偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした のすべてのチャプター: チャプター 581 - チャプター 590

594 チャプター

1-23 明かされた真実 1

 14時――朱莉と修也は病院に来ていた。「それにしてもまさか翔の入院した病院と、朱莉さんのお母さんが入院している病院が一緒だとは思いませんでした」修也は病院を見上げている。「あの……各務さん」朱莉は修也に声をかけた。「何ですか?」「本当に折角のお休みなのに、こんなにも私に付き合わせてしまって本当に申し訳ありません」「別に謝る必要は無いですよ。それに本当なら今日は蓮君と一緒に水族館に行く予定だったんですから。それじゃ、中へ入りましょう」「はい」2人で並んで病院に入ると修也が立ち止まった。「朱莉さん、お花屋さんへ寄ってもいいですか?」「え? お花屋さん?」「はい。良く考えてみたらお見舞いに来たのに手ぶらでした。お花を買って、お見舞いの品にしたいと思ったんです」「そ、そんな! お見舞いなんて気にしないでください! むしろ病院に来ていただいていることも申し訳ないと思っている位なのですから。それに私には敬語の必要はありませんので」朱莉は慌てた。「そう? それなら敬語は辞めさせてもらうよ。だけど、お見舞いの品なんて気にしないでとか言わずにプレゼントさせて貰えないかな? だって朱莉さんは翔の奥さんなんだし。翔だってお見舞いに来たときは何か品物を持ってきていたんじゃないの? 翔はどんな品を選んでいたのかな?」すると朱莉の顔が曇った。「え? どうしたの? 朱莉さん」「あ、あの……翔さんは……」朱莉の様子から修也はピンときた。「朱莉さん……まさか、翔は……?」「は、はい。翔さんは……母のお見舞いに来たことはまだ一度もありません……」朱莉は俯いた。「そう……なんだ。ごめんね。変なこと尋ねて」修也が謝ると朱莉は慌てた。「い、いえ! いいんです。翔さんは忙しい方でしたから。明日香さんと暮らしていた時は、明日香さんの手前、お見舞いに来ることは出来ませんでしたし、蓮ちゃんが産まれてからは、私の代わりに蓮ちゃんを見てくれていたので。もっとも今は各務さんが翔さんの代わりをしていただいて、とても助かっています。本当にありがとうございます」「そんなことは気にしないでよ。だって蓮君は僕と血の繋がりがあるんだから。取あえず、お願いだからお見舞いの品は買わせてよ」ここまで言われれば、朱莉は頷くしかなかった。「各務さん。ありがとうございます。きっと母は
last update最終更新日 : 2025-06-11
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1-24 明かされた真実 2

「各務さん。花束を預からせてください。花瓶に水をいれてきますので」朱莉は部屋に置いてある空の花瓶を持ってくると修也に声をかけた。「朱莉さん。僕が水を入れてこようか?」「いえ。大丈夫です。お部屋の椅子、どうぞ使って下さい」朱莉は修也から大きな花束を受け取ると、病室を出て行った。病室で2人きりになると洋子は修也に話しかけた。「どうぞ、各務さん。そちらの椅子をお使いください」洋子窓際に立てかけてある折り畳み椅子を指さした。「ありがとうございます。お借りします」修也は2つの椅子を持って広げると、ベッドの傍へ並べて座ると改めて挨拶した。「3年前から副社長代理を務めていたのですが、ご挨拶へ伺うのがすっかり遅くなってしまい、申し訳ございませんでした」「い、いえ。そんなとんでもありません。わざわざ殆ど接点の無い私のところにまでお見舞いに足を運んでいただくなんて、本当にありがとうございます」「あの……実はずっと須藤さんのご家族のことを気にしていたんです。尋ねたいこともあって本日伺わせていただきました」「え? 尋ねたいことですか?」「随分ご苦労されたんですね。朱莉さんが高校を突然辞めたと知った時は本当に驚きました」「え? 各務さん……?」「あの時、お会いしたとき……まさかご主人が重い病に侵されているなんて思いもしませんでした」洋子は修也が何を言っているのか理解できなかった。「一体、何のことでしょうか……?」すると修也は真剣な眼差しを向けてきた。「あの、今から話すことは朱莉さんに内緒にしていただけますか?」「……分かりました」頷く洋子。「実は、僕は……」洋子は修也の話を聞いて息を飲んだ――**** 17時――修也は談話室でコーヒーを飲んでいた。親子水入らずでの話もあるだろうと思い、かれこれ30分ほど前からここにいたのだ。すると朱莉が談話室へ入って来きた。「各務さん、もう17時になりましたのでそろそろ帰りませんか?」「え? 朱莉さん。もういいの?」談話室に置いてあった雑誌を読んでいた修也はページを閉じると朱莉を見上げた。「はい、もう今日は十分母と話が出来ましたから」「そうなんだね。それじゃ最後にご挨拶して帰ることにしようか」修也は立ち上がると朱莉に言った。「そうですね。母ももう一度各務さんにご挨拶したいと言っていましたから
last update最終更新日 : 2025-06-11
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1-25 2人でカフェに 1

