All Chapters of どうしてあなたを好きになってしまったんだろう: Chapter 81 - Chapter 90

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第四十六話 救ってくれたのは、やっぱりあなたでした①

【二〇二五年 杏】「おまえに何がわかる! 父さんが、私たちがいったい何をしたーっ!」 怒りに突き動かされるまま、私は雅也に飛びかかった。  そのままベッドへ押し倒し、馬乗りになって首へ手を伸ばす。「ははっ、それがおまえのしたかったことか? 本当にバカだな」 雅也は笑った。  嘲るような声。 まるで私の感情そのものを玩具にしているかのように。「おまえの親父も、おまえも、みーんなバカ。  俺に勝てるわけないだろ」 そう言った次の瞬間、雅也が勢いよく体を起こし、今度は私をベッドに押し倒した。「やめて! 何するの!」 必死に抵抗するけれど、彼の力は強くて、びくともしない。「さて、どうなると思う? 馬鹿なおまえでもわかるんじゃないか?」 顔を歪めてにやつく雅也の目が、いやらしく私の身体を這う。 ――怖い。 初めて、本当の意味で恐怖を感じた。 今更ながら、自分の行動を悔やむ。  なんで、私はこいつの誘いに乗ってしまったのだろう。 こんな男と、密室で、二人きり……。「こんなことして、今度こそ訴えてやる!」 震える声で叫ぶ。  それだけが、今の私にできる精一杯だった。「ははっ、まだそんなこと言えるのか。いいねえ、俺好みだよ」 雅也の表情が、これまでにないほどの恍惚に染まり、静かに歪んだ。「ほんと、おしいよなあ……おまえ。  ま、いいや、最後に楽しませてもらうわ」 覆いかぶさってくる雅也。「やめて! こんなことして、ただで済むと思ってるの!? 今度こそ、おまえを――」「やってみろよ。できるもんならな」 顔を近づけてくる雅也の目が、嘲りと支配に満ちていた。「おまえの父親と一緒だよ。  どんなに抗っても、俺と親父の前じゃ誰も敵わない。  皆、俺たちの思い通り。……それに、訴えられると思ってるの?」
last updateLast Updated : 2025-08-15
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第四十六話 救ってくれたのは、やっぱりあなたでした②

【二〇二五年 杏】「おら、もっと嫌がれよ。でないと興奮しねえよ」 そのいやらしい笑みと視線。  私のことなど、自分を楽しませる道具としか思っていない。 本当に……こいつは。「くそっ、離せ……っ、やめろ!」「そうそう、そうこなくっちゃ」 そのときだった。 ピンポーン。 部屋のチャイムが鳴る。  間の抜けたような乾いた音が、静かな空間に響いた。 雅也は無視して続けようとする。  が、再びチャイムが鳴る。 何度も、何度も。「っうるせぇな! 誰だよ!」 苛立ちを露わにした雅也は、すぐそばに置いてあった鞄を探り、ロープを取り出した。 私は手首を縛られ、ベッドの脚に繋がれる。  口はハンカチで塞がれた。 涙目で見つめると、雅也がぎろりと睨みつけてきた。「騒ぐなよ」 そのままドアのほうへ向かって歩いていく。 しばしの間のあと、ドアが開く音。  続いて、聞き慣れた声が響いた。「杏っ!」 その声に、全身が震える。 足音がこちらに駆けてきて、その姿を現す。  修司だ。 血相を変え、荒れた息を吐きながら、一直線に私の元へ駆け寄ってくる。「杏、大丈夫か!」 修司は私の姿に痛々しそうに眉を寄せる。  そして無言のまま、すぐさま縄を解き、そっと布を外した。 呆然と、彼の顔を見つめる。「……どうして」 修司の目が私をまっすぐに捉える。「おい、修司っ! おまえ……っ」 彼の背後から、雅也が怒鳴りつける。  修司は振り返ることなく、きっぱりと言い放った。「兄さん、杏は連れて行く。……いいね?」 その顔には、見たこともないほどの静かな怒りが浮かんでいた。「っ、くそ……」 雅也は歯を食いしばり、何も言い返せず立ち尽く
last updateLast Updated : 2025-08-16
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第四十七話 夜の海、あなただけに見せる涙①

