All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 591 - Chapter 598

598 Chapters

1-33 雨の夜、2人の別れ 1

「美由紀……」航は美由紀になんと声をかければよいか分からなかった。航の住む小さなアパートの部屋の窓の外ではいつの間にか雨が降り出していた。雨は窓を濡らし、町の明かりが滲んで見える。「……」航は立ち上がって部屋のカーテンを閉めると、再び美由紀の前に座った。「ねえ……航君……。答えてよ……。私は捨てらちゃうんでしょ……?」美由紀は目に涙をたたえている。(どうする……? 今夜の仕事が終われば美由紀に別れを告げるつもりだったけど……今俺がこの場で美由紀にそれを告げれば、一体美由紀はどうなるんだ?)航は激しく葛藤していた。別れを告げるのがこんなにも大変だとは今までの経験上、航は経験したことが無かった。「美由紀……俺は……」そこから先の言葉が航には出てこない。部屋の中には時折聞こえてくる町の雑踏の賑わいの音と、カチコチと規則正しく時を刻む時計の音だけだった。重苦しい沈黙に耐え切れず、航はコーヒーに手を伸ばして飲む。コーヒーはいつもと同じ銘柄なのに…、何故かとても苦く感じられた。航がいつまでも沈黙していると、再び美由紀は口を開いた。「航君と……初めて結ばれたあの日……」そこまで言うと、美由紀は両手の甲で目をゴシゴシと擦った。「え……?」(何だ? どうして今更そんな昔の話を持ち出すんだ?)だが、何か重要な事を伝えようとしているのかもしれない。航は黙って美由紀の次の言葉を待った。「航君……ベッドの中で眠っていて……私はすごく幸せだったから……ずっと航君の寝顔を見ていたくて……そしたら航君……寝言を言ったんだよ?『朱莉』って……」美由紀は振り絞るように言った。「!」あまりの衝撃的な美由紀の話に、航は言葉を失った。(そ、そんな…。俺は…いくら眠っていたとはいえ……美由紀を初めて抱いた後に朱莉の名前を……!?)航は自分の顔が青ざめていくのを感じた。その時の美由紀の気持ちを思うとやるせなかった。今、航の前で悲しみに打ちひしがれている美由紀の姿は……とても小さく見えた。「それだけじゃないよ……。航君とお泊りしたとき……いつも寝言で出てくる女性の名前は『朱莉』さんだった……」美由紀の目には涙が溢れている。「私……すごくショックだったけど、『朱莉』って女性は過去の人だと思っていたし、今航君が付き合っているのは私だからって……何とか自分を納得させ
last updateLast Updated : 2025-06-13
Read more

1-34 雨の夜、2人の別れ 2

「だって……私、航君が別の女性のこと……好きなの分かっていたのに知らないふりして……今まで航君にしがみついていた……。初めて会った時から……ずっと航君は別の女性を好きだったのに……ね……」美由紀はすっかり冷たくなっているコーヒーを飲み終えた。「ごめんね……仮眠しないといけなかったのに邪魔して。私、帰るね……」立ち上がりかけた美由紀に航は声をかけた。「美由紀……ちょっと待ってくれ……」航は立ち上がり24インチのテレビが乗っているテレビ台の一番上の小さな引き出しを開け、鍵を取り出すと美由紀の前に置いた。「これ……返す」それは美由紀のワンルームマンションの部屋の合鍵だった。美由紀は少しの間、穴のあくほど、それを見ていたが……やがて震える手で握りしめた。「ごめん……とうとう……一度も使わずに……」うまい言葉が見つからず、航はそれだけ言うのが精いっぱいだった。それを聞いた美由紀は俯き、首を激しく降ると肩を震わせた。「俺……そろそろ仕事に行く準備始めないと……」航は立ち上がり、美由紀に背を向けると機材の準備を始めた。「俺は仕事があるから今夜はもうこの部屋には戻らない。何なら夜も遅いし泊まって行ってもいいぞ? 鍵は郵便ポストに入れておいてくれればいいし……」そしてチラリと美由紀の方を向いた。しかし、美由紀はかぶりを振る。「遅くてもいい……。帰る……」「でも、外は雨が降って……」「使っていないビニ傘があるでしょう? それ……ちょうだい」「だけど……」(もう時刻は21時を過ぎている。この辺りは繁華街に面しているので決して治安がいいとは言えない場所だ。そんな中、一人で帰らせるわけには……)「そんなこと言っても、やっぱり今夜はここに泊まって……」「泊まれるはずないでしょう!?」すると突然美幸が大声で叫んだ。「酷いよ航君……。私達、今夜でお別れなんでしょ? それなのに……泊まっていけって言うの!? こんな……航君の……私の大好きな匂いのするこの部屋に!? 無理に決まってるでしょう!? 私は……航君のなにもかもが好きだった。顔も、声も……性格も……そして航君の匂いも……! これ以上私の未練が残るようなこと言わないでよ! いっそ切るならすっぱり切り捨ててよ! これ以上……無駄な期待を私に持たせないで!」「み、美由紀……」美由紀の目には泣き止んで
last updateLast Updated : 2025-06-13
Read more