「それじゃ、朱莉さん。気を付けて帰ってね」六本木の駅前で修也は朱莉に声をかけた。「ええ。各務さんも気を付けてお帰り下さい。後……今日はいろいろとすみませんでした」「ああ、あのことだね? あの彼とは過去に何かあったんだよね。でも朱莉さんが話したくなければ僕は無理には聞かないから。それじゃあ又」「はい、ありがとうございました」手を振る修也に朱莉は頭を下げて、2人は別れた。「明日香さんから何か連絡入っていないかな?」朱莉はショルダーバックからスマホを取り出すと2件のメッセージが届いていた。1通目は明日香からだった。『蓮に晩御飯を食べさせてから帰ります。20時頃になると思うので、また連絡します』「……」朱莉は明日香からのメッセージを2度読み直した。「やっぱり明日香さん……蓮ちゃんと、きっと離れがたいんだろうな……」朱莉はポツリと呟いた。いつも傍にいた蓮が隣にいない……それだけで、こんなにもむなしい気持ちになるとは朱莉は思いもしなかった。だが翔との契約婚が終わればずっとその状態が続くことになる。その時自分は平気でいられるのだろうか?「蓮ちゃん……」メッセージはあと1件残っている。相手は――「え? 航君? そういえば美由紀さんには会えたのかな?」メッセージの着信時間は15時半。今から1時間以上前だ。朱莉は急いでメッセージを表示させた。『朱莉。もし時間があれば連絡が欲しい。俺の携帯番号は変わらないから』このメッセージに緊急性を感じた朱莉はすぐに航の携帯番号を呼び出し、電話をかけた。電話は2コール目の呼び出しで応答した。『もしもし、朱莉!』「航君、どうしたの? 何かあったの? 美由紀さんとは会えたの?」『そのことだけど、俺……23時から仕事なんだ。1時間でもいいから会えないか?』電話口からは航のひっ迫した声が聞こえてくる。「う、うん。19時くらいまでなら少なくとも大丈夫だけど……」『よし、19時までなら大丈夫なんだな? それじゃ今からそっちへ行くから。実は今六本木の駅に来てるんだ』「ええ!? そうなの? 私も六本木の駅にいるんだよ?」『そうか、なら待ち合わせしようぜ。西麻布方面の改札でいいかな?』「うん。いいよ。それじゃ今から向かうね」『ああ、朱莉。またな』そして2人は電話を切ると、待ち合わせ場所へ向かった――****
last update最終更新日 : 2025-06-12
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1-26 2人でカフェに 2

