All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 511 - Chapter 520

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8-3 翔の葛藤 1

 翔は朱莉をじっと見つめた。(やはり俺では駄目なのか? 朱莉さんは蓮の母親になれても妻にはなれないってことなのか? だけど朱莉さんを諦めたくはない。彼女ほど蓮を愛情持って育ててくれる女性は何所にもいるはずがない……! 何としても引き留めなくては!)「朱莉さん…。だけど、長野へ行くって……いつ行くつもりなんだ? その間蓮はどうするつもりなんだ?」もしも朱莉が長野へ行っている間は自分に面倒を見てもらいたいと言ってくれば、仕事があるので忙しくて面倒を見れないと翔は言うつもりだった。卑怯な手だと思われてしまっても、それでも朱莉と家族になりたかった。例え嫌われてしまったとしても……。(朱莉さんには悪いが、何としても長野行きを諦めてもらわなければ……)しかし、朱莉は予想外のことを口にした。「レンちゃんは一緒に長野へ連れて行くつもりです」「え!? 蓮を長野へ? だけど蓮はまだ7ヶ月だぞ? そんな小さな子供を連れて……」「いえ、レンちゃんはもうだいぶまとめて眠れるようにもなりましたし、ミルクも飲む量が増えた分、授乳の回数が減りました。車で高速に乗って休みながら行くつもりなので大丈夫ですよ」朱莉の言葉に翔はさらに驚いた。「ええ!? 車で行くつもりだったのか!? 新幹線では無くて?」「はい、かえって新幹線を使った方が移動が大変だと思うのです。荷物もありますし」「朱莉さん……」(朱莉さんはそれほどまでに明日香を連れ戻したいのか? だけど明日香が白鳥を見つめるあの瞳は本気だった。俺にだってあんな表情を見せたことはなかったのに……。それに、今俺が一番大事に思っているのは蓮と朱莉さんなの……に……)翔はズキズキと痛む心を隠しながら言った。「朱莉さん、今の明日香は俺じゃなく別の男が好きなんだ。朱莉さんも明日香の性格を良く知っているだろう? こうと決めたら絶対に何があってもその意思を変えることが出来ない。だから……行っても徒労に終わるだけだよ?」(だから……長野へ行って明日香に会うなんて考えないでくれ……!)「レンちゃんを……」「え? 蓮を?」「はい、レンちゃんを連れて行って明日香さんに会わせてあげれば情が沸いてくるかもしれませんよ? 何といっても本当のお母さんなんですから」「朱莉さん……」「だけど……」不意に朱莉の顔が曇った。「もし……もしも、明日
last updateLast Updated : 2025-05-30
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8-4 翔の葛藤 2

 ショックのあまり、翔は一瞬頭の中が真っ白になってしまった。まさか朱莉の口から再婚の話を持ち出してくるとは思ってもいなかったからだ。一方、朱莉は突然翔の顔色が変わったのを見て不思議に思った。(どうしたんだろう翔先輩……。私、何かそんなに変なことを言ったかな? でも不思議……。初めて契約婚を交わした時はあれ程翔先輩に恋い焦がれていたのに、今はレンちゃんのお父さんとしか見ることが出来ないんだもの……)  今の朱莉は、翔に対しての恋心は嘘のように消え失せていた。だから翔が朱莉に思いを寄せていることにも気付いていなかったのだ。「朱莉さん……。ちょっと気分がすぐれなくて……今夜はもう帰るよ」翔は頭を押さえながら立ちあがった。「え? 大丈夫ですか?」「ああ、大丈夫だよ。それに今度のマンションはお隣同士だからね。……もし具合が悪くなったら……電話してもいいかな……?」弱気になってしまった翔はつい、朱莉に甘えたことを言ってしまった。「ええ、勿論ですよ。その時は必ずお部屋に伺いますから」「ありがとう……朱莉さん」翔が玄関へ向かうと、朱莉も後からついて来た。「朱莉さん。頼みがあるんだが……」翔が玄関のドアノブに手を触れた。「はい? 何でしょうか?」「俺も……一緒に長野へ行くよ」「え? でもお仕事が……」「ああ。だから夏休みを利用して一緒に長野へ行こう。8月になったら蓮を連れて3人で長野へ行くんだ。どうだろう?」「8月ですか……」朱莉は少し考えた。確かに契約婚の終了まではまだ4年はある。そんなに焦る必要は無いかもしれない。「ええ、そうですね。では8月になったら一緒に行きましょうか?」「ありがとう。俺の意見を聞き入れてくれて」「いえ、翔さんも当事者ですのでやはり一緒に長野へ行かれた方がいいかもしれませんよね?」朱莉は笑顔で言う。「あ、ああ。その通りだよ。それじゃ俺は帰るね」「はい、あ……そうだ。翔さん、私からも結婚記念日のプレゼント考えておきますね」「いや、その気持ちだけで十分だよ。何せ朱莉さんには蓮のお母さんをしてもらっているからね。それじゃ、お休み」「はい、おやすみなさい」笑顔で玄関で手を振る朱莉に見送られながら翔はドアを閉めた。****「……」真っ暗な自分の部屋に戻った翔は途端に虚しさを感じた。先程まで朱莉と過ごして
last updateLast Updated : 2025-05-30
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8-5 ショットバーにて 1

