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All Chapters of 鳥籠の帝王: Chapter 121 - Chapter 130

153 Chapters

桃源郷(とうげんきょう)

 妲己の口から語られた真実は、人間である華 閻李たちからすると眉唾物だった。 けれど冥界を統べる存在でもある彼、全 思風だけは違う。彼は静寂を保ちながら子供を抱きしめ、黒い焔を天へと昇らせていった。 「──桃源郷、か。まさか、その名を聞く事になるとはね」  腕の中で寒さに震えている子の頭を撫でる。優しい笑みを少年へと向け、顔を上げた。ふうーと深呼吸し、狐がいる鏡へと視線を走らせる。 「私の治める冥界でも、桃源郷についての話をチラッと聞いた事がある」  桃源郷は全てを超越した世界そのもの。苦しみはもちろん、憎しみや哀しみといった負の感情は存在しない。 あるのは安らぎと、永遠の命。祝福から始まり、何でも意のままにできた。 「自由に世界を作り替える事ができる。いわば、全ての頂点に立つ世界って云われてるね。人間が住む世界はもちろん、神も当たり前。私の領域でもある冥界も例外ではない」  なぜそんなことができるのか。そもそも、そのような場所が存在しているのか。何もかもが噂でしかなかった。 けれど、扉の先には桃源郷がある。それを信じてやまぬ者がいるのも、また事実であった。  彼はめんどくさそうに、ため息混じりに語る。冷えきった子供の体を暖めるように、ギュッと抱きしめた。 子供はホッとした様子で顔を埋めてくる。そんな少年の愛らしさに頬を緩ませ何度も「可愛い」と、悶えた。  そんな彼を遠い眼をしながら見つめる狐は、やれやれと深いため息をつく。 
last updateLast Updated : 2025-05-25
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白氏の正体

 墓の外には殭屍が。敷地内には彼らの陰の気に当てられた死者が、亡霊となって現れた。 『──紂王。そなたすらも、亡霊に成り果ててしまったか』  苦虫を噛み潰したように涙を溢す。瞬刻、涙を引っこませた。顔をあげて瞳孔を細める。そして悠然とした姿勢でいる全 思風へ、遠慮なく片づけろと遠吠えを与えた。  彼は云われなくともと、片口をつり上げる。子供にお守りとして己の剣を渡し、踵を返す。 美しく気高い見目を崩さず、右手に焔を纏わせた。 「爛 春犂! 亡霊は、あんたに任せるよ!」  隣に立つ男へ、亡霊という亡霊を丸投げする。 けれど爛 春犂は、彼がそうした理由がわかっている様子だった。任されたと、札に霊力をこめていく。 「亡霊なんてのは、私の手には負えないんでね。管轄外だ」  冥界を統べる王にしては情けない言葉である。それでも苦手なものを隠さずにいるのは、大切な子の前だったからだ。  ──小猫の前でなら、苦手なものも晒す。それが私だからね。カッコ悪くてもありのままを見せる事が、私にとっての流儀だ。  美しく、それでいて妖しい黒い焔を殭屍たちへと放つ。焔は渦となり、眼前にいる死体へと巻きついていった。 殭屍たちは抵抗する暇もなく、骨ごと焼き尽くされていく。しかしそれは前方にいる者たちだけ。後ろにいる殭屍たちは焼けて灰になった者たちを踏み潰しながら、次々と墓
last updateLast Updated : 2025-05-25
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繋がる点と線

