鳥籠の帝王

鳥籠の帝王

last updateLast Updated : 2025-06-17
By:  液体猫Completed
Language: Japanese
goodnovel12goodnovel
Not enough ratings
153Chapters
1.3Kviews
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

 全 思風(チュアン スーファン)は愛する者を、二度と失わないために。  華 閻李(ホゥア イェンリー)は花の力を使い、優しさを失わないために。  彼らは動き出す──  とある地に禿(とく)王朝という、膨大な國があった。表向きは平和そのもの。しかし蓋を開けてみれば、悪の巣窟のように数多の闇が蔓延っていた。  それを象徴するのが殭屍(キョンシー)と呼ばれる死体である。悪意が働いた瞬間、殭屍は生者を襲っていった。  化け物である殭屍に対抗できるのは不思議な力を持つ仙人や道士だけ。しかし彼らもまた、一枚岩ではなかった。内輪揉めはもちろん、何の力を持たぬ人間すら巻き込む。    無断転載禁止です。

View More

Chapter 1

黒に抱かれた白

 耳をそばだてて聞いた話をしよう。

 "月のない丑のこくになれば美しき銀の舞姫まいひめが現れ、使者に抱かれて空を飛ぶ。"のだと。

 そう、誰かがささやいた──

「──怒らないでおくれよ」

 夜空にふたつの影がある。そのうちのひとつが、眉をひそめていた。

 それは闇夜に溶けてしまいそうな髪を、三つ編みにした男だ。月明かりがない暗闇のせいか、どんな表情をしているのかはわからない。

 ふと、隠れていた月が、ゆっくりと顔を出す。

 男が月明かりに照らされた瞬間、姿がはっきりと映しだされた。

 腰までの黒髪を三つ編みにしているのは、瓜実顔うりざねがおの美しい男だ。しかし目鼻立ちが整った男は、眉を少しばかり寄せている。

 男の両腕に抱えられているのは人形か……可憐かれんな、輪郭りんかくの整った、美しい者だ。何より、月光をそのまま落としたような……とても薄い髪色をしている。

「……ねえ小猫シャオマオ、機嫌なおしてくれないかい?」

 可憐な人物の機嫌を取ろうと、三つ編みの男は頼りなく声をかけた。

 薄い髪色の者は男か女か。可憐かつ、中性的な顔立ちの人物を見れば、心なしか頬をふくらませているようにも感じた。

「……怒っているのかい?」

 暗い空を背に、三つ編みの男の眉が苦く曲がる。彼は目鼻立ち、それら全てが整っていた。けれど困惑を含む眉根だけは情けなさを持っている。

「いい加減、小猫シャオマオ呼びはやめてほしい。僕は、華 閻李ホゥア イェンリーって名前なんだから」

 横抱きに対する不満ではなく、呼び名への苦情。これには三つ編みの男は微笑みを通り越して、大笑いしてしまう。 しばらくすると笑い声は止まり、華 閻李ホゥア イェンリーの頬をつついた。もちもちとしている柔らかい頬に触れ、三つ編みの男は微笑する。

