All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 491 - Chapter 500

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6-35 3人の話合い 1

 姫宮の話を聞いて、少しの間その場に沈黙が流れ……翔がぽつりと訊ねた。「それで姫宮さんは本当にこの会社を辞めるつもりなのかい?」「はい、ここまでのことをしてきてしまったのです。それに副社長にも全てを話した今、これ以上会社に居続けることは出来ません」「やめた後はどうするんだ?」二階堂が質問する。「そうですね……。幸い蓄えはありますし、焦らず仕事を探そうかと思っています」それを聞いた翔。「仕事のこともだが……京極はどうするんだ? 大丈夫なのか?」すると姫宮は曖昧な笑みを浮かべた。「さあ……どうでしょうか? でも私は何とか京極を止めたいと考えています。こんなことは間違えていますから」「ああ、確かにな。京極の今まで鳴海にしてきたことは犯罪スレスレだ。朱莉さんの件についても怖がらせているし、これはもうストーカーとして訴えてもいいレベルだ。これ以上行動がエスカレートしない内に何とか止めないとな」二階堂の言葉に姫宮は驚いて顔を上げた。「先輩……姫宮さんを前にいくら何でも言い過ぎなのではありませんか?」翔はあまりにもあけすけな二階堂の言い方を止めようとした。「何言ってるんだ? 俺は事実を述べているだけだ。しかし、今一番心配なのは姫宮さんだな。何せ今までのことを全て俺達に話し、尚且つ鳴海の秘書をやめ、さらに会社までやめるとなると、京極に取っては痛手だ。ああいうタイプは逆上したら何をしでかすか分からないからな」「……」姫宮は俯いてしまった。「先輩、いい加減にして下さい!」「何言ってるんだ、翔。俺は本当に姫宮さんの身を心配してるんだ。だから、まずは今後どうすればいいか俺なりに考えてみたんだ。聞いてくれるか?」「そうですね。何か妙案があるのでしたら教えていただけますか?」姫宮は二階堂を見た。「では先輩の考えをお聞かせ下さい」「ああ、まずはお前と朱莉さんが無事に引っ越しを終えるまでは姫宮さんには何喰わぬ顔で出社してもらう。京極に怪しまれないようにふるまう必要があるからな。ところで姫宮さん。引っ越しの日は京極にあの億ションにはいないようにさせると言っていたが……具体的にはどうするつもりだったんだ?」二階堂は姫宮に訊ねた。「ええ。実は来月は父の命日にあたるんです。なので一緒にお墓参りに行かないか誘ってみるつもりです」「そうか……もうすぐ命日だっ
last updateLast Updated : 2025-05-26
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6-36 3人の話合い 2

すると突然、姫宮が頭を下げてきた。「申し訳ございません! 実は明日香さんの件で、まだお話ししていなかったことがあります!」「え? 明日香の件について……?」翔は首を捻る。「はい。私は以前副社長が明日香さんに会いに行く話を京極に伝えました。そして2人で一緒に長野へ行ったのです。その後京極はホテル・ハイネストで明日香さんを見張っていました。私は長野へ一緒に行ったものの、京極にホテルでゆっくり休んでいるように言われたので、ずっと滞在先のホテルにいました。京極は明日香さんと白鳥誠也の監視をしていて……」そこで姫宮は言葉を切った。「2人はどうしたんだ? 姫宮さん。続きを聞かせてくれ」「わ、分かりました。驚かれるかもしれませんが……私のスマホに京極からメッセージが届いたのです。面白い映像が撮れたと言って画像と一緒に……。それは明日香さんとホテル・ハイネストの総支配人である白鳥誠也が……抱き合ってキスをしている画像でした……」「な、なんだって!?」翔は思わず大声をあげてしまった。一方の二階堂は腕組みをして不敵な笑みを浮かべる。「へえ……つまり京極はその画像を今も持っているってことなのか。京極は当然翔と明日香が恋仲だったことは知っていたんだろう?」「ええ。そうです」「明日香……お前……何て軽率な……」翔は小さく呟いたが、思い直した。(いや。俺も人のことは言えないか。明日香のことしか目に無かったのに、いなくなってからは朱莉さんに気持ちが向いてしまったのだから。あれ程朱莉さんには散々酷い態度ばかり取って来たのに……)「姫宮さんに裏切られた京極が逆上して何をしでかすか分からないからな。京極には色々弱みを握られているし。今の所俺達が持っている京極の弱みは隠しカメラの件だけだが、それでも無いよりはましだろう……姫宮さん。何か他に京極をおとなしくさせる弱みは握っていないかい?」二階堂は姫宮を見た。「弱み……ですか……」姫宮は暫く感が混んでいたがため息をついた。「京極は今迄に何度か翔さんにメールを送っています。その証拠を掴むことが出来ればいいのですが、調べるのは無理だと思います。京極はPCや電気回路等について人並み以上の知識を持っています。自宅には何台ものPCが置かれ、常に稼働しています。なのでメールの送信について証拠を掴むことは恐らく不可能でしょう」「
last updateLast Updated : 2025-05-26
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7-1 彼女に初めて会ったあの日 1

