くのですか?」朱莉が誰ともなしに質問すると明日香が答えた。「まさか! このままなんか行かないわよ。一度六本木に戻って色々準備しなくちゃ。そう言えば翔、熱帯魚はどうなったのかしら?」「ああ、あれは億ションに寄付したんだ。あの建物内の何処かに置いてくれるように頼んだよ」「そうね……。仕方ないわね」その時、空港内にアナウンスが響き渡った。羽田空港行の便に関するアナウンスである。それを聞いた姫宮が言った。「それでは、副社長、明日香さん。そろそろ行きましょう」そして朱莉を向くと小声で囁いた。「朱莉さん。待っていて下さいね」「え?」朱莉は今の姫宮の話し方に反応した。『待っていて下さいね』(姫宮さん……まるでその口ぶりは……)「朱莉さん、どうかしたの?」突然明日香に声をかけられて朱莉はハッとなり、慌てて首を振った。「い、いえ。何でもありません」そしてそんな朱莉の姿を意味深な眼つきで見つめる姫宮。その目は何処かで見たことがあるような目にも見えてきた。(姫宮さん……?)「それじゃ、皆行こうか?」翔が明日香と姫宮に声をかける。「朱莉さん。元気でね。予定通りなら10月にまた会いましょう」明日香が朱莉に言う。「はい、お待ちしています」そして、3人は朱莉に見送られ、一路羽田空港へと向かった――朱莉は3人を
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