「でも、当時まだ十六歳か十七歳で未成年でしょ? 親御さんには何も言われなかったの?」「いや、めちゃめちゃ怒られましたよ。産婦人科から親に連絡が行って、父親には殴られました。ウチの両親、どっちも教育者で。あたしの気持ちより世間体の方が大事だったみたい。『何てことをしてくれたんだ! 親の顔に泥を塗りやがって!』って言われました」「ひどいなぁ、そんな言い方。親なら真弥さんのつらかった気持ち、少しくらい思いやってあげてもいいのに」 真弥さんの相手の男の人がどんな人だったかは分からないけれど、子供に罪はないはず。自分の意思で堕胎したとしても、その喪失感は想像を絶するもののはずなのに、娘さんのそんな気持ちを思いやってあげないなんてひどいご両親だと思う。「麻衣さん、ありがとうございます。でもね、ウッチーはあたしのそういうつらい気持ちとか虚しさを理解してくれたんです。『その空っぽのお腹には、君の虚しさが詰まってるんだな』って言ってくれて。『その喪失感はオレが埋めてやるよ』って」「わぁ、ステキ! そりゃあ嬉しいよね。そんなこと言われたら、わたしでも惚れちゃいそう」「でしょでしょ? でも、惚れちゃダメですよ!? ウッチーはあたしの大事な人なんですからね!?」「分かってるよー。わたしが好きなのは入江くんだけだから大丈夫!」 『――次の停車駅はー代々木ー、代々木でございます』 「……あ、次で降りなきゃ」 真弥さんと恋バナに花を咲かせていたら、次は代々木、という車内アナウンスが聞こえてきた。あたしは駅に停車したらすぐに降りられるよう、席を立って真弥さんの隣に並ぶ。 ――ただ、桐島主任には恋愛感情ではないけれど、憧れの感情を抱いていることは真弥さんにも内緒だ。 * * * * 「――麻衣さん、今日は何も起きませんでしたね」 無事にわたしをマンションの前まで送り届けてくれた真弥さんが、ホッとしたような、少し拍子抜けしたような様子で言った。「うん、よかった。やっぱり女同士だから何もしてこなかったのかなぁ」「いつもこんなに平和ならいいんですけど。――それじゃ、あたしはここで失礼しますね」「送ってくれてありがとう。なんかゴメンね、夕(ゆう)ゴハンくらいごちそうできたらよかったんだけど。今お給料日前だから……」「いえいえ、お気遣いなく」「明後日に初任給入るか
Last Updated : 2025-07-29 Read more