All Chapters of クズ男が本命の誕生日を盛大に祝ったが、骨壷を抱えた私はすべてをぶち壊した: Chapter 411 - Chapter 420

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第411 話

電話を切った瞬間、芽衣の顔から先ほどまでの優しい微笑みがすっと消えた。代わりに浮かんだのは、冷たく歪んだ憎悪の表情。彼女は手に持ったスマホを見下ろし、低く呟いた。「ふん......あのばばあ、覚えてなさい。静雄を完全に掌に入れたら、次はあんたの番よ」同じ頃、静雄は松原商事のオフィスで書類に目を通していた。額には深い皺が刻まれ、疲れが隠せない。そのとき、机の上のスマホが震えた。ニュースアプリの通知が目に入った。「延浩と深雪、交際発覚──仲睦まじく旅行へ。結婚間近か?」記事に添えられた写真には、笑い合う二人の姿。延浩が深雪の肩に手を置き、彼女が柔らかく見上げていた。静雄の心に、言葉にできないざらついた感情が広がった。彼は衝動的にスマホを手に取り、深雪の番号を押した。だが、スマホの向こうから聞こえてきたのは無機質な声。「おかけになった電話は、現在おつなぎできません」静雄は苛立ちを抑えきれず、スマホを机に投げ出した。頭の中がぐちゃぐちゃになり、何も考えられなくなった。その頃、病院では中子が眠れずにいた。まぶたを閉じても、深雪と延浩が寄り添う光景が脳裏に浮かぶ。「......静雄、ちょっと来て。話があるの」彼女は弱々しい声で呼びかけた。だが、病室に入ってきたのは芽衣だった。「お義母さん、静雄は今忙しいんです。私でいいでしょう?」「いいえ、静雄を呼んで。今すぐに」中子は必死に言った。彼女には、どうしても息子に伝えたいことがあった。「何をそんなに言いたいんです?私が聞いておきます」芽衣は面倒そうに答えた。彼女としては、これ以上静雄に余計なことを吹き込まれたくなかった。「静雄を......呼んで......」中子の声がどんどん小さくなっていいた。その顔から血の気が引き、瞳の焦点が合わなくなった。「お義母さん?どうしました!?」芽衣は慌てて駆け寄り、彼女の肩を揺さぶった。だが中子はぐったりと力を失っていた。「誰か!誰か来てください!」芽衣の叫びに看護師たちが駆け込み、中子をストレッチャーに乗せて急いで処置室へ運んだ。廊下で芽衣は落ち着かずに歩き回った。胸の鼓動がうるさいほど響き、手のひらが汗で湿っている。もしこのまま......死
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第412 話

「先生、母はどうなんですか?」静雄は慌てて前に出て尋ねた。「手術は成功しました。患者さんはすでに危険な状態を脱しています」医師の言葉に、静雄はようやく張りつめていた息を吐いた。「ただしご高齢ですし、体力も落ちています。当面は入院して体調を見ましょう」「ありがとうございます......本当に、ありがとうございます」静雄は何度も頭を下げた。「しばらくは安静が必要です。面会は短めにお願いします」医師が去ると、静雄はそっと病室のドアを開けた。ベッドの上では中子が静かに眠っていた。顔色はまだ白く、頭には厚い包帯が巻かれている。モニターの電子音だけが、かすかに規則正しく響いていた。静雄は椅子に腰を下ろし、母の手を握った。「......ごめん、母さん。全部俺のせいだ。もう二度と怒らせたりしないから......」その声に応えるように、中子の目尻から小さな涙が一筋、頬を伝って落ちた。数日間、静雄は病院に泊まり込み、母の看病を続けた。書類を抱えて病室で仕事をする姿は、どこかやつれて見えた。芽衣は何度か見舞いに来たが、そのたびに静雄の冷ややかな視線に追い返されるだけだった。一方その頃、深雪と延浩は海外での新プロジェクトの視察に出ていた。彼らの関係は、仕事を通してますます強く結びついていく。「深雪、この案件は間違いなく成功する。絶対に手に入れよう」延浩は資料を見つめながら自信に満ちた声で言った。「ええ、私もそう思うわ。準備は万全にしないとね」「大丈夫。僕がついてる」延浩の柔らかな笑顔に、深雪の唇も自然とほころんだ。ふたりは現地の名所を巡り、異国の料理を味わい、海辺で朝日や夕日を眺めた。その時間は穏やかで、まるで過去の痛みをすべて洗い流していくかのようだった。そのころの松原家は重苦しい空気に包まれていた。中子は一命を取りとめたものの、心身ともに衰弱し、ベッドからほとんど起き上がれなくなっていた。静雄は昼は会社の危機対応、夜は病院という生活を繰り返し、頬がこけていた。廊下の隅でその様子を見ていた芽衣は、心の中でほくそ笑んだ。このままお義母さんが何もできなくなれば、私の邪魔をする人はいなくなる。その夜、中子がようやく眠りについたのを確認して、静雄と芽衣は家へ戻った。芽衣
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第413 話

