会計を済ませると、シオンの花束を彼女は一度その手にとった。「紙袋に入れますか?」と尋ねながら、袋を種類と大きさ別に揃えて立てかけてあるレジ下の棚に手を伸ばす。けれど、雪さんは「いらないわ」と言って、その花束を徐に私に差し出した。「これ、陵に渡しといて」「えっ?」咄嗟のことで考える間もなく花束を受け取ってしまい、花束と雪さんとを交互に見つめた。一瀬さんに、ということは。「厭味、って」先ほど言ってた厭味とは、一瀬さんに向けられたものだったのかと気付く。ふふっと悪戯に微笑む彼女は、とても艶やかだ。「シオンの花言葉、知ってる?」「いえ」「”追憶、君を忘れない”……それと、”遠方にある人を思う”」雪さんがお店を出てすぐのこと、一瀬さんが「閉店にしましょうか」と合図を出して、私は頷いてすぐに店の外にあるプレートをひっくり返しに外に出た。何気に駐車場や敷地内に目を走らせると、やはりもう彼女の姿も車も見当たらない。本当に帰ったんだと、安堵する自分はとても心が狭い。雪さんや一瀬さんに比べて、私は余りにも子供だった。好きです、傍にいたい。ここで働きたい、貴方と一緒に。そう思うだけで、言葉にするだけで精一杯で。二人の間で交わされたのだろう過去の想いや仕事の事情や、生き方の違いなど思いもよらなかった、想像もできなかった。一つだけわかったことは、過去に二人が別れを選んだその時、互いを嫌いになったのでも恋愛感情がなくなったわけでもないことだけは、ひしひしと伝わっていた。店に戻り閉店作業の残りを片付けて、私は雪さんから託されたシオンの花束を持ってカウンターの中の一瀬さんに声をかけた。厨房からはまだがちゃがちゃと金属や陶器の触れ合う音がしていて、片山さんが後片付けの最中なのだろうとわかる。「これ、雪さんからです」シオンの花束をカウンターを挟んで彼に向かって差し出すと、一瀬さんは驚いたように目を見開いた後、苦虫をかみつぶしたように表情を崩した。「また……嫌に意味深な花を」「雪さんが、花言葉でコレを選んだってどうしてわかるんですか?」私の手から、一瀬さんの手に花束が渡る。一瀬さんが花言葉に詳しいことは知っているけれど、雪さんがそれを理由に花を選んだことにすぐに気が付いたことが不思議だった。「元々、私に花言葉を教えたのは彼女ですから」あ……
Last Updated : 2025-05-22 Read more