「──|四神《しじん》?」
「そう。ここにいる|白虎《びゃっこ》、そして|青龍《せいりゅう》。彼らが扉の中から開ける事で、私たちも入れるという仕組みだ」
冥界の王である|全 思風《チュアン スーファン》は、|夔山《ぎざん》で残された子供たちと別れた。直後、辛うじて開いていた扉の中へと入り、冥界へと出向く。そこで冥界の王になり、力を得てから再び地上へと戻ってきた。
「|冥現《めいげん》の扉はね、内側からしか開かない。それも|四神《しじん》や私のような、地位や力のある者でなければ開かないようになっていた」
「……へえ。あれ? でも、こっちからでも開くぞ?」
|華 閻李《ホゥア イェンリー》という少年の力を介して扉は開く。そのことに矛盾を覚えて、彼へと問うた。
彼は苦く笑む。
「扉の中と外じゃ、仕組みが違うんだ。この扉は中からはある程度力を有する者であれば、開ける事が可能。けれど人間たちの住む世界からでは、力があったとしても意味を成さないんだ」
そのために|冥現《めいげん》の扉の鍵というものが存在した。
華の能力を持ち、銀の髪を|携《たずさ》えている。その者だけか、現実世界側からの扉を開くことができた。そして内側からも開けることがでる。
どの|國《くに》や世界を巡っても、両側から開けることができるのは一族の者だけ。さらには、特定の条件を満たした者のみが可能とする力であった。
「私もその事を知ったのは、つい最近なんだけどね」
一族の始まりの者がいた|殷《いん》王朝時代。その時代に出会った狐に教えられたと告げた。
「よ、よくわかんねーけど……話をまとめると、|四神《しじん》がいれば、内側から扉を開ける事が可能って話か?」
|麒麟《きりん》いわく、人間たちの世界にいる|四神《しじん》は|魂《こん》という、物体がない状態とのこと。本体は扉の向こう側にあるため、器さえあれば自由に出入りできると説明した。「──いいかい王様。|拙《せつ》たちは、|神獣《しんじゅう》界から向かう。いつ合流できるかはわからないけど、絶対にあの子の元に行くからさ」 小さな女の子の姿のままに、扉へと向く。その手には|玄武《げんぶ》の|魂《たましい》が入った小瓶があった。足元には|白虎《びゃっこ》の|牡丹《ボタン》、その仔猫の背には|青龍《せいりゅう》である|椿《つばき》が乗っている。 彼女たちは扉の前に並び、|眼《め》を閉じた。瞬間、ひとりと二匹の体が淡く光だす。やがて動物たちの姿は消え、女の子はその場に倒れてしまった。 彼は、女の子が地面にぶつかる寸前で腕を捕まえる。口や鼻に手をあててみるが、息遣いが聞こえてこなかった。「……この子供の中に入ってた|麒麟《きりん》の魂が、扉の先へと向かったようだね」 女の子を横抱きにし、近くにある|床《ベッド》へと寝かせる。「し、死んだのか?」「いや。元々この子供は、枌洋(へきよう)の村の事件で死んでいた。そこに|麒麟《きりん》が入りこみ、この子供の体を動かしていたにすぎない」 現状、唯一の味方だとハッキリしている|黄 沐阳《コウ ムーヤン》へ頷いた。 ふと、|夔山《ぎざん》に集まっていた|他仙《たせん》たちが、扉が開いたことに驚く。けれど|黄 沐阳《コウ ムーヤン》が一言行ってくるとだけ告げれば、彼らは|漢服《かんふく》の袖内で両手を組んで軽く頭を下げる。「さあ、行こうか──」 |黄 沐阳《コウ ムーヤン》という男が最初の頃と比べると
