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今さら私を愛しているなんてもう遅い のすべてのチャプター: チャプター 141 - チャプター 150

240 チャプター

第141話

博人は唇を噛みしめ、心の中にある疑問を話し始めた。「つまり、奥様の態度が急に冷たく変わったんですか?」高橋は顎に手を当てて少し考えた様子で、すぐに博人に尋ねた。「社長に対してそうなんですか?それとも他の人に対してもそのように奥様はなりましたか?」高橋のその質問は博人の心にグサッと刺さるものだった。博人は少し顔を曇らせて、今朝未央に会った時のことを思い出し、苦しげにこう言った。「俺だけにだ」高橋はそれを聞いて考え込み、心の中で状況の分析を始めた。「いつから奥様の態度が変わりましたか?」博人は少し考えて「昨日からだな」と答えた。ここまで聞いて、高橋は何か分かったかのように瞳に光を宿らせ、太ももを勢いよく叩いた。「分かりました。それでしたら、きっと昨日奥様が誘拐されている間に何かあって、社長に対する態度が変わってしまったのでしょう。社長、よく何があったか考えてみてください」その瞬間、廊下は静寂に包まれた。博人は何か考え込んでいる様子だった。脳裏にはすぐに昨日起きたことが一つ一つ思い出されていた。そして突然何かを掴んだようだ。待てよ!もし、昨日のあの放送された音声が、地下室で発せられたものであるのなら、きっと未央もそれを聞いていたはずだ。誘拐犯は彼に未央と雪乃のどちらか一人しか助けることはできないから、選べと言ってきたのだ。あの時、博人はなんの迷いもなく赤いボタンを押した。それは未央を助けるほうの色だった。過去、彼は彼女に間違ったことをしてきた。それにより本来自分が最も愛していたはずの女性を深く傷つけてしまったのだ。それで、今回、彼はもう二度と後悔したくないと思い未央を選んだ。だが、しかし。そのボタンを押した時、何も起こらず、暫くすると雪乃のほうが他の出口から助けられて出てきたのだ。そこまで考え、博人はどういうわけなのかはっきり分かってきた。もし、彼が未央の立場であったらどうだろうか、手足は縛られ目隠しもされて何も分からない状態だ。きっと未央は博人が雪乃を助けることを選んだのだと勘違いしてしまうはずだ。「クソ!」博人はこれで全てを理解できた。すると彼は突然拳を作り、すぐ傍の壁を力いっぱいに殴った。あまりに力がこもっていたので、手の皮が破けて血が滲んでいたが彼はそんなこと全く気にしていなか
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第142話

彼女は全く感情を動かしていないようだ。博人は結局、自分で蒔いた種、だった。以前、彼は毎回毎回、雪乃のために未央を後回しにしていた。その繰り返しが彼女をどうしようもないほど失望させ、今では博人に対する信頼など完全に失っているのだ。双方、平行線のままだった。博人は眉間を押さえ、頭の中でぐるぐると、どうすればいいか考えを巡らしていた。どうすればこの目の前にいる女性に信じてもらえるようになるのだろうか?上場している巨大グループ会社の堂々たる社長ともあろう者が、このような問題で躓いてしまうのだ。昨日の救出作戦に参加した人はたくさんいたが、二人の共通の知人は僅かしかいなかった。それに、それは博人側の人間ばかりなのだ。だから、未央が彼らのことを信じるわけもない。しかし、藤崎悠生が言ったらどうだろうか?博人は頭を抱えた。悠生も馬鹿な男ではない、どうして博人の頼みを聞いてくれるだろうか?みんな言いたいことは言ってしまったので、未央は冷ややかに彼を一瞥し、容赦なく彼らを追い出し始めた。「西嶋社長、まだ用がありますか?」「君はゆっくり体を休めてくれ。どうにかさっきのことを証明する方法を探してみるよ」博人の顔色は少し雲っていた。体の向きを変えて病室を出ると、高橋が急いで後ろからついていった。そして彼らは視界から消えていった。未央は目線を元に戻した。周りの空気はさっきよりも少し重たくなっている。その時、看護師が不思議に思いこう話した。「白鳥先生、なんだかさっきの二人は嘘なんてついていないように感じましたけど」彼ら精神科の病院で働く者たちは、人の微妙な表情や動作からでも相手が嘘をついているかどうか判断することができる。この看護師は確かに博人のことが気に食わなかったが、今までの経験からして、確かに彼らに何か裏があるようには思えなかったのだ。未央は目を細め、口元には皮肉な笑みを浮かべた。「人によっては、自分自身のことも騙してしまうような人間もいるのよ。あなたがそれを見抜けなくても不思議じゃないわ」どのみち。彼女はもう二度と博人を信じることなどないのだから。看護師は分かったような分からないような表情で頷いていた。そしてこの時、朝早くから姿を見せていなかった悠奈が戻ってきた。彼女の目は少し赤くなっていて、さっき
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第143話