1-35 2人の母 1

 航が美由紀と別れを告げた1時間ほど前――朱莉は1人でマンションに帰っていた。ダイニングテーブルの椅子に座り、1人でお茶を飲みながら壁に掛けてある時計を見ると、時刻はもうすぐ20時になろうとしている。窓の外では先程から雨が降り始めていた。「明日香さんと蓮ちゃん……雨なのに大丈夫かな……」朝、出かけるときは快晴だった。天気予報では雨は21時以降と発表されていたので蓮に傘は持たせていなかった。「明日香さんに連絡入れてみようかな……」朱莉がスマホに手を伸ばしかけた時――――ピンポーンマンションのインターホンが鳴った。「蓮ちゃんと明日香さんね!」朱莉は椅子から立ち上がると急いで玄関へ向かい、ドアアイも確認せずにドアを開けた。「ただいま、朱莉さん」そこには蓮をおんぶした明日香が立っていた――****「お疲れさまでした、明日香さん」朱莉はリビングの椅子に座っている明日香にコーヒーを淹れた。「ありがとう」明日香は淹れたてのコーヒーに手を伸ばし、フウフウと冷ましながら一口飲んだ。「まさか蓮が疲れて眠ってしまうとは思わなかったわ。でも考えてみればまだ4歳ですものね」明日香はリビングのソファの上で肌掛け布団を掛けて眠っている蓮を振り返った。「そうですね。小さな子供は疲れると眠ってしまいますから。フフ……ご苦労様でした。それでどうでしたか? 今日1日蓮ちゃんと一緒に過ごしてみて」てっきり朱莉は明日香の口からは疲れたとか、大変だったとの言葉が出てくると思っていたのだが……。「そうね。悪くは無かったわ……と言うか、楽しかった」「そうなんですか?」朱莉は目を見開いた。昔の明日香は子供が嫌いで疲れるような行動を取ることすら嫌っていたのに、今朱莉の目の前にいる明日香は本当に別人のように見えた。「あら? どうしたの? 朱莉さん。そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」「え? わ、私そんな顔していましたか!?」朱莉は慌てて両手で頬を抑えた。「何言ってるの、ほんの冗談よ、冗談」明日香はクスクスと笑う。「それにしても明日香さん、蓮ちゃんにお土産まで買ってくれたんですね。ありがとうございます」眠っている蓮の傍らには大きなペンギンのぬいぐるみが置かれている。「ええ、蓮がとてもペンギンショーを気に入ってね。ショーが終わった頃には僕、大人になったらペン
last updateLast Updated : 2025-06-13
Read more

