先ほどまでは、ただ葉月の無事を喜ぶあまり、思考が完全に麻痺していた。「なんて杜撰な病院だ、カルテを間違えるなんて!」と、本気でそう思い込んでいた。深く考えることもしなかった。だが、一葉の言葉が、その思考の靄を振り払う。そうだ……一つの病院が、何度も、何度も、同じ患者の診断を間違え続けるなんてこと、ありえるのか?そんな偶然など、この世に存在するはずがない。何度も繰り返されたというのなら、それはつまり――これまで見てきた報告書が、全て偽造されたものだったということだ。ということは、葉月は、ずっと知っていたのだ。自分に心臓病などないことを。全ては、彼女の芝居だったのだ。病気でもない彼女が、なぜあれほど必死に心臓を求めたのか。答えは一つしかない。本当に心臓移植を必要としている人間が、他にいるのだ。――つまり、彼女は、その『誰か』のために病を偽り、俺を騙した。俺は、この女のために心を砕き、どんな汚い真似も厭わなかった。挙句の果てには……実の母親の命まで天秤にかけて、彼女のために心臓を手に入れようとしたというのか!そこまで考えが至った瞬間、国雄は信じられないものを見るかのように、葉月の顔を見つめた。その当の葉月は、一葉の提案の真意を悟り、興奮に体を震わせていた。これはチャンスよ!青山一葉は、自分の手を汚さずに父親を始末したいだけ。私がうまく立ち回れば、私も、そして愛するあの人も助かる!歓喜に心を奪われた彼女は、国雄の表情の変化に気づきもしない。ただ、彼の腕を掴み、上ずった声で訴えた。「国雄さん!私を一番愛しているって、私のために何でもしてくれるって、そう言ってくれたわよね?お願い、あなたの心臓を私にちょうだい!」葉月はそう言って、濡れた瞳で国雄を見上げた。その瞳には、哀れを誘う懇願の色が濃く浮かんでいた。いつもなら、彼女のそんな表情を見るだけで、国雄は胸が締め付けられるような愛しさを覚え、どんな無茶な願いでも叶えようと奔走しただろう。だが――今の彼には、もはや以前のような愛おしさは一片も湧いてこない。代わりに背筋を駆け上がってきたのは、肌を刺すような悪寒だった。真夏の太陽の下から、一瞬にして氷点下数十度の極寒の地へ放り込まれたような感覚。心臓が凍りつき、粉々に砕け散ってしまいそうなほどの、絶望的な冷たさ。「国雄さん、どうし
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