静雄が服薬治療を続けてからしばらく経ったころ、ついに松原商事の役員会は彼を正式に認めた。松原商事・本社ビル、社長室。デスクの上には書類が山のように積み上げられ、静雄は険しい表情で資料を睨んでいた。眉間には深い皺が刻まれ、目の下には濃い疲労の影が滲んでいた。彼はこめかみを押さえ、重くなった頭を無理やり覚醒させようとした。だが、母の急病と度重なる経営判断の失敗が重なり、会社はこれまでにない危機に陥っていた。「コーヒーをどうぞ」芽衣がトレイを手に部屋へ入ってきた。カップから立ち上る香りとともに、彼女は優しい微笑みを浮かべるた。「午前中ずっと仕事だったでしょう? 少し休んで」静雄は顔を上げ、その柔らかな眼差しを見つめた。胸の奥に温かいものが流れ込んでくる。「ありがとう、芽衣」コーヒーを一口含むと、苦味の中にほのかな甘さが広がった。「私に遠慮なんていらないわ」芽衣は微笑みながら、そっと彼の肩に手を置いて揉みほぐした。「お義母さんのことは私に任せてね。会社のことに集中して。家のことは心配しないで」静雄はその言葉に胸を打たれた。この世界で自分を本当に理解してくれるのは、もはや彼女だけなのだ。「芽衣......お前がいてくれて本当によかった」芽衣は彼の胸に身を寄せ、満足そうに微笑んだ。妻という座を、彼女は決して誰にも渡すつもりはなかった。一方そのころ、深雪と延浩は海外での視察を終え、帰国の途に就いていた。飛行機を降りた直後、深雪のスマホが鳴った。助手からの連絡だった。「社長、静雄のお母さんが倒れて入院されたそうです」電話を切った後も、深雪の顔には何の変化もなかった。その瞳は静まり返り、心の底まで冷えきっている。「どうしたの?」延浩が心配そうに尋ねた。「...... 静雄のお母さんが入院したみたい」深雪の声は淡々としていた。「そうか......」延浩はそれ以上何も聞かず、ただそっと彼女の肩に手を置いた。「無理に気にしなくていい。君はもう、過去を生きる必要はない」深雪は小さく頷いた。延浩がそばにいてくれる、それだけで十分だった。その頃、静雄は松原商事の役員を集め、緊急会議を開いた。新たな事業再建案を発表し、会社を立て直そうと試みていた。
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第414 話