「でも、本当に久しぶりだね。同じ東京に住んでいても4年も会わなかったんだものね」朱莉は歩きながら航を見上げた。「そうだな……」だが、本当のことを言うと今迄航は朱莉に会わないように避けていたのだ。あの日……航が朱莉を抱きしめている姿を翔に見られてしまった。姫宮からの提案で朱莉が航との関係を翔の追及から免れるには航が一方的に朱莉に付きまとっていたストーカーだと思わせるしか方法は無いと言われ、航はその提案を受け入れた。もっとも過去において、バレンタインの日に美由紀と会っていた航は翔が別の女性と食事をしている現場を見てしまい……思い余って美由紀を店に残したまま朱莉の住むマンションへ行ってしまったことがあった。それがきっかけで美由紀と付き合うことになった――「航君、着いたよ」考えごとをしていた航は朱莉の呼びかけに顔を上げた。「朱莉。ついたのか?」そこは赤いレンガ造り風のおしゃれなカフェだった。ガラス窓から見える店内はアンティーク風なテーブルセットが並べられ、10人前後の客がいた。「へえ~なかなか雰囲気のある店だな。よし、入るか?」「うん。そうだね」そして朱莉と航は店内へと足を踏み入れた。店の中へと入った2人は一番奥の窓際の席に座り、とりあえずコーヒーを注文した。店内には若いカップルしかいない。(へえ~ふつうはこういう店でデートとかするものなのか? そういえば俺は美由紀とデートしていた時こんな店入ったことなかった。いつもラーメン屋かカラオケ店ばかりだったし……)航はキョロキョロしながら思った。そんな航を朱莉は不思議そうに見つめている。「ねえ、航君。どうしたの? さっきからキョロキョロしてるけど」「あ……いや。雰囲気があっていい店だなと思って」ちょうどその時、タイミングよく2人の前にコーヒーを持って店員が現れた。「お待たせいたしました」カチャリと2人の前にコーヒーが置かれると、店員は頭を下げて戻って行く。朱莉はコーヒーの香りを吸い込むと笑顔になった。「うん。いい香り……。航君は美由紀さんとのデートでカフェとかに来たことはなかったの?」「ゴホッ!」航はいきなり美由紀の話が朱莉の口から出てきて、むせてしまった。「航君、大丈夫?」「あ、ああ……平気だ…」航はむせながらも何とか答えた。朱莉は航の咳が収まるまで静かに待っていたが、や
last update最終更新日 : 2025-06-12
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1-27 大切な人 1

 朱莉と航は2人で向かい合ってコーヒーを飲んでいた。「このお店のコーヒー、とっても美味しいね。そう言えば航君のお父さんは本格的にコーヒーを淹れる人だったね。お父さんは元気にしてる?」朱莉は笑顔で尋ねた。「ああ、元気にしてるよ。お陰で俺はいつもこき使われている」「そうなんだ。でも航君のお仕事は本当に大変だよね。時間も不規則だし、拘束時間もあるようでないような……。神経も使うでしょう? 暑い日も寒い日も、それこそ天候に関係なく外で仕事しなくちゃならない時もあるしね」「そうだな。確かに大変と言えば大変だけど、やりがいがはあるよ」返事をしながら、航はもどかしい気持ちを抱えていた。(駄目だ……違う、そうじゃない! 本当は俺はこんな話をしたいんじゃない! 俺は朱莉に……自分の気持ちを告げたいのに……!)「あ、朱莉!」「何?」朱莉は急に大きな声で名前を呼ばれて、航をじっと見つめた。4年間、ずっと忘れたことがなかった朱莉が目の前にいる。その朱莉に見つめられ、航は思わず赤面してしまった。(だ、駄目だ……やっぱり言えない。もし告白して断られたら俺はもう立ち直れないかもしれない……)「どうしたの? 航君。さっきから様子がおかしいけど、もしかして具合でも悪いの?」「い、いや。それは無い、大丈夫だ。それより朱莉。あいつは今どうしてるんだ?」「あいつ? もしかして翔先輩のこと?」「ああ、そのあいつだ」「翔先輩ならね、もう3年会ってないよ」「何!? ひょっとするともう契約婚が終わったのか!?」(それなら……朱莉に告白しても……)すると朱莉はすぐに否定した。「ううん、違うの。ごめんね、言い方が悪かったかも。あのね、翔先輩は今仕事で3年前から1人でカルフォルニアへ行ってるの。私も一緒に来て欲しいって頼まれたんだけど……」「何!? あいつ朱莉にそんなこと言ってきたのか!? くそっ……! 相変わらず図々しい男だ。それで朱莉はどうしたんだ? ……って今ここにいる訳だから、ついて行かなかったってことだよな。何て言って断ったんだ?」「うん。お母さんを残してカルフォルニアに行けないって断ったの。だから今は蓮ちゃんと2人で暮らしてるよ」「蓮……蓮か? おっきくなったんだろうな? 今何歳だ?」「蓮君はね、4歳になったよ。あ、写真見る? って言うか……航君に見てもらい
last update最終更新日 : 2025-06-12
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1-28 大切な人 2