 白き服の者たち。彼らは白氏という、三大勢力の内のひとつでもあった。それと同時に華 閻李や華 茗沢といった、華の一族の血をひいているのではなかろうか。 妲己はそう告げた。「もしもそれが本当だとするならば、奴らが血晶石を作れる事も頷ける」 血が薄れていたとしても、その身に華の一族としての何かがあるとしたら……各地で起きている殭屍事件。これら全てに辻褄が合うようになる。 けれどそうなると、ひとつの疑問が浮かんでしまう。 彼は、淡々と語りながら子供の頭を撫でた。心配そうに見上げてくる少年に微笑み、そっと抱きよせる。 狐と爛 春犂に視線を送り、続いて殭屍たちを見張った。 すると誰もが頷き、再び化け物たちを見やる。「……ただ、そうだとしても白氏がなぜ、こんな事をするのか。それが、いまいちわからない」 子供から剣を受け取り、鞘から抜いた。切っ先を地へと突き刺し、そこを出発点として黒い焔を作る。焔は彼らを囲うように、地面を円の形へと削っていった。 やがて焔は漆黒の羽のように広がり、彼らを包んでいく。 近づく亡霊も、位の高い殭屍ですら、焔に触れたとたんに灰と化していった。 安全地帯を作りあげることに成功した彼は、丸い墓の蓋を軽くたたく。腰まで伸びた、長く美しい濡羽色の三つ編みをたなびかせた。 普段着ている黒い漢服は愛し子が身につけている。そのせいもあってか、全 思風本人の姿勢のよさ、鍛えあげられた筋肉など。そのどれもが上品さのある、端麗な男性として形作っていた。 そんな頼りがいのある背中を、細い指がつつく。振り向けばそこには、可憐な容姿の子供がいた。 彼から渡された漢服はブカブカで、袖がかなり余ってしまっている。下を引きずるように動き、手すら見えない袖を口元まで持ってきた。そのまま上目遣いで彼に語りかける。「服、返さなくても大丈夫?」
last updateLast Updated : 2025-05-26
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華の舞、そして夔山(ぎざん)へ

 夔山へ向かう。 たったそれだけのことなのに、全 思風は全身が鉛のように重たく感じた。  ──あそこへ戻るということは、全てを伝えなくてはならないということだ。私の過去はもちろん、小猫の両親についても、だ。  夔山に行けば、今を流れる刻の秘密は暴かれよう。けれど胸にしまい続けている過去も、同時に伝えねばならない。 そうなってしまったら、大切な子の心が壊れてしまわないだろうか。  何よりも、それが一番心配でならなかった。  すると子供が不安そうに眉をしかめる。彼の逞しい腕に触れ、大丈夫かと尋ねた。 「え? ……あ、ああ、うん。大丈夫だよ」  子供の頭を撫で、笑みを落とす。瞬間、ふっと目を細めた。美しい顔に哀しみにも似た微笑みを浮かべる。 「小猫、夔山へ行かないかい?」 「夔山?」  少年の煌めく銀の髪が緩やかに流れた。大きな瞳をまん丸にさせ、きょとんとしながら小首を傾げる。 「……うん、夔山だよ。あそこに行けば、全てがわかるはずだよ。あそこは時代の始まりの地にして、悲劇の始まりの場所でもあるんだ」  音もなく腰を上げた。肩にかかる長い三つ編みを振り払い、黒い焔の先を凝視する。そこには未だに倒れていない殭屍、亡霊がいた。 彼らは全 思風が造りし結界を破らんと、必死に爪や牙などで攻撃をしている。けれど彼の強い護りの力はびくともしなかった。&nb
last updateLast Updated : 2025-05-26
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涙章 夔山《ぎざん》 亡くなりし者

 殷が周へと変わったように、時代が進むにつれて國は変化を遂げていった。大きい、小さい。それに関わらず、この地を治める者たちは今もなお、変化をもたらしていった。  そしていくつかの刻を巡り、國は禿王朝を築く。その禿の始まりの王、それが魏 宇然であった。「──魏 宇然は、庶民の出でね。本来なら、たくさんいた兄たちが皇帝となるはずだったんだ」 ガタガタと揺れる荷馬車の中で、全 思風が低い声を轟かす。膝の上には銀髪の美しい子供、華 閻李が座っていた。「初代皇帝の名って、初めて聞いたかも」「ん? そうなのかい?」「……うん。だって、歴史書物とかに記載されてないから」 勉強熱心な子供にとって、初めて聞く名は興奮の対象となっているよう。そわそわしながら両目を輝かせ続きを早くと、視線で訴えていた。「うっ!」 この顔に弱い彼は言葉を詰まらせる。咳払いし、子供をぎゅうと抱きしめた。「……魏 宇然は、半ば無理やり王になった。皇帝としての知識もないまま、ね」 何の知識も持たぬものが政治など行えるのだろうか。その不安は、民たちによる謀反によって証明されてしまった。 「今の皇帝、魏 孫権がまさしく、初代皇帝と同じ立場にいる」 民からの声をなあなあにした結果、内戦にまで発展してしまう。それは初代のときとまったく同じであり、このままいけば滅びを待つだけだと宣告した。「……確かにこうしてる間も、あちこちで内戦が続いてるって聞いたよ。日に日に、戦火は激しくなってるみたいだし」 だけどさと、子供は見上げる。その先には戸惑うように眉根をよせる彼がいた。「どうして思は、そこまで知ってるの? どうして歴史書物に載ってない事にまで、詳しいの?」 裏表のない純粋な眼差しが、彼にのしかかる。 それでも彼は毅然としながら瞳を細めて笑んだ。「そう、だね。それも含めての夔山、かな?」 少しばかり声が震えてしまう。 勘の鋭い子供のことだ。ほんの少しの変化で
last updateLast Updated : 2025-05-27
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疑惑まみれの男