陽翔の狙いは火事場泥棒のようなものだった。だが、今の彼には会社のためにも、その提案を無視するわけにはいかなかった。「......検討するから」静雄は低く短く答えた。声には苛立ちが滲んだ。陽翔の口角がゆっくりと吊り上がった。やはり、追い詰められている。時間の問題だ。彼が満足げに退室すると、部屋の空気は一気に重くなった。静雄は椅子に深く沈み込み、額を押さえていた。その頃、深雪は密かに松原商事の財務状況を調べていた。「......やっぱりね」帳簿上では黒字のはずの複数の子会社が、実際には赤字を隠していた。架空の取引、虚偽の利益報告、資金の不自然な流れ。会社の内部は、表面以上に深刻な腐敗に蝕まれていた。深雪はすぐに調査資料を整理し、延浩に送信した。「面白いものが見つかったわ」数分後、延浩から返信が届いた。「こちらも内部情報をつかんだ。松原商事の資金繰り、ほぼ限界だ」「ふふ、そう......もう潮時ね」深雪の唇に、冷たい微笑が浮かんだ。松原家を倒す。その日が、ようやく来る。一方そのころ、病院の病室では、芽衣がいつものように献身的な嫁を演じていた。「お義母さん、今日は魚の味噌汁を作ってきました。お好きだったでしょう?」笑顔を作りながら、湯気の立つ碗をベッド脇のテーブルに置いた。だが、中子はその碗を一瞥しただけで顔をそむけた。「いらないわ......帰って」そのひと言に、芽衣の頬がぴくりと引きつったが、すぐに笑顔を貼り付け直し、柔らかい声で続けた。「そんなこと言わないでください。私は本当にお義母さんのことを思って......」中子は鼻で笑ったきり、沈黙した。そのとき、ドアが開き、静雄が入ってきた。彼は芽衣の姿を見て、思わず表情を緩めた。「芽衣、いつもありがとうな。母さんのこと、助かるよ」「そんな......当然のことだわ」芽衣はわざと控えめに微笑み、そっと彼の胸に顔を寄せた。「母さんの容態が落ち着いたら......お前も少し休め。もう待たせたくないんだ」「......静雄」その言葉に、芽衣の胸は高鳴った。あと一歩。もうすぐ妻の座は自分のもの。その夜、都内のホテルで開かれた宴会。静雄と深雪は、まるで偶然を装うように会場で鉢合わせた。
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第415 話

深雪が帰宅すると、延浩はすでに豪華な夕食を用意して待っていた。ふたりは暖かな雰囲気の中、次の戦略を話し合っていた。一方、松原商事が銀行からの融資申請を無情にも突き返されたとの知らせが入った。財務状況が問題視され、リスクが高いと判断されたのだ。社長室で静雄は書類を机に投げつけ、重苦しい音を響かせた。疲労を払おうと眉間を揉んでも、連日の問題は止まらない。芽衣がトレイに乗せた温かいミルクを手に、部屋へ入ってきた。ピンクのルームガウンに身を包み、どこか家庭的なやさしさを演じているようだった。「静雄、あまり無理しないで。ミルクでも飲んで少し休んでね」静雄はミルクを受け取り、一口含むとその温かさに少しだけ気持ちが和らいだ。「今の会社の状況は本当にまずい。どうしたらいいのか分からない......」静雄はため息をつき、脱力した声で言った。芽衣は彼の背後に回り、肩を優しく揉みながら「大丈夫、きっとうまくいくよ。私はあなたを信じている」と励ました。静雄は芽衣の手を強く握りしめ、「芽衣、お前がいてくれて本当に助かる」と頼りきった表情を見せた。芽衣はその腕に寄り添い、幸福そうに微笑むが、その瞳には密やかな計算めいた光がちらりと宿っていた。今の静雄は弱っており、彼女にとっては絶好の機会なのだ。数日後、陽翔が再び静雄のもとを訪れた。今回は媚びる様子もなく、より要求を露骨にしてきた。ソファに足を組んで座り、得意げに切り出した。「先日お話した件、どうですか?」静雄は陽翔の得意げな顔を見て嫌悪を覚えながらも、冷たく尋ねた。「何を求めるつもりだ?」陽翔は図々しくも口を開いた。「簡単なんですよ。松原商事のいくつかのプロジェクトに優先的に協力させてほしいだけですよ」静雄は拳を固く握った。陽翔が火事場泥棒のように乗じてきたのは明らかだが、会社のためには考慮せざるを得ない状況に追い込まれている。「そんなのは人の弱みに漬け込む行為だ!」静雄は歯を食いしばって怒りをあらわにした。陽翔は肩をすくめ、どこ吹く風といった涼しい顔をしていた。「ビジネスが戦場であることは、よくご存じでしょう。弱みに付け込むことを非難しても意味はございません。もしお受けになられないのであれば、仕方のないことです。こちらにも、またいろんな案件がございますの
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第416 話