 朱莉の住む35階の一番奥の部屋。ここは京極が買い上げた部屋である。京極はここをリフォームして10部屋に区切り、レンタルオフィスとして貸し出しをしていた。いわゆるこの部屋の不動産オーナーである。レンタル方法は様々でウィークリー方式やマンスリー方式等借主の要望に応じた賃貸契約を結んでいる。そしてそのうちの1部屋だけはレンタルオフィスとして貸し出しをしてはいなかった。そこの部屋だけは京極の部屋だったからである。「……」京極はカードキーを使って部屋に上がり込むと自分専用の個室に入り、ソファに座ると朱莉の姿を初めて見た時のことを思い出していた。**** 京極が須藤社長の妻と朱莉を見つけたのは朱莉が契約婚を結ぶ直前のことだった。葛飾区にある古い賃貸アパートで一人暮らし。近所の缶詰工場でパートの仕事をしていることを突き止めた時はようやく須藤社長の恩に報いることが出来ると思った。朱莉を探し求めるのに数年を要してしまったが、ようやく居場所を探し出せた時には歓喜で胸が震えた。そして現在朱莉が置かれている不幸な境遇を知った時は、自分と似通ったものを感じ取り、何とかして今の状況を救ってあげたいと思った。成功した京極は地位と財産を手に入れた。なので一生朱莉達の面倒を見てあげようと考えていたし、相手が恐縮して援助を断るのであれば、娘の朱莉と婚姻関係を結んでも良いと考えていた位であった。京極は鳴海家に報復することだけを考えて今日まで生きてきた。恋愛には全く興味は無かったので恋人もいなかった。しかし朱莉なら、鳴海家によって人生を滅茶苦茶にされてしまったという共通点がある。例え愛情が無くても同志として、うまくやっていけるのでは無いかと考えたのだ。それに須藤社長の妻はハーフというだけあって美しい女性だった。また、須藤社長も顔立ちが整っており、美男美女の夫婦であった。きっとあの夫婦の娘であれば美しい外見をしているだろう……京極はそう思っていた。 そして、いざ初めて朱莉を見たあの日——それは本当に偶然の出来事だった。朝、朱莉の住んでいるアパートがどんな場所なのか様子を見に行った時。突然玄関のドアが開き、黒いスーツ姿に眼鏡をかけた女性が出てきたのだ。そこは朱莉が住んでいる部屋だった。(あれが須藤朱莉さんか……)物陰から隠れて京極は朱莉の様子を伺った。髪を1本に後ろで結わ
last updateLast Updated : 2025-05-26
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7-2 彼女に初めて会ったあの日 2