【二〇二五年 杏】 夜の暗い海が見渡せる遊歩道に、修司と二人でやってきた。 沿道の街灯がぽつぽつと灯り、辺りを優しく照らしている。  遠くで聞こえる波の音。  少しひんやりとした風が通り過ぎ、私の髪を揺らしていった。 ちょうどベンチが見えたところで、修司がそっと私に腰かけるよう促した。「ここで待ってて」 そう言って、修司は少し離れた場所にある自動販売機へと走って行った。 戻ってきた彼の手には、二本の缶。「……ありがとう」 手渡されたのは、ホットコーヒーとホットココア。  私は迷わず、ココアを選んだ。「ふふっ」 なぜか修司が楽しそうに笑った。  怪訝そうに見つめると、彼は首を横に振って微笑む。「ううん、杏だなあって思って」 照れくさそうに笑いながら、私の隣に腰を下ろす。「寒くない?」「うん……大丈夫」 そう言ったけれど、夜風が思ったより冷たくて、肩がすくむ。  その瞬間、ふわりと修司の上着が肩にかけられた。「どうぞ」 その優しい声と眼差しに、胸がいっぱいになる。  上着からふんわり漂う彼の匂いに、頭がぼうっとしてしまう。 そのとき、先ほど感じた恐怖がふと脳裏をかすめた。  雅也のあの顔――その声、その狂気。 胸がぎゅっと締めつけられ、心の奥がひやりと凍りつく。 でも……。 私をあの場から救ってくれた修司の姿が、すぐに心の中を満たしていく。  彼の声、温もり、優しく支えてくれた腕。その一つ一つが、冷えた心に少しずつ染み込んでいくようだった。 隣にいる修司を見上げると、彼もちょうど私の方を見ていた。「……何?」 修司が不思議そうに訊ねてくる。「ううん、上着、ありがとう。修司は相変わらず優しいね」 その言葉に、修司は急にあたふたと手を振り、顔を赤らめた。「な、何言っ
last updateLast Updated : 2025-08-18
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第四十七話 夜の海、あなただけに見せる涙②

【二〇二五年 杏】 視線を落としたまま、修司がぽつりと呟いた。「あの……さ。ごめんな、兄さんが」 その低く沈んだ声に、私はそっと小さく首を振った。「ううん。修司が謝ることじゃない」 そう、あれは私が選んだこと。「違う! そうじゃない! 全部、俺たち家族が悪いんだ。 杏を……ずっと、苦しめて」 修司は震えていた。 その様子に、ふと気づいてしまう。 まさか。「杏……」 その真剣な眼差しが、まっすぐに私へ向けられ。 時が、止まったような気がした。 彼はゆっくりと立ち上がり、私の正面へと回り込む。 そして。 そのまま、静かに膝をつき、頭を下げた。「ごめん! 本当にごめん! 杏を苦しめて。杏の家族を……兄さんと父さんが、あんな酷いことを……! 俺は、何も知らなくてっ。本当に、ごめん!」 額を地面につけ、何度も繰り返される謝罪の言葉。 その姿を、私はただ見つめていた。 ――修司。 とうとう知ったんだね……真実を。 心が揺れ、痛いほど胸が詰まる。 私はゆっくりと膝をつき、修司の肩にそっと手を置いた。「修司、顔を上げて。あなたが謝ることじゃない」「でも、俺……っ! 今まで何も知らなくて! 杏のこと、いっぱい、苦しめた……!」 顔を上げた修司の目には、涙が浮かんでいた。 悔しさ、悲しさ、そして怒り……いろんな感情が滲んだその顔が。 なんでかな。不思議と愛おしかった。「いいの……立って」 私は彼の手をそっと握り、そのまま静かに
last updateLast Updated : 2025-08-20
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第四十八話 別れ、涙の向こう①

【二〇二五年 杏】「杏……大丈夫?」「うん……」 泣き疲れてようやく少し気持ちが落ち着いた頃、修司がそっと優しく声をかけてくれた。「俺はさ、杏。真実を知ったとき、どうしようもなく自分を責めたよ。 杏の苦しみを考えると、胸が痛くて張り裂けそうだった。 今までの杏の言動も、全部、やっと繋がった。そうだったんだって……」 修司は、苦しそうに細く長く息を吐いた。 その瞳には複雑な感情が滲んでいて。けれど、確かにそこに揺るぎない想いを感じる。「ずっと考えてた。十年前、杏はどんな気持ちだったのか。 この十年間を、どんな思いで過ごしてきたのか。 俺には想像もできないほど、きっと途方もない苦しみだったはずだ」 私への優しい想いが胸に流れ込んできて、また、涙がこぼれそうになった。「……俺の勘違いだったら、それでもいい。 でも、杏は――十年前からずっと、俺のことを好きでいてくれたんだよな?」 彼の熱い視線が突き刺さる。 胸が苦しく高鳴った。「嫌いたかったと思う。憎みたかったと思う。忘れたかったとも、きっと。 そうすれば楽になれたかもしれない。 でも、それができなかったんじゃないかって……違うか?」 私は目を閉じ、心の奥に沈めていた記憶を呼び起こす。 十年分の想いが、止めどなくあふれてくる。 そっと目を開け、私は小さく頷いた。「うん……私は、修司が好きだったよ。 でも、忘れようと必死だった。嫌いになれたらどんなに楽かって何度も思った。 心から、頭から、修司を追い出そうとした。でも……無理だった。 どうしてもできなかったの。 だって、ずっとずっと好きだったから。 今でも修司のこと、好きだもん!」
last updateLast Updated : 2025-08-22
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第四十八話 別れ、涙の向こう②

