All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 521 - Chapter 530

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8-13 結婚式 3

「とっても可愛いお子さんですよね? 今1歳くらいですか?」修也は優し気な瞳で蓮を見つめながら訊ねてきた。「い、いえ……この子……レンちゃんは今8カ月になったところです」「ああ、そうだったんですね、すみません。赤ちゃんの年齢、僕にはぱっと見ただけでは分からなくて」修也は恥ずかしそうに笑う。「そうなんですか?」(と言うことはこの人は独身なんだ……。結婚を約束した女性はいるのかな……?)「すみませんでした。副社長の秘書になったのに、ご挨拶が遅れてしまって」頭を下げる修也を見て朱莉は尋ねた。「あ、あの……各務……さんでしたっけ? もしかして翔さんの御親戚か何かでしょうか?」「ええ、そうです。僕は副社長のいとこにあたるんです」「やっぱりそうだったんですね。どうりで翔さんに良く似てらっしゃると思いました」「そうですね。僕の父と副社長のお父様は双子の兄弟なんですよ。似てるのは当然かもしれませんね」「そうだったんですか!? 翔さんは一度もそんな話してくれたことが無かったので」朱莉は離乳食を食べ終えた蓮の口元をガーゼハンカチで拭きとってあげながら修也を見た。「……」すると、何故か修也はじっと朱莉を見つめている。「あ、あの……? どうかしましたか……?」朱莉はあまりにも修也が自分を見つめているので、顔を赤らめながら尋ねた。「いえ、とても愛情深くお子さんを育てているんだなって思って」「そ、そんなこと……ありません……」朱莉はますます頬を赤らめた。心臓はさっきよりもドキドキしている。(私ったら一体どうしちゃったんだろう。この人は翔さんとすごく良く似ているのに……どうしてこんなにドキドキしてしまうんだろう……)気付けば、朱莉は修也と見つめ合っていた。そして、そんな様子にいち早く気付いたのは翔であった。「修也!」突如、翔が名前を呼んだ。「え? な、何?」修也は驚いたように翔を見た。「あまり……人の妻をジロジロ見るのはやめてくれないか?」語気を強めて翔は修也を睨み付けた。「あ、ご、ごめん。翔。そんなつもりは無かったんだけど」修也はうろたえて謝る。「翔さん。何もそんな言い方をしなくても……」普段なら黙っている朱莉は何故か修也が責められるのが嫌で、つい口を挟んでしまった。「朱莉さんは黙っていてくれ」翔は朱莉を見もせずに答えた。
last updateLast Updated : 2025-05-31
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8-14 結婚式 4

「折角のおめでたい席なのにお騒がせして申し訳ございませんでした」「「「「「……」」」」」5人の男性達は少しの間、黙って修也を見つめていたが、やがて1人が言った。「い、いえ。こちらも盗み聞きするような真似をしてすみませんでした」それを見た他の4人の人物たちもそれぞれ謝罪の言葉を口にした。すると今度は琢磨が頭を下げてきた。「こちらこそ申し訳ございませんでした。失礼な態度を取ってしまってお詫びいたします」琢磨が頭を下げたのを見た翔も流石に黙っていられなくなった。(修也も琢磨も謝罪したって言うのに俺だけ言わないのは大人げないな……)「お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした」翔が謝ったのを皮切りに徐々にテーブルは和やかなムードになり、気が付けば彼等はビジネスの話に興じ始めていた。しかし、朱莉は彼等の話に全く付いていくことが出来なかったので蓮のおむつ替えのついでに席を立った。披露宴会場のスタッフにおむつ替えコーナーを尋ね、そこで蓮のオムツを交換して会場へ戻ろうとした時、廊下で話声が聞こえてきた。「……ごめん。翔」(え?)それは修也の声だった。慌てて蓮を抱きしめたままそっと様子を伺うと、まるで柱の陰に隠れるような形で翔と修也が立ち話をしていた。「あれ程朱莉さんには必要以上接近するなと言ってあっただろう? 覚えてなかったのか?」翔は朱莉から背を向けるような形で立っている。「勿論、覚えているよ。でも席が隣同士だったから挨拶位はしないといけないだろう?」「だが、お前は朱莉さんをずっと見つめていたじゃないか?」「別に見つめていたわけじゃないよ」「……お前。ひょとして……」翔が言いかけた時、披露宴会場からアナウンスが聞こえてきた。『そろそろ新郎新婦の御入場です。皆様、お席に戻ってお待ちください』「翔、始まるよ」「ああ、戻るか」修也に促され、翔は足早に会場へと戻って行った。そしてその後を修也が追う。「あ、私も戻らなくちゃ!」朱莉も慌てて蓮を胸に抱きかかえ、会場へと戻って行った――**** その後の披露宴はそれは素晴らしいものだった。お色直しで現れた姫宮のカラードレスは見事なものだった。ベアトップに床に広がるプリンセスラインのブルーのドレスはまるで銀河系をイメージしたかのようなドレスだった。胸もとからウェスト部分までは星屑が散り
last updateLast Updated : 2025-05-31
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8-15 結婚式 5

