Lahat ng Kabanata ng 機械仕掛けの偶像と徒花の聖女: Kabanata 51 - Kabanata 60

69 Kabanata

50話 破裂するその想い

「どうしたの?」  キルシュが訊くが、ファオルはすぐに答えず、静謐が訪れる。「本当にどうしちゃったの? ファオル今日は変よ?」 ──昨晩の事をもしかして気遣っているの? キルシュが近付いて屈んで訊く。ファオルは首を振りキルシュを見上げた。 『ねぇ。キルシュはさ……何があっても、どんな風になったとしても、ケルンをずっと愛し続ける?』 訊かれた言葉にキルシュは硬直した。「何を言っているの……それは勿論。きっと。自分の気持ちに素直になったけど、私は彼の事が好きよ。ずっと一緒にいたいって思っているわ」 ありのままの本心を言うが、途端にキルシュの心に靄がかかった。 ……ずっと一緒にいたい。その気持ちだって偽りは無いが、彼は人ではない。ずっとなんて、永遠なんてありえるのだろうかと。無いだろうと。分かりきっていた答えが散る。 ふと昨日の言葉が頭に過る。 いつかは恋人ではなく、それ以上に。永遠を意味するような言葉を言おうとして……唇を塞がれ〝それは……いつか男の俺から、はっきりと言えたらいいな〟と。 決して断定ではない、いつも堂々とした彼にしては曖昧な答えだった。 それを、まじまじと思い出したキルシュの心は緩やかに熱を失い始めた。 まるで〝甘く幸せな魔法〟が解けてしまうかのよう。 靄を広げるように、不安が広がり始めてしまった。(これ以上、何も言わないで。私は何も知りたくない)  心が酷くズキズキと痛み始める。自然と視界が歪み、ファオルが霞んで見える。 キルシュは胸元を押さえて、今にも泣きそうな面輪でファオルを呆然と見下ろした。  『キルシュはさ、失われた記憶を全部取り戻して、全部受け入れる覚悟ってある? ケルンがどんなになったとしても愛する事ができる? それができないなら──』 ──ケルンをまた忘れる覚悟はある? 続けて
last updateHuling Na-update : 2025-06-19
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51話 望まぬ再会

 身体の芯まで凍りついたような寒さに、シュネははっと意識を取り戻した。途端に感じるのは埃の臭い。 寝台の上に寝かされていた事に気づき、シュネはゆったりと身を起こした。 吐く息は真っ白だった。自らの身体を抱き締めるように身体を摩り、目の前を見て、シュネは絶句する。(…………ここは) 自分を閉じ込める部屋の前には鉄格子──立ち上がり、周囲を見ればどこまでも続く長い廊下が広がっていた。一定の間隔で、火を入れた壁掛けの燭台が設置されているが、灰色の石造りの空間には窓が無いので、余計に寒々しかった。  恐らく地下監獄。そして、この光景は既視感がある。〝忘れもしない心的外傷〟が自然と結び付き、シュネの顔は一瞬にして真っ青になった。 ……過去に後ろめたい事をした覚えはあった。けれど、なぜ今こうなったのだろう。どうして私は、こんな場所に〝連れ戻された〟のだろう。 寒さか恐れか。震えるシュネの唇からはカチカチと歯の鳴る音が絶え間無く響く。 今朝はいつも通りにレルヒェの街に降りた。買い物を終え、痛みの森へ戻ろうとしたその時──人気の無い路地で、複数の男に背後から羽交い締めにされた。 暴漢など、自分の力で一掃できる自身はあった。だが、ほんの一瞬だった。ぴりっとした痛みを感じた途端に自由を奪われ、口に布を当てられた瞬間に意識を失い──今に至る。 だが、この場所は……。シュネの脳裏には凄惨な記憶の数々が散る。  シュネが痛みの森に住んでいるのは、もう帰る場所も行く宛ても無いから。そして、〝ある人物〟から逃げ出した為であった。 農作が盛んな国境に面した辺境地とは言え、ヴィーゼ伯爵領は決して寂れた田舎ではない。レルヒェ地方の中では、人口も多く賑わいもある。だからこそ、隠居の身は街中でも自然と溶け込む事ができたのだ。(どうして……私、なんで。そんな……どうしよう)  とにかく、逃げなくてはならない。何を
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52話 蝕む者たち

