All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 571 - Chapter 580

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1-13 初デート、そして再会 1

「デート……ですか?」朱莉は修也を見上げた。「はい。僕も蓮君との用事が無くなって暇になってしまったので。もし朱莉さんさえよければ、2人でどこかへ出かけたいなと思って」修也は笑みを浮かべている。「あ、ありがとうございます……。とりあえず上がって下さい。今コーヒーを淹れますね」「コーヒーですか? 嬉しいな。朱莉さんの家のコーヒーはとてもおいしいから僕は好きなんですよ」好きという言葉に思わず、赤面してしまう。朱莉は修也を前にすると意識してしまう。お湯を沸かす準備を終えると、ダイニングテーブルの椅子に座っている修也に声をかけた。「あの、それでは着替えをしてくるのでお湯が沸いたらこちらのポットに入れておいていただけますか?」「ああ、これだね? いいよ」ダイニングテーブルの上のポットに気づいた修也が返事をする。「すみません。各務さん。それでは5分ほどで着替えてきますので」朱莉は頭を下げると自室へと入って行った。白いブラウスに淡いパステルピンクの幅広のワイドパンツにクリーム色のニットのカーディガンを羽織り、朱莉はリビングへ戻った。するとちょうどお湯が沸いたのか、修也がやかんのお湯をポットに入れているところだった。「ありがとうございます、各務さん」朱莉が礼を言うと、修也が朱莉を見て目を細めた。「朱莉さん、よく似合っているね。うん、とても可愛いよ」思わずその言葉に朱莉は赤面する。「あ、あの各務さん。私はもう可愛いと言われるような年齢では……」真っ赤になりながら言うも、修也は首を傾げた。「どうして? 年齢なんか関係ないし、大体朱莉さんの方が僕よりも若いんだから」「あ、ありがとうございます……。あの、すぐにコーヒー淹れますね」朱莉は食器棚から2人分のコーヒーを淹れた。途端に部屋の中に良い香りが漂う。「うん……本当に良い香りだね。オフィスにもコーヒーマシンがあるんだけど、何故かな? 朱莉さんの家のコーヒーの方が香りも味もおいしく感じるよ」「そ、そうですか? そんな大したものでは……このコーヒーバックも通販で購入したものですし」「そっか……やっぱり誰かと一緒に飲むからおいしく感じるのかな?」修也は笑顔で言うとコーヒーを飲んだ。「あの……各務さんは結局秘書はおかれないんですか?」朱莉は修也の向かい側に座ると尋ねた。「うん。僕は翔がカルフ
last updateLast Updated : 2025-06-09
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1-14 初デート、そして再会 2

「い、いえ。そんなこと気にしないで下さい」謝る修也を前に、朱莉は慌ててコーヒーを飲んだ。「ありがとう、朱莉さん。それでどこか行きたい場所とかある? でも15時からはお母さんの面会に行くからあまり遠くへは行けないよね」「そうですね……。でもお子供向けのイベントとかは、何がやってるかは知っているんですけど……いざ、自分のこととなるとさっぱりで……」「朱莉さんは本当に蓮君が一番なんですね。自分のことよりも。蓮君はとても良いお母さんに出会えて幸せですね」じっと朱莉を見つめながら言う修也の言葉は朱莉の心を揺さぶった。(蓮ちゃんは……私にとって、一番大切なかけがえのない存在。だけど私は蓮ちゃんの本当のお母さんではないし、翔先輩が帰ってくればこの契約婚も終わりで蓮ちゃんを手放さくてはならない……)すると、修也の顔に戸惑いの色が浮かんだ。「え? 朱莉さん……どうして泣いているの? ひょっとすると朱莉さんを傷付けることを言ってしまったかな……?」「え……?」朱莉は目に涙が浮かんでいることに気が付き、慌ててゴシゴシ目元をこすった。「駄目ですね、私って……最近……涙腺が緩くなってしまったみたいで……」「朱莉さん……」修也は朱莉が落ち着くのを待つと、再び声をかけた。「そうだ、朱莉さん。もしよければ一緒に映画でも観に行かない?」「映画ですか?」「そう、何か観たい映画とかはある?」「それが子供向けのアニメ映画なら上映しているのは知っているのですけど……いざ自分が観るとなると、何を上映しているのかも分かりません……」朱莉その時思った。今の自分の生活の中で、蓮との暮らしがどれほど比重を占めていたかということに。「そうか。それじゃ、今どんな映画があるか2人で調べてみようよ」修也はスマホを取り出した。「ええ。そうですね」そして2人は互いに上映中の映画を調べ、洋画のファンタジー映画を観に行く事にした。SFXを駆使した最近話題になっている映画である。「今から行けば、次の上映に間に合うから先に座席とチケットを押さえておこうか。朱莉さん、座席は中央列の通路側でもいいかな?」「はい、私はどこでも構いません」すると修也は慣れた手つきで、あっという間に座席とチケットを購入してしまった。その様子を見て朱莉は尋ねた。「あの……もしかすると各務さんはよく映画を観に行か
last updateLast Updated : 2025-06-09
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1-15 前田美由紀 1