「──|四神《しじん》?」「そう。ここにいる|白虎《びゃっこ》、そして|青龍《せいりゅう》。彼らが扉の中から開ける事で、私たちも入れるという仕組みだ」 冥界の王である|全 思風《チュアン スーファン》は、|夔山《ぎざん》で残された子供たちと別れた。直後、辛うじて開いていた扉の中へと入り、冥界へと出向く。そこで冥界の王になり、力を得てから再び地上へと戻ってきた。「|冥現《めいげん》の扉はね、内側からしか開かない。それも|四神《しじん》や私のような、地位や力のある者でなければ開かないようになっていた」「……へえ。あれ? でも、こっちからでも開くぞ?」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》という少年の力を介して扉は開く。そのことに矛盾を覚えて、彼へと問うた。 彼は苦く笑む。「扉の中と外じゃ、仕組みが違うんだ。この扉は中からはある程度力を有する者であれば、開ける事が可能。けれど人間たちの住む世界からでは、力があったとしても意味を成さないんだ」 そのために|冥現《めいげん》の扉の鍵というものが存在した。 華の能力を持ち、銀の髪を|携《たずさ》えている。その者だけか、現実世界側からの扉を開くことができた。そして内側からも開けることがでる。 どの|國《くに》や世界を巡っても、両側から開けることができるのは一族の者だけ。さらには、特定の条件を満たした者のみが可能とする力であった。「私もその事を知ったのは、つい最近なんだけどね」 一族の始まりの者がいた|殷《いん》王朝時代。その時代に出会った狐に教えられたと告げた。「よ、よくわかんねーけど……話をまとめると、|四神《しじん》がいれば、内側から扉を開ける事が可能って話か?」
|桃源郷《とうげんきょう》は地獄のような場所だった。けれど女は諦めるどころか、不敵な笑みを浮かべている。笑いがこみ上げてくるのを抑え、くつくつと美しい顔に闇を|偲《しの》ばせた。 どこまでも続く暗黒ばかりの景色に|辟易《へきえき》しながらも、ずんずんと進む。まるで道が、行く場所がわかっているかのように、迷いのない足取りだ。 そのことに気づいた|爛 春犂《ばく しゅんれい》は、彼女へ問う。「そうね。知っているわ。でもそれは|私《わたくし》ではない、違う|私《わたくし》よ」「……?」 意味がわからなかったのだろう。彼は|怪訝《けげん》に眉根を曲げ、彼女を見つめた。「あら? 忘れたの? |私《わたくし》は死んだのよ? あなたは|私《わたくし》の|葬儀《そうぎ》に参列したじゃない」「……確かに私は貴殿、|玉 紅明《ユゥ ホンミン》皇后妃の葬儀に出た。そのときに貴殿が亡くなったという事を確認していた。けれど|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》殿に貴殿が生きているという事を聞いたとき、私にはわけがわからなくなった」 彼が前に|全 思風《チュアン スーファン》たちへと伝えていた内容は本当のことである。 逆に|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》が口にしたことは、彼の知る事実を嘘としてしまう。そのことがずっと引っかかっていたようで、ため息混じりに彼女を凝視した。「ふふ。あなたが見届けたのも事実。そして|私《わたくし》が、こうして生きているのも真実なのよ」 |妖艶《ようえん》としか思えぬ出で立ちで、彼に挑発のようなものをかける。 |爛 春犂《ばく しゅんれい》は眉をひそめた。淡々とした眼差しをやめ、ただ動くだけの人形のようになった男を注視する。 自身よりも高い身長の男、|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》。この男は誰かを裏切り、何かを企むという裏工作などできはしなかった。考えるよりも体が先に動く。|猪突猛進《ちょとつもうしん》を地で行く、素直としか|云《い》えない男である。 そんな男が言葉すら発せず、ただ、|云《い》われるがままに動く。瞳には光など宿してはおらず、本当の意味での操り人形と化していた。「なぜこの男は、このようになってしまったのか……」 |豪快《ごうかい》に笑い、喜怒哀楽が激しい男。それが|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》である。個性ともいえるそれが何ひとつとして働