「……ふふ、ごめんごめん。でも私にとって君は守りたい者であり、唯一無二の存在なんだ」

 だから怒らないでと、愛し子の額に優しい口づけを落とした。

 華 閻李ホゥア イェンリーは乙女のように恥じらう。それでも彼の腕から逃れようとせずに、甘んじて優しさを受け入れているようだ。

「……ねえ、スー。どうして僕を守ってくれるの?」

 おずおずと。大きな瞳を彼へと向ける。

 三つ編みの男は笑顔を浮かべた。何だ、そんなことかと微笑しながら再び華 閻李ホゥア イェンリーひたいに口づけを落とす。

「──私の目的は達成されたんだ」

「目的?」

「君に会って、ともにいる事。どんな時でも小猫シャオマオを守れるだけの力、そして権力を身につける事。それが私の目的だ。だけど、それはもう果たせたからね」

 微笑みを落とし、指を子の長い髪に巻きつけた。

「果たせたの?」

「うん、そうだよ。私は君の側にいる。誰にも渡さない。それが私の願いだ」

 笑顔を浮かべた美しい顔は、宝石のようにきらめく。それは愛し子へ向けられた至高しこうの笑みであり、いつわりのない瞳だった。

「……変なの」

「あはは、そうかい? あ、そういう小猫シャオマオはどうなのさ?」

 華 閻李ホゥア イェンリーふくらんだ頬をつついた。心なしか子の耳は、先っぽまでタコのように真っ赤になっている。

「……僕は、終わらせたい」

 ふと、愛し子の表情に影が生まれた。はかなげでもろい。そんな影である。

くにの為じゃなく、僕自身の為に。彼らが命をかけて守ったものを、悪用させない為に!」

 大きな瞳はまっ直ぐ、三つ編みの男を見据みすえていた。

 三つ編みの男は頷き「じゃあ、頑張らないとね」と、華 閻李ホゥア イェンリーとともに夜空をう。

 そんな二人は赤い衣に身を包んでいる。

 三つ編みの男は漢服かんふくを。可憐かれんな見目の華 閻李ホゥア イェンリーは、下半身がふわりとした漢服かんふくを着ている。そのどちらにも、金色の刺繍ししゅうが施されていた──