 倦怠期――交際4年目、いま正に美由紀と航の関係は倦怠期を迎えている状況になっていた。「ねえ、航君」ラーメンを食べながら美由紀は航に話しかけた。相変わらず2人のデート時の食事はラーメン屋と決まっていた。カウンター席に並んで座り、とっくにラーメンを食べ終えた航はまだ食べている美由紀の隣でスマホゲームに夢中になっている。先程から何度も呼んでいるのに、航の返事はああとか、うん、ばかりであった。(もう! さっきからずっと呼んでいるのに!)すっかりむくれた美由紀は普段は飲み干さない豚骨スープをれんげを使わずに、両手でどんぶりを持ち上げ、一気に飲み終えてわざと乱暴にどんぶりを置いた。ドンッ!その音にようやく気付いたのか、航が振り向いた。「ん? 美由紀、食べ終わったのか?」「うん。お・わ・り・ました!」そしてツンとそっぽを向く。(全く……今日は金曜日なんだから、こんな日くらいラーメン屋さんじゃなくて、バーとかせめて居酒屋位は行きたかったのに……)ラーメン屋でもビールやチューハイくらいは飲める。けれどもそこまでして美由紀はお酒が飲みたいわけではない。ただ金曜の夜位、もう少しムーディーな夜を過ごしたかったのだ。 美由紀が勤めていたのは京極正人が経営していたリベラルテクノロジーコーポレーションだった。京極の突然の辞任により、会社は無くなってしまった。しかし何故かその直後に、今度は二階堂明の会社『ラージウェアハウス』に吸収された。気づけば美由紀はそこの会社の商品管理部の部署で日々、忙しく働いていたのだ。仕事は目が回るほど忙しいし、顧客や取引先との電話はひっきりなしにかかってくるしで、ストレスはたまりっぱなしである。一時は本気で転職を考えたりしたものだが、友達や親などから猛反対されたのだ。周囲の意見曰く、そんなに大手の企業に勤められているのだから、むしろ働かせてもらえることを感謝しろとまで言われるほどであった。(あ~あ……いっそ、寿退社でも出来たらなあ……)しかし、美由紀はまだ25歳だし、航も26歳。結婚している友達が周囲にちらほらといないわけでは無いが、それでも独身の友達が大半を占めている。何よりも肝心の航が全く結婚の意思がないということが、美由紀にひしひしと伝わってくるのが乙女心としては辛いばかりだ。(全く……航君てば、何考えているんだろう
last updateLast Updated : 2025-06-10
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1-16 前田美由紀 2