 GWも終わり、5月最後の週末の金曜日——六本木にあるショットバーに珍しいメンバーが集まっていた。メンバーは翔、二階堂、姫宮、修也の4人である。4人は丸テーブルを囲むように座っている。「忙しい中、今夜は俺と静香の誘いに来てくれてありがとう」二階堂はマンハッタンを右手に掲げた。「本当にありがとうございます。その切はご迷惑、ご心配をおかけしてしまい申し訳ございませんでした」姫宮は頭を下げた。「何言ってるんだ? あの事件は姫宮さんのせいじゃない。姫宮さんには内緒で飯塚を総務部へ追いやった秘書課の課長、それに京極……そして勝手に姫宮さんに恨みを抱いた飯塚のせいじゃないか。姫宮さんが謝る処じゃない。むしろ被害者なんだから」翔は反論した。「それで、もう傷の具合は大丈夫なんですか?」姫宮に訊ねる修也。「ええ、お陰様で。まだ傷跡は残ってはいますが以前に比べると薄くなっていますし、もう痛むこともありません。仕事に差し支えもありませんし」笑顔で姫宮は答える。すると二階堂が言った。「俺としては、まだ手術後2カ月しか経過していないから、もう少しゆっくり休んで欲しかったんだけどな。静香がじっとしていられないって言うから」「当り前でしょう? 前任の秘書の方がやめてしまったし、正人の会社も吸収して大幅に規模も人員も増えたんだから、じっとしてなんかいられないわ」「ハハハ…先輩、結婚したら尻に敷かれそうですね」翔は笑った。「結婚しても姫宮さんは仕事を続けるのですか?」姫宮に訊ねる修也。「ええ、勿論です。家事は得意ですし、仕事との両立も出来る自信があります。もっとも子供が生まれれば別ですけど」「姫宮さん。先輩は大食漢だから大変じゃないか?」「いいえ、そんな事無いです。料理を作るのは好きなので、毎日作り甲斐が有りますよ」翔の質問にサラリと姫宮は答える。「ああ、そうなんですね。お二人はもう一緒に暮らしていたんですね」修也が言うと、二階堂はこれ見よがしに姫宮の肩を抱き寄せた。「どうだ? 羨ましいだろう?」「ちょっと、明」姫宮は迷惑そうに言うが、手を振り払おうとはしない。「はい、仲が良くていいですね」修也は邪気の無い笑顔で返事をする。「全く……何をやっているんだか……」一方の翔は面白くなさそうにマティーニを口にしている。そんな対照的な2人を見比べ
last updateLast Updated : 2025-05-30
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8-6 ショットバーにて 2