未央は全身を固くし、気持ちはこの瞬間、落ち込んでしまった。悠奈は涙を拭き、沸き上がる激しい感情を懸命に抑えようと必死に自分を落ち着かせていた。「ごめんなさい、ちょっと取り乱しちゃって。未央さん、気にしないでくださいね。今は未央さんはゆっくりと体を休めて」悠奈はこのことを言うつもりはなかった。未央に余計な心理的な負担をかけたくなかったのだ。ただ、あまりにも辛くて、その気持ちをこらえることができずに、うっかりしゃべってしまったのだ。しかし、未央はベッドに座り、真剣な表情で言った。「お母様はどこの病院にいるの?お見舞いに行ってくるわ」「え?」悠奈は目を大きく開いて、焦ってそれを拒否するように手を左右に振った。「未央さんはさっき目が覚めたばかりでしょう。まだ体もしっかり休めていません。もし、お兄ちゃんが知ったら、私、怒られちゃいます」未央は悠奈の手をぎゅっと握り、真面目な顔で言った。「悠奈ちゃん、自分の体の状態は自分でよく分かるの。私はね、ただちょっと驚いて気を失っただけよ。もう良くなったわ。それに……」彼女はそこで言葉を詰まらせ、声は少し暗くなった。「お母様は私にとてもよくしてくださった。もし、お見舞いに行かなかったら、私も居ても立っても居られないわ」それを聞いた悠奈は未央に説得されてしまい、少しだけ躊躇ったが、最後には頷いた。そして少し経ってから。未央は服を着替えて、病室を後にした。そして、近くの立花市中心病院までやって来た。廊下から、手術室の明りがまだ灯っているのが見える。悠生は眉間にきつくしわを寄せて、今までに見たことのないほど暗い表情をしていた。片手をポケットに突っ込み、壁に寄りかかっていた。その時、耳元に急いで駆け寄って来る足音が聞こえてきた。彼は顔を上げて未央を見ると、すごく驚いた様子で、彼女のほうへ大きな歩幅で近づいていった。「君がどうしてここに?」悠生はとても気にした様子で未央に尋ねた。そして、何か言いたそうな瞳で悠奈をじろりと見つめた。悠奈は兄に睨まれてすぐに後ずさり、ソワソワとして顔を下に向けた。未央はこの二人のその様子に気付き、自分から説明した。「藤崎さん、悠奈ちゃんとは関係ないんです。私が行くって言ったから。お母様の状態はどうですか?」悠生はそう言われて
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第144話