「おい、さっきからどうしたんだよ」駅に行く近道の公園をさっさと先に歩いていく美由紀に航は後ろから声をかけた。「べっつに! どうせ今夜も駅までしか送れないって言うんでしょう?」美由紀は振り向きもせずに言う。「ああ。悪いな」「ほら、また! 心のこもっていない『悪い』だ!」美由紀は立ち止まり、くるりと航の方を振り向いた。「何だよ……それじゃ、どうすればいいんだよ」航は溜息をついた。「なら……キスしてよ」「はあ?」「だ・か・ら・今、ここでキスしてよ! それで許してあげる!」美由紀は腕組みをするとフンとそっぽを向いた。(どうせいつもみたいに、ここは外だからこんなところで出来るかっとでも言うんでしょう?)しかし、航は予想外の発言をした。「分かったよ」「え?」「今、ここで美由紀にキスすればいいんだろう?」そして美由紀が戸惑っていると、航はずんずん近付いて行き、美由紀の顎をつまみ、上を向かせると唇を重ねてきた。(航君……)美由紀は目を閉じ、航の首に腕を回した途端……航は美由紀から顔を離すとボソリと言った。「……やっぱ、ラーメン食べた後に……これはないな?」そしてニヤリと笑う。「……!」途端に美由紀の顔は真っ赤に染まる。「も……もう! 馬鹿! 最っ低!」「おわあ! ば、ばか! 美由紀! カバン振り回すなって! あ、危ないだろう!?」「うるさーい! 航の馬鹿ぁっ!!」夜の公園に美由紀の声が響き渡ったーー**** そして日曜日――航は美由紀と六本木に映画を観に来ていた。徹夜明けで眠い航。アパートに戻って眠りたいところだが、最近美由紀の機嫌が非常に悪い。いつも会うたび、ピリピリしているし、ため息も多くつくようになった。正直に言うと、今は一緒にいると疲れる。なので航としては1週間のうち、会う回数をせめて週に2回ほどにしてもらいたいのだが、美由紀がそれを許してくれない。恋人同士は毎日会ってもいいくらいなのだと言って今は週に4回も会っている。しかしこれだけ頻繁に会っていれば会話だって無くなってくるし、友達付き合いも減ってしまう。そんな時、思い出されるのが朱莉のことだった。朱莉は航にとって特別な存在だった。美しく控えめで、気配りの上手な女性だった。まさに航の理想を詰め込んだかのような存在と言えた。だからこそ朱莉と全く会わな
last updateLast Updated : 2025-06-10
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1-17 消えた美由紀 1

「朱莉……朱莉……!」航はここが映画館の人混みの中だということすら忘れて、朱莉の名前を呼びながら胸に埋め込まんばかりに強く強く抱きしめる。「わ、航君……お、落ち着いて……苦しいから……。は、離してくれる?」一方の朱莉は航に偶然会ったことの驚きよりも、あまりにも強い抱擁で息がつまりそうだった。何とか航の名を呼び、落ち着かせようとしたが、航はまるで子供の様に首を振って離そうとしない。「君、いい加減にこの人を離してくれないかな? すごく苦しがっているじゃないか」ついに見兼ねた修也が航の肩に手を置いた。「なんだ? お前、邪魔する……え?」航は修也を見て驚いて朱莉を離した。するとその隙に修也は朱莉の肩を掴んで自分の方に引き寄せると、航と対峙した。「お、お前……まさか鳴海翔か!?」航は修也を指さした。「え? きみは翔を知っているのかい?」修也の言葉に航は気が付いた。「……お前鳴海翔じゃないな……? 誰だ? い、いや! そんなことよりも……朱莉……」航は朱莉を切なげな瞳で見つめた。「航君……」朱莉も航を見つめた。いつの間にかあれ程混雑していた映画館の中は今は人がほとんどいなくなっている。「朱莉さん。彼とは知り合いなの?」修也は朱莉を自分の腕の中に囲い込みながら尋ねた。まるで航から朱莉を守るように。「え、ええ。そうです」朱莉と修也の会話を聞いた航は声を荒げた。「おい! お前は朱莉の何だ? さては鳴海翔の回し者か? その手を離せよ!」「悪いけどそうはいかないよ。だって君はさっき朱莉さんに随分乱暴なことをしたじゃないか」「! あ、あれは……つい、久しぶりに朱莉に会えたのが嬉しくて思わず感極まってあんな真似を……ごめん。朱莉……苦しかったか? 悪気は無かったんだ……」航の顔は今にも泣きそうになっている。「航君……」朱莉は航を見つめ、次に修也に声をかけた。「あの、各務さん。航君は……大丈夫ですから離していただけますか?」「う、うん……。分かったよ」修也は頷くと、素直に朱莉の体から自分の手を離した。朱莉は航に近づき、目の前で立ち止まった。「航君、4年ぶり……かな? 元気にしてた?」そして笑みを浮かべる。「朱莉……」(そうだ……俺はずっと……朱莉に会いたかったんだ。もう一度、声を聞きたいと願っていたんだ……!)「まさか、こんな
last updateLast Updated : 2025-06-10
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1-18 消えた美由紀 2