 それから約1時間半後―― 朱莉は何やら大きな紙袋を手に持ち、青ざめた顔でこちらに向かって歩いてきた。しかも何故か酷く落ち込んでいるようにも見えた。(一体何があったんだ? このビルに入って行く姿は生き生きとして見えたのに、今の朱莉さんは真っ青な顔色をしている。恐らくあの様子では普通に考えれば面接を落されたようにみえるが……何故重そうな紙袋を手に持っているんだ?)紙袋には鳴海グループのロゴマークがプリントされているので恐らく面接時に手渡されたものに違いない。朱莉はかなり打ちのめされた様子に見えた。(朱莉さん……一体何が君の身にあったんだ……?)その姿はとても哀れで、見るに堪えない程だった。本当は声をかけてあげたいが、朱莉と京極はまだ一度も顔を合わせたことが無い。声をかければ不審がられるか怖がられるだけだ。だから京極は朱莉の後姿を見届けることしか出来なかった。 そして、そのすぐ後のことである。朱莉がお金の為に鳴海翔と偽装結婚をしたことを知ったのは——**** この部屋を購入したのは本当に単なる気まぐれだった。朱莉の後を追うように京極はこの億ションに住んだ。引っ越す時期が悪く、空いている部屋は一番最上階の40階になってしまった。この階は最も高い部屋だったのだが、朱莉と同じ億ションに住めるならお金は惜しくないと思った。偶然を装って朱莉に近付き、知れば知る程朱莉に惹かれていった。穏やかな話し方に控えめな仕草。そしてその美貌……。それこそ自分の理想の女性だった。だから尚のこと、偽装結婚という立場に追いやり、明日香と恋人同士の生活を楽しむ翔が許せなかった。朱莉を苦しめる張本人たちに仕返しをしようと考えた。妹の明日香を巻き込み、徐々に追い詰めてやるのだと……。しかし、朱莉の信頼を得る為に良かれと思って京極の取って来た今迄の行動は逆に朱莉を怖がらせることになってしまった。近付けば近づこうとするほど、ますます朱莉との距離が遠くなっていく。京極に取ってはこれ程辛いことは無かった。そんな矢先、この部屋が売りに出されたのだ。そして気付けば京極はこの部屋を購入していた。恐らく無意識のうちに、心の距離が遠くなってしまった代わりに、せめて住む場所だけでも朱莉の近くにいたい……。その思いが、この部屋を買いあげるきっかけになっていたのかもしれない。だが、京極は引っ越し
last updateLast Updated : 2025-05-26
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7-3 後任の秘書は? 1

 3人で話し合いをした結果——翔達の引っ越しが無事に終了するまで姫宮は翔の秘書を続けつつ、京極の動向には注意を払う事を心がけると翔たちに約束した。そして朱莉には姫宮と京極が実の兄妹であることは引っ越しが終わるまでは伏せておくと決めたのだ。****時が少し流れ、季節は4月になった。姫宮の後任の翔専用の秘書が社内の秘書課から1人選ばれた。名前は飯塚咲良。年齢は27歳で英語と中国語に堪能で国際秘書の有資格者であり、とても優秀な人材であった。ボブヘアで丸顔の彼女は実年齢よりも若く見える女性であった。 昼休み――姫宮は飯塚を誘い、社員食堂に食事に来ていた。「本当に飯塚さんは優秀な人物で呑み込みが早くて助かるわ」「いえ、姫宮先輩の教え方が上手だからですよ」「そんなこと無いわ。でも本当に突然の引継ぎで飯塚さんには迷惑をかけることになって……本当に申し訳無かったわね」姫宮は頭を下げた。「いいえ! そんなことありません。むしろ私が選ばれて本当に感謝しているんです!」飯塚は慌てて手を振った。「感謝……?」姫宮は首を傾げた。「はい! 本当に感謝しています! 元々私がこの会社を選んだのって、あの鳴海副社長にあ……憧れていて……。実は私、副社長と同じ大学でずっとお近づきになりたかったのです。だからどうしても副社長の下で働きたくて一生懸命今まで頑張って来たのです」飯塚は頬を染める。「あら、そうだったの? それなら尚更秘書の仕事頑張ってくれそうね。期待しているわ」姫宮は笑顔でコーヒーを飲んだ。昼休み終了後――姫宮は秘書課を訪れていた。秘書課には4名の秘書が在籍している。飯塚も現在はこの部署に所属しているが、姫宮の退職と同時に翔の専属秘書になる予定だ。今のところは……。飯塚は総務部の研修に行っており、席を外していた。そのすきを狙って姫宮は秘書課を訪ねていた。「それで私達にお話と言うのはどんなことでしょうか?」セミロングの女性が姫宮に話しかける。「ええ。実は今度副社長の秘書に選ばれた飯塚さんについてなのだけど」すると、4人の女性秘書達は互いに顔を見合わせた。その様子に姫宮は何かを感じ、彼女たちに尋ねた。「あの、今あなた方は顔を見合せたようだけど彼女について何かあるの?」するとショートヘアーが良く似合う女性が口を開いた。「あの……こんな
last updateLast Updated : 2025-05-26
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7-4 後任の秘書は? 2