そしてすぐに。京香は悠生にも目を向け、力を振り絞って未央と悠生二人の手を取り、その手を合わせ諭すように言った。「恋人同士が喧嘩することはよくあることなんだから、そんなに簡単に別れるって決めないのよ。お互いに理解し合って、許し合うことが大切なんだからね」未央はそれを聞いて驚き、隣にいる悠生を訝しそうに見つめた。京香の言った言葉から、彼女がまだ悠生と未央は恋人を演じていたことを知らず、ただ二人が喧嘩して別れたのだと思っているように聞こえたのだ。しかし。こんな状況ではそんなことはどうでもいいのだ。未央は低く「はい」と返事をしておいた。すると京香はこの時やっと、満足そうに笑みを見せた。恐らく病気のせいだろう。彼女は少し目を覚ましただけで、すぐに疲れたようにぐっすりと寝てしまった。未央と悠生はお互いに目を合わせた。彼らの手はさっき京香に引かれて手を繋いだのだが、今でもまだそのままだった。「コホン」未央は口元に手を当てて軽く咳をした。するとその時やっと悠生はハッとして、慌ててその手を放した。耳までほのかに赤くしていた。そしてすぐに。「藤崎さん、ちょっと話したいことが」耳元に、透き通った綺麗な女性の声が響いた。悠生は頷き、外に向かった。悠奈は暗黙の了解のように大人しく病室にいて、京香についていた。廊下にて。未央はゆっくりと、心にあるその疑問を口にした。「おば様は、まだ私たちが恋人を演じていたことをご存じないんですね?」悠生は唇をぎゅっと結び、低く「ああ」と答えた。未央はまた尋ねた。「じゃあ、別れたことを、どうおば様に説明したんですか?」「君にふられたって伝えたんだ」悠生はその言葉を言う時、無意識に未央をちらりと見た。その口調には切ない気持ちまで含まれているようだった。未央は呆れた様子で言葉を失った。目の前にいるこの男性は立花では上位の財閥家の御曹司だ。彼は上場したいくつもの会社を取り仕切っている。さらにイケメンのうえに性格も良い。普通の女性なら、どうしてこんな優良物件を捨てることができるだろうか?「おば様はその話を信じたんですか?」未央はどうも不思議だった。悠生は少しの間黙ってから、ゆっくりとまた話し始めた。「母さんから、俺が優しすぎて、女性の喜ばせ方も知らないもんだから、
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第145話

正直に言うなら悠生はそんなことせず、さっさとその提案を受け入れてしまいたかったのだが。ただ……悠生は下に視線を向けて、未央の美しい横顔を見つめた。眼鏡のレンズ越しに、独占欲がうかがえる。今まで彼女と親交を深めてきて、彼はもう偽の関係では満足できなくなっていた。この時、彼は未央と本物の恋人になりたいと思っていたのだ。「じゃあ、恋人を演じる必要があれば、連絡してくださいね」と未央はそう言い残し、病室でぐっすりと寝ている京香を一目見てから、病院を離れた。すると突然、電話がかかってきた。「白鳥先生、やっと電話に出てくれたわ」電話の向こうから、興奮気味の聡子の声が聞こえてきた。「あなたから言われたことは、もうやってしまったわ。これから何をしたらいい?」未央は少し考え、すぐにこう口を開いた。「焦らないで、今すぐ行くから」数日前のこと。彼女と博人が精神科病院へ行った時、聡子とその父親である肇に会った。ただ、肇のほうは精神的ダメージを負っていて、何年もの間、精神疾患を抱えていたのだった。未央はその時、聡子を説得して、彼女と協力し、どうにかして黒幕をおびき寄せようと相談していたのだ。ただ、その計画を立ててからすぐに未央が誘拐されてしまい、仕方なくその計画が一旦中断を余儀なくされた。今はまだ時間があるので、彼女は車で再び精神科病院へとやって来た。博人はすでに現場に到着していた。未央が来たのを見て、瞳を少し輝かせ近づこうとしたが、その足を急に止めてしまった。彼はあの地下室での一件で未央を選んだという証拠を見つけられていなかったので、未央はきっとまだ自分のことを恨んでいると思ったのだ。それを考え、博人は苦し気に自嘲するように笑い、ただその場に立ち尽くしていた。聡子のほうは積極的に未央のほうへやって来て、挨拶をした。「白鳥先生、お久しぶり」この時の彼女は未央に会って喜びを浮かべた。あの病室で会った時に向けられた嫌悪などこの時は一切なかった。「西嶋社長が海外から有名なお医者様を探してきてくれたおかげで、父の精神状態が日に日に良くなっていってるの」聡子はキラキラと笑い、心の中でいつかきっと父親が元に戻ると期待を膨らませていた。未央は頷いて、口を開いた。「最近、周りで何かおかしな人を見たりした?」
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第146話