 ┳ ┳ ┳ ┳ 

 宥損ゆうそん三百八年。世界で最も膨大ぼうだいな領土を誇る禿とく王朝は、豊かなくにであった。

 しかしかつては領土が小さく、名すら知られてはいないくにであった。けれど初代皇帝がくにの外へと貿易ぼうえきを広げたことにより、多くの者たちに知られるようになる。

 くににとって幸であったのか、不幸であったのか。誰にもわからぬまま時は過ぎていった。

 やがて初代皇帝が死す。

 死因は不明。死体の行方もわからず。

 同時に、*直人ただびとでは解決できぬことが生まれていった。

 死した者が動き、人を食らう。人ならざる者が、生きた存在の魂を食いつくすなど。どう足掻あがいても、直人ただびとが解決できるとは思えないものばかりだった。

  そんななか、人の身でありながら空を飛び、化け物へと立ち向かう者たちがいる。不思議な力を持った仙道せんどうだ。彼らは人のため、世のために力をふるう。

 されど彼らは価値観などの違いから、一筋縄ひとすじなわではいかぬ者たちばかり。

 それでも彼らは、何の力も持たぬ直人ただびとにとっては救世主であった── 

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters

Comments

No Comments
153 Chapters
黒に抱かれた白
 耳をそばだてて聞いた話をしよう。 "月のない丑の刻になれば美しき銀の舞姫が現れ、使者に抱かれて空を飛ぶ。"のだと。 そう、誰かが囁いた──「──怒らないでおくれよ」 夜空にふたつの影がある。そのうちのひとつが、眉をひそめていた。 それは闇夜に溶けてしまいそうな髪を、三つ編みにした男だ。月明かりがない暗闇のせいか、どんな表情をしているのかはわからない。 ふと、隠れていた月が、ゆっくりと顔を出す。 男が月明かりに照らされた瞬間、姿がはっきりと映しだされた。 腰までの黒髪を三つ編みにしているのは、瓜実顔の美しい男だ。しかし目鼻立ちが整った男は、眉を少しばかり寄せている。 男の両腕に抱えられているのは人形か……可憐な、輪郭の整った、美しい者だ。何より、月光をそのまま落としたような……とても薄い髪色をしている。「……ねえ小猫、機嫌なおしてくれないかい?」 可憐な人物の機嫌を取ろうと、三つ編みの男は頼りなく声をかけた。 薄い髪色の者は男か女か。可憐かつ、中性的な顔立ちの人物を見れば、心なしか頬を膨らませているようにも感じた。「……怒っているのかい?」 暗い空を背に、三つ編みの男の眉が苦く曲がる。彼は目鼻立ち、それら全てが整っていた。けれど困惑を含む眉根だけは情けなさを持っている。「いい加減、小猫呼びはやめてほしい。僕は、華 閻李って名前なんだから」 横抱きに対する不満ではなく、呼び名への苦情。これには三つ編みの男は微笑みを通り越して、大笑いしてしまう。 しばらくすると笑い声は止まり、華 閻李の頬をつついた。もちもちとしている柔らかい頬に触れ、三つ編みの男は微笑する。「……ふふ、ごめんごめん。でも私にとって君は守りたい者であり、唯一無二の存在なんだ」 だから怒らないでと、愛し子の額に優しい口づけを落とした。 華 閻李は乙女のように恥じらう。それでも彼の腕から逃れようとせずに、甘んじて優しさを受け入れているようだ。「……ねえ、思。どうして僕を守ってくれるの?」 おずおずと。大きな瞳を彼へと向ける。 三つ編みの男は笑顔を浮かべた。何だ、
last updateLast Updated : 2025-04-16
Read more
前章 滅び行く村
 尖った山々がいくつもある。山には濃霧がたちこめ、雲のように広がっていた。 空は海のように蒼く、太陽が燦々と地上を照らす。雲はないものの、どこまでも続いていた。 ふと、遠くの空から鷹が鳴きながら飛んでくる。鷹は霧を物ともせず、地上目がけて落下した。 そんな鷹の眼には美しく煌めく運河が見える。 鷹は何を考えるでもなく、運河の上流へと飛んでいった。しばらくすると鷹の視界に大きな街が映る。 街のあちこちに河があり、小舟が置かれていた。人はそれに乗り、河をのんびりと進んでいく。 多くの建物は朱い屋根、柱になっている。朱い提灯を何本も飾り、それらが風によって時おり揺れていた。 