「松原商事の財務の穴、すべて洗い出したわ。もう風前の灯よ」深雪はオフィスのデスクに腰かけ、手にした報告書を眺めながら、冷ややかな笑みを浮かべた。「次はどう動くつもりなんだ?」遥太は向かいの席でペンを指先でもてあそびながら、問いかけた。「静雄に、絶望ってものを思い知らせてやるの」深雪の声は低く、瞳には氷のような光が宿っていた。遥太は口の端を上げて笑った。「本気だな......楽しみにしてるよ」数日後の宴会で、深雪は赤いイブニングドレスに身を包み、ひときわ輝いていた。優雅で堂々とした彼女の姿は、疲弊したスーツ姿の静雄と対照的だった。「お久しぶり」深雪は穏やかに微笑みながら、グラスを軽く掲げた。「......ずいぶん余裕そうだな」静雄の声には疲労と苛立ちが混じっていた。「ええ、おかげさまで」深雪の唇が皮肉に弧を描いた。「でも噂で聞いたよ。松原商事、最近少しお困りのようね。お力になれることがあればと思って」「......どういうつもりだ?」静雄の眉がぴくりと動いた。「単刀直入に言いましょう。私は松原商事に協力できる。ただし、条件として株式の三割を譲っていただくわ」深雪はワイングラスを指で回しながら、落ち着いた声で言った。「......ふざけるな!」静雄は怒りを押し殺しきれず、声を荒げた。「俺をバカにしてるのか!」「いいえ、ビジネスの話をしているだけよ」深雪は肩をすくめ、まるで何でもないことのように微笑んだ。「気に入らなければ断って構わないわ。松原商事がどうなろうと、私には関係ないから」静雄は拳を握りしめ、言葉を失った。怒りよりも、どうしようもない無力感が彼の胸を支配していた。母の病状は一進一退で、静雄は会社と病院を往復していた。消耗しきった彼の隣で、芽衣はより一層献身的な恋人を演じていた。優しく、健気に振る舞うほど、静雄は彼女に頼りきっていく。そんな中、宴会の片隅で深雪はワイングラスを揺らしながら、静雄に一歩ずつ近づいた。声を落とし、囁くように言った。「周りの人たち......本当に全員、味方だと思っているの?」静雄の表情がわずかに変わった。「どういう意味だ?」深雪は微笑んだまま、視線をすっと外した。「忠告よ。身近な人ほど、
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第417 話

もう一方で、陽翔は芽衣に対し、できるだけ早く静雄を手のひらで転がし、松原商事の財産を掌握するよう急かしていた。芽衣は表面上は陽翔に従うふりをしたが、心の中には別の思惑を抱えていた。彼女が欲しいのは松原商事の財産だけではない。彼女は静雄その人が欲しかった。そして、静雄を永遠に自分から離れられないようにしたかった。松原商事の株価は糸の切れた凧のように下落を続け、オフィスの空気は重苦しかった。静雄はパソコンの画面に映る、目を覆いたくなるような数字を凝視しながら、眉をひそめ、こめかみに脈打つ痛みを感じていた。かつて誇りに思っていた商業帝国が今や崩壊寸前に揺らぎ、いつ崩れ落ちてもおかしくない。静雄は芽衣の手を強く握りしめ、その掌の温もりを感じながら深く息を吸い、何とか冷静さを取り戻そうとした。「芽衣......お前はいつも俺を支えてくれた。本当に感謝してる」芽衣は静雄の胸に身を寄せ、幸せそうな微笑みを浮かべた。そして静雄の耳もとにそっと囁いた。「静雄、あなたは永遠に私の一番大切な人よ。何があっても、私はあなたのそばにいるわ」静雄は芽衣を強く抱きしめ、まるでその身体を自分の中に溶かし込もうとするかのようだった。今の彼にとって、芽衣こそが唯一の支えであり、慰めだった。数日後、静雄のもとに再び陽翔から電話がかかってきた。電話口の陽翔は横柄な口調で、さらに無茶な条件を突きつけてきた。「静雄兄、この前話した件、どうなった?俺もそんなに暇じゃないんでね」その言い方には明らかな苛立ちがあり、静雄を見下しているのだ。静雄は電話を切ると、怒りと屈辱で胸が焼けるようだった。陽翔が火事場泥棒のように状況を利用しているのは分かっていた。だが今の彼には抗う力がなかった。会社を守るためには、頭を下げるしかないのだ。静雄の窮状を知った芽衣は、表向きには彼を慰めながらも、裏では陽翔と密談し、どうやってその状況から利益を得るかを計算していた。一方、深雪と延浩も松原商事の動きを注視していた。彼らは密かに特別チームを立ち上げ、松原商事内部の情報を収集し、対抗策を練っていた。追い詰められた静雄は、ついに深雪の提案を再び検討せざるを得なくなった。少なくとも、深雪は陽翔のように軽率ではなかった。彼は深雪の番号
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第418 話