「それじゃ……あと4年で2人の契約婚は終了するってことなんだね?」修也はギムレットを飲み干すと尋ねた。「ああ、そうだ」「それで? その後はどうするの?」「……」修也の質問に翔は答えることが出来ない。「朱莉さんて人に、もし契約婚を続ける意思がないなら僕は解放してあげるべきだと思うよ?」遠慮がちに修也は言った。「だが……」翔は言葉を切ると、苦し気に顔を歪めた。それを見ると修也は慌てた。「ご、ごめんっ! 翔! また僕は出過ぎたことを言ってしまって…。さっきの話は忘れて。やっぱりこれは翔と朱莉さんの問題だからね」「修也……」(お前だったらこんな真似は絶対にしないだろうな。お前は俺と違って誠実な男だから……)翔は修也に嫉妬していた。子供の頃から修也は何でもそつなく、いとも簡単にこなしていた。一方の翔は誰にも見られないように影で努力を重ねていたが、結局何をやっても修也には適わなかった。勉強もスポーツも……だから翔は高校時代、たいして興味も無い音楽に手を出した。柄にもなく吹奏楽部に入り、ホルンの楽器を演奏することにした。恐らく、これならさすがの修也にも真似は出来ないだろうと思っていたのだが……結局この楽器すら、修也は少し練習しただけで演奏出来るようになっていた。まさに真の天才と言える存在だと翔は考えている。だから翔は修也の陰に怯えていた。そんなある日、高校時代に修也が翔に成りすましていた時に、ちょっとした事件が起こり、修也はその件に関して深く係わりを持ってしまった。その時に翔は修也に対し、激しく激怒した。何故余計な真似をしたと修也にくってかかったが……優しい修也には見過ごすことが出来なかったのだろう。あの時、何故自分があれ程までに修也に対して激怒してしまったのか……今なら分かる。鳴海翔という人間が修也に乗っ取られてしまうのではないかと恐怖を抱いたから修也を叱責したのだ。そしてそれがきっかけで、翔は修也に背を向け、修也もまた翔から逃げるように地方の大学へと進学したのだった。 修也は神妙な顔つきで黙ってカクテルを飲んでいたが、やがて空になったグラスをテーブルの上に置くと翔を見た。「翔……確か朱莉さんて女性は高校時代、翔と同じ高校に通っていたんだよね?」「ああ、そうだ。でも1年の夏休み前に退学している」「1年の夏休み前に……退学……?」
last updateLast Updated : 2025-05-30
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8-7 琢磨の帰国 1

 日本時間午前10時――二階堂は社長室で琢磨に電話を掛けていた。「いよいよ、明日久しぶりの帰国だな。九条、どうだ? 今の気分は?」笑顔で電話越しの琢磨に尋ねる二階堂。『それは嬉しいに決まっていますよ。何せ半年以上日本を離れているんですから。炊き立ての白米と味噌汁が早く飲みたいですね。だから先輩の披露宴、フランス料理ではなく、俺だけ炊き立て白米付きの懐石料理にして貰えませんか?』「馬鹿言うな。九条。今更そんな変更出来るはず無いだろう?」二階堂は大まじめに返事をする。『ハハハ……冗談ですよ。でも冗談と言えば、あの時は本当に何か悪い冗談では無いかと思いましたよ』「何だ? あの時って?」二階堂は背もたれに寄りかかる。『そんなことは決まってるじゃないですか。京極の会社を吸収合併した時ですよ。まさかあの京極から会社を奪うなんて』「おい、人聞きの悪いことを言うな。合併の話は京極から持ち出してきたんだからな? ついでに妹をよろしく頼むと言われたんだ」『まさか……本当に驚きでしたよ。京極の双子の妹が会長や翔の秘書をしていたなんて』琢磨はため息をついた。「今は俺の秘書だけどな。ついでに明後日には俺の妻になる。どうだ? 羨ましいだろう? 何しろ静香は美人だし、料理の腕も最高だし……とにかく完璧な女性なんだ。お前も早いとこ相手を見つけてさっさと結婚しろよ」『何言ってるんですか? 先輩は俺より2歳年上ですよね? 2年後にまた考えてみますよ』「九条……ひょっとして、まだ朱莉さんのことが好きなのか?」『……』しかし琢磨は返事をしない。「答えないってことはまだ朱莉さんに気があるんだな?」『ええ、その通りですよ』「俺は応援してるぞ?」二階堂は口元に笑みを浮かべる。『え?』「お前と朱莉さん、お似合いだと思うぞ?」『先輩! ふざけないで下さい! そもそも俺がここ、オハイオに来ているのは俺と朱莉さんのスキャンダルを隠す為だったはずじゃないですか!』琢磨は声を荒げる。「ああ、確かにそうだった。だが、今はあの脅威となる京極はもういないんだ。まあ確かに今後も他のマスコミに嗅ぎつけられない可能性がある訳でも無いが……そうだ! いっそ翔と朱莉さんをさっさと離婚させれば……ってそれは無理な話だな。朱莉さんが契約が切れる前に翔の子供からそう簡単に離れられるとは思え
last updateLast Updated : 2025-05-31
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8-8 琢磨の帰国 2