「で、でも何で今年で終わるんだ?」動揺を隠しながら航は尋ねた。「それはね、翔先輩が今年日本に戻って来るからだよ。そしたら翔先輩に蓮ちゃんを託しておしまい。だけど場合によってはもっと早く終わりになるかも…」「え? どういうことだ? そう言えば蓮は今どうしてるんだ?」「蓮君はね、今……明日香さんと一緒にいるの」「な、何だって!? 長野から戻って来たのか? 明日香には恋人がいただろう!?」「うん……そうだよね。だけど別れたのかも…」「何だって? それじゃあひょっとして自分の心の隙間を埋める為に蓮といるのか?」「そんなつもりじゃないと思う。だって明日香さん本当に変わったんだよ? まるで別人みたいに。それに今は絵本作家なんだから。きっと明日香さんも長野で苦労したんだよ」「そうか……」航は椅子の背もたれに寄りかかるとため息をついた。「朱莉は本当に4年間で色々なことがあったんだな」すると朱莉は頬杖をついて航を見つめる。「それじゃ、今度は航君の番だよ?」「え? 俺?」「うん、そう。今度は航君の話を聞かせて」「俺の話なんて大したことは無いよ。別に話すほどじゃ……」「でも、私は航君の話が聞きたい。駄目?」「だ、駄目って……」(う……そ、そんな可愛らしい顔で聞かれたら……断れるはず無い!)そこで航は咳ばらいをした。「ゴホン! そ、それで……俺のどんな話を聞きたいんだ」「そんなのはもう決まってるじゃない。彼女のことだよ」「え……か、彼女!? 彼女って、まさか美由紀のことか!?」「そう、美由紀さんのこと」「俺と美由紀なんて……別に大した話は無いよ……」「でも4年間もお付き合いしていたんでしょう? 気が合わなければそこまで長続きしないと思うけど?」朱莉に指摘されて、その時航は気が付いた。(あれ……そう言えば俺……こんなに誰かと長く付き合ったのは美由紀がはじめてだったかもしれないな)今まで航は美由紀の前に何人かの女生と交際したことがある。だがどれも長続きせず、半年も持たなかったことばかりだった。(俺は……美由紀のことを大切にしたいと思っていたのか……?)思い起こせば今まで交際してきた女性とは付き合って1ヶ月程で深い仲になっていた。だが美由紀に関しては交際して10カ月目で深い仲になったのだった。しかし、航はその考えを否定した。(い
last update最終更新日 : 2025-06-12
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1-29 泣きたい気持ち 1

 18時半――「ああ、美味かった。そろそろ時間だな、朱莉」航はクラブハウスサンドセットを食べ終えた。「うん、私のミックスサンドもすごく美味しかったよ。それで航君、今日はこれからどうするの?」食後のコーヒーを飲みながら朱莉は尋ねた。「うん……一度アパートへ帰って仮眠を取ってから22時半にまた部屋を出る。今夜の見張りは場所が神田なんだ。上野から近くてラッキーだったな」「そっか。大変なお仕事だけど頑張ってね」笑顔の朱莉をじっと見つめながら航はためらいがちに口を開いた。「なあ……朱莉」「何?」「また……また会って貰えるか?」航の目は真剣だった。「うん。いいよ。そうだ。航君にも大きくなった蓮ちゃんに会ってもらいたいから今度はマンションに来るといいよ」「え? 朱莉……。俺、マンションに行ってもいいのか?」「いいよ。だって翔先輩は今日本にいないし、もう京極さんも日本にいないから」「え? 京極の奴……今日本にいないのか?」「うん、そうだよ」「え……? いつからいないんだ?」「う~ん……3年以上前に静香さんから聞いた話だから……多分日本を離れて4年近くになるんじゃないかな?」「な、何? 静香って……誰だ? もしかして姫宮静香のことか?」「うん、そうだけど?」「そうか、やはり姫宮と京極は何か関係があったんだな? ひょっとすると2人は恋人同士だったのか?」「あれ……航君は知らなかったんだっけ? 静香さんと京極さんは二卵性の双子だってこと」「な……何だって!? それじゃ……あいつらグルだったのかよ! よくも騙してくれたな! ちっくしょう……!」「落ち着いて航君。もうその話はとっくに終わったことだから……」朱莉は興奮する航を宥める。「それでどうして京極は日本からいなくなったんだ? 確かあいつは会社を経営してたよな? あいつの会社はどうなったんだ?」「京極さんが日本からいなくなったのはね……京極さんのせいで静香さんが会社の女性から恨みをかって、刺されて大怪我を負ってしまったからなの。それで責任を感じて会社を譲渡して外国へ行ってしまったんだよ」「ま、待て……朱莉。展開が早すぎて俺にはついていけない。姫宮が刺された? 誰に? どうして刺されたんだ?」「うん、もともと静香さんは鳴海グループに恨みを持つ京極さんの指示で入社して秘書になったの。
last update最終更新日 : 2025-06-12
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1-30 泣きたい気持ち 2