1-36 2人の母 2

 22時――朱莉は眠ったままの蓮の服を脱がせ、パジャマに着替えさせた。余程蓮は疲れていたのかぐっすり眠っており、パジャマに着替えた後も目を覚ますことは無かった。「蓮ちゃん……」朱莉は眠っている蓮の小さな右手をそっと握りしめた。すると無意識の行動なのか、蓮も朱莉の手を握り返してくる。「蓮……ちゃん……」蓮の小さくて温かく……柔らかい手を握りしめているうちに、朱莉の目に涙が浮かんできた。(ひょっとすると明日香さんは、東京を離れる頃には蓮ちゃんを連れて行くって言い出すんじゃ……)でも、仮に明日香からそのような申し出があったとしても朱莉にはそれを拒む権利は無かった。それは所詮、朱莉は翔にとってのただの契約妻であり、蓮は自分の実の子供ではないからだ。朱莉はいつまでも蓮の手を握りしめ、肩を震わせて涙した。外はいつの間にか雨脚が強くなっていた――**** 翌朝7時――「蓮ちゃん、起きて。もう朝だよ」朱莉はベッドで眠っている蓮を揺り起こした。「う~ん……」蓮はベッドの中で2、3回寝返りを打つと驚いたように目を開けた。「え!? お母さん? 僕……いつの間にベッドで眠っていたんだろう……?」蓮は首を傾げた。「フフ……蓮ちゃん。昨夜余程疲れたのね。明日香さんが眠ってしまった蓮ちゃんをおんぶして帰って来たのよ?」「え? そうだったの? 僕、全然気づかなかったよ」「そうね。ぐっすり眠っちゃっていたから」朱莉は幼稚園の準備をしながら返事をする。「あれ? でも僕パジャマ着てるよ?」「お母さんが着がえさせてあげたからよ? それでも蓮ちゃんは起きなかったんだから」「そうだったんだ……。僕、お腹すいちゃった」「そう? それじゃすぐに朝ごはん用意するね?」朱莉は蓮の着がえを手伝いながら笑顔で頷く。「ねえ、お母さん。今日の朝ごはん何?」「今日はねえ……蓮ちゃんの好きな目玉焼きにする?」「やった! 僕目玉焼き大好き!」蓮はベッドから飛び起きると朱莉に飛びついた。「ふふ……蓮ちゃんたら」朱莉は蓮の小さな体を抱きしめ、頬を摺り寄せた。「蓮ちゃん。大好きよ」「うん、僕もお母さん大好き」『お母さん大好き』後、どの位蓮からその言葉を聞くことが出来るのだろう……。そのことを考えると、朱莉の心には暗い影が宿るのだった――――9時蓮を幼稚園に送
last updateLast Updated : 2025-06-13
Read more

2-1 父と息子 1

 あれから1週間の時が流れた。 土曜日の7時ーー「お母さん、それじゃ行ってきます!」蓮がリュックを背負い、明日香に手をつながれマンションの玄関で朱莉に手を振る。「はい、行ってらっしゃい。蓮ちゃん。それでは明日香さん、よろしくお願いします」「ええ、大丈夫よ。任せてちょうだい」明日香は大きなキャリーバックを持ち、Tシャツにジーンズ、そしてスニーカーと普段ではあまり見せないようなラフなスタイルだった。「僕、すっごい楽しみだな~キャンプでお泊りなんて初めてだもの」蓮は目をキラキラさせた。「フフ……蓮君。キャンプと言ってもすっごいのよ。『グランピング』って言って大自然の中に綺麗なホテルのようなお部屋があるの。お風呂もついているし、バーベキューもすぐできるのよ。近くには動物園と水族館があって、餌やりの体験もできるんだから」明日香は蓮の手を握りしめている。「うわ~い、楽しそう。早く行こう!」蓮はすっかりはしゃいでいる。「蓮ちゃん。楽しんできてね?」朱莉は蓮に声をかけた。「うん、お母さん。お土産持って帰ってくるね」「ありがとう。楽しみにしてるね」蓮の頭をなでながら笑顔を向ける朱莉。「よし、それじゃ蓮君。行こうか?」明日香に促され、蓮は頷くと元気よく朱莉に手を振って2人は朱莉の住むマンションを後にしたーードアが閉められ、1人きりになると朱莉は溜息をついた。先程迄にぎやかだった部屋が途端に静まり返る。部屋の奥では時折ゲージの中で動き回っているネイビーの気配はあるものの、寂しいほどの静けさが部屋の中を満たしていた。蓮は明日香の誘いで、今日から1泊2日で千葉県にある『グランピング』に泊りで遊びに出掛けることになったのだ。この話が出たのは月曜の夜で、突然明日香が朱莉と蓮の元を訪ねて提案してきたのだ。蓮と2人で1泊2日で千葉の『グランピング』施設に宿泊したいと申し出があった時……正直朱莉は迷った。蓮はまだ4歳。朱莉と丸1日離れた経験は無い。それなのにいきなり明日香と2人きりで宿泊などして大丈夫なのかと不安がよぎった。しかし蓮はとても行きたがり、明日香からも頭を下げられた。それによくよく考えてみれば明日香と蓮は実の親子。2人の旅行を朱莉に止める権利など無かった。それで朱莉は2人での旅行にうなずいたのだった。(蓮ちゃん……夜、おうちが恋しいって泣
last updateLast Updated : 2025-06-14
Read more