左右の家屋の間にある道は細いものから太い場所まであり、常に人々で埋め尽くされている。「……ピュイ?」 鷹は適当な屋根の上に乗り、かわいらしく小首を傾げた。 せわしなく動く人たちは、桃や白などの色を使った漢服を着ている。青空のような色もあった。けれど宵闇のような暗い色を着ている者は一人もいない。 鷹は人を観察することに飽きたのか、翼を空に向けて飛び去った。 しばらく飛んでいると、茶の葉をつけた木々が鬱蒼と生い茂る山を見つける。一番高い木に足を休ませ、首をかしげては軽く鳴いた。瞳孔を細め、くるくると首を動かす。 ふと、山の中に、モゾモゾと動く何かがいた。それを眼に映し、じっと見つめた。 鷹が休んでいるのは静寂が走る場所。されど、おぞましいほどの陰の気に満ちている山である。  鷹が降り立った山は、夔山《きざん》と言われていた。夔を崇め、神を信ずる者が恐れる夔山と呼ばれている山だ。 獣も、人ならざる者ですら生きていけぬ、不気味な山である。木々は水分を喪い、葉は色落ちしてしまっていた。土はカラカラになり、地面には何かの骨が点々と転がっている。 その骨を、黄土色の肌をした人のような何かが貪っていた。それは一体や二体ではなく、十数体に及ぶ。ヨダレを垂らし、無造作に嘱している。 両目は白く、瞳孔は存在しておらず。『…………』 
last updateLast Updated : 2025-04-16
Read more
繰り返される悲劇
 村の入り口付近で殭屍たちと応戦している者たち。 そんな彼らから少し離れた場所で、同じ服装をした者がひとりだけ、別行動をとっていた。 ボサボサの黒髪は地につくほどに長く、白髪が混じっている。長く伸びた前髪は目を隠し、どんな瞳なのかを伺い知ることはできなかった。 服装にいたっては、入り口付近で戦っている者たちと同じとは思えぬほどにボロボロである。それでも気にする様子はなく、そっと壁の隙間から外をのぞいていた。 「お、お姉ちゃん」 そんな者の背後から、小さな女の子に声をかけられる。振り向けばそこには女の子を含む数人がおり、彼らは怯えるように身をよせ合っていた。 女の子が短い手足を、ボサボサな髪の者へと伸ばす。「大丈夫だよ。彼らは仮にも仙人様たちなんだ。君たちを助けてくれるはずだ」 ボサボサな髪の者の声は中性的だった。 よく見れば身長はそれほど高くはない。小柄で線の細い子供といったところか。それでも、性別まではわからなかった。 「う、うん……お姉ちゃん、わたしこわい」「……うん、僕も怖い。でも大丈夫だよ」  そっと少女の頭を撫でながら、花の簪を贈る。それは黄色い山茶花で、かわいらしい少女にとてもよく似合っていた。 少女は驚きながら簪に触れる。「僕にできるのは、これぐらいだから」 どこから持ってきたのかもわからぬ簪であったが、少女はたいそう喜んでいた。泣きそうだった表情には笑顔が浮かび、嬉しそうに大人たちへ見せていく。「ありがとうお姉ちゃん。わたし、雨桐っていうの。お姉ちゃんは?」  小柄な人物は男か、それとも女か。どちらかもわからぬ見目であったが、遠慮なく小柄な者を女性として扱った。  ふいに、小柄な人物は自身の前髪を触る。するとそこからまつ毛の長い、大きな瞳が零れた。「わぁー! お姉ちゃん、すっごくきれいな人だぁー」 これには少女だけでなく、この場にいた誰もが目を見開く。「……よく、わからないや。だけど、僕は男だよ」 「そう、なの? じゃあ、お兄ちゃん?」「うん」 小柄な人物は自分の見た目に|無頓着《むとんち
last updateLast Updated : 2025-04-16
Read more
華章 出会いと再会  謳う華
 禿王朝設立から二百年、領土の各地では人知を越える現象が起きていた。それに対抗するため、才能ある者たちが修行を重ねる場所が三ヶ所設けられる。  その内の一つが町の中にあった。【澤善教】という町で、とてものどかで平和な場所である。 そんな町は気高き山に囲まれ、他者からの侵入を阻むようにできていた──「──いらっしゃい。できたての包子あるよー!」 青空に雲がふわふわと浮き、太陽が眩しく地上を照らす日中。町中は人々の活気で賑わっていた。 湯気が暖かさを感じる包子、食欲をそそるような肉汁が滴る餃子など。野菜や肉の匂いが鼻をくすぐり、お腹を鳴らす者もいた。 数多くの出店が町の中心を陣取り、人々はそこを訪れる。