 爛 春犂という名も、瑛 劉偉という人物すらも、誰も知らない。ただそれだけならば、隠密のような存在として活躍しているということで納得はいくのだろう。 しかし爛 春犂が持っていた八卦鏡(パーコーチン)。今は華 閻李の体内にあるが、元は彼が持参していたものだった。「……あれは皇帝ひとりにつき、ひとつだけしか使用を許されない物だ。皇帝がひとりだけ選び、その人に与える。その人が死んだとしても、皇帝が生き続ける限りは、違う誰かが持つなんて事はないんだ」 皇帝が亡くなれば新しい八卦鏡(パーコーチン)が作られ、また、誰かに渡される。けれどその人も、皇帝すらも八卦鏡(パーコーチン)をそれ以上作ることは叶わず。渡すこともできない。 それが爛 春犂が腰にかけていた八卦鏡(パーコーチン)の、最大の秘密であった。「あんたが聞いてきた事が本当なら、爛 春犂が持っていたという事そのものがおかしくなるね」 全 思風の瞳は空を見上げる。 陽は沈み始め、空は暗くなっていた。月はなく、星もない。代わりにあるのは上空から降る白い結晶の雪だった。「これは定められている事だ。例え皇帝であったとしても、覆す事はできない」 彼の低い声には覇気がない。他人事、されど自分のことのように語った。 腰を上げ、焚き火をしようと提案する。 隣で黙って話を聞いていた黒 虎明は頷いた。 □ □ □ ■ ■ ■ バチバチと、焚き火の焔が風に煽られている。 少し離れた場所にいる馬を見れば、雑草をむしゃむしゃと食べていた。馬の頭の上には躑躅が乗り、気持ちよさそうに眠っている。 「……動物は呑気でいいよな? 俺らが生きるために頑張ってるってのにさ」 そんな愚痴を溢すのは黄 沐阳だ。彼は片膝を曲げて、焚き火を見つめている。いつもの漢服を着、深くため息をついていた。「人間の言葉はわからんのだろうさ……それよりも、お前の屋敷にいた爛 春犂。奴は本当に、何者
last updateLast Updated : 2025-05-28
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始皇帝

