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116 Bab

木漏れ日の一族

 銀の髪がさらりと揺れる。 日に焼けてすらいない肌はとても白く、きめ細かい。|目鼻立《めはなだ》ちが整った人物は男か、それとも女か。どちらともとれる中性的な美しさをもっていた。 にこりと笑めば花が舞うかのように華やかで、とても|儚《はかな》げである。  白を中心とした薄紫の|漢服《かんふく》は、|袖《そで》が少しだけ長かった。|襟《えり》、|袖《そで》、腰には|濃《こ》いめの紫の花が|刺繍《ししゅう》されている。 女性が着るような色合いの|漢服《かんふく》ではあったが、着こなし方は男性そのもの。  それがより一層、この人物の性別をわからなくさせていく。 けれど身長は、百八十センチあろう|爛 春犂《ばく しゅんれい》よりも低い。 「──どうしたんですか?」  声は意外と低く、少しばかり|嗄《か》れている。ただ、声質は|華 閻李《ホゥア イェンリー》に似ていた。 「……いや。何でもないよ」  |眼前《がんぜん》に立たれ、彼は少し戸惑う。  ──|小猫《シャオマオ》が成長したら、こんな感じになるのかな? 優しくて、|慈愛《じあい》に満ちていて……それでいて、美しさを失わない。だけど何だろう。何かがひっかかる。  それを口にすることなく、愛する子供に似ている者へ笑顔を送った。 「それよりも、君は誰かな? あ、私は|全 思風《チュアン スーファン》。で、こっちの目つきが悪い人が|爛 春犂《ばく しゅんれい》」  ともにいる男の紹介は雑そのもの。当然、そんな紹介を受けた彼は|怒《おこ》り、無言で|全 思風《チュアン スーファン》の足を|踏《ふ》んだ。 「いってぇー! ちょっとあんた、何するのさ!?」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-23
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動く歴史と交わる疑惑

 おずおずと。逃げ腰の男は顔をあげる。瞬間、老人が放つ空気が変わった。  姿勢は伸び、|毅然《きぜん》とした出で立ち。 口を|覆《おお》い隠すほどに長い|髭《ひげ》は、風によって揺らされた。 「──|某《それがし》の名は、|姜子牙《きょうしが》、しがない仙人だ」  さざ波のような声が空を|駆《か》ける。  「|姜子牙《きょうしが》? ……どこかで聞いたような気がするけど」  |全 思風《チュアン スーファン》は基本、物覚えはよかった。けれどそれは、愛する子に関することだけに限定されている。それ以外のことには基本、|無頓着《むとんちゃく》なほどに興味を示さなかった。  本人はそれでいいと思っているらしい。その|証拠《しょうこ》に、|姜子牙《きょうしが》という名前を耳にしてもすぐに興味を捨て去った。 「で? その|姜子牙《きょうしが》という偉い仙人様が、私たちに何の用なのさ?」  ひらひらと、|鬱陶《うっとう》しそうに片手で|空《くう》を払う。  けれど隣にいる男、|爛 春犂《ばく しゅんれい》は違った。彼は瞳に真剣さを乗せている。物言いたげな表情にもなっていた。 「……? 何、あんた。言いたい事あるなら言ってみれば?」  沈黙する|爛 春犂《ばく しゅんれい》を見、退屈そうにあくびをかく。それでも彼は口を開こうとはせずに、|姜子牙《きょうしが》と名乗る者を|見据《みすえ》えていた。  |姜子牙《きょうしが》は、|爛 春犂《ばく しゅんれい》の視線に苦く|笑《え》む。鋭く射抜く瞳に肩でため息をつき、軽めの|咳払《せきばら》いをした。 「|某《それがし》は仙人
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-23
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大食い