「ねえ、何故今回飯塚さんが副社長の秘書に選ばれたのかしら?」姫宮の質問にショートヘアの女性が答えた。「そんなことは決まってるじゃないですか。私たちの上司に飯塚さんが言い寄ったんですよ! どうか私を副社長の専属秘書にして下さいって」「ええ!?」すると別の秘書が言った。「それだけじゃないですよ! 自分が副社長の秘書に選ばれた時、彼女何て言っていたか知っていますか?『これでようやく憧れの鳴海副社長の傍で働けるっ』て大喜びしていました!」「あ! そう言えば、去年まで副社長の秘書をしていた九条さんのこと狙っていたわよね? だけど全く相手にされていなくて悔しがっていたわ」「それはそうよ。九条さんは自分から声をかけてくるような女性はタイプじゃないって話、有名だったもの。それを知っていてアプローチしていたんだから」「ほんとにね~あの人、会社に何しに来てたのかしら? 男でも漁りに来てるつもりじゃないの?」もはや彼女たちは姫宮がその場にいることを忘れて飯塚の悪口でヒートアップしていた。(翔さん……私たちは大変な過ちを犯してしまったかもしれません……)姫宮は早速頭痛の種が出来てしまったことを激しく後悔した。「あ、あの……それじゃ私はそろそろ戻るわね……」姫宮が彼女達に声をかけ、初めて4人の秘書達はその場に姫宮がいたことを思い出したかのように全員がハッとした顔で姫宮を見つめた。「あ、あの……い、今の話は……」最初に口を開いた女性秘書が苦笑いをしながら姫宮を見た。「い、いえ。貴女方のお陰でとても貴重な話を聞くことが出来たわ。ありがとう」そして部屋を出て行こうとして、クルリと振り向くと尋ねた。「ちなみに……あなた方なら誰が副社長の秘書にふさわしいと思う?」すると……全員が手を挙げたのは言うまでも無かった――****「ふぅ……」 秘書室を出た姫宮は溜息をついた。「全くここまで来たって言うのに……この分じゃ新しい秘書を探す必要がありそうね。こんなことなら始めから自分で新しい秘書を探せば良かったわ……」そして姫宮は思い足取りで副社長室へとすぐに飯塚の辞令はその日のうちに取り消され、後日彼女は総務部へと移動が決まった——15時——支店を訪ねていた翔が戻り、姫宮から後任の秘書を選び直す話が決まったことを聞かされた翔は首を傾げた。「姫宮さん。何故新し
last updateLast Updated : 2025-05-26
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7-5 姫宮と会長の電話会談 1

 翔に姫宮の後任の秘書が決まったことを告げる2日前の事——姫宮は鳴海会長と電話で話をしていた。『そうか……もう決心したなら仕方あるまいな』電話越しから残念そうな鳴海会長の声が聞こえてくる。「はい、申し訳ございませんでした」『それで仕事を辞めた後はどうするんだ?』「そうですね。少しのんびりしたいと思います。色々考えたいこともありますし」『考えたいことか。でも姫宮君は本当に優秀な秘書だったからな。もしまた戻ってきたいという気持ちになればいつでも席を用意して待っているからな』「はい、どうもありがとうございます。それで以前お話しをいただいておりました後任の秘書の方ですが……」責任感の強い姫宮は後任秘書がどのような人物か気になって仕方が無かった。『ああ、今は大阪支社の人事部にいるんだ。……期待しているから3カ月に一度の頻度で様々な部署を経験させている最中だ』「秘書の仕事は初めてですか?」『そうだな。だからすまないが不備の無いように教えてやってくれないか? まあ呑み込みは早いから一月もあれば十分だろう。とりあえず半年ほど秘書の経験をさせている間に、姫宮君のような人材がみつかるだろうしな』「会長……それは買いかぶりすぎです」姫宮は苦笑した。『そうか? これでも人を見る目はあるつもりだ。だからこそ今の翔にこの会社をこのまま継がせても良いのか迷っている』「それで……手元に呼び戻したのですか?」『ああ、そうだ。いいか姫宮君。絶対に秘書の話は翔には内緒にしておくのだぞ? もし翔がこのことを知れば大騒ぎになって猛反対するに決まっているからな。ギリギリまで黙っているように。いいな?』「はい、承知いたしました。副社長には内密で進めます。それではその方とは今後メールでやり取りさせて頂きます」『ああ、こちらも秘書課の人間を派遣して、仕事のノウハウを教え込ませておくからな』会長の言葉に姫宮は笑みを浮かべた。「はい、よろしくお願いいたします。それでは失礼いたします」「ああ。……今まで世話になったな。ご苦労だった」「いえ、こちらこそ大変お世話になりました。ありがとうございました」会長からの電話を切った姫宮は溜息をつくと、呟いた。「本当にごめんなさい……翔さん。だけど私の本当の雇用主は会長なのでどうか許して下さい」姫宮は今は主のいない副社長室でポツリと
last updateLast Updated : 2025-05-27
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7-6 姫宮と会長の電話会談 2