 木々が、彼らに道を開けていく。 黒い髪を三つ編みにした端麗な顔立ちの男──全 思風──が先頭を歩けば、空気が冷たく肌を触る。 彼が歩いた瞬間、草木は枯れた。地面は沼のようにドロドロになり、土の中で眠っていた虫たちが骸となって現れる。 彼に手を握られて肩を抱かれながら歩くのは華 閻李だ。頭の上に躑躅、首には青龍をかけている。右肩にはもふっとした白い仔猫、牡丹がいた。 そして不思議なことに彼の歩いた場所を踏めば、色素を失った草木は甦り、元気にまっすぐ伸びる。地は一瞬にして固まり、死んだ虫たちが息を吹き替えしていた。「──ふふ。私が死を呼ぶなら、小猫は生を作り出す存在なのかもね?」「……?」 彼の発言は子供の小首を傾げさせる。少年とともにいる動物たちまでもがきょとんとしながら、子供と同じ行動をとっていた。 ──んんっ! 小猫、可愛い! ……ああ、そうか。この子は無意識にやってるんだね。 彼の力を浄化する。たったそれだけのことだが、子供が持つ特殊な力が発揮されていた。 けれど少年は、ときおりそれらを無意識に放つ傾向がある。今回もそれだろうと納得した。 そんなふたりの後ろには黄族の長、黄 沐阳が。殿を努めるのは黒族の新しき当主、黒 虎明がいた。 彼らは壊れては再生されている自然や生き物に驚きながら、これがこのふたりなのだと口を挟むことをしない。 やがて先頭を歩く全 思風の足がとまる。子供の細腰に手を回し、抱きよせた。「着いたね。さて……ようこそ、死と闇が眠る地【夔山】へ──」 そこは何もない地だった。 それは山と呼べるような場所にあらず。 ただ中心に大きな穴のようなものがある。そして、奥の崖に鉄格子のようなものが挟まっているだけであった。「……な、に、これ……」 彼の腕の中で、美しい顔立ちの子供が怯えてしまう。彼の服を強く掴み、見たくないと云って目を背けた。泣いてはいないが声に震えが含まれている。 彼は少年に優しい笑みを落とした。柔ら
last updateLast Updated : 2025-05-29
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悲劇 魏 宇然《ウェイ ユーラン》

 全 思風の正体は、かつてこの國を治めていた始まりの皇帝でもあった。けれどなぜ、そんな彼が冥王になっているのか。始皇帝でもある魏 宇然に何があったのか。 そして、この夔山で何があったというのだろう。 誰もが驚きながら彼を見つめ、答えを待っていた。「……どこから話そうか」 そっと呟き、壁にかけられている鎖を触る。ジャラジャラとした音が洞窟の中に響いた。「ただ私は、最初から皇帝ではなかった。元々母が庶民の出でね。父となる男に見初められて後宮入りしたんだ。だけど父には、たくさんの子供がいた。それが後々大変な事になるんだけどさ」 両親が死んだ直後、皇帝の地位は空となってしまう。國としては、このまま皇帝なしというわけにはいかなったのだろう。大勢いる子供たちの中からひとり選び、新たな皇帝として迎え入れる。 それが、官僚たちの考えであった。「派閥みたいなもの、かな。そういうのが出来ちゃって、私もいつの間にか巻きこまれてしまったんだ」 遠い目をし、手から鎖を離す。棺へと向かい、はめられている剣を手にする。それを黒 虎明へと投げ、持っていろと目で訴えた。  黒 虎明は無言で腰に剣を納める。「……いろいろあって、私は皇帝になった。だけど兄弟たちは、そんな私を快く思ってはいなかったんだろうね」 あの手この手で彼を追いつめ、皇帝の座を奪おうとしていた。それでも彼は皇帝に選ばれたのだからと、真面目に政へと取り組む。 その最中、彼はあるひとりの青年と出会った。「彼がどこから来たのかなんて、当時の私は考えもしなかった。だって、唯一の味方として側にいてくれたんだからね」 敵ばかりの宮中で、ひとりでも味方がいる。これほど心強いと思ったことはないと、当時の心境を口にした。 † † † † ──ああ、空が高い。こんなにも高く、手の届かない場所にあっただろうか。 男の、長い黒髪が風に遊ばれて揺れる。その髪を押さえる手は無骨で傷だらけだ。 男の名は魏 宇然。禿王朝の初代皇帝になった男である。 
last updateLast Updated : 2025-05-30
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悪臭の元