今回のおびき寄せ作戦は、この親子を助けることにもなるのだ。それと同時刻。肇は今日の治療を終えていた。今までと同じでその眼差しには光はないが、顔色は幾分も良くなっている。「じゃあ、そういうことで。外は風も強くなってきたから、白鳥先生、私、先に父を部屋に連れて戻るわね」聡子は車椅子を押しながら、すぐに未央の視界から消えていった。未央は目線を元に戻し、ゆっくりと溜まっていた息を吐き出した。その後、博人が自分を心配そうに見つめる瞳と目が合った。「どうして病院で数日ちゃんと休んでいないんだ。こっちのことは俺に任せて、大丈夫だから」未央は首を横に振った。その口調も少し冷たかった。「西嶋社長、高橋さんに頼んで手配したボディーガードの費用は私に領収書を送ってくれれば、あなた達に送金するから」そう言い終わると、博人は瞼をピクリと動かし、心の底に怒りが込み上げてきた。「未央、今自分が何を言っているのか分かっているのか?」彼は面白くない様子で、我慢できず目の前にいる女性の腕を掴み、壁の方へと彼女を押しやった。その声は怒りに満ちていた。「俺がそれっぽっちの金に困ってる野郎か?そんなに俺と細かいところまで計算しないと気が済まないのか?」冷たい風が吹き、地面の落ち葉がさらさらと音を立てた。未央は暫くの間黙ったままで、顔を上げると、その瞳はかすかに赤くなっていた。その瞳には涙をためていたが、必死にそれが零れ落ちないようにこらえている様子だった。「西嶋社長、あなたがそんなことを言える立場じゃないでしょ」未央は冷ややかな顔をしてそう言った。彼女は本当に意味が分からなかった。どうして博人の心には綿井雪乃という女がいるのに、自分にちょっかいを出してくるのだ?もうここまできたのだから、後腐れなく別れるのは駄目なのか?博人は目を赤くさせている未央のほうへ視線を向け、針で刺されるように心がズキズキと痛んだ。「俺と一緒だと、そんなに君を苦しめるのか?」彼はゆっくりと手を離した。その声は無意識に震えていた。そして暫く沈黙が続いた。博人は未央は静かに頷くのを見て、瞳の中の希望の光は消えてしまった。しかし、それでも彼女のことを諦めきれなかった。「あの日、俺は地下室の外で確かに未央のほうを選んだんだよ。信じられないっ
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第147話

未央は休む暇もなく、電話を受け取ってから急いで再び病院へ向かった。「どういうこと?」悠奈は目を真っ赤に腫らし、嗚咽を漏らし、声を震わせていた。「未央さん、お母さん……お母さんが……」悠生は暗い表情で、悠奈の言葉の続きを重い声で話し始めた。「母さんは突然血を吐いて、また救急救命室に運ばれていったんだ。医者は状況は芳しくないと」そう言い終わると、周りは静寂に包まれた。未央は唾を飲み込み、重たい口を開いた。「さっき藤崎さんが言っていたのは、どういうことですか?」悠生は唇を噛みしめた。「医者が、母さんのこの症状は非常に珍しいって。今は虹陽市にある大病院に入院するしかないと。もし、そうすれば、まだ少しは希望があるらしいんだ」そこまで聞いて、未央は瞬時にどういうわけなのか理解した。「少し待っててください。先生の知り合いでどなたかいらっしゃらないか聞いてみます」実は、悠生の力をもってすれば、虹陽市であっても、人脈を使って見つけることはできるはずだ。ただ、今の状況は切迫しているし、悠生と悠奈は他でもなく未央を信頼しているのだ。「プルプルプル――」河本教授はすぐに電話に出た。その声はとても意外そうだった。「白鳥さんか?何か私に用だろうか?」未央は京香の状況を簡潔に説明し、それから尋ねた。「先生、そちらの病院にこのような専門の先生がいらっしゃいませんか?」それを聞いた河本は瞬時に声を暗くし、暫く考えこんでからやっと口を開いた。「私はどちらかというと交友関係は広くなくて、知り合いはそこまで多くないからな。だけど、聞いてみるよ」「分かりました。よろしくお願いします、先生」未央が電話を切った時、少しがっかりしていた。しかし、河本教授は心理学部であるから、専門の医者の知り合いがそんなに多くないことは分かっていた。そしてすぐに。携帯の連絡帳にある電話番号に目を落とした。その瞬間、未央は瞳を輝かせ、すぐにその番号に電話をかけた。呼び出し音が少し鳴ってからその相手は電話に出た。「白鳥さん?何か用?」その男の低い声を、なんだか最近聞いたような気がする。しかし、未央はその時余計なことは考えられず、急ぎの用事があったから、他のことに構っていられずこう言った。「木村先輩、急に電話してすみません、虹
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第148話