静雄は深雪に高級レストランで会った。席について待っていると、深雪がゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。彼の胸の内は、怒りと屈辱で満ちていた。深雪は鮮やかな赤のイブニングドレスを身にまとい、気品と優雅さを漂わせていた。その唇にはかすかな笑みが浮かび、まるでこの世界のすべてを掌中に収めているかのようだった。「お久しぶりね」深雪は静かに椅子に腰を下ろし、皮肉を含んだ声で言った。「どうやら最近、あまり順調ではないようね?」「あまり調子に乗るな!」静雄の声には怒気がこもっていた。「お前は勝ったつもりか?俺は絶対にお前の思いどおりにはならない!」「勝った?そんなことを言ってないわ」深雪は面白そうに微笑んだ。「私はただ、ビジネスをしてるだけ。あんたのその惨めな姿、本当に哀れね」「お前!」静雄は言葉を詰まらせ、拳を固く握りしめた。今すぐにでもこの女を引き裂いてしまいたいほどの怒りが込み上げた。「まあまあ、そんなに怒らないで」深雪は楽しげに言った。その瞳には挑発的な光が宿っていた。「忠告しておくけど、世の中、何事も引き際が大事よ......あんたが昔、私にしたこと、ちゃんと覚えてるから」静雄の顔色がみるみるうちに険しくなった。深雪は明らかに彼を侮辱している。だが今の彼には何一つ抵抗する術がない。ただ、沈黙のまま屈辱を呑み込むしかなかった。深雪はそんな静雄を見下ろし、心の奥に快感が走るのを感じた。ワイングラスを取り上げ、唇を濡らすように一口飲んだ。その瞳には冷ややかな光が宿っていた。静雄は深雪の無表情な顔を見つめながら、胸の奥から憎しみが込み上げてきた。彼は深雪の冷淡さを憎み、自分の無力を憎み、そして何より——彼女を大切にできなかった過去の自分を憎んでいた。その少し後ろで、延浩が黙って立っていた。彼は深雪のすべての決断を支え、静かに見守っていた。深雪の自信に満ちた笑顔を見つめながら、彼の胸には誇りと愛情が湧き上がっていた。夜、二人は海辺を歩いていた。潮風が髪を揺らし、波が浜辺を打つ音が静かに響いた。「深雪、今日の君は本当によくやったよ」延浩は柔らかく言った。「静雄みたいな人間には、あれくらいの痛みが必要なんだ」「ありがとう」深雪は微笑
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第419話