「航君…連絡取れなかったんだね?」「ああ……。どこへ行ったんだか……」再びため息をつくと、航は修也を見た。「ところであんた、一体誰なんだ? あの鳴海翔に随分似ているみたいだが?」「航君。この人は……」朱莉が紹介しようとすると、修也は言った。「いいよ、朱莉さん。自分で言うから」修也は朱莉に声をけると、改めて航に向き直った。「初めまして。僕は各務修也と言います。君の言っている翔とは、いとこ同士で今は仕事でカルフォルニアに行っている翔の代わりに副社長代理を務めています。どうぞよろしく」そして口元に笑みを浮かべた。「へえ~各務さんっていうのか……。あんたは鳴海翔と違って、随分良識がありそうだな。俺は安西航。朱莉の知り合いだ。よろしく」苦笑する修也。「どうやら安西君は……翔のことをあまりよく思っていないみたいだね?」「当然だ。何故ならあいつは朱莉を……」そこまで言いかけて航は口を閉ざした。(そう言えば契約婚の話は内緒にしておかなければならなかったんだよな)すると修也は笑顔を見せた。「もしかして契約婚の話かな? でもその話なら僕はもう知っているから気にする必要はないよ?」「え? そうなのか? 朱莉」「うん、そうなの。でも、それより航君。まだ彼女から連絡は来ないの?」朱莉は尋ねるも、航の携帯には着信が入っていない。「まだ……連絡は来ていない……くそ!」航は髪をかき上げながらスマホを見つめた。「安西君。彼女は一人暮らしなのかい?」修也が航に尋ねてきた。「ああ。一人暮らしだけど?」「もしかすると先に帰ってしまったんじゃないかな?」修也の言葉に航は首を振った。「いや、まさか。だって俺達は2人で一緒に映画を見に来たのに、先に帰るなんて……。まだ昼飯も食べていないのに」「もしかすると、さっきの安西君と朱莉さんを見てしまって……ショックを受けて先に帰ってしまったってことは考えられないかな?」「え……?」朱莉は驚いたように航を見た。「まさか…」航は呟いた。だが……可能性は大いにある。「俺……行かないと……」美由紀の悲し気な顔が脳裏をよぎる。「うん、そうだね」航は朱莉を見た。「朱莉、まだ…連絡先、変わっていないのか?」「連絡先? うん、変わっていないよ。あ、でもね、引っ越しはしたのよ? 同じ六本木だけど」「そっか…
last updateLast Updated : 2025-06-10
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1-19 美由紀と朱莉と修也 1

(噓でしょう? 航君……)美由紀は目の前の光景を信じられない思いで見つめていた――**** 今日2人で一緒にやってきた映画館。以前から美由紀が観たがっていた映画だった。航は徹夜明けで疲れているにも関わらず、以前から約束して映画を観に行く約束を守ってくれた。けれど、よほど疲れていたのか、上映中もうつらうつらしていた。(航君……。私に無理に合わせて今日は来てくれたんだね)大音量の響き渡る映画館の中でウトウトしている航を見て、美由紀の顔に思わず笑みが浮かぶ。(やっぱり航君は優しいな。私の為に疲れていてもちゃんと約束守ってくれるんだもの。これってやっぱり愛されているって思ってもいいんだよね?)映画が終わったら、今度は航の好きなことをさせてあげよう。思い切り甘やかせてあげようと思った。なのに――  2人で観た映画は公開が始まったばかりの人気作品だった。観客席もほぼ満席で、上映が終われば、当然のごとく館内は人混みで溢れかえっていた。そして気づけば一緒に歩いていたはずの航を美由紀は見失ってしまっていた。(え……? やだ……航君何処行っちゃったのよ……)美由紀は人混みに押されながら、キョロキョロと周囲を見渡し、数人を挟んだ前方に航の後ろ姿が見えた。「あ、航く……」呼びかけた時、美由紀は驚愕で目を見開いた。何故なら前を向いていたはずの航が急に振り返ると、真後ろにいた女性をいきなり強く抱きしめてきたのだ。左手を女性の頭に添え、右手でまるでかき抱くように強く抱きしめている姿。そして航は女性の髪に自分の顔をうずめている。美由紀はあんな風に情熱的に航に抱きしめられたことは今までに一度もなかった。しかも、相手の女性には連れの男性がいたようで、困り切った顔をしていた。周囲ではヒソヒソざわめき声が聞こえてくる。「うわ……こんなところでよくやるな……」「あの男の人、なんか格好いいね?」「あの相手の女……男連れじゃないの?」等々……それらのざわめき声は全て雑音となって美由紀の耳に伝わってくる。(な……何やってるのよ……航君……)美由紀は頭がズキズキと痛くなってきた。これと同じような情景を数年前も一度見たことがある。そう、あれは初めて美由紀が勇気を振り絞って航を誘ったクリスマスイベントのショー会場だった。あの時も航は女性をあんな風に情熱的に抱きしめ、そし
last updateLast Updated : 2025-06-10
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1-20 美由紀と朱莉と修也 2