 豪華な食事やスピーチ、今回の披露宴の為に作成した動画などが流され、披露宴は盛大に盛り上がり、幕を閉じた。参加者たちは出口に立つ新郎新婦に挨拶をしながら式場を次々と出て行く。「やあ、皆。今日は俺と静香の結婚式に参加してくれて本当にありがとう」琢磨に笑みを浮かべる二階堂。その隣にはドレスに身を包んだ姫宮も微笑みながら会釈した。真っ白なタキシード姿に身を包んだ背の高い美形の二階堂は正にモデルのようないでたちであった。現に二階堂の姿に見惚れて、頬を赤く染めていた女性客が多数いたのも事実だった。「特に九条、オハイオからわざわざ来てくれて感謝している」二階堂は琢磨に視線を向けた。「先輩、そんなことを言ってくれるなら後1か月程日本に滞在してもいいですか? どうも向こうの水はあわなくて」「九条、来月も会社に籍を置いておきたいなら不要な発言は控えるべきだな」ニヤリと笑う二階堂。「う……!」思わず琢磨が言葉に詰まると素早く姫宮が口を挟んできた。「社長、その発言はパワハラに値しますよ? どうか不用意な発言は控えて下さい」「お、おい静香、何だよ。披露宴の場で社長だなんて。お前は俺の秘書である前に妻になったんだろう?」オロオロする二階堂を見て、翔は笑った。「ハハハ……姫宮さ……じゃなかった。静香さんらしい発言だ。先輩、せいぜい尻に敷かれて下さい」「ええ、そうさせていただきます」ニッコリ微笑む姫宮に二階堂は翔に抗議した。「おい、鳴海。余計なことを言って……後で覚えてろよ!」「本当に、先輩は妙に子供っぽい所がありますよね……」琢磨は肩をすくめると、今迄彼等の会話を黙って聞いていた修也が口を開いた。「皆さん、とっても仲が良さそうで羨ましい限りですね」「そうか? なら各務君。君も二次会へ来ないかい? 19時からこのホテルの近くのバーを貸し切りで行うんだよ。九条も鳴海も参加するし……どうかな?」二階堂の提案に姫宮も頷いた。「ええ、そうですね。是非各務さんも来てください」「ですが…」修也は躊躇していると、二階堂は今度は朱莉を見た。「え…と…朱莉さんは…」「私はレンちゃんがいますので遠慮しておきます。どうぞ皆さんで楽しんで来てください」朱莉はスリングの中で眠っている蓮の頭をそっと撫でた。「朱莉さん……」翔は朱莉に申し訳ない気持ちになってしま
last updateLast Updated : 2025-06-01
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8-16 結婚式 6