 相席になった|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》を見れば、とてつもない量のご飯を胃へと入れていた。美しい顔に似合わずな|豪快《ごうかい》な食べっぷりに、|全 思風《チュアン スーファン》と|爛 春犂《ばく しゅんれい》は絶句してしまう。 丸くて赤い机は二段構えになっており、上段が回る仕組みだ。その上段をくるくると回し、乗っている食べ物を次々と食していく。  |青椒《ピーマン》と肉を絡めた|青椒肉絲《チンジャオロース》、|鶉《うずら》の卵と白菜を|庵《あん》で絡めた|八宝菜《はっぽうさい》。白いご飯に卵を混ぜ、炒めた|炒飯《チャーハン》や、|鶏《にわとり》の唐揚げに甘辛タレをかけた|油淋鶏《ユーリンチー》など。 数々の定番料理などが、全てひとりの美しい人物によって、あっという間に消えていったのだ。 下段にある|包子《パオズ》や|小籠包《ショウロンポウ》、ごま団子など。それも全て瞬く間に、銀髪の者のお腹に吸収されてしまった。 「あ、すみません! |胡麻《ごま》そばと、|麻婆豆腐《まーぼーどうふ》、それから|回鍋肉《ホイコウロウ》に|餃子《ギョウザ》。|棒々鶏《バンバンジー》もお願いしまーす!」  店員が来ては空になった皿を片づけていく。そして、できたての料理を置いていった。  |華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》は笑顔に華を咲かせ、箸を左手で持って食べていく。   当然、それを見ている彼らは言葉すら失っていた。|全 思風《チュアン スーファン》はそっぽを向き、ううっと|唸《うな》る。|爛 春犂《ばく しゅんれい》は口を押えながら青ざめた顔で、うぷっとなっていた。  そんな彼らの様子に気づき、|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》はきょとんとする。 「あれ? おふたりは食べないんですか?」  せっかく来たのだから食べなきゃ損するよと、無邪気にも似た笑顔を浮かべた。 その微笑み
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-23
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殷の実情

「|謝謝《シェイシェイ》。また来てねー」  店員が、店を出ていく|全 思風《チュアン スーファン》たちに手をふっていた。  |全 思風《チュアン スーファン》は|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》という美しい者ともに、町の中を歩く。その後ろには|爛 春犂《ばく しゅんれい》がおり、食い殺すような目で銀髪の者を見つめていた。  それを看過できるはずもない|全 思風《チュアン スーファン》は、大きくため息をついて彼を睨む。 「あんた、何なのさ? そんなにこの人の事嫌いかい?」  話の中心になっている|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》は、近くにある階段へ腰かけていた。|蝙蝠《こうもり》の|躑躅《ツツジ》たちと|戯《たわむ》れながら、無邪気ともいえる笑顔をふり|撒《ま》いている。 |牡丹《ボタン》が銀の髪を口に|咥《くわ》えると、痛いよと口にした。けれど言葉とは裏腹に頬は緩んでおり、とても楽しそうだ。頭の上に乗る|躑躅《ツツジ》の|顎《あご》を撫で、ふふっと美しく笑む。 周囲を飛ぶ|青龍《せいりゅう》の|鱗《うろこ》に手を伸ばし、ひんやりとした冷たさを|堪能《たんのう》した。   そんな美しい者を|凝望《ぎょうぼう》しながら、|全 思風《チュアン スーファン》は|愛《いと》し子を重ねていく。  ──先祖だけあって、本当にそっくりだ。大食いなところも、動物が好きなところだって。それに…… 「……ねえ|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》、君は|半妖《はんよう》って事でいいのかな?」  それが本当ならば、|華 閻李《ホゥア イェンリー》も妖怪の血をひくことになる。それ自体は目くじらを立てるほどではないのだろう。  答を待つかのように、動物と|戯《たわむ》れる者を見つめた。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-23
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王都の外