そんななか、町の東側にある朱色の屋根の建物の前にも客が列をなしていた。建物には【龍麗亭】と、書かれている。 店の前には白い漢服を着た女性が何人かおり、客たちに献立表を見せていた。「二名のお客様、どうぞー……あら?」 女性店員が客を捌いていく最中、店の前を一つの集団が横切る。 それは黒い漢服を着た男性たちだ。皆が一様に、首に黒い勾玉をかけている。髪型はそれぞれ違うものの、服と勾玉だけは同じだった。 そんな集団の一番後ろ……彼らから数歩後ろに、一人の男性がいる。男性は集団の中でも一際目立つほどに背が高かった。長い黒髪を三つ編みにした姿、そして何よりも、整った美しい見目が人目を惹く。「……アイヤー。一番後ろにいる男の人、とってもいい男ね」 女性店員は思わず声にしてしまった。すると男性は彼女を見、横目に笑顔を浮かべる。 女性店員は顔を真っ赤にさせながら、去っていく彼へと「今度来てねー。割引するからー!」と、気持ちのよい楽しげな声をあげた。瞬間、同じ店員の女性に腕を掴まれてしまう。「ちょっとあんた!」 腕を掴んだ店員は慌てて彼女を店の中へと引っぱった。「あの人たちの事、知らないわけ!?」「先輩、知ってるんですか?」  引っぱられた方はきょとんとしている。先輩と呼ばれた店員はため息をつく。 「あの人たちは【黒族】って云う、三大仙族の一つよ。あの黒い衣と、勾玉をつけているのが特徴よ」
last updateLast Updated : 2025-04-18
Read more
不思議な青年
 小柄な人物の視界を、黒く艶やかな髪が覆った。糸のように細く、宝石のように輝く。そんな黒髪だ。 そこには見慣れぬ美しい男が立っている。「…………っ!?」 小柄な人物は息を飲む。すると突然ふわっと、体が浮いた。いったい何が起きたんだろうと両目を凝らす。やがて横抱きにされているということを知り、慌てた。「え!? ……あ、あの!?」「大丈夫。君は、すぐにここから出られるから」  風に靡く黒髪が、小柄な人物の頬をくすぐった。耳には彼の低く、それでいて心地よい声が届く。 小柄な人物は男の美しい横顔を見て、両目を丸くした。「さあ、君の借り家に向かおうか」「……え?」 男は小柄な人物を軽々と持ち上げながら、うさぎのように屋根を伝っていく。ひょいひょいとした身軽さで、人一人を両手に抱えているのが嘘のように軽く動いた。  ──借り家って……何で、あそこが僕の家じゃないってことを知ってるの? それに…… これはまるで誘拐。そう言おうとしたが、なぜか男の横顔から目を離すことができなかった。 落ちないようにギュッと、男へとしがみつく。「──うわあ、凄い!」 小柄な人物の目には町の彩りが映っていた。 道を埋めつくす人々の華やかな声。朱色の屋根の大きな建物。町の中心にある小川の畔で売られているたくさんの花たち。 空はいつもより近く、太陽がより大きく見えた。「気に入ってくれたみたいでよかった」 小柄な人物を横抱きにしたまま屋根の上を飛ぶ彼は、不敵に片口を上げる。しかし数秒もたたぬ内に男からは笑みが消えてしまった。足を止め、無言でとある家屋を見下ろす。 そこは華やぐ街の中でも、一際きらびやかな建物だった。朱く塗られた美しい屋根と柱、それに負けぬほどに大きな建物である。日中だというのに建物のあちこちに飾られている提灯には、明かりが灯っていた。 出入りをする人々は女性ばかりで、皆が美しく着飾っている。建物には[梅萌楼閣]と書かれた看板があった。 男は小柄な人物を抱えたまま、音もなく屋根から降りる。建物の門の前に立ち、小柄な人物をゆっくりと降ろした。「……着いたね」 力強くはないが、脆くはない。そんな声が男から発せられる。
last updateLast Updated : 2025-04-18
Read more
黄色の土俵
