All Chapters of どうしてあなたを好きになってしまったんだろう: Chapter 71 - Chapter 73

73 Chapters

第四十一話 夕暮れにほどける心の鎖①

【二〇二五年 杏】 修司が私を連れやってきたのは、彼の部屋だった。  私は導かれるままに部屋へと入っていく。 なんでこんなに素直に従ってしまったのか、自分でもわからない。  ただ、彼が傷ついているような気がして、放っておけなかった。 最近は、修司のそんな顔ばかり見ている気がする。 それも全部、私のせいだね。  窓から差し込む赤みを帯びた夕暮れの光が、修司の姿を静かに照らし出す。  その横顔には、言葉にならない哀しみが滲んでいるようで――胸の奥がきゅっと痛んだ。「ねえ、杏……どうして兄さんなの? どうしてなんだよっ」 俯いた修司が苦しげに息を吐く。 その姿に胸が締めつけられる。  だけど、自分の気持ちを打ち明けることは、できない。 深く息を吸い込み、ぎゅっと口を堅く結ぶ。  いつの間にか、手のひらには強く力が入り、爪が食い込むほどに握りしめていた。「よりにもよって……」 修司は一瞬、言葉をのみ込んだ。  そして顔を上げ、真っすぐに言い放つ。「杏は、兄さんのこと本当は好きじゃないよね?」 鋭い視線が私を射抜く。 私の内側を暴こうとするその眼差しに、思わず身を引きたくなる。  だけど、動揺を見せないよう、私は平然を装った。「何で、そう思うの?」「だって、全然そう見えないからだよ。それに、好きになる理由がわからない」「人を好きになるのに、理由なんていらないわ」 言葉が、つい口をついて出た。  自分でも驚く。 それは――たぶん、私自身が修司を好きになったときに、理由なんてなかったからだ。「そうだね……理由なんて、ないのかもしれない」 修司はふっと息をつき、目を伏せた。「僕もそうだった。君を好きな理由なんて思いつかない。  ただ好きなんだ。好きで、好きで、どうしようもなくて……この想いを止められない!」 その声が
last updateLast Updated : 2025-07-30
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第四十一話 夕暮れにほどける心の鎖②

【二〇二五年 杏】 どうして、今になって……。 頬を熱いものが伝っていく。  修司は驚いたように目を見開き、すぐに切なげな表情に変わった。 そして、そっと私の涙を指で拭った。「杏……っ」 そのまま、修司が私を抱きしめた。 彼の腕の中に包まれた瞬間、耳元で心臓の音が大きく鳴り響く。  ドクンドクンと力強く脈打つ鼓動が、彼の想いをまっすぐに伝えてくるようだった。 私は目を閉じて、そっと祈る。 ――時よ、止まって。 このぬくもりの中で、世界が終わってしまえばいいのに。「何が、そんなに君を苦しめている? 俺は知りたい、知りたいんだ。教えてくれっ」 絞るように響いた声が、私の心をかき乱す。 もう、やめて。 次の瞬間、修司の手が私の顔を持ち上げた。  そして、唇を重ねられる。 柔らかく、でも切実な、修司のキス。 荒々しさの中に、優しさがある。  彼の想いが、すべてそこに込められているようだった。 身体が動かない。 いや、動きたくなかったのかもしれない。 ただ、そのぬくもりの中に……いた。  どれほどの時間が流れたのか。  私には、それが永遠に続くように感じられた。 ――でも。 意識が、現実に引き戻される。 ダメ! 私は全力で修司を突き飛ばした。 心も頭も、ぐちゃぐちゃだった。  泣きたくなるほど、苦しくて、苦しくて。 顔を上げると、修司がいた。 その目には涙が滲んでいて。  悲しみが滲むその顔に、ぎゅっと胸が締めつけられる。「……っ」 修司が何か言いかける前に、私は声を張り上げた。「っダメなの!! 私はあなたを好きになっちゃダメなの! ダメ、なの。  お願いだから……もう私を苦しめないで。  ……さようなら、修司」
last updateLast Updated : 2025-07-31
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第四十二話 君を苦しめるものの正体①

【二〇二五年 修司】 先ほどまで照らしていた太陽は完全に沈み、部屋の中には暗がりが広がっていた。 まるで、杏がいなくなったことで、光まで失われたかのように。「杏……どうしてっ」 彼女の悲痛な声と表情が、何度も心に蘇り、そのたびに胸が痛んだ。 なぜだ。なぜ、俺を好きになっちゃいけない。  でも、あの言葉の裏に、彼女の本心が隠れていたのだとしたら? わずかでも、彼女の心が自分に向いていた。 その希望が胸に灯りかけた、けれど……  すぐに、冷たい現実がそれを呑み込もうとする。 それでも、嬉しかった。  離れていたあの時間に、一瞬でも杏が自分を想ってくれていたのなら――それだけで、充分だった。 気持ちを落ち着けるように深く息を吸い込む。  そして決意のこもった眼差しで前を見据え、部屋を出た。  杏はきっと、あのまま屋敷を出ていったのだろう。 もう戻ってくるとは思えなかった。 ここで俺までいなくなったら、さすがに変に思われる。  突然姿を消した杏のことも、説明しないといけない。 そう思いながら、俺はまっすぐ皆のもとへ戻っていった。 食堂へ続く扉を押し開けると、すぐに兄の声が飛んできた。「おい修司、杏はどうした? 新くんは戻ってきたのに、杏がいないぞ?」 兄が不思議そうに首を傾げる。 きっと俺が杏を探して連れてくると思っていたのだろう。  無理もない。  さっき杏が「お手洗いに」と席を立った。  すぐに新も立ち上がって姿を消した。 そして、そのあとに俺が席を立った――そう、まるで杏のあとを追うように。 兄も、それに気づいていたはずだ。  なのに戻ってきたのは新だけ。 杏は戻ってこず、代わりに俺だけがこうして部屋に入ってきた。  そりゃ不思議に思うよな。 杏はどこへ行ったって……。 俺が戻ってくるまで、ず
last updateLast Updated : 2025-08-01
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