桃源郷は地獄のような場所だった。けれど女は諦めるどころか、不敵な笑みを浮かべている。笑いがこみ上げてくるのを抑え、くつくつと美しい顔に闇を偲ばせた。 どこまでも続く暗黒ばかりの景色に辟易しながらも、ずんずんと進む。まるで道が、行く場所がわかっているかのように、迷いのない足取りだ。 そのことに気づいた爛 春犂は、彼女へ問う。「そうね。知っているわ。でもそれは私ではない、違う私よ」「……?」 意味がわからなかったのだろう。彼は怪訝に眉根を曲げ、彼女を見つめた。「あら? 忘れたの? 私は死んだのよ? あなたは私の葬儀に参列したじゃない」「……確かに私は貴殿、玉 紅明皇后妃の葬儀に出た。そのときに貴殿が亡くなったという事を確認していた。けれど黒 虎明殿に貴殿が生きているという事を聞いたとき、私にはわけがわからなくなった」 彼が前に全 思風たちへと伝えていた内容は本当のことである。 逆に黒 虎明が口にしたことは、彼の知る事実を嘘としてしまう。そのことがずっと引っかかっていたようで、ため息混じりに彼女を凝視した。「ふふ。あなたが見届けたのも事実。そして私が、こうして生きているのも真実なのよ」 妖艶としか思えぬ出で立ちで、彼に挑発のようなものをかける。 爛 春犂は眉をひそめた。淡々とした眼差しをやめ、ただ動くだけの人形のようになった男を注視する。 自身よりも高い身長の男、黒 虎明。この男は誰かを裏切り、何かを企むという裏工作などできはしなかった。考えるよりも体が先に動く。猪突猛進を地で行く、素直としか云えない男である。 そんな男が言葉すら発せず、ただ、云われるがままに動く。瞳には光など宿してはおらず、本当の意味での操り人形と化していた。「なぜこの男は、このようになってしまったのか……」 豪快に笑い、喜怒哀楽が激しい男。それが黒 虎明である。個性ともいえるそれが何ひとつとして働
Last Updated : 2025-06-06 Read more