静雄は芽衣を見つめた。その瞳には複雑な感情が宿っていたが、言葉は出てこなかった。彼はただ机の上のグラスを取り上げ、水を一気に喉へ流し込んだ。今の彼はひどく気分が沈んでいた。怒りと焦燥、そして自分への苛立ちが渦巻いている。だが、芽衣の前で弱さを見せたくはなかった。「静雄、そんなふうに自分を責めないで。何があったのか話してよ、一緒に考えよう?」芽衣は静かに彼のそばへ歩み寄り、優しく抱きしめた。その声は穏やかで、まるで彼の心の痛みを包み込むようだった。「芽衣......まわりの人って、本当に全員が本心で俺に接してるのか?」静雄の声は低く、わずかな疑念がにじんでいた。芽衣の身体がわずかにこわばったが、すぐに落ち着きを取り戻した。彼女は顔を上げ、真っ直ぐに静雄を見つめて言った。「何を言ってるの?もちろんよ。だってあなたは松原商事の社長じゃない。誰だって、あなたを裏切るなんてできないわ」静雄は何も答えず、ただ芽衣を強く抱き寄せた。彼には彼女の温もりが必要だった。支えが欲しかった。だが胸の奥の疑いは、どうしても消えなかった。それから数日後、静雄は芽衣と陽翔の動きを密かに探り始めた。彼は大介に指示を出し、二人の関係を徹底的に調べさせた。大介はかつて静雄に裏切られたことがあったが、長年松原商事に勤めてきただけあって、彼のやり方をよく分かっていた。「また疑心が始まったな」と心の中で思いつつも、余計な口出しはせず、淡々と命令を遂行した。数日後、大介は調査資料を静雄に手渡した。資料を開いた瞬間、静雄の眉間に深い皺が刻まれた。そこには、芽衣と陽翔の頻繁な連絡記録、さらには陽翔が密かに松原商事の株主と接触している事実が記されていた。前代未聞の危機感が彼を包み込んだ。まさか、本当に二人は自分を利用しているのか。一方、芽衣も静雄の様子の変化に気づいていた。彼が自分をちらりと盗み見る視線、探るような質問。それらすべてが、疑いの証だった。芽衣は悟った。静雄が疑い始めた。それからの彼女は、より慎重に立ち回るようになった。いつもより頻繁に静雄のそばに現れ、食事の世話をし、体調を気づかい、落ち込んだ時には優しく励ました。そうして、彼に信じ込ませたかった。自分こそが、
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第420話

彼女は表面上は静雄を許したように振る舞ったが、心の中では静雄への憎しみに満ちていた。彼の疑い深さを憎み、冷淡さを憎んでいた。静雄の母の病状は再び悪化したとされ、彼女は毎日、静雄に会いたがって大騒ぎをしていた。静雄は母の世話により多くの時間と労力を割かざるを得なくなった。病気を装うことで、彼女は芽衣から遠ざけようとしたのだ。ある日、静雄は病院で深雪を見かけた。深雪の冷ややかな顔を目にした瞬間、彼の胸には怒りと屈辱が沸き起こった。「ここで何をしてるんだ?俺を嘲笑いに来たのか!」静雄は怒鳴りつけた。その声は憎悪に満ちていた。深雪は静雄を見返したが、言葉は発さず、淡々と微笑んだだけだった。「深雪、お前マジで最低だ。家を滅ぼすところだった。消えてくれ」静雄はさらに怒声を上げ、怒りをぶつけた。深雪は沈黙を保ち、まるで道化を眺めるかのように冷たい視線で静雄を見据えた。「静雄、今のあなたが哀れに見える?あなたが受けていることのすべては、自業自得よ」深雪はついに口を開けた。声は氷のように冷たく、感情の欠片もなかった。「おまえ......」静雄は言葉を失い、拳をぎゅっと握りしめた。深雪を引き裂きたいほどの衝動に駆られた。深雪は淡々と静雄を見下ろし、心に波風は立たなかった。彼女は静雄に自らの所為の代償を味わわせ、絶望の味を知れせようと決めているのだ。延浩は深雪のそばへ歩み寄り、そっと彼女の手を握った。優しい眼差しで深雪を見つめ、愛情を滲ませた。「深雪、行こう」延浩の言葉は穏やかで、深雪の傷を癒すかのようだった。深雪は頷き、静雄を振り返ることなく、延浩と共に病院を去った。一方で、陽翔は密かに松原商事の株主たちに接触を始め、静雄の権力を剥奪しようと画策していた。静雄が追い詰められている今が、動く好機だと彼は考えたのだ。「姉さん、静雄兄はもう追い詰められてる。今が仕掛けどきじゃないか?」陽翔は電話の向こうで焦りをにじませた。芽衣は落ち着いた口調で答えた。「陽翔、焦らないで。もう少し様子を見ましょう。彼が完全に絶望したときに動けばいい。その時こそ、松原商事は私たちのものになるわ」陽翔は笑って言った。「わかった、そうするよ」芽衣は静雄の目の前で、いっそう優しく振る舞った。毎日、贅沢な食事を用意し
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