 かなり落ち込んでいる様子の朱莉を見て、翔は思った。(やはり朱莉さんに姫宮さんと京極が双子の兄妹だと伝えなくて正解だったようだな)「それで姫宮さんの後任の秘書の方は決まったのですか?」「う~ん……それがまだ決まっていないようなんだよ。姫宮さんの話では候補は上がっているらしいが、今調整中だとかで……」「翔さんが選ばなくて良かったのですか?」朱莉の問いに翔は答えた。「ああ。今回はとりあえず、正式な秘書が決まるまでの繋ぎの秘書だから別に俺は構わないさ。でもどうせなら琢磨や姫宮さんのように優秀な秘書であることを願いたいね」「そうですね。では行ってきます」朱莉が靴を履いて玄関へ向かうと、翔が声をかけた。「待ってくれ、朱莉さん。エントランス迄送るよ」「え? どうしたのですか? 突然急に……。そこまでお見送りしていただかなくても大丈夫ですよ?」朱莉は驚いて翔を見上げた。「いや、俺がエントランスまで送りたいからさ。蓮だってきっとそうしたいさ。な、蓮?」翔は蓮を朱莉の方へ向けるように抱くと、蓮が朱莉に手を伸ばしてきた。「マーマー」「お? 蓮……今ママって言ったのか?」翔は驚いた様子で蓮を見た。すると再び蓮は朱莉を見て「マーマー」と言った。「レ、レンちゃん……」朱莉は翔の前で蓮が朱莉の事を呼んだので、顔が真っ赤になって俯いてしまった。(どうしよう……翔先輩にレンちゃんからママって呼ばれているの知られてしまった。ママって呼ばせている図々しい人間だと思われてしまったかな……)そこで朱莉は弁明しようと、顔あげて翔を見る。「あ、あのですね。翔さん今のは……」しかし翔は嬉しそうな顔で朱莉を見つめている。それが不思議でならなかった。少しの間、2人は無言で見つめ合っていたが……。「さ、朱莉さん。それじゃエントランス迄送るよ」「わ、分かりました」折角見送る言ってくれているのだ。あまり無下にするのも悪いと思い、朱莉は翔と一緒にエレベーターに乗り込むと、翔は1Fのボタンを押した。ドアが閉まった所で翔は朱莉に声をかけた。「朱莉さん。帰りのことなんだけど、車で病院を出る時俺のスマホに電話を掛けてくれるかな? そうしたらエントランスまで迎えに行くから」「は、はい分かりました。ですが……何故ですか?」朱莉は返事をしたものの、不思議に思って質問した。「
last updateLast Updated : 2025-05-27
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7-7 鳴海の血を引く者 1