 姐姐の後ろに隠れた華 閻李は、建物から出てくる者を見た。 そこにいたのは一人の男である。彼は先ほど飛び出してきた特徴のない男とは違い、どこか威厳を放っていた。 男は漸層の入った黄色い漢服に身を包んでいる。 黒髪を頭の上で一つ縛りし、あまった髪は揺れていた。 年齢は四十代半ば。目鼻立ちは整ってはいるものの、にこりともしない。そのせいで、作り物めいた雰囲気を生んでいた。 身長は百八十センチほどで、中肉中背である。伸ばされた背筋にきっちりと服を着こなすことから、男の真面目さが窺えた。 そんな男は、眼前で叫び続けている者を睨む。「──若、私はあなたの弟子でもなければ、※家僕ですらありません」 どれだけ威嚇されようとも、権力を振りかざされようとも、この男性はひれ伏すことはないのだろう。その証拠に、転がっている男へは威圧を含む視線を浴びせていた。 華 閻李は、二人の男たちのやり取りを見て呆けてしまう。けれどすぐに警戒心を唇に乗せ、彼らを凝望した。 ──あの屑男はいつものことだけど。今日はどうして、この人が来てるんだろう? 地にひれ伏している者ではなく、背筋の伸びた中年男性について疑問を浮かべる。視線を子供へとやれば、中年男性は彼へ向かって会釈をした。 そして対峙しているもう一人の男を無理やり起き上がらせ、建物の中へと入っていってしまう。 目まぐるしく流れる彼らの行動に、華 閻李たちは目を丸くした。「……ねえ閻李、前から聞きたかったんだけど。あんたをつけ回してる男と今の素敵な方って、どんな人たちなの?」 姐姐が、それとなく尋ねる。彼よりも少しだけ背の高い彼女は、風に靡く髪を押さえていた。 ふと、隠れていた華 閻李が前に躍り出る。幼さの残る見た目を裏切る白髪混じりの髪を、頭の天辺で軽く結い上げた。ひとつ縛りになった髪は尻尾のように、ゆらり、ゆらりと揺れる。 姐姐と呼び慕う女性以外
last updateLast Updated : 2025-04-19
Read more
疑惑
 太陽が陰り、雲に隠されていく。晴れてはいるものの、どこか不安になる。 華 閻李はその不安を言葉にはせず、男と向かい合っていた。 近くには気を失っている黄 沐阳がいる。けれどその場にいる誰一人として、彼を起こそうとはしなかった。 この事態を引き起こしたともされる爛 春犂はため息をついている。 それでも起こさない方が静かだと、二人は無視を決めこんでいた。    部屋の中に新しい机を用意し、その上に小ぶりの茶杯をふたつ置く。 華 閻李は、ゆっくりと茶杯へと緑茶を注いでいった。真向かいに座る爛 春犂が飲んだのを確認し、本題へと入る。 「──爛先生、先ほど言った事は本当なんですか?」  対峙している男は、彼が前までいた所の先生を務めていた。今もそれは健在で、側で伸びている黄 沐阳の師に近い存在でもある。けれど彼と伸びている男は相性が悪いようで、顔を合わせる度に喧嘩になっていたのだ。  ──まあ僕も黄 沐阳は嫌いではあるけどさ。爛先生みたいに、明らかな敵意は見せたりはしないかな。  これには、から笑いしか出なかった。それでも今しなくてはならないことは何だったかと、大きく深呼吸して気持ちを切り替える。 「それで先生、厄介な事とは何でしょう?」 「……お前は先月……黄家を出る前、こやつと共に行った場所を覚えておるか?」  爛 春犂は黄 沐阳を指差した。 「あ、はい。確か…&h
last updateLast Updated : 2025-04-19
Read more
殭屍(キョンシー)
 開けられた窓から、たくさんの花が部屋の中へと入ってくる。踊りながら侵入するのは椿や牡丹、山茶花など。町中で売られている花だった。 まるで華 閻李を護るかのように囲う。それはとても幻想的で、子供を儚げに繋ぎ止めていた。  華 閻李がそれを手に取れば、柔らかで甘い蜜の香りがした。花びらの表面を撫で、眼前にいる爛 春犂へと視線を送る。 「先生、そもそも殭屍とは何なのでしょう?」  最初は遺体を運ぶ為に用いられていた。しかしそれは、何の力もない直人が考案したことである。力がないからこそ物理的な物で運ぶ。知恵を絞って作り出した案、それが殭屍の始まりとされていた。  彼は、そこから殭屍が生まれたのではないかと推測する。  けれど爛 春犂は首を縦にふるわけでもなければ、横にすら動かさなかった。ふうーと口を閉じて鼻で息をする。 「直人が始めた事なのは間違いない。しかしそれが殭屍というわけではない。死者ではあるが、体という器があっても魂なくては動かぬ者。殭屍とは似て非なるものと言われている」  では、亡くなった者がどうやって殭屍になるのか。彼は、華 閻李の答えを待っているかのようにまっ直ぐ見つめてきた。  子供は、彼の意図する部分を捉える。腰をあげて窓枠に片肘をつかせ、手のひらの上に顎を乗せた。 背中越しに座っている彼へ振り向くことなく、花が舞い続ける景色を眺める。 前髪が風に遊