――オハイオ州、琢磨の自宅。琢磨はイライラしながら帰国の為の荷造りをしていた。(くそ! 二階堂先輩め……。何で今頃になってあんな話をしてくるんだ!? 俺をからかって楽しんでいるのか?)二階堂から聞いた話は衝撃的だった。翔に同じ年のいとこがいるとは今迄一度も聞いたことが無かったし、しかも顔がそっくりだと言う事実も驚きだった。おまけに今は翔の秘書をしているというのだから驚きでしかない。「翔と顔がよく似たいとこ……何だか嫌な予感がする…」何故かは分からないが、琢磨の心は不安で一杯だった。そして気付けば琢磨はテーブルの上に乗っていたスマホに手を伸ばし、画面をタップしていた——**** 翌日午前11時――羽田空港。琢磨は半年ぶりに日本の地に降り立った。「まだ半年しか経っていないのに懐かしいな」荷物を受け取り、タクシー乗り場へ向かおうかと考えていたときに突然琢磨のスマホに着信を知らせる音楽が鳴り始めた。「ん? 誰だ?」琢磨はスマホの着信相手を見て息を飲んだ。何とそれは朱莉からの着信だったからだ。(朱莉さん!? ど、どうして!?)琢磨は慌ててスマホをタップした。「もしもし!?」『あ、九条さんですね? 良かった。電話が繋がらなかったらどうしようかと思いました』受話器からは懐かしい朱莉の声が聞こえてくる。「朱莉さん……? 信じられないよ。どうして急に電話なんか……」琢磨は思わず声を上ずらせてしまった。『だって昨日メッセージ送ってくれたじゃないですか。11時に羽田へ着くって。それに1人で帰国してくると書いてあったので、お迎えに来たんですよ?』朱莉の声は穏やかで、聞いていると心に染み入ってくるようだった。つい、朱莉の声に聞き惚れていた琢磨は返事をするのも忘れていた。『もしもし? 九条さん? 聞こえていますか?』再び琢磨の耳に朱莉の言葉が飛び込んできた。「あ、御免。朱莉さん。大丈夫、聞こえているよ」琢磨は慌てて返事をした。『それで、九条さんは今どちらにいらっしゃるんですか?』「今タクシー乗り場に行こうかと思っていたところだよ」『ではそちらでお待ちください。すぐ行きますので。丁度その近くにいるんです。では後程』「ああ、また後で」琢磨は電話を切ると、はやる気持ちでタクシー乗り場へと向かった。まさか朱莉が迎えに来てくれるとは思っても
last updateLast Updated : 2025-05-31
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8-9 朱莉の願い 1

 ハンドルを握りながら琢磨は朱莉に尋ねた。「朱莉さん、もう以前の億ションは引っ越ししたんだって?」「はい、そうです。まあ……色々ありましたから」朱莉は琢磨をチラリとみる。「例えば京極のこととか?」「ええ、そうですね。初めは京極さんがあの億ションに隠しカメラを仕掛けていたのが原因で引っ越しを考えたんですけど、明日香さんも出て行ってしまいましたし……」「知ってるよ。その話は。今、明日香ちゃんは『ホテル・ハイネスト』の総支配人と同棲しているんだろう?」「え? 九条さん。どうしてその話を知ってるんですか?」朱莉は驚いて琢磨の顔を見た。「ああ、航から聞いたんだ。どうも航は京極から詳しい話を聞かされないまま『ホテル・ハイネスト』の総支配人について調べてきてくれって言われたらしい」「京極さんが……」朱莉は京極があちこちの人間の身元調査に手を広げているかを改めて知り、今更ながら京極と言う人間が怖くなった。だが、その京極ももはや日本にはいない。姫宮の話だとオーストラリアへ移住したらしい。「京極さんは……もう日本へ戻ってはこないつもりなのでしょうか」朱莉はポツリと呟いた。「さあ……どうかな? あの男のことだ。またふらりと日本へ戻って来るかもしれないぞ?」「そうですね。でも明日は姫宮さんの結婚式なのにお兄さんとして出席されないなんて姫宮さんが何だかかわいそうです。たった一人きりのお兄さんなのに……」それを聞いて琢磨は笑みを浮かべた。「やっぱり朱莉さんは優しいんだな。あんな男にも同情して。あれ程怖い目に遭わされてきたのに」「確かにそうかもしれませんが、最初は本当に親切な人だったんですよ? 私が最初に飼っていた犬のマロンを引き取ってくれたし……」「そう言えば、ネイビーはどうしてる?」「はい、ネイビーも元気ですよ。レンちゃんがもうすこし大きくなったら一緒に遊べるといいんですけど」朱莉は後部座席に置かれたチャイルドシートでスヤスヤと眠っている蓮を見た。「朱莉さんは明日の二階堂社長と姫宮さんの結婚式に参加するんだろう?」「はい、そうです。今から楽しみです。姫宮さんはとても綺麗な女性だからウェディングドレス姿きっとお似合いだろうな……」朱莉はうっとりする。「朱莉さん……」(朱莉さんも綺麗だから、ウェディングドレス姿似合うだろうな。出来ればその隣に
last updateLast Updated : 2025-05-31
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8-10 朱莉の願い 2