どことなく冷たい物言いをする翔のことが朱莉は少し気になった。(まただ……翔先輩は何だか各務さんに対して冷たい態度を取っているように見えるけど、どうしてなんだろう?)「それじゃ、二次会が始まるまで控室で待っていてくれ。このフロアの下にホールを貸し切っているんだ。俺達も準備が終わったらそっちへ行くから」二階堂は翔と琢磨を交互に見る。「はい、分かりました」「ええ」翔と琢磨が返事をすると、朱莉は二階堂と姫宮に祝いの言葉を述べた。「とても素敵な式でした。どうぞお幸せになって下さい」すると二階堂は笑った。「いや、お礼を言うのはこちらの方だよ。俺が静香と出会えたのはある意味朱莉さんのお陰だからね。こちらこそありがとう」「朱莉さん。本当に兄の件で、朱莉さんには沢山迷惑をかけてしまってごめんなさい。でも、もう兄は日本にはいません。だからこれからはどうかお幸せに暮らしてください」「静香さん……ありがとうございます」朱莉は深々と頭を下げた。「それではお先に失礼しますね」「僕も失礼します」修也もお辞儀をすると、二階堂が声をかけた。「そうだ、各務君。朱莉さんを途中まで送ってあげてくれないか?」「はい、分かりました。それでは一緒に参りましょうか?」修也は朱莉に笑顔で話しかけた。「は、はい。よろしくお願いします」朱莉と修也が並んで歩く後姿を翔はじっと見送っていたが……二階堂に視線を移した。「先輩……恨みますよ……」「ええ、俺も翔と同じ意見です」琢磨もジロリと二階堂を睨み付けた。「ええ!? な、何だよお前達。よりにもよってこんなめでたい席でそんな事を言うなんて……!」そんな二階堂を見ながら姫宮は溜息をつくのだった——**** 一方、朱莉は修也と並んで歩きながらホテルの出口へと向かっていると突然修也が声をかけてきた。「朱莉さん、荷物お持ちしますよ」「え? ですが……」しかし修也は右手を差し出した。「さあ、荷物貸してください」「あ、ありがとうございます」朱莉は恥ずかしそうに修也に蓮の荷物が入ったままバッグを手渡した。「ほら、結構重いじゃないですか。赤ちゃんを抱っこしているのにいつもこんなに重い荷物を持ち歩いているんですか?」「い、いえ。いつもはこんなに沢山荷物を入れてこないのですけど今日は朝から結婚式があったじゃないですか。なので
last updateLast Updated : 2025-06-01
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8-17 芽生えたもう一つの嫉妬心 1

 翔達は二次会の会場が開かれるまでの間、ホテル側から借りた控室に集められていた。「……」翔は長テーブルの前に座り、右手で頬杖を突きながら、左手の人差し指をずっとトントンとテーブルを叩きながら足を組んでいた。「おい、やめろ。翔、さっきからその恰好、こっちの気が散ってしょうがない。お前イライラするとその癖が出るのは昔から変わらないな」翔の隣に座った琢磨がコーヒーを飲みながら文句を言う。「そういうお前は、どうなんだ? さっきから何度も腕時計を見てはため息ばかりついてるじゃないか。大体この会場へ入ってからお前、どの位コーヒーをお代わりしているのか分かっているのか?」翔は琢磨を見た。「え?」言われて琢磨は初めて気が付いた。琢磨のテーブルの上には空になった紙コップが5個以上並べられている。「……」琢磨は無言で並べられた空の紙コップを重ねると、近くにあったダストボックスに投げ捨て、再び席に座ると深いため息をついた。「おい、翔……」「何だよ……」「お前、気にならないのか?」「何が?」翔と琢磨はお互い、視線を合わさず正面を向いたまま話を続ける。琢磨は翔の気の無い返事に失望し、それ以上口を開くのをやめた。「「……」」少しの間気まずい沈黙が流れたが、ついに我慢できず翔は舌打ちした。「くそっ……! 二階堂先輩め……余計なことを…」その台詞を琢磨は聞き逃さなかった。「何だ、翔。やっぱりお前、気になっていたんじゃないか?」「何のことだ?」ギロリと睨み付けると、琢磨も真正面からその視線を受け止めた。「朱莉さんがお前の秘書と一緒にホテルを出たのが気に入らないんだろう?」翔はその言葉にピクリとなった。「どうだ? 図星だろう?」「そう言う琢磨……。お前だってどうなんだ? 朱莉さんが修也と一緒に帰る後姿を恨めしそうに眺めていたのを俺が気付いていないとでも思ったのか?」翔の何処か喧嘩腰の口調に琢磨はカチンときた。「う、うるさい! 大体、翔……お前よくも今迄俺や明日香ちゃんをずっと騙してきたな?」「騙してきたなんて人聞きの悪いこと言うな。大体何故今迄俺が教えるまで気付かなかったんだよ」「あのなあ……あんなにそっくりなら分かるはず無いだろう? 大体お前とあの各務って男は背格好はほとんど変わりないし、声だって似てるじゃないか。今迄何回位入れ替わってき
last updateLast Updated : 2025-06-01
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8-18 芽生えたもう一つの嫉妬心 2