 航の言葉に、朱莉は首をひねった。「う~ん……奪ったかどうかは良く分からないけど。でも二階堂社長の働きで、京極さんの件が全て明るみになったんだよ? 本当にすごい人だと思う。そしてそれが縁で静香さんと二階堂社長は結婚することになったの。私と翔先輩は2人の結婚式にも参加したんだよ? あ、そういえば九条さんも一時日本に帰国して結婚式に参加したよ?」「何だって!? 琢磨の奴、日本に帰国していたことがあったのか? くそっ……薄情な奴だ。俺に連絡の一つ位よこせばいいのに……」「うん……それがおかしな話なのよ。披露宴の終わった翌日、突然飛行機に乗ってまたすぐにオハイオに飛び立ってしまったの。何か急用でも出来たのかな?」朱莉はまさか琢磨が2次会で女性にお持ち帰りされてしまい、酔っていた勢いで女性と関係を持ってしまったことを悔やむあまりにオハイオに戻ってしまったなど知る由も無かった。「それにしても……はあ~……。駄目だ……朱莉。俺にはもう理解できないわ。でも……そう言えば似たような話を美由紀から聞いたっけな」「え? 美由紀さんから? どんな話なの? 聞かせてくれる?」「ああ、いいぜ。確か美由紀はIT関連の会社で働いていたらしいんだけど、社長が急に辞めて会社が吸収合併されてしまったらしい。確か今は大手通販会社に席を置くことになったって言ってたな……。それが今から3~4年前の話だったな。時期的にも合うし……え? まさか……」そこまで考え、航はある一つの記憶が蘇ってきた。(そういえば……美由紀はあの時、鳴海グループの本社で行われたクリスマスイブのイベントを何処で知ったんだ? 自分で調べたのか? それとも誰かにそこへ行くように言われて……? もしかすると朱莉とあの場で出会ったのは偶然じゃなかったのか……?)航の顔が青ざめていく。「え? 航君。美由紀さんが勤めている会社の名前とか……知らないの?」「あ、ああ。そうなんだ。そういう話、したことなかったしな……」「そうなんだ……」朱莉はじっと、航を見ている。航は朱莉が何を言わんとしているか分かっていた。(そうだ……俺は美由紀のこと、殆ど知ろうとしていなかった。会社のことに限らない。よくよく思い起こせば家族構成のことだって……俺は何も知らなかったじゃないか!)航はため息をついた。「朱莉……俺は最低な彼氏だったよ。付
last update最終更新日 : 2025-06-12
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1-31 泣き出しそうな空の夜 1