鳥籠に捕らわれた|華 閻李《ホゥア イェンリー》は、気を失いながらも苦痛に耐えていた。けれど限界を超えた瞬間、花の力が暴走を始めてしまう。 洞窟内、そして|夔山《ぎざん》全体が、花の|蕾《つぼみ》に埋めつくされていった。青を中心とした晴れた日の空のような色で、ゆらゆらと揺れる。 「ふ、ふふふ。素晴らしいわ。これが、|冥現《めいげん》の扉の|贄《にえ》なのね」 子供を鳥籠の中に捕らえた女性は、美しくも妖しい笑みで事態を楽しんでいた。隣に立つ中年男性──|爛 春犂《ばく しゅんれい》──を見、同意を求めるかのように瞳を細める。 しかし男はそっぽを向き、彼女には応えようとはしなかった。「……つれない男ね。まあ、いいわ」 |踵《きびす》を返し、土壁を|凝望《ぎょうぼう》する。浮遊する鳥籠を土壁へと向けた。瞬間、土壁はあっという間に崩れていく。 そこから現れたのは全身が黒い、巨大な扉だ。|禍々《まがまが》しい|障気《しょうき》を放っており、女の手の甲に火傷を負わせてしまう。 彼女は一瞬だけ、痛みに眉根をよせた。けれど企みのある笑みだけを残し、足元にある|蕾《つぼみ》をむしり取る。それを頭から|喰《しょく》した。すると手の甲の傷は、みるみるうちに消えていく。「ああ……凄いわね。この一族の力は、本当に凄いわ」 傷すら治してしまう能力に、歓喜の高笑いをした。けれど隣にいる男があきれたようにため息をつくと、ひと睨みする。 扉へと向き直り、鳥籠を掲げた。「さあ。扉を開けてちょうだい」 女性の声にあわせるように、鳥籠は|目映《まばゆ》い光を放つ。すると…… 扉が大きく左右に開いていった。「開いたわ! ついに、|桃源郷《とうげんきょう》への道が始まるのね!?」 狂い咲くように笑う。|癇《かん》に触るほどに耳障りな高笑いをやめることなく、彼女は扉へと足を踏み入れていった。 そのときである。「──|小猫《シャオマオ》は返してもらうよ!」 瞳を|朱《あか》に染めた|全 思風《チュアン スーファン》が、子供を捕えている鳥籠へと手を伸ばした。 |冥界《めいかい》の黒き|焔《ほのお》を髪に絡みつかせた彼は、素早く剣を女へと振り下ろす。 |瞬刻《しゅんこく》、彼の剣は、思いもよらぬ者によって弾かれてしまったのだった。 それをしたのは女の隣にいる|爛
絶望の色を見せ始めていた|全 思風《チュアン スーファン》へ、|華 閻李《ホゥア イェンリー》のハッキリとした声が届いた。 護られる存在であったはずの子供は強い瞳をしている。彼の腕にふれ、背中から腰に手を回す。彼を後ろから抱きしめ、|全 思風《チュアン スーファン》ができない……することが許されないであろう涙を、代わりに|溢《こぼ》した。「──|思《スー》のせいじゃないよ」 見た目と同じ、中性的な|声音《こわね》を彼の背中越しに放つ。「誰だって、守りたいものはあるもん。だからといって、全てを守れるなんて思えない。神様だって全人類、動物ですら、守りきる。なんてのは、無理なんじゃないかな?」 そんなことをできる人などいない。そう、口にした。 彼の背中に顔をよせる。優しい微笑みをし、大丈夫だよと穏やかに語った。「例え、世界中の誰もが|思《スー》を悪く言ったとしても、僕だけは味方でいるから。|思《スー》が|挫《くじ》けそうになったら、僕がそばにいてあげる。