 嫁いだその晩、シュネはイグナーツによって踏みにじられた。  背後からのしかかる重み。体を貫く熱と痛み。髪を引かれ、首を絞められ、どれほど悲鳴を上げても、助けを呼んでも──声は虚しく空間に吸い込まれるだけで、誰にも届かなかった。   「……いや、やめて、もう許して、お願いです」  どんな懇願も、すべては無意味だった。 彼の欲が満たされた時には、シュネの涙は涸れ、声さえ出なくなっていた。そんな時与えられたのは、初めての口付けで。屈辱に震えながらも、シュネは僅かな反抗として彼の舌を噛んだ。    ──それが、本当の悪夢の始まりだった。 激昂したイグナーツは、彼女を地下監獄へ幽閉し、そこで待っていたのは暴力と、言葉にするのもはばかられる屈辱だった。 希望も尊厳も失われ、彼女は思った。いっそ、死んでしまいたいと。  けれど──この男の手にかかって死ぬのだけは、我慢ならなかった。 ならば、自分で終わらせたい。  どうせなら、美しい場所で、最後を迎えたい。そう考えた時思い浮かんだのが、レルヒェ地方にある〝痛みの森〟。曰く付きで、人々が忌避するその森で、静かに終わりを迎えようと心に決めた。 それが定まると、どんな辱めにも耐えられた。不思議と心が凪いで、彼に対して従順に振る舞えるようになった。  そのせいだろうか。イグナーツも幾分か機嫌を良くし、穏やかな態度を見せるようになった。身体を拭い、髪を梳き、着替えの際には後ろ手だった拘束を前に変えるほどに。 そして──七日目の夜。  シュネは、固く縛られた布を歯で裂き、逃亡を試みた。  布には赤い塗料で描かれた奇怪な紋様。これが彼女の力を封じていたのだと、拘束された瞬間から感づいていた。そして、思った通りだった。 力を取り戻したシュネは、己の権能を解き放ち、真夜中の牢を破り、闇の中へと逃げ出した。   ***「おまえに似た女の目撃情報は、何度か耳にしていた。だが、まさか生きていたとはな。しかも〝痛みの森〟方面から街に来ていたとは……まったく、灯台下暗しだ」 イグナーツは感心したように言い、シュネの顎を掴むと、妖艶な笑みを浮かべる。「なかなか賢い女だ。おまえは五年経って、随分と美しくなった」    その声は甘く、どこか愛しささえ滲ませていた。  けれど、その目の奥にあったのは──抑えきれな
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53話 消えた氷の乙女

「イグナーツ様。風の噂ですが……義妹様が能有りだったと聞きました。なぜ貴方は《蝕》に属するのに、能有りを受け入れたのですか?」 当たり障りなくシュネが尋ねると、イグナーツは頤に手を添えた。「奇妙な質問だな。だが、おまえは俺の特別だ。教えてやろう。あの娘は、能有りの中でも最も穢らわしい権能を持っていた。だからこそ、我らが管理すべきだと判断した」「……管理?」 訝しげにシュネが眉を寄せると、イグナーツは淡々と続けた。「神からの啓示で十八までは生かせと命じられていた。だから満足な生活と教養も与えて泳がせた。だが過去を覚えていれば厄介だ。だから、洗脳して記憶を奪ったと父から聞いた。……全てはその命を贄として使うために」 最後に、「神堕ろしの贄として命を使う」と付け加え、彼は薄く笑う。 その言葉に、シュネの面輪は凍りつく。 ──洗脳。贄。キルシュちゃんが? あまりの衝撃に思わず復唱してしまい、自らの失言に気づいた時にはもう遅かった。 イグナーツの手が、無造作にシュネの細い首を掴んだのだから。 たちまち寝台に押し倒され、気道が潰れた。「ぁ……ああ……っ」 目を見開いたまま喘ぐシュネを、イグナーツは嗜虐的に見下ろし、にやりと笑う。「やはり知っていたか。嘘吐きな花嫁だ」 そのまま惨めに喘ぐ唇へ、乱暴な口付けを落とされた。唇を割って舌が押し込まれ、意識が遠のく寸前──イグナーツはようやく手を離した。 シュネは咳き込み、酸素を求めて肩で息をする。しかし、まただ。力が使えない。無意識でも発動しなかった。揺れる視界で手を見たシュネは、愕然とした。 氷雪の紋様。その上に、赤黒く《蝕》の火輪と歯車──あの日、拘束されていた布に描かれていた印がそこにあった。 間髪入れず、鈍い衝撃が襲う。寝台から突き飛ばされ、頭を壁にぶつけた。 「んぐ…&helli
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54話 やむを得ない決断