「あの……そう言えば、九条さんと翔さんは……そ、その仲直り……出来たんでしょうか?」「え? な、何故朱莉さんがそのことを?」「……」しかし、朱莉はそれに答えずに膝の上で両手をギュッと握りしめた。「あの、九条さん。お願いがあります」「お願い?」「どうか翔さんと仲直りしていただけないでしょうか? お二人はずっと仲の良いお友達だったのですよね? 私は高校を中退した後はずっと働きづめで仲の良い友達っていないんです。ずっと翔さんと九条さんが羨ましいと思っていました。だからこそ、お二人には仲良くしていただきたいんです。幸い、明日は二階堂社長と姫宮さんの結婚式と言うおめでたい席なので……」「朱莉さん……」(それは朱莉さんの頼みなら聞いてやりたいけど……)思わず黙ってしまうと、朱莉が続けた。「翔さんはとても変わったんですよ? 私にもとても親切にしてくれて。この間は私は何も用意していなかったのに、結婚記念日だからと言って腕時計をプレゼントしてくれたんです。でも……」朱莉は少し悲し気に俯いた。「どうしたんだ? 朱莉さん」「翔さんがくれた腕時計、純金製で……私、金属アレルギーで折角プレゼントしてくれた腕時計、はめることが出来ないんです」「そう言えば、朱莉さんは金属アレルギーだったな。前に俺に話してくれたっけ」「はい、プレゼント……すごく嬉しかったんですけど、金属製だったので。やっぱり翔さんは私のこと全く覚えていなかったんだなって改めて思いました」「……」琢磨は朱莉の話を神妙な顔で聞いていた。(まさか本当に翔は忘れているのか? 考えにくい話だが……朱莉さんはそれとも別の誰かと勘違いしているんじゃ……?)「九条さん? どうかしましたか?」「あ、いや……何でもない。あ、そろそろホテルが見えてきた」琢磨は左斜め前方に見える巨大なホテルを見つめた。「あ。あのホテルは都内でも三ツ星に当たるホテルじゃないですか。相変わらず九条さんはスケールが大きいですねえ……」「まあな、これでも一応社長だから。と言っても雇われだけどね」そして琢磨はウインカーを左に点灯させると、そのままホテルの敷地内へ進入していった。そして正面入り口に車を停める。「朱莉さん。それじゃ俺のホテルはここだから。車返すよ。今日は迎えに来てくれてありがとう。とても嬉しかった」「はい、私も久
last updateLast Updated : 2025-05-31
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8-11 結婚式 1