「翔……お前……」琢磨は一瞬呆れ顔になり、尋ねた。「お前吹奏楽部にいただろう? 何の楽器を担当していたっけ?」「何だよ、さっきから昔の話ばかり持ちだして……ホルンだよ」「ホルン……うん。そうだったよな」琢磨は口の中で小さく呟いた。「それがどうしたんだ?」「各務もホルンを吹けたのか?」「ああ、吹けた。しかも悔しいことに俺よりも上手だったな」翔の言葉に琢磨は息を飲んだ。「まさか……」「ん? どうしたんだ琢磨」翔が不思議そうな顔で琢磨を見た。しかし、琢磨はそんな翔の態度が気に入らなかった。(くそ……! 翔の奴め……元はと言えばこいつが全ての元凶だって言うのにお前なんかに誰が教えてやるものか! 大体俺が二階堂先輩からオハイオに行かされたのだって元をただせば全て翔が原因だ。俺も、航も、そして京極だって朱莉さんから離れなければいけなかったのに、翔。お前だけは未だに側にいられて……)琢磨はちっとも気付いていなかったが、険しい顔で翔を睨み付けていた。「な、何だよ。言いたいことがあるなら睨んでいないではっきり言ったらどうだ?」「別に!」そっぽを向くと、琢磨は本日7杯目のコーヒーに手を伸ばし……翔に尋ねた。どうしても確認しておきたい事があったからだ。「翔……お前、朱莉さんが金属アレルギーを持っているってこと知ってるか?」「え? 金属アレルギー? い、いや。知らなかった……」「本当に知らなかったのか? 忘れていたとかじゃなく?」「当然だろう? そうか……だからか……」翔はポツリと言った。「何だ? 何かあったのか?」コーヒーを飲みながら琢磨は尋ねた。「実は先月2人の結婚記念日に腕時計を朱莉さんにプレゼントしたんだが……」「ああ、知ってるよ」琢磨はぶっきらぼうに言うと、今度は翔が詰め寄ってきた。「何だって? 何故お前が朱莉さんに決記念日の腕時計をプレゼントしたこと知ってるんだよ!?」「朱莉さんから直接聞いたからだよ」「聞いた……? 一体いつだ!?」翔は琢磨の胸倉を掴んだ。「落ち着けって! 場所を弁えろよ!」翔は慌てて手を離すと再度尋ねてきた。「いつ聞いたんだよ」「俺が東京に着いた日だよ。事前にいつの便で帰国するか知らせておいたら、朱莉さんが当日車で飛行場迄迎えに来てくれていたのさ」「え? そ、そうだったのか……?」翔
last updateLast Updated : 2025-06-01
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8-19 労いの言葉 1

 朱莉は今、修也と一緒に二階堂夫婦の結婚式が行われたホテルの1Fにあるカフェにいた。蓮は朱莉が持参したベビーカーの上でぐっすり眠っている。辺りを見渡すと、カフェには他にも披露宴会場で見かけた人々が何人も来店していた。一番奥のテーブル席に朱莉と修也は向かい合わせに座ると、修也は立てかけてあったメニュー表に手を伸ばし、中を開いた。「朱莉さんは何を飲みますか?」ニコニコと笑みを浮かべながら修也は朱莉にメニュー表を差し出してきた。様々な種類のコーヒーがあったが、朱莉は無難なものを注文することにした。「そうですね。ではカフェ・ラテにします」朱莉はメニュー表を修也に渡した。「それじゃ、僕はカフェ・モカにします。あ、すみません、注文よろしいですか?」そこへ丁度近くにいた女性店員を修也は手を挙げて呼ぶと、2人分の飲み物を注文した。「すみません。カフェ・ラテとカフェ・モカをお願いします」「はい、かしこまりました」女性店員が頭を下げて立ち去ると、早速修也は朱莉に話しかけてきた。「どうですか? 翔とはうまくやっていけていますか?」「え、ええ……そうですね。翔さんは育児にも積極的に協力してくれていますよ」朱莉は質問に答えながら思った。(各務さんは私と翔先輩が契約結婚の関係っていうことは知ってるのかな?)だけど、自分からは契約婚のことを言い出せなかった。「そうですか。翔は子供が好きだったんですね。でもそれは良かった、安心しましたよ。ああ見えて翔は意外と子煩悩だったのか……何か意外でしたよ」そして優し気な瞳でべビーカーで眠っている蓮をじっと見つめた。「あの……翔さんの秘書をするまでは何をされていたんですか?」「鳴海グループの色々な企業で働いてきましたよ。会長に多岐に渡って仕事が出来るように覚えろって言われて海外支社で働いていたこともありましたし。でも流石に秘書の話が来たときは驚きましたけどね。会長直々に指名してきたのですけど翔に受け入れて貰えて安心しました」「え? 受け入れて貰えて……って?」「実は過去にちょっとしたトラブルがあって高校を卒業してからはずっと疎遠になっていたんですよ。翔と再会したのは実に10年ぶりで……」何故か言葉を濁しながら修也は語るので、朱莉はそれ以上尋ねることはしなかった。(誰にだって、言いにくい話はあるものね。翔先輩も
last updateLast Updated : 2025-06-01
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8-20 労いの言葉 2