last updateLast Updated : 2025-04-19
Read more
再会
 爛 春犂が帰った後、華 閻李は妓楼の裏手へと向かう。そこは表の華やかさとは裏腹に、雑草が生い茂るだけの荒れ地だった。 建物の壁に背をつけ、服の口袋から白い何かを取り出す。それは薄汚れた勾玉だ。それでも気にすることなく、勾玉を優しく撫でる。 すると、周囲にたくさんの花が落ちてきた。山茶花や睡蓮などが、美しい花びらを伴って彼の全身を包み始めたのだ。 彼の姿が見えなくなるまで深く、濃い蜜の香りに包容される。 しばらくするとそれは収まり、華 閻李は再び姿を現した。 けれど花に包まれる前の彼とは違っていた。 幼さを残す顔立ちはそのままだが、白髪の混じっていた黒髪は色素をなくしている。一見すると白のよう。けれど太陽の光が当たった瞬間、美しい白金の輝きを放つ。 足元まで届きそうなほどに長い髪は、蜘蛛の糸のように細かった。 彼は慣れた様子で髪を払いのけ、落ちている睡蓮を拾った。それを右の手のひらに乗せ、左手で素早く印を結んでいく。「──花びらは耳、蜜は息。花粉は蜂を誘い、蝶を誘惑する。花の役目は我を導くこと」 空に描くは術。先ほど華 閻李を包んでいた花が、今度は彼の力に囲まれる番だった。「我、先々の主なり。そして我が声に答えよ。目を開き、全てを知らせよ!」 彼の中性的な見目に負けぬのは、男性にも女性にも聞こえる声である。どちらともとれる声音は花たちを美しく踊らせた。 まるでそれは妓女のよう。花の正体が女性ならば、世の男たちは虜になっていただろう。 そう思えるほどに美しく、丁寧に踊り続ける花は意思を持つかのように、とある場所へと向かった。 町を出て、河の上流へと進む。途中にあるつり橋では、男たちが魚釣りをしていた。 そこからさらに山の方へと向かう。次第に霧が立ちこめ、どんどん濃くなっていった。それでも花たちは風向きに逆らいながら飛び続ける。 空中を散歩す
last updateLast Updated : 2025-04-19
Read more
甘い男
 ──何だろうう。すごく懐かしい香りがする。  華 閻李は重たい瞼を無理やり開けた。ズキズキと痛む脳を働かせる。ふと、首から上だけが浮いているという感覚に見舞われた。 なぜだろうかと、視線だけを動かす。「──あ、気がついたかい?」 思いもよらぬ声が頭上から聞こえた。 華 閻李は驚きのあまり、目眩を忘れて起き上がってしまう。当然のように視界がぐらつき、ふらりと横に倒れてしまった。「おっと。急に動いちゃダメだよ」 声の主は華 閻李の体を支える。 ──え? だ、誰? な、何で僕はこの人の膝で寝てたの? あれ? でもこの人って…… 恥ずかしさと動揺を隠し、声の主の顔を見た。 宵闇のように長い黒髪を三つ編みした男だ。女性の黄色い声が聞こえそうなほどに目鼻立ちは整っている。 華 閻李とは違い、健康的な肌色をしていた。体格はよく、服に隠されていようとも、大きな肩幅から見てとれる。「……えっと、町で会ったあの人?」 突然声をかけてきて、人攫い顔負けに屋根上の散歩を促した。そしてあっという間に姿を消し、華 閻李の心に少しだけ疑問を残した男である。 次第に体を縛っていた目眩がなくなっていく。眼前の男に手を貸してもらいながゆっくりと起き上がった。「ふふ、うん。そうだよ。あの時の散歩はどうだった? 私は、君と初逢瀬出来て幸せいっぱいだったけどね」 美しい見目に見合わない言動が飛び交う。華 閻李の小さな手を優しく撫でた。瞳をとろけさせながら微笑み、子供を壊れ物のように扱った。 華 閻李は彼の放った言葉に小首を傾げる。銀の髪はさらりと流れ、大きな目とともに男を直視した。 すると男はうっと言葉を詰まらせ、下を向いてしまう。華 閻李がどうしたのと尋ねながら男の顔をのぞけば、彼は視線を逸らした。そして天を仰ぎ見、子供の両肩を軽く叩く。 「これぞ、至福の時!」 男の頬には嬉し涙が伝っていた。 しかし|華 
last updateLast Updated : 2025-04-19
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status