 寒空は分厚い雲に覆われていたが、雪明かりのせいか、妙に空は明るかった。(雪が降っていないだけ、まだ良かった……) それでも寒い。レースをふんだんにあしらった焦げ茶色の外套に身を包んだキルシュは、時折吹く氷の風に肩をすくめながら夜の森を進む。 その肩に乗るファオルは、まだ鼻をすんすんと鳴らし、静かに泣いていた。 カンテラに照らされた雪の道は、シュネが権能で融かしていたおかげで、歩みに支障は無い。そんなキルシュの少し後ろを、ケルンがいつもの軽装で黙々と歩いている。 既に、森の奥深くにある廃教会を出ておよそ一時間。 針葉樹ばかりだった木々に落葉樹が混じり始め、上空も徐々に開けてきた。森の出口が近い証拠だ。 ──こんな長距離を、雪の日も雨の日も。 シュネは、これを毎日のように往復していたのだろうか。今さらながら、彼女の体力に圧倒された。 だが、それよりも。 本当に、どうしてしまったのだろう。事件や事故に巻き込まれていなければいいが……とにかく早く、無事を確かめたい。胸の中では、そんな思いばかりが渦を巻いていた。 やがて森を抜けると、遠くにぽつぽつと街灯と民家の灯りが見えてきた。 キルシュは立ち止まり、やや後ろを歩いていたケルンの方へと振り返る。 彼は変則的な使徒で、元は人間──その姿は、普通の人間にもそのまま見えてしまうと、以前話していた。 闇にぼんやりと浮かぶ発光する瞳。首元に露わになった金属質の部位。 確かに、これでは目立ちすぎる。見られれば、厄介な事になるだろう。 「ケルン、ここで待っていて。私は民家や商店に聞き込みに行ってくる。……多分、ファオルは私の肩に乗っていても、普通の人には見えないと思うから」 ファオルの背をそっと撫でながらそう言うと、ケルンはすぐに首を振った。「いや。この時間だ。夜も更けてきて、人通りはほとんど無い。……俺は目立たないようにキルシュを追う。キルシュにまで何かあ
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55話 〝おかえり〟と言ってほしかった

 伯爵家に続く緩やかな坂道を自分の足で昇るのは、随分と久しかった。 前に帰省した秋口は、ユーリの御する馬車に揺られての帰省。酷く陰鬱な気持ちだった。だが、今のキルシュは、それ以上の不安を背負っているというのに、なぜだか気持ちが軽かった。  シュネが生きている希望があると分かってほっとした事もあるだろう。 それに、今は一人ぼっちではない。ケルンやファオルだっている。それが分かるだけで、伯爵家に戻る事に関しては大きな不安は無かった。 それでも、この絆は永遠にできないのは分かっている。不透明で先行きなど一つも見えない。朝の不安はやはり頭をちらついた。(それでも私は、今を大切にしたい……少しでも希望を信じたい)  どこに身を潜めているか分からないケルンの事を思いながらキルシュは歩む。今日の今日で全てが崩れるわけがないだろう。そう願いつつ、キルシュは黙々と歩んだ。 ややあって、門の前に辿り着く。 キルシュが柵を押そうと手をかけたと同時だった。どこか不安そうにファオルが頬に擦り寄ってきた。『キルシュ、正面から行くの?』「うん。状況が分からない以上、こそこそ入っても仕方ないもの。……私は、ここの〝お嬢様〟なんだから」 大丈夫と念を押すように言うと、ファオルは静かに頷いた。 白い鳩の姿をしたファオルが、どこか甘えるように擦り寄る。それがとても愛しくて、キルシュは微笑む。 今そばにいてくれる事。それだけで心が救われる。(たとえ、門の先で罵倒されようと──もう、怖くはない) 覚悟は決まっている。それでシュネが無事ならば、それだけで良い。 屋敷を見上げると、灯りは煌々と灯っていた。 詳しい時間は分からないが、街の民家で時計を見た時、午後九時になろうとしていた頃合いだった。なので、まだ日付は跨いでいないだろう。 しかし、キルシュは一つ違和を覚えた。正面玄関真上、最上階に位置する領主の部屋の灯りだけが消えているのだ。 …&hellip
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56話 地下牢での目覚め