「各務……さん……?」その時――「ウーン……」ベビーカーの中で眠っていた蓮がうなり、ぱちりと目を開けた。「あ……レンちゃん。目が覚めたのね?」すると蓮は朱莉に手を差し伸べると声を上げた。「ダッ、ダッ」「レンちゃん。抱っこなの?」朱莉が話しかけると、蓮は大きく頷く。「フフ……おいで、レンちゃん」朱莉はベビーカーから蓮を抱き上げると、嬉しそうに蓮は笑みを浮かべた。「すごい……蓮君が何を言ってるか朱莉さんには分かるんですね」感心する修也。「ええ、大体は分かりますね。それで……各務さん……」朱莉が言いよどむが、修也はすぐに気づいた。「そうですね、蓮君も目を覚ましたことだしそろそろ帰りましょうか? このホテルの前にタクシー乗り場があるんですよ。荷物もあることですし、僕が案内しますよ」修也は立ち上がった。「よろしくお願いします」「会計してきますね。朱莉さんは後からゆっくり来てください」「あ、では私の分を……」すると修也は言った。「僕に奢らせて下さい。朱莉さんにコーヒー代支払わせたことが後で翔にばれると、ただでは済まないかもしれないので」大げさに言う修也の言葉に朱莉は甘えることにした。修也はレジでカード払いを済ませ、朱莉がやって来るのを待ってくれていた。「お待たせいたしました。各務さん」スリングに蓮を入れて抱きかかえた朱莉が修也の元へやって来た。「それじゃ、行きましょうか?」「はい」そして2人は並んで歩き、タクシー乗り場を目指した――****「各務さん。本日はありがとうございました」先にタクシーに乗り込んだ朱莉は修也を見上げた。「いえ、こちらこそお陰様で楽しい時間を過ごすことが出来ました。さあ、もう行って下さい。蓮ちゃんを休ませてあげないといけないでしょうから」「はい、お気遣いありがとうございます」朱莉が運転手に行先を告げるとタクシーのドアが閉められた。タクシーの車内で朱莉が頭を下げると、修也は手を振ってくれた。そしてオレンジ色にそまる夕日に向かってタクシーはゆっくりと動き始め、すぐにスピードを上げ、あっという間に小さくなって行く。朱莉を乗せたタクシーが完全に見えなくなるまで、修也はその様子を黙って見送っていた——**** その頃――翔と琢磨は二次会会場に来ていた。会場は大勢の若者であふれ、誰もが楽し
last updateLast Updated : 2025-06-01
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8-21 前後不覚 1