どのみち。藤崎家は特殊な家柄であるから、事前にどちらが責任を負うのかをはっきりさせておかないと、いざ何かあったら病院が彼らに責任を持つことは不可能だ。彼女は緊張していた。悠生の肩は見るも明らかに落胆した様子で下がり、震える手でサインをしていたのだ。未央は一人ため息をついていた。しかし、どうやってこの兄妹の二人を慰めればいいのか分からなかった。辺りの空気は重たくなった。そしてすぐにヘリコプターはゆっくりと上空で舞い上がり、あっという間に視界から消えてしまった。悠生は遠ざかるヘリコプターから視線を元に戻し、沸き上がる感情を抑えて、かすれた声を出した。「俺たちも出発しよう」藤崎家にもプライベートジェットがあり、郊外の開けた場所に止めてあるのだ。未央は少し考えてから、ゆっくりとこう言った。「私も一緒に行きましょう」悠生は眉をしかめ「君の病院のほうはどうするんだい?長く病院を開けることになるかもしれないよ?」と言った。「藤崎さん、私たちの仲じゃないですか」未央は泣き疲れて倒れそうになっている悠奈のほうを心配そうに見た。「私はなにより悠奈ちゃんの精神科医ですよ。その次に、病院の院長でもあるんです」彼女がここ立花に来た当初の目的は、悠奈の主治医になることだったのだ。悠生は頷き、様々な思いのこもった瞳に感謝の色を浮かべて、低い声で言った。「分かった。一緒に行こう」数時間後、プライベートジェットは虹陽市に到着した。未央は降りてすぐ拓真からの電話を受け取った。落ち着いた声が電話越しに聞こえてきた。「藤崎さんは、すでに虹陽市総合病院で、手術を受けているよ。成功率は50パーセントってところだろうね」「そうですか、どうもありがとうございました、先輩」未央はとても驚き喜んだ様子で、またお礼を述べてから電話を切った。そしてすぐ、彼女はその良い知らせを悠生と悠奈の二人に伝えた。悠奈は精神的に崩壊寸前のところまで来ていたのだが、それを聞いて、やっと落ち着きを取り戻した。一行が病院に到着した時、オペ室の扉は固く閉ざされていた。この時、一本の電話が耳に響いた。未央は携帯を取り出し、電話に出てみると、看護師の呆然とした声が聞こえてきた。「白鳥先生、今どこにいらっしゃるんですか?どうして病院にいらっしゃら
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第149話