2-2 父と息子 2

「ははあ~ん……さては図星だな」「な……!? と、父さんには関係ないだろう!?」しかし弘樹は続ける。「どうしたんだ航。お前にしては随分長く交際が続いているとは思っていたが……あれか? もしかして倦怠期でも入ったか? もうお前達、付き合い始めて4年になるしな。お互い本気ならそろそろ結婚を意識しても……」「もうその話はやめてくれ!」航は大声をあげて弘樹の言葉を制した。その様子を見て弘樹はピンときた。「おまえ……ひょっとして美由紀さんと別れたのか?」「……」しかし航は答えない。「ふむ……答えないってことは肯定を意味しているってことだな? 一体何故別れたんだ? お前たちお似合いだと思っていたのに……もしかして航。お前振られたのか?」「……違う。俺の……俺のせいだ」航はボソリと呟くように言った。「まあ……お前ももう大人だ。俺がどうこうと口を挟むことでは無いが……仕事はきちんとやれよ?」「分かってる……そんなこと」「今日は定休日だし、気分転換にどこかへでかけたらどうだ? 車なら貸すぞ?」弘樹は航の前に車のキーを置いた。(そうだな……気分転換にどこかドライブにでも行ってみるか……)「ありがとう、それじゃ車借りるわ」航は車のカギをジーンズのポケットにねじ込むと、事務所を後にした。 部屋に帰った航はじっとスマホを握りしめていたが……深呼吸すると航はスマホをタップした――**** 掃除、洗濯を終えた朱莉はミシンで縫物をしていた。蓮が幼稚園に通い始めてからは少しずつ自分の時間が取れるようになった。そこでミシンで蓮の通園バックやちょっとした洋裁をするようになっていたのだ。今、朱莉が作っているのは蓮の為の巾着式のランチバック。大好きなアニメキャラクターのデザインの生地でランチバックを縫い上げる。後は2本の紐を通せば完成だ。「フフ……蓮ちゃん、喜んでくれるかな?」朱莉が笑みを浮かべると、突如スマホの着信が鳴った。(もしかして明日香さん? 蓮ちゃんと何かあったのかな?)朱莉は急いでスマホを確認すると、それは航からであった。「え? 航君?」朱莉はスマホをタップすると電話に応じた。「はい、もしもし」『……朱莉か?』「そう、私だよ。1週間ぶりだね。航君。今日はどうしたの?」『い、いや……今、朱莉は何してるのかなと思って……蓮と一緒なんだ
last updateLast Updated : 2025-06-14
Read more