「航君……」 美由紀は映画館の近くにあるオープンカフェにぼんやり座っていた。テーブルの上には手つかずのコーヒーが置かれている。航からは一度だけ着信があったが、とても出る気にはなれなかったし、掛け直す気にもなれなかった。美由紀は映画館を出入りする人達に目を向けた。友達連れやファミリー連れもあったが、一番多く目立ったのはやはりカップル同士だった。みんな幸せそうに寄り添って映画館の中に吸い込まれてゆく。(私だって……映画を観終わるまでは……とても幸せな気持ちだったのに……)その時、美由紀は偶然見た。映画館の中から出てゆく美男美女。カップル同士にしては少し距離があるように見えるその2人……男性の方を見てアッと思った。その男性は鳴海グループの副社長で、先程航が抱きしめていた女性と一緒にいた男性だった。「……ッ!」気が付けば美由紀は立ち上がり、2人の後を追いかけ、声をかけた。「あ! あの! すみませんっ!」「「え?」」2人は同時に振り向いた。男性の方はやはり鳴海グループの現副社長である。そして女性の方は……。(誰……? すごく綺麗な人……でも何処かで会ったことがあるような……?)美由紀は必死で記憶の糸を手繰り寄せた。すると修也が朱莉に尋ねた。「朱莉さん、知り合い?」「いいえ。知らない方です。あ、あの……どちら様でしょう? 何か御用でしょうか?」朱莉は首を傾げて美由紀を見つめる。「え……? 朱莉……?」美由紀はその名前に聞き覚えがあった――**** それは2人が交際して初めて関係を持った夜のことだった。美由紀は幸せな気持ちで隣で寝息を立てて眠っている航の寝顔を見つめていた。(フフ……私、ついに航くんと本当の恋人同士になれたんだ……)美由紀は眠っている航にすり寄ると、寝ぼけているのか航は美由紀を抱き寄せてきた。そのとき航は呟いたのだ。「朱莉……」と――あの時、美由紀は確かにショックを受けた。どうせ過去の話。今、航の彼女は自分なのだからと無理に気持ちを納得させた。けれど度々航は寝言で朱莉の名前を呟き……そのたびに美由紀は寂しい思いをしてきた。(この人なの? 航君が寝言で呟いていたのは……)美由紀は足を震わせながら朱莉をじっと見つめる。 一方の修也と朱莉は困り果てていた。呼び止められて振り向いたものの、全く見覚えがない
last updateLast Updated : 2025-06-10
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1-21 別れの予感 1