 月曜の朝——翔がオフィスに来ると、既に姫宮は仕事をしていた。何やら書類でも作成していたのか驚くべき速さでキーを叩いてる。「おはよう、姫宮さん」「あ、おはようございます。翔さん」姫宮は手を休めて立ち上がると翔に挨拶をした。「本日から副社長付きの新しい秘書が参ります。翔さんと同い年の男性なので、お互いに仕事がしやすいと思います。取りあえず臨時秘書ということですので、半年だけの秘書にはなると思います。それで……あの、実は……」姫宮は言いにくそうに言葉を濁した。そんな姫宮を見た翔は首を傾げる。「どうしたんだい、姫宮さん。何かあるのか?」「……あの、驚かないで下さいね?」「え? 何に?」「あ……い、いえ。何でもありません。今、彼は秘書課におりますので、これからこちらへ連れて参りますね。では行ってきます」「行ってらっしゃい」翔が返事をすると、姫宮はあたふたとオフィスを出ていった。1人になると翔は呟いた。「一体姫宮さんはどうしたと言うんだ? いつも冷静沈着なのに……らしくないな……?」姫宮が部屋を出ていき約10分後。——コンコンノックの音が聞こえ、ドアの外から姫宮の声が聞こえた。「副社長。新しい秘書の方をお連れしました。入ってもよろしいでしょうか?」「ああ。大丈夫だ。通してくれ」「失礼します」姫宮はドアを開けると1人の男性を伴って中へ入って来た。「副社長、新しい秘書の方をお連れしました」「今日からよろしくお願いいたします」姫宮の背後に立っていた男性は前に進み出て来ると翔を見て頭を下げた。その人物を見て翔は驚きの声を上げた。「あ! お、お前は……!?」**** 話は今から2日前に遡る。——19時半姫宮はメールでやり取りをしていた後任の秘書となる男性と本社ビルの向かい側にあるカフェで待ち合わせをしていた。窓際の一番奥のテーブル席。ここが相手の男性が指定してきた場所だ。約束の時間より10分程早く到着していた姫宮は席に着いて窓の外を眺めていると、不意に人の気配を感じ、声をかけられた。「すみません。恐れ入りますが……姫宮さんでいらっしゃいますか?」「あ、はい。姫宮で……す……。え?」姫宮は絶句した。そこには翔によく似た男性が立っていたからだ。「あ、あの……貴方がもしかして……?」姫宮は目を見開いて男性に尋ねた。「は
last updateLast Updated : 2025-05-27
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7-8 鳴海の血を引く者 2

 翔は姫宮が連れてきた各務修也を前にし、激しく動揺していた。(修也……何故お前が今頃になって現れるんだ? あれから10年も経つっていうのに……!)一方、修也も黙って翔を見つめている。その瞳はどこか寂し気だった。黙ったまま互いを見つめ合う翔と修也を見て姫宮は声をかけた。「あ、あの……」すると翔が姫宮を見た。「すまない。姫宮さん。彼と2人きりで少し話をしたいんだ。悪いけど30分程席を外して貰えないか?」「はい、かしこまりました」姫宮は頭を下げると部屋を出ていき、2人きりになると翔が口を開いた。「久しぶりだな。修也」「うん、10年ぶりだね」「今まで……ずっとどうしていたんだ?」「お爺さんの紹介で色々なグループ系企業で働いてきたよ。去年まではカナダ支社にいたんだ」「修也! お爺さんじゃなくて会長と呼ぶように言われているだろう?」翔はいつになく強い口調で言った。「あ、ああ……そう言えばそうだったね。ごめん……翔」修也は申し訳なさそうに頭を下げた。「だから、そうやってすぐに頭を下げるのはやめろ。お前だって……鳴海家の正式な血筋の人間なんだから」「だけど僕は……」修也は言いかけたが、翔が睨んでいるので口を閉ざした。「お前……ひょっとしてずっと会長の元にいたのか?」「ずっとじゃない。僕に声がかかったのは大学を卒業してからだよ」「だけど、その後はずっと会長の元にいたんだろう? 俺には内緒で」俯く修也。「黙っているってことはそうなんだな」「ごめん……翔。会長から絶対翔に言わないように口止めされていたから……」「っ!」翔は悔しそうに唇を噛んだ。(爺さんは……始めから俺以外に後継者を考えていたのか!? だから修也のことを今まで内緒にしていたのか……? 父さんはその事を知っていたのだろうか……?)その時、翔は肝心な事を思い出した。「そうだ! 修也、叔父さんは今どうしてるんだ?」「父さんは今下請けの建設会社で社長をしているよ。かなり阿漕なことをして大分世間から恨みを買ってるみたいだけどね」修也は目を伏せた。「叔母さんは元気なのか?」「うん、元気にしてる。今年帰国してから、声がかかるまで大阪支社にいたんだ。でも秘書の話が出てきて、また東京に戻って来たから今は一緒に暮らしてるよ」「叔母さんは……竜二叔父さんと会ってるのか?」「
last updateLast Updated : 2025-05-27
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