 遠くでシュネの呼ぶ声が聞こえて、キルシュは瞼を動かした。 確か、消息を絶ったシュネを探しにレルヒェの街に降りて……伯爵家に帰って。その一連を思い出した途端、キルシュははっと瞼を開けた。 (シュネさん……!)  しかし随分と埃臭い。横たわっていた場所は、煤けた簡素な寝台の上──キルシュは体を起こし上げてすぐだった。「キルシュちゃん! ここよ!」  シュネの声はやはり幻聴ではなかった。キルシュが急ぎ、声の方を向くが絶句した。目の前には鉄格子。向かいの房にシュネがいた。 しかし、黒衣のドレスの胸元は破れ、髪の毛は随分と乱れていていた。頬を撲たれたのか腫れている。それに彼女の瞳は赤々と充血し、溺れるように潤っていて……。  まるで──〝乱暴でもされた〟ようだった。彼女の姿を見てキルシュは青くなるが、すぐさま、彼女に近付こうと鉄格子に寄って、初めて違和に気付いた。 キルシュの両手には手かせが嵌められていた。 その手の甲に浮かぶ「能有りの証」である紋様は、赤い塗料でべっとりと上書きされている。 ──火輪に似た形。その周囲を囲う歯車、機械仕掛けの羽根、そして栄光を象徴する光。それはまるで、ケルンの紋様に、国教の全てをなぞったかのような、奇妙な印だった。「……何、これ」 ぞっとして、キルシュは訝しげにそれを見つめる。 だが不思議な事に、力が湧いてこない。こんな状況なら、蔓草が勝手に現れてもおかしくないはずなのに。(もしかして……権能を無効化して、《心》を遮断している?) 屋敷に戻ってからの記憶は曖昧で、ユーリに会った後、何が起きたのかすら掴めなかった。 ただひとつ、シュネが生きていた事だけが確かな救いだった。 向かいの牢の彼女に、キルシュは声をかける。「シュネさん……無事でよかった。大きな怪我はしていませんか?」
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57話 伯爵家の影

 暫くしてもキルシュは何も答えられないままだった。 静謐の中で、シュネが啜り泣く声だけが響き渡る。  だが、シュネ立場で考えれば理解できる。 もし、同じ状況下に置かれたとなれば、自分だって同じ事をするだろう。そもそも彼女を責めるのは筋違いだ。 義兄の婚約者と隠していた事においても、彼女が捕縛された事においても、何一つ彼女を責める部分などない。〝隠していた〟だけで、彼女は何一つ悪い事なんてしていない。寧ろ、義兄の毒牙にかかった犠牲者に違わないだろう。(能有り能無しを抜きにしても、女を何だと思っているの……同じ人間に変わりないのに) ボロボロになった彼女の姿を見るだけで、酷く心が軋む。 それでも、先程聞いた言葉の意味を、どうしても確かめずにはいられなかった。キルシュは鉄格子の向こうで肩を震わせるシュネに、そっと声をかける。 「ねぇ、シュネさん。さっき言っていた《蝕》って何……?」 キルシュの問いかけにシュネは、顔を伏せたまま、膝に落とした手をぎゅっと握りしめた。 その指がかすかに震えているのを、キルシュは見逃さなかった。 「……能有りを人間とさえみなさない、国境過激派諸派よ。歴史の中で何度も能有りの虐殺を行ってきた」  ──それが《蝕》。イグナーツ様は……違う。ヴィーゼ伯爵家そのものが代々信心の深い信徒だった。 その言葉を聞いた瞬間、キルシュの中で何かが外れた。 まるで心の奥に、閉じられていた扉が、ひとつ、音を立てて開いた心地がした。  脳裏で火の粉が舞う──刺すような冷たい空気の中で燃え盛る炎の熱さ。建物を燃やす轟音と子どもたちの悲鳴や泣き声。そして、血まみれで地面に突っ伏せた伏せた大好きな親友。 ボーン、ボーン……と低く響く柱時計の鐘の音が耳の奥で響き渡る。 身体の自由を奪われた上、目隠しをされて呪詛のような言葉の羅列……。
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58話 それは神からの啓示と