——その頃 二次会に参加した若い3人組の女性たちがテーブルの上に突っ伏して眠ってしまった九条を見つめ、コソコソと囁いていた。「ねえねえ、あそこに座っていた男の人……1人いなくなったわよ」「あ~ん残念。2人共身なりはいいし、イケメンだったから目の保養になっていたのに……」「あれで険悪な雰囲気じゃなかったら声をかけに行けたのにね~」すると、中でも一番派手な化粧にワンピースを着た髪の長い女が大胆な言葉を口にした。「私……あの眠ってる男性の処へ声をかけに行ってくるわ」すると栗毛色の天然パーマの女性がからかうように言う。「出た! 肉食女、美和!」「ま~た、男をあさりに行くのね……」真っ赤なルージュにボブヘアの女性がカクテルを飲み干した。「あら、別にいいでしょう? だってあそこで2人きりで飲んでいたってことは、恋人がいない可能性だってあるわけじゃない?」美和は長い髪を手ですくう。「でも、完全に眠ってるようだけど?」「でも声をかければ目を覚ますかもよ?」友人たちの言葉はお構いなしに美和は席を立った。「まあ、とりあえず行って来るわ。うまくいけば今夜は楽しめるかもしれないし」「はいはい、行ってらっしゃい。それじゃ私たちは適当なところで帰るからね~」「頑張ってね~」友人たちはクスクス笑いながら美和を見送った——**** それから約1時間後——翔は二階堂と共に琢磨がいるテーブルに戻って来た。「あれ……? いないな?」翔はキョロキョロ辺りを見渡した。「妙だな……。九条の奴、あんな状態で1人で先に帰ったのか?」二階堂も不思議そうに周辺を見渡すも、琢磨の姿は何所にも見当たらない。「全く先に帰るなら帰るって声をかけて行けばいいものを……」翔はブツブツ言いながら琢磨の飲み残したグラスを片付けた。「その通りだ。半年ぶりにあったから俺の部屋で3人で飲みなおそうかと思っていたのに……あてが外れたな。どうする? 鳴海」「先輩、明日はハネムーンですよね? 3人で飲みなおすつもりだったなんて話、静香さんが聞いたら怒りそうですよ?」「ああ……それなんだがな、静香の奴、女友達と一緒にカラオケをしに行ってしまったんだよ。明日の朝ホテルに帰るわね……って言い残してな」フッと寂しげな笑みを浮かべる二階堂。「先輩……早速尻に敷かれているようですね」「う
last updateLast Updated : 2025-06-01
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8-22 前後不覚 2

 翌朝――目が覚めた琢磨はすっかりパニックを起こしていた。見知らぬ部屋で、自分は何も服を着ていない状態でベッドの中。そして隣には見知らぬ髪の長い女がこれまた裸で隣で眠っている。(こ、これは……この状況は……どう考えても……)琢磨は頭を抱えてしまった。昨夜、二次会の会場で翔と2人でウィスキーを飲んでいた処までは覚えている。問題なのはその後だ。(何だ? 一体あの後俺の身に何が起こった? 大体隣で眠っているこの派手な女は誰なんだ……?)思い出そうとしても何一つ記憶が無い。ただ、分かることは今非常に自分がまずい立場にあることだ。(昨夜……何があったかなんて……もう一目瞭然だ。くそっ……!)琢磨は髪を掻きむしると、相手の女の様子を伺った。派手な化粧にきつい香水の匂い……。何から何まで普段の自分なら絶対に相手にしないタイプの女だ。(起きる気配はなさそうだな……)こうなると琢磨の取る行動は一つしかない。身体には女の香水の匂いが染みついて不快でしょうがないが、仮にシャワーを浴びている時に目を覚まされたら厄介なのは火を見るより明らかだ。(逃げるしかない……!)琢磨はそっとベッドから抜け出すと、床に落ちていた自分の服をかき集め、部屋の隅で音を立てないように着替え始めた。途中何度か女が寝返りを打つたびに、琢磨の心臓は止まりそうなほど跳ね上がったが、何とか服を着ることが出来た。そして素早く辺りを見渡し、自分の持ち物が残されていないか見渡すと、念の為にホテル代として2万円をテーブルの上に置いた。(これではまるで金で女を買ったように思われるかもしれないが……断じてそんなつもりはないからな! これは……あくまでホテル代だ!)誰に言い訳するでもなく1人納得すると、逃げるように部屋を飛び出した。ホテルの外に出たところで、ようやく安堵のため息をついた。場所を確認しようと改めてホテルを見上げて驚いた。「な、何てことだ……。お、俺が宿泊してるホテルじゃないか……」しかし、あの部屋は琢磨が宿泊していた部屋では無い。だが……。(じょ、冗談じゃない! さっさとチェックアウトしないとあの女と鉢合わせしてしまうかもしれない!)そこで慌てて琢磨はホテルに引き返した。自分の部屋へ戻って荷物を持つと急いでフロントへ行き、チェックアウトを済ませて再び逃げるようにホテルを飛び出したの
last updateLast Updated : 2025-06-01
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