 6月某日 大安吉日 午前11時——都内の一流ホテルで二階堂と姫宮の結婚式が厳かに行われている。「素敵ですねえ。姫宮さん……じゃなかった、静香さんのウェディングドレス姿」フォーマルドレスに身を包み、蓮を抱っこしながら朱莉がうっとりした目つきで見つめていた。今、二階堂夫妻はホテルの中にあるチャペルで指輪の交換をしている。目をキラキラさせながら2人の様子を見つめる朱莉の横顔を見ながら翔は思った。(やはり朱莉さんもウェディングドレスと結婚式に憧れているのだろうな。でも女性なら当然のことか)翔は自分たちの席よりも後ろに座っている琢磨、そしてまた別の席に座っている修也を見ながら思った。(あの2人もいずれ誰かと結婚をするんだろうな。だが、俺は一体どうだ? 明日香とは曖昧な関係、朱莉さんとは中途半端な結婚。こんなことになるなら契約結婚なんか考えずに最初から朱莉さんを正式な妻にしていれば本当の家族になっていたのに)だが、翔にはその言葉を口にする勇気が持てなかった。契約婚をやめて本当の夫婦になろうと言った段階で朱莉との関係が破たんしてしまうのではないかという恐怖があった。そして何故か言い知れぬ嫌な予感がしていた。(何だろう。今日はどうしようもなく嫌な胸騒ぎがする。もしかして琢磨と修也がいるからか……? せめて披露宴は席が離れていてくれればいいな)翔は披露宴が始まる今から席次表のことを考えるだけで胃がズキズキと痛くなるのを感じていた——やがて、式が終わりブーケトスの時間がやってきた。「はーい! 独身女性の皆さん! これから花嫁がブーケを投げます! 誰が受け取れるでしょうか……それでは花嫁さん、よろしくお願いします!」「誰が受け取るんでしょうね」朱莉は興味津々に我こそはブーケをと狙っている女性達から離れて、翔と一緒にその様子を見つめている。「そ、そうだね」翔は蓮を抱いてあやしながら曖昧に返事をした。本来なら朱莉だって独身のようなものだ。なのに自分と言う偽装の夫がいる為にブーケトスに参加することが出来ない。それがとても申し訳なく感じてしまった。「すまない、朱莉さん」翔は小声で朱莉に謝罪した。「え? 何を謝るのですか?」朱莉は訳が分からないとでも言わんばかりに首を傾げた。「あ、いや。何でもないよ」その時再び司会者の声がした。「さあ、花嫁がブー
last updateLast Updated : 2025-05-31
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8-12 結婚式 2

「え? え?」朱莉は驚き、キョロキョロしながら周囲を見渡した。すると壇上に立っていた姫宮と朱莉の視線が合った。姫宮はニコリと笑みを浮かべてこちらを見ている。「静香さん……」(まさか私にわざとブーケを……?)戸惑う朱莉を姫宮はじっと見つめると、心の中で語り掛けた。(朱莉さん。今度は貴女が幸せになる番よ) ブーケトスのイベントの後。二階堂夫妻は披露宴のお色直しの為に、チャペル会場を音楽に合わせて、最大な拍手に包まれながらゆっくりと退場して行った。「朱莉さん。俺達も次の会場へ移動しようか?」「ええ。そうですね」翔は近くに琢磨や修也の姿が無いか見渡したが、幸い大勢の来賓客達で会場内はごった返し、2人の姿を見つけることは無かった。「良かった……」翔は安堵の溜息を洩らした。「え? 何が良かったのですか?」「いや。何でもない。それじゃ、行こうか?」「はい」朱莉は翔に促され、2人で次の披露宴会場へと移動した——**** 披露宴会場にて——(くそ! 先輩め……一生このことは恨んでやるからな!)翔は自分と同じテーブルに座るメンバーを見て、二階堂を心底恨みたくなってしまった。(何で、何でよりにもよってこの2人と同じテーブルなんだよ!?)丸テーブルには翔の右隣に朱莉、そして朱莉の隣には修也が座っている。翔の左隣には気まずい雰囲気の琢磨が座り、残り5人のメンバーは二階堂の会社関係の人物達で、いずれも翔達とさほど年齢に差が無い。先に口を開いたのは琢磨の方だった。「翔……元気そうだな」「……まあな。そういう琢磨も元気そうだ」「ああ、お陰様でな。夏はあまり暑くないのはいいが、冬の寒さは身に染みて堪える。まだオハイオに行って半年しか経過していないが……こうして久しぶりに日本へ戻って来ると、もう出国する気が失せそうだ。それとも誰か一緒について来てくれればまたオハイオに戻ってもいいと思えるんだけどな」不敵な笑みを浮かべる琢磨。「あ、ああ。そうか……」翔は曖昧に返事をした。しかし、今の琢磨にとっては翔との会話等どうだって良かった。今琢磨の頭を占めているのは朱莉の隣に座っている修也のことだけであった。(あいつが新しい翔の秘書なのか? しかし、一体どういうことなんだ? 何故あの男と翔がよく似ているんだ!)初めてテーブル席に着いた時、琢磨は修也
last updateLast Updated : 2025-05-31
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