2-3 忘れられない人 1

 朱莉はマンションのエントランスの中で航と待ち合わせをしていた。どこにドライブに行くのかを聞いていなかった朱莉は動きやすいパンツスタイルにワンショルダーバックを肩から下げて航が来るのを静かに待っていた。やがて黒いワンボックスカーがマンションの敷地に入ってきた。「あ、あの車かな?」エントランスから出て見ると、やはりこちに向って運転しているのは航であった。航の乗った車はエントランス前で止まり、すぐに運転席から航が降りてくると駆け寄ってきた。「わ、悪い……朱莉。待ったか?」(朱莉には言えないな……着ていく服を迷って、アパートを出るのが遅くなってしまったなんて……)「ううん、大丈夫。5分も待っていないから」笑顔の朱莉を見て航は思わず赤面しそうになり、顔をそらせた。「よし。朱莉、とりあえず車に乗ろう。このままじゃ人目につくだろう?」「そうかな?」朱莉は首をかしげながらも車に近づき、助手席のドアを開けようとして……。「ま、待て。朱莉、俺が開けるから」航は朱莉の前に立つとドアをガチャリと開ける。「さあ、乗ってくれ」「うん。ありがとう」笑みを浮かべて車に乗り込む朱莉。朱莉の一挙手一投足すべてが航の胸を高鳴らせた。こんな感情を持てるのは、やはり朱莉だけだった。朱莉が乗り込むのを見届けると航も運転席に回り込み、ドアを開けて座るとシートベルトを締めて……固まった。(ま、まずい……。着ていく服を迷っていたから、肝心の行先を決めていなかった!)朱莉は運転席に座り、じっとしている航を不審に思い、声をかけた。「ねえ? 航君……どうしたの?」「あ! い、いや……! そ、それで朱莉……これからどこへ行こうか!?」航は引きつった笑みを浮かべながら朱莉を見た。「う~ん。どこでもいいんだけどな……。ところで航君。こうして2人でドライブなんて沖縄にいた時を思いださない?」「沖縄か……うん、そうだな。言われてみれば確かにそうかもしれない」(思えばあの時が俺にとって人生で一番幸せだった時間かもしれない。朱莉と初めて沖縄で出会って、居候させてもらって……そして……朱莉を好きになって……)だが、その反面自分は何て薄情で最低な男なのだろうと思った。4年も付き合った美由紀と先週別れたばかりで、もうこうして朱莉に会いに来ている自分がいるのだ。我ながら、最低ぶりに溜息を
last updateLast Updated : 2025-06-14
Read more

2-4 忘れられない人 2

 その頃美由紀は――(はあ……私ってダメな女だわ……)安西事務所のドアの前で溜息をついて立っていた。 美由紀は航と別れたショックで3日間、有休を取ってしまった。4日目から仕事に復帰したが、始終ぼんやりすることが多く、ミスばかりしてしまい5日目に上司に呼び出されてこっぴどく叱られてしまった。そして6日目の今日……。実に4年ぶりの一人きりの週末を迎えてしまった。美由紀は寂しさを紛らわせる為に金曜日の仕事帰りに大量に缶チューハイを買ってきた。そして土曜の朝からベッドの中でネット配信ドラマを観ていたのだが、全てが恋愛物だった。それを1人で観ているとむなしさだけが込み上げてくる。そこでコメディードラマに変えたのだが、少しも頭に入ってこないし、笑える気持ちになれない。結局美由紀は途中でドラマを観るのをやめて、スマホに手を伸ばした。お気に入りのアプリゲームを起動したが、それもやはり女性向けの恋愛シュミレーションゲームだった。「……もう!」思わずベッドの上にスマホを投げつけた。美由紀の頭の中は恋愛脳だったのだ。美由紀にとって、恋愛は人生全てを表していた。つまり、航を中心に世界は回っていたのだ。なので航を失ってしまった今、喪失感は計り知れないものだった。両膝を抱え、自分の部屋をグルリと見渡した。テレビを見れば、航と2人で観たことを思い出し、テーブルを見れば、2人でこの部屋で食事をしたことを思い出し……そして今美由紀が座っているベッドの上は……航に抱かれた記憶が蘇ってくる。「航君……」あれだけ泣き暮した美由紀の目に再びジワジワと涙が滲んでくる。「航君……もういやだよぉ……お願い……戻って来てよ……」美由紀はベッドの上に放り投げたスマホを握りしめ、航の電話番号を表示させた。そして震える手で画面をタップしようとして……手を止めた。「出来ない……電話したくても出来ないよ……。だってこれ以上しつこくしたら今度は本当に嫌われちゃうもの……」やがてベッドから起き上がり、目をゴシゴシと擦ると外出着に着替え、貴重品をショルダーバックにしまうと、ふらふらと玄関へと向かった――**** 気づけば美由紀は上野駅に立っていた。無意識のうちに航の住む上野へ足を運んでいたのだ。(話をしなくてもいい。せめて遠目からでも構わないから航君に一目会いたい……!)美由紀は急ぎ足で安西事
last updateLast Updated : 2025-06-14
Read more
PREV
1
...
555657585960
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status