 朱莉と修也はカフェレストランで向かい合わせに座っていた。「朱莉さん、大丈夫ですか? 折角のオムライスが冷めてしまいますよ?」「え? あ! す、すいません」修也に指摘され、朱莉は自分が出来立てのオムライスを前にぼ~っとしていたことに気付いて頬を染めた。「ひょっとして先程の2人が気になるんですか?」修也はオムライスを口に運びながら尋ねた。「はい。すみません……」「別に謝る必要は無いですよ? 朱莉さんは別に何も悪いことはしていないのですから」「ですが……何だか責任を感じてしまって……」朱莉は項垂れた。「とりあえず元気を出して食べましょう。午後はお母さんの面会に行くんですよね? 僕もご一緒させて下さい」「ですけど、やはり……各務さんに面会に来ていただくなんて申し訳ないです」「いえ、いいんです。それにあながち朱莉さんのお母さんとは全く関わりが無かったわけじゃありませんから」修也は何故か意味深な言い方をした。「え? それはどういう意味ですか?」朱莉は首を傾げて尋ねたが、修也は曖昧に笑うだけだった。その笑みが表す意味を朱莉は知る由も無かった――**** その頃―― 航は美由紀の住む賃貸マンションに来ていた。先程からインターホンを押しても何の応答も無い。スマホに電話を入れても繋がらないし、メッセージを入れても既読にすらならない。「美由紀……何所に行ったんだよ。何で連絡が取れないんだよ……」航はため息をついて、ズルズルと美由紀の玄関の前に座り込み、ため息をついた。するとその時、航のスマホに着信が入った。「美由紀か!?」慌ててスマホを上着のポケットから取り出すと相手は父親からであった。「チッ! 何だよ。こんな時に……」思わず舌打ちをすると航はスマホをタップした。「はい、もしもし」『航、今何所にいるんだ?』「何所って……」『もしかすると彼女の家か?』「ああ、まあな」『そうか。だが、夜には帰るんだろう?』「あ、あたりまえじゃないかっ! 何言ってるんだよ!」『そうか、ならいい。実は今夜23時に仕事が入ったんだ。張り込みの仕事だ。やれるな?』「ああ、勿論大丈夫だ」『そうか、詳細はお前が帰宅してから話す。それじゃ、邪魔したな』「な……な、何おかしなこと言ってるんだよっ! 分かった、今から帰るから仕事の話を聞かせてもらう
last updateLast Updated : 2025-06-11
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1-22 別れの予感 2

美由紀の誘いを断れず、航は部屋の玄関に入った。「ねえ。上がらないの?」玄関で立っている航に尋ねる美由紀。「ああ。上がらない。すぐに帰るから」「そんなこと言わずに少しでもいいから上がってよ。今、コーヒー入れるから」「だけど今日は徹夜明けだし、今夜も夜中の仕事なんだ。だから仮眠を取らないとならないんだよ」(駄目だ……今部屋に上がったら、美由紀は何だかんだと理由を付けて俺を帰らせようとしない可能性があるからな)「そういうわけだから今日は帰る。じゃあな」航は美由紀に背を向けて玄関のドアを開けようとした時――「行かないで!!」美由紀が駆け寄り、航の上着の裾を握りしめた。「み、美由紀……」振り向くと美由紀は俯き、その身体は小刻みに震えていた。「お、お願い……行かないで。仮眠なら私の部屋にあがって休んでいけばいいじゃない。ベッドなら貸してあげるから」「……」しかし、航は返事を出来なかった。何故なら…今、航の頭の中を半分以上占めていたのは朱莉の事だったからである。「ねえ、どうして黙っているの? 何か言ってよ……」美由紀の声はいつしか涙声になっていた。「ごめん。美由紀。また今度話をしよう」航は美由紀の頭を撫でた。「今度っていつよ! また会ってくれるの!?」目に涙を浮かべながら叫ぶ美由紀。「ああ……ちゃんとまた会うから」「本当? 本当にまた会ってくれるの?」「勿論だ」「そう……なら、キスしてよ」美由紀は目を閉じて顔を上に向けた。(もし……まだ航君が私のことを彼女だと思ってくれているなら……きっとキスしてくれるはず……)すると美由紀の頬に航の手が触れる気配を感じ、航の息遣いが聞こえてきた。(航君……)しかし、航がキスしたのは美由紀の額だった。しかもほんの一瞬触れるだけの。(どうして……)目を開けると、航はどこか悲しげな表情を浮かべている。「わ、航君……?」「じゃあな、美由紀」それだけ言うと、航は美由紀の部屋を出て行った。美由紀は玄関にぺたりと座り込んだ。まるで今の航の言葉は別れを告げているように聞こえてしまった。「航君……行かないでよぉ……」美由紀は膝を抱えていつまでもすすり泣いていた――**** 道路に出ると、航は美由紀の住むワンルームマンションを振り返った。4年前から交際が始まって、週1位で通った美由紀の
last updateLast Updated : 2025-06-11
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