妲己の口から語られた真実は、人間である華 閻李たちからすると眉唾物だった。 けれど冥界を統べる存在でもある彼、全 思風だけは違う。彼は静寂を保ちながら子供を抱きしめ、黒い焔を天へと昇らせていった。 「──桃源郷、か。まさか、その名を聞く事になるとはね」 腕の中で寒さに震えている子の頭を撫でる。優しい笑みを少年へと向け、顔を上げた。ふうーと深呼吸し、狐がいる鏡へと視線を走らせる。 「私の治める冥界でも、桃源郷についての話をチラッと聞いた事がある」 桃源郷は全てを超越した世界そのもの。苦しみはもちろん、憎しみや哀しみといった負の感情は存在しない。 あるのは安らぎと、永遠の命。祝福から始まり、何でも意のままにできた。 「自由に世界を作り替える事ができる。いわば、全ての頂点に立つ世界って云われてるね。人間が住む世界はもちろん、神も当たり前。私の領域でもある冥界も例外ではない」 なぜそんなことができるのか。そもそも、そのような場所が存在しているのか。何もかもが噂でしかなかった。 けれど、扉の先には桃源郷がある。それを信じてやまぬ者がいるのも、また事実であった。 彼はめんどくさそうに、ため息混じりに語る。冷えきった子供の体を暖めるように、ギュッと抱きしめた。 子供はホッとした様子で顔を埋めてくる。そんな少年の愛らしさに頬を緩ませ何度も「可愛い」と、悶えた。 そんな彼を遠い眼をしながら見つめる狐は、やれやれと深いため息をつく。
Last Updated : 2025-05-25 Read more