 バタバタと、数人の官僚たちが慌てて彼の元へとやってくる。 黒い官僚服に身を包んだ彼らは魏 宇然の前で立ち止まり、ぜぇぜぇと荒い息をしながら調子を整えていった。 先頭にいる男が布で汗を拭きながら、ふたりへあることを告げる。「た、大変でございます! 蘇錫市(そしゃくし)にて、暴動が起きました! そ、それから……剣が通じぬ、化け物も同時に現れました!」 それを聞いたふたりは顔を見合せ、急いで蘇錫市(そしゃくし)へと向かった。 □ □ □ ■ ■ ■ 魏 宇然と華 李偉は、王都の印でもある花の紋様をつけた革鎧を着た大勢の兵を連れて向かった。 けれど蘇錫市(そしゃくし)に着くと、そこは火の海と化してしまっている。逃げまどう人々、戦う兵たち。焔が燃え広がり、骨組みから崩れていく建物など。 町というものは消え失せ、全てが地獄に成り果てていた。「……これはいったい」 絶句という言葉では片づけられない惨状が、彼らの前に押しよせている。 そんな状態を作りだしたのは、町を我が物顔で徘徊する存在たちだ。身体が透明な者、動物に似た姿だけどかわいらしさが何ひとつとしてない存在。それらは皆、人間とは似て非なる者たちだった。「まさか、あれは妖怪!?」 誰が放った言葉か。それすら探るのも難しいほどに、おびただしい悲鳴と爆音がしている。そこかしこから聞こえ、誰もが耳を塞ぎたくなるような光景になっていた。 それでも魏 宇然は剣を握り、妖怪たちに切っ先を向ける。「怯むな! 我々は、この町の人々を助けに来たのだ!」 彼のよく通る声が、この場を走った。 兵たちは武器を手に、勢いをつけて妖怪へと向かっていく。けれど実体のない者もいるため、武器というものはあまり効かず。逆に、兵たちが殺られていった。 「……やはり、武器は通じぬか」 彼らが戦うは妖怪で、人ではない。人を喰らい、闇へと引きずりこむ。そんな存在だった。妖怪は、いつ現れるかも定かではない。今回のように、町を襲撃するのは珍しいことではなかった。 加えて、妖怪は物理的な攻撃が効きにくいとされてい
last updateLast Updated : 2025-05-31
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追いつめられし皇帝

 ──なぜ……なぜ、こんなことになった!? 母を庶民にもつ彼は、兄弟の中では一番皇帝の地位から遠い場所にいた。けれど兄弟たちが不慮の事故や病気にあい、残された健康な者は彼だけとなってしまう。 そんな彼の目の前に現れた男も、兄弟であった。兄ではあったが性格的な問題を多く抱え、皇帝争いに負けた経緯をもつ。 病気や事故には遭遇してはいない。ただこの男は……究極のホラ吹きでもあった。性格が災いし、皇帝争いでは後宮の者たちから猛反対を食らってしまう。 結果としてこの地に追いやられたのだが、蘇錫市(そしゃくし)の者たちはそれを知らなかった。「皆様、よーくお聞きください! この男魏 宇然は皇帝の地位を利用し、蘇錫市(そしゃくし)を滅ぼそうとしているのです!」 油ぎった顔を歪ませ、不気味な笑みを浮かべる。「今まで顔すら見せなかった皇帝が、なぜ今日になって突然、この町を訪れたのでしょうか!?」  両手を拡げて演説した。疲弊し、傷を負った民たちの心の隙間へと、男は容赦なく入りこむ。 わざとらしく涙を流した。「その答えは簡単です! ここにいる気味の悪い髪色をした者を使い、蘇錫市(そしゃくし)を滅ぼそうとしているからです!」「な……っ!? 魏 固嫌、貴様!」「……馴れ馴れしく、名を呼んでほしくはありませんなあ」  魏 固嫌は彼の実兄である。けれど仲がいいわけではなった。むしろ権力争いで、誰よりも皇帝の座を欲した男として知られていた。  ──なぜこの男が、こんなふうに強気でいられるのか。それ以前にこの町の者たちがなぜ、こんな男の言いなりになっているのか。 苦虫を噛み潰したような表情で、男を凝視した。「此度の襲撃事件、皇帝である魏 宇然が手引きをしたという情報が入りましてなあ。このおん……な?」 少しばかりの困惑を交えながら華 李偉を指差す。女でいいんだよなと、彼と対峙するときとは変わってへっぴり腰になっていた。美しい見目の華 李偉を直視しては、照れたように顔を赤くさせる。 ──まずいな。こい
last updateLast Updated : 2025-05-31
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