 |華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》の|脆《もろ》く、それでいて|蠱惑《こわく》な見目は、性別すらも|超越《ちょうえつ》するかのよう。 |全 思風《チュアン スーファン》のように肩幅が広くはない。むしろ線の細さが目立ち、|儚《はかな》げな印象を与えた。それに|拍車《はくしゃ》をかけるのは|容貌《ようぼう》で、男性ないし女性。|云《い》われなければどちらなのかさえわからない。 そんな中性的な|麗《うるわ》しさがあった。  「……君が、妲己と紂王の子だというのはわかった。もしかしてだけど、その髪色も出自に関係してるのかな?」    門番など目に入らないようで、彼は|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》だけを直視した。ふむっと考えこみながら腕を組む。  ──ずっと、不思議に思ってた。|小猫《シャオマオ》や|あの人《・・・》の髪は、なぜこんな色なのかと。異国の人間なのかもと思った事はある。だけど……異国人であっても銀髪なんて、そうそういないはずだ。 「無理にとは言わない。だけど普通に考えたら銀の髪なんて……」 「気持ち悪い、ですよね?」 「え? いや、違……」  ──しまった。そんなつもりじゃなかったのに。今の言い方では、髪色が気持ち悪い。そう|云《い》っているように|捉《とら》えられても無理はない。  失言したなと、苦虫を噛み潰したように眉をよせた。  |眼前《がんぜん》にいる者を見れば、長い銀の髪を指にくるくると巻きつけている。少しすねたかのように口を尖らせ、頬を|膨《ふく》らませていた。 「うっ、ぐぅ!」  意外と子供っぽい仕草をする|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-24
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血晶石《けっしょうせき》の秘密、花の誕生

 |華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》の手のひらに乗るのは、|朱《あか》い宝石のように美しい石だ。しかしその石を、あろうことか|血晶石《けっしょうせき》と呼んでいた。 そのことに|全 思風《チュアン スーファン》と|爛 春犂《ばく しゅんれい》は|驚愕《きょうがく》し、互いの顔を見合せる。「──ちょっと待って。|血晶石《けっしょうせき》って……それは本当なのかい?」 彼は|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》の持つ石を凝視し、それを指差した。石は淡く光っている。 誰もがその石を見、続いて銀髪の美しい者へと視線を移した。「……はい。そう、呼んでいます。これはわたしの血液から作られた石です」「君の?」 どういう意味かと、|尋《たず》ねる。「えっと……わたしが小さかった頃、母がこれを作ったんです。この石に願いをこめれば、一度だけ力を発揮する。そう教えられました」 たた一度だけ。願いを叶え、それが後々に己の能力として固定される。これが石の力だと、|顏《かんばせ》に影を落とした。 |全 思風《チュアン スーファン》は目を細め、深く考えてみる。 ──もしも、本当にこれが|血晶石《けっしょうせき》というならば、|殭屍《キョンシー》化の元を作り出したのは他でもない……|小猫《シャオマオ》の|先祖《せんぞ》って事になる。ただそうなると、現代でも|血晶石《けっしょうせき》が動いているというのはおかしな話になる。 この|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》が作りだしたと仮定するならば、時間の流れ的に今もそれが作成可能とは言いがたい。なぜならこの者は|殷《いん》の時代の人間であり、|全 思風《チュアン スーファン》たちが生きる|禿《とく》とは重なるはずがなかったからだ。 |殷《いん》から|禿《とく》になるまで、|凡《およ》そ千二百年。 妖怪の血が混ざっているぶん、|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》の寿命が人間よりも多少長い可能性はあった。それでも、そこまで長く生きられるという保証すらない。 ──何よりも私は知っている。|禿《とく》王朝が設立されたとき、この人の子孫がいたから。本人は、もうとっくの昔に亡くなっていたからね。 隣でともに困惑する男に視線をやり、ふうーとわざとらしいため息をついた。|爛 春犂《ばく しゅんれい》ではなく、|眼前《がんぜん》にいる美しい者を見張る。「ねえ、
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