 ──伯爵家の敷地は広大だった。 母屋、離れともに石造り。その二つの建物を繋ぐ渡り廊下は緩やかな湾曲を描く屋根がついていて、側面に置かれたトレリスに葉を落とした蔓薔薇がびっしりと絡んでいた。 離れの奥には礼拝堂がある。 円錐型の屋根の上には歯車の中の火輪。その下には均等な長さの十字。それらを、翼を広げて強靱な足で掴む鷹のレリーフ──ツァール聖教の象徴が掲げられていた。 ケルンは物心ついた時から、ヴィーゼ伯爵領に居た。 小高い丘の上に佇むこの屋敷は景色の一部で馴染みがある。けれど、実際に足を踏み入れたのは今日が初めてだった。 見上げた空は、沈黙を抱いていた。 やがて、雪がしんしんと降り始める。母屋の屋根の上、ケルンは白い息を吐いて屋敷全体を眺めた。  しかし、なかなか動きが見えない。 キルシュが屋敷に辿り着いたのは遠目で分かったが、今は恐らく母屋の玄関ポーチの下。突き出した屋根に隠れているので状況が掴めない。(せめて会話が聞こえるくらいまで移動するか……) 動こうとしたその瞬間だった。途端にファオルの叫びが劈いた。 何事か。ケルンは迅速に玄関ポーチの上へ移る。同時に傍らで光の渦が弾けた。 『──キルシュが捕まった! 相手は能有りの使用人! 急げ!』  返事もせずケルンは屋根から飛び降り、雪を巻き上げ着地した。 舞い上がる粉雪のベール。それが晴れて、目にしたものにケルンは、たちまち目を吊り上げた。  使用人服を召した金髪の男がキルシュを抱えてそこに居た。 気絶しているのだろう。キルシュは使用人の腕の中でぐったりとして、目を閉ざしている。  彼女は養女だろうが、使用人からすれば、一応〝お嬢様〟という身分。屋敷の者に叱責される事はあったとしても、気を失う程の折檻は度が過ぎているだろう。 それも能有りの力を使ってだの……。「おい。キルシュに何をした」 ケルンは真っ直ぐに睨み据える。使用人の
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59話 全ては闇の手の中に

 一歩、二歩と後退りするケルンは、窮地に立たされていた。  自分の力は通常の能有りよりも強い。この力は二人殺めるに充分過ぎる程の殺傷能力がある。だが、感情のままに動く事も、人を殺める事も自分の身に良くない事だとケルンも理解していた。  感情的になるな。落ちつけ。ケルンはひとつ息を抜く。「おい。その前に訊かせろ。おまえの信仰する〝唯一神〟とは誰だ」 ケルンは静かに訊くが、聖職者は何も応えない。  男の使用人は怯え切った瞳のまま、ケルンを見つめていた。   (こちらの話は無視。無駄か……) 舌打ちをした瞬間。またもギシギシと音を上げて、内部を侵す金属の浸食が始まった。抑えきれぬ怒りに、紋様のある手からは権能の力は溢れ出す。  自分の周りは真昼のように煌々と明るくなり、背後には幾何学模様の歯車がゆったりと回り始める。  ──意図せぬ臨戦態勢だった。   (だめだ。殺すな……抑えろ、怒るな)    肩で息をしながら、ケルンは自分を必死に戒める。  本当は殺したい。憎い。だが、それでは全てが〝あちら側〟の思う壺だ。 何とか打開策を探さねばならない──そう思考を巡らせるも、まともな演算すらできない。 ファオルは聴くだけの、傍観者だ。クレプシドラの目となり耳という役割でこの場面に介入したところで、何もできないのはケルンも分かっていた。  その証拠と言わんばかりに、気配は近くで感じる。  耳をすませば、啜り泣く声が聞こえるもので……。  完全な窮地である。だが、それは使用人の男も同じだろう。彼は真っ白な顔でケルンを見て絶望の面輪を浮かべている。 この表情から察する。恐らく、この男は〝刃向かえない境遇〟なだけだろう。  或いは洗脳だのそういった類いで操作されているのだろうかと。  ならば、この男を説得するのが一番だ。ケルンが彼と向きあったと同時だった。「早くなさい」 冷たく響いた聖職者の命令に、使用人の男は怯えながらも頷いた。その途端だった。  目の端で自分の光とはまた違う──何かヒビ割れるような光が走る。  感じるのは痺れるような衝撃で……気付けば、首に腕が絡んでいた。 だが、その一瞬をケルンは見逃さなかった。  彼の手の幾何学模様が模るものは……雷。(……そういう事かよ!)    ──身体の中身大半が金属質。その上、
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