見えない壁があったら、一緒に乗り越えよう? そうしたらきっと|思《スー》は、もっと強くなれるから」 小さな手で彼の腕に触れる。子供らしい暖かい体温が、彼の全てを包んでいった。 そして|全 思風《チュアン スーファン》の背から顔を出す。敵対してしまった|爛 春犂《ばく しゅんれい》を見、涙を拭いた。男が|怪訝《けげん》そうな表情をすれば、子供は|腫《は》れぼったい目で微笑む。「先生だって、本当はわかってるんでしょ?」 彼の隣に並び、震える体で必死に立った。冬の寒さと洞窟の気温の低さにくわえ、|緊張《きんちょう》からくる冷や汗。そのどれもが小柄な体には、じゅうぶんすぎるほどだった。 それでも|尊敬《そんけい》する人が、大切な友だちを苦しめる言葉を放つなど耐えられない。そんな気持ちをぶつける。 両手を拡げ、背に|全 思風《チュアン スーファン》を庇う。少女のように大きな瞳に涙を溜めながら、必死に彼を守っていた。「|思《スー》は、|國《くに》が|禿《とく》になってから一生懸命頑張ってた。自分の命すら|省《かえり》みず、大切な友だちを守ろうとしてたんだ! どんなに辛くても、絶望の|淵《ふち》に立たされても、生きる事を諦めなかった」 少し高めの声が、洞窟の入り口へと向かっていく。そこには|爛 春犂《ば
|爛 春犂《ばく しゅんれい》の正体はかつて、|妲己《だっき》を封印した仙人──|姜子牙《きょうしが》──だった。 その事実に、|全 思風《チュアン スーファン》ですら驚きを隠せない。 彼の隣にいる子供は青い顔をしながら|爛 春犂《ばく しゅんれい》を見つめ、目尻に涙をいっぱい|溜《た》めていた。「……驚いたな。あんた、あのときの仙人様だったんだ?」 へえーと、皮肉めいた笑みを男へと向ける。泣いてしまった子供の肩を抱きよせ、優しく頭を撫でた。けれど視線は子供ではなく、問題の中心人物となる|爛 春犂《ばく しゅんれい》へ注ぐ。 「でもさ。|姜子牙《きょうしが》……|太公望《たいこうぼう》は、正義のために動いてるって話じゃなかった?」 男の正体を見破った狐へと語りかける。 狐が入っている鏡は子供の手を離れ、ひとりでに浮遊していた。くるくると回りながら彼の隣を陣取り、ふさふさな尻尾を|縦横無尽《じゅうおうむじん》に動かしていた。『……|妾《わらわ》も落ちぶれたものよ。過去にそなたらが来たときに、気づいておればよかった』 |全 思風《チュアン スーファン》は子供、そして|爛 春犂《ばく しゅんれい》とともに、一度だけ|殷《いん》王朝へと飛んだことがある。 そのときに|姜子牙《きょうしが》に出会った。男は仙人界の命令で|妲己《だっき》を封印する役目を|担《にな》っていた。その|最中《さなか》、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の一族について知ることとなる。「しょうがないんじゃない? あのときはそばに過去の|姜子牙《きょうしが》がいたんだ。そっちの匂いの方が強くて、|現在《いま》を生きるあの男の香りは消されちゃったんでしょ」 それよりも重要なことは何かと、|爛 春犂《ばく しゅんれい》を見やった。 |白氏《はくし》たちの先頭に立ち、険しい顔で彼らを|凝望《ぎょうぼう》する男がいる。手には指揮棒のようなものを持ち、それを軽く一振した。 すると、男の周囲から暖かな風が立ちこめる。それは|全 思風《チュアン スーファン》たちの元までやってきた。「正義の味方であるはずの仙人様が、なぜこんな事を?」 緩やかだった風は徐々に力を強めた。「正義などではない。これは私に課せられた使命なのだ。|白氏《はくし》たちとは利害の一致でここにいる。それがなけ