 航と店の前で別れた朱莉は、町の雑踏に航が紛れて見えなくなるまでその後ろ姿を見送っていた。(大丈夫かな……航君。何だか様子がおかしかったけど……)実は航とカフェで会話をしている間、ずっと航の様子がおかしくて気がかりだったのである。妙に思いつめた表情をしていたり、時には何か考えごとをしているような心ここにあらずと言った様子。そして最後、」別れ際に見せた今にも泣きだしそうな航の顔が頭にこびりついて離れなかった。(航君……一体どうしたの? 何があったの……? 相談があるなら話、聞いてあげるのに……)朱莉はまさか航が自分のせいで情緒不安定になっているとは思いもしていなかった。その時、朱莉のスマホに着信を知らせるメロディーが流れてきて、我に返った。着信相手は明日香からだった。(え? 明日香さん? ひょっとして何かあったのかしら!?)朱莉はすぐにスマホをタップした。「はい、もしもし」『あ、朱莉さん。あのね、実は今蓮君と晩御飯食べてる最中なのよ』「え? 今ですか?」朱莉は腕時計を見ると時刻はそろそろ19時になろうとしている。『そうなの、ちょっと水族館で長居をしちゃって遅くなったの。ごめんなさいね。今少し蓮君に代わるわね』するとすぐに電話越しから蓮の声が聞こえてきた。『もしもし、お母さん?』「うん、そうだよ。蓮ちゃん。いま晩御飯食べているんですって?」『そうなんだ。あのねー今ご飯食べてるお店、すっごいんだよ! 天井に星がいっぱい写ってるの!え~とねえ……確かプラネタリウムって言うんだっけ?』「え? ひょっとしてプラネタリウムをみながらお食事ができる店なの?」『うん、そうだよっ!』蓮の楽しそうな声が聞こえてくる。するとそこで一度会話が途切れ、次に明日香が電話に出た。『もしもし、蓮君から話聞いたでしょう?』「はい、聞きました。すごいですね……明日香さん。そのお店、プラネタリウムになっているんですか?」『ええ、そうなの。帰ったら詳しく聞かせてあげるわ。とりあえず、そういうわけだから今日は蓮君が帰れるの20時過ぎそうなの。悪いわね』「いえ、お気になさらないで下さい。だって……」朱莉はそこで一度言葉を切った。この先の言葉を言うのは……なんとなく自分が辛かったからだ。『だって……何かしら?』しかし明日香は話の続きを促してきた。朱莉はそこで一
last update最終更新日 : 2025-06-13
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1-32 泣き出しそうな空の夜 2

 航は暗い気持ちで電車に揺られていた。明るい車内でドアの窓に映る自分の顔はとても暗い表情をしていた。(全く……何て顔してるんだ……)朱莉と別れて、こうして電車に乗っていても頭の中は朱莉のことで一杯だった。結局航は4年という歳月が流れていても、朱莉を忘れられないでいたことを改めて思い知らされた。(俺は最低な男だ。朱莉のいない寂しさを埋める為に美由紀を利用したようなものだ……)でも朱莉に対する自分の気持ちにはっきり気がついてしまった今となっては、これ以上美由紀と付き合うわけにはいかなかった。美由紀が自分を本気で好きなことが良く分かるからこそ、別れるべきなんだと航は思ったのだ。(せめて美由紀がもっと軽いタイプの女だったら、俺もこんな風に悩むことは無かったのに……。いや、そもそもこんな考えを持つこと自体が駄目なんだ。俺は本当に何て最低な男なんだ……)航は決めた。今夜の仕事が終わったら、美由紀に別れを告げるのだと。(そうだ……美由紀はいい女だ。俺みたいな不誠実な男より、もっといい相手がきっとすぐに見つかるに決まっている……)そして航は目を閉じた――**** 20時過ぎ――今にも雨が降りだしそうな上野駅に航は降りたった。空を見上げながら航は呟いた。「チッ……。この分だと夜分には雨が降ってきそうだな……。全く。23時から対象者を外で見張っていないとならないのに……」とにかく雨が降るまでにアパートに帰らなければ。航は急ぎ足で自分の住む雑居ビルのアパートへと急いだ。カンカンカンカン……雑居ビルの狭い階段を上り、アパートがある階まで登ってきた航は自分の部屋のドアの前で美由紀がまるでうずくまるように座り込んでいるのを見て驚いた。「み……美由紀!」「航君……?」美由紀は顔をあげて航を見上げた。「良かった……航君。部屋に帰って来てくれたんだ……」「何言ってるんだ? ここは俺の部屋だ。帰ってくるに決まっているだろう? とりあえず中に入れよ」折角ここまで美由紀がやってきたのだ。帰らせることは出来ず、航は美由紀を部屋に上げることにした。「今コーヒー淹れてやるから、座って待ってろよ」1DKの古びたアパートに美由紀を招き入れると、美由紀は小さく頷き部屋の隅に置かれたローソファに座った。そんな様子の美由紀を見ながら航は小さなキッチンへ向かい、ヤカンに水を
last update最終更新日 : 2025-06-13
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