悠奈は思わず戦慄を覚え、声も震わせていた。「あの、私たちどこかでお会いしたことありますか?」悠奈がそう尋ねると、拓真の瞳は一瞬暗くなったが、表情は全く変わらなかった。「こちらは?」未央は少し驚いていた。以前であれば、悠奈は内向的であるから、あまり他人とは関わろうとしなかった。そんな彼女が今はじめて、知らない相手に積極的に話しかけたのだ。「彼女は藤崎悠奈ちゃんと言って、中で今手術を受けている京香さんはこの子の母親なんです」未央はすぐに説明した。拓真はそれを聞いて頷き、悠奈のほうへ手を伸ばした。「俺は以前、財経ニュースに載ったことがあるから、もしかしたら、以前テレビで俺のことを見かけたのかも」悠奈はその瞳に少し恐怖をたたえ、握手する手を伸ばすことはなく未央の後ろに隠れてしまった。その瞬間、その場の空気は気まずくなってしまった。悠生はそれを見て、すぐに近寄り拓真と握手をした。「申し訳ありません、妹はちょっと人見知りで」「いいんですよ。俺はまだ用があるから、これで失礼。藤崎さんの手術が成功することを祈っています」拓真はさっきのことは何も気にしていないといった様子で落ち着いてそう言った。そう言って体の向きを変えて未央たちに背を向けた瞬間、彼の顔から微笑みは瞬時に消え失せた。拓真の姿が完全に消えてから、悠奈はようやくいつもの様子に戻り、体の震えもおさまった。「どうしたの?」未央は悠奈の冷たくひえきった小さな手を握りしめ、不思議そうに尋ねた。悠奈は首を横に振り、非常に困惑した様子で呆然としていた。「私も分かりません。あの人からはなんだか嫌な気配がして。まるで昔どこかで会ったことがあるような」「彼が少し西嶋博人に似てるから?」未央は少し考え、それ以外には他に理由が思いつかなかった。悠奈は眉間にきつくしわを寄せ、心の中ではそうじゃないと思っていたが、うまく説明できなかった。そしてこの時、オペ室の扉が突然開いた。その場にいた三人はすぐにその扉のほうへ目線を向けた。それでさっきのことに構っていられず、急いで前方へ足を進めた。一方。博人もちょうどこの日、飛行機で虹陽市に理玖と一緒に帰ってきていた。「パパ、僕、まだママにさよなら言ってないよ」理玖は両手を胸の前に組み、小さな
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第150話

……博人は本来ドアを開けようと手を伸ばしていたのだが、あのような言葉が聞こえてきて、その手を空中で止め、固まってしまった。さっきあのようなことを言ったのは、西嶋秀信(にしじま ひでのぶ)、博人のおじだ。実は、西嶋家は決して一枚岩ではない家なのだ。まだ博人が子供の頃、一族の中は大荒れ状態だった。株や利益のために親族であってもそんなのはお構いなしの醜い争いを繰り広げていた。彼の記憶の中で、小さい頃誘拐されたのは一回ではなかった。そして最後に。博人が大人になり、他の者とは比べ物にならないほどの才能と能力を持っていたので、西嶋家が反対する声を抑えつけ、西嶋グループの後継者となったのだった。すると騒いでいた他の親族たちはだんだん大人しくなっていった。博人は皮肉交じりの笑みを浮かべていた。彼が最近虹陽市にいなかったから、また親族が暗躍し始めたということか?会議室の中で。株主たちは暫くの間黙り、三つの勢力に分かれた。秀信の意見に賛同を示す者、黙ったまま中立を保つ者、そして迷わず博人側につく者。この三つだ。そして廊下では。高橋もさっきの会話を聞いていて、博人が殺気を出しているのに気付き、思わず会議室の中にいる者たちに哀悼を捧げていた。わざわざ機嫌が最高に悪い時の西嶋社長を怒らせるような発言をするとは。会議室の中ではまだ話し合いが続いていた。「白鳥未央は立花にいて、藤崎グループの後継者とかなり近しい関係になったとか。上場した大企業の社長ともあろう人が、尻軽女に振り回されて、全く彼の決断には疑いしか……」秀信は厭味ったらしくそう話し、博人のことを貶してばかりで、中立派を自分のほうへ取り込む作戦らしい。そして、彼が話し終わる前に。「バタンッ――」耳元に会議室のドアが蹴破られる大きな音が響いた。博人が入り口に立っていて、その顔は陰険で見るものを凍らせるほど冷たいオーラを放っていた。この瞬間、会議室の中の温度はまるで何度も下がったような気がした。秀信は驚いて目を見開き、博人本人が目の前に現れたのを見て、無意識に身震いしていた。ただ、後ろにはこれだけ多くの人が見ているのだから、今ここで引けば、今後誰も自分の味方にはつこうとしないと考えていた。秀信は軽く咳払いし、偉そうに顔を上げてこう言った。
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