【二〇二五年 杏】 その言葉は、心のどこかで恐れていた言葉だった。 私も、そう思って修司から逃げ続けてきたはずなのに。 それなのに、心が叫んでいた。 いやだ、離れたくない、と。「修司……」「俺、兄さんと父さんのことを、警察に告発しようと思ってる」 その瞬間、頭の中が真っ白になり、時間の流れがゆっくりになった。 真剣なまなざしが、私を真っすぐに捉える。「で、でも……そんなことしたら、修司だって」「わかってる。兄さんも父さんもすべてを失う。 俺だって、大きな代償を払うことになる。警察も辞めなくちゃいけないかもしれない。 これからの人生、きっと厳しい道になる」 それでも、と修司は微笑んだ。 その表情は不思議なほど晴れやかだった。「杏はずっと苦しんできた。新も、お父さんも。 全部、俺の家族のせいだ。 それを償うのは当然だろ? いや、償わせてほしい。 ――安心して。もう二度と、杏たちには手出しはさせない。 俺が……守る」 修司が私の手を、両手でそっと包み込む。 その温もりがあたたかく胸に染みる。それと同時に胸の奥が激しく痛んだ。「修司……でも、私……」「いいんだ。杏は幸せになって。 もう、俺たちのことは忘れていい。 新と一緒に……笑って生きてくれたら、それが俺のたった一つの願いだ」 さよならを告げられている。 そんな気がして、心がぐしゃぐしゃに乱れる。 そんなこと、望んでなんかいないのに。「杏……大好きだよ。愛してる。 今まで、苦しめてごめん」「しゅ、しゅうじ……」 言葉が、うまく出てこなかった。
last updateLast Updated : 2025-08-23
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第四十九話 秘密の想いが、静かに咲くとき①

【二〇二五年 杏】 新に支えられながら、私はなんとか帰宅した。「姉さん、大丈夫?」 そっと私をベッドへ座らせると、新はキッチンへと向かった。 しばらくして、コップを手に戻ってくる。「はい、喉乾いたでしょ? 何か温かいもの用意しようか?」「ううん、いい。ありがとう」 私は新が差し出した水をゆっくり飲んだ。 気分は重く、思考がまとまらない。何もかもが遠くにあるような感覚だった。 考えることすら、体が拒んでいる。 きっと、修司のことを思い出さないように、心が勝手に蓋をしているのかもしれない。 でも、ほんの一瞬、彼の顔が浮かんだだけで──胸が締めつけられ、涙があふれてきた。「うっ……うぅ……っふ」 私は声を抑えながら泣いた。 すると、新がそっと隣に腰を下ろす。「姉さん……修司さんと、話したんだね」 その優しい声とともに、私の頭をそっと撫でてくれた。 そういえば、新と修司はいつからそんなに連絡を取るようになったのだろう? 二人が繋がるきっかけなんてあっただろうか。 私が新を見つめると、その視線に気づいたのか、ふっと笑った。「僕ね、この前の食事会のあと。 姉さんが修司さんのもとから去った夜、言われたんだ」 新は真面目な顔で、まっすぐに私を見つめる。「十年前の事件の真相を知って、姉さんを苦しめていたことを謝ってくれた。 そして、ちゃんとけじめをつけるって言ってたよ。 ……それと、姉さんのことを頼むって。自分の代わりに、守ってほしいって言われた」 修司は、もう覚悟を決めていたんだ……。 私のことまで、考えて。「私……修司に、さよならって言われたの。もう一緒にはいられないって……」
last updateLast Updated : 2025-08-25
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第四十九話 秘密の想いが、静かに咲くとき②

【二〇二五年 杏】 ひとりきりの部屋で、私は目を閉じる。 そして、修司のことを想った。 私は修司が好き。それは変わらない。 忘れようとした。何度も、何度も。でも、忘れられなかった。 忘れたふりをして日々を過ごしたこともあった。 でも結局、修司はいつも心のどこかにいた。 それがはっきりしたのは、十年ぶりに再会したあの日。 彼を見た瞬間、感情があふれて、止められなくなった。 ずっと目を背けてきた想いが、堰を切ったように暴れ出した。 抗うことのできない感情……。 それほど私は、修司を求めていたんだ。 これは、理屈じゃない。 出会ったあの瞬間から、運命はもう動き出していたのかもしれない。 もちろん、彼の父のことも兄のことも許せない。 あの人たちのしたことは、絶対に忘れない。 何度も憎んだ。 何度も、殺してやりたいとすら思った。 でも、そのたびに修司の顔が浮かんだ。 離れてわかった。 一緒にいられないことの方が、ずっと苦しいってこと。 私は自分から距離を置いた。でも、それは間違いだった。 離れることの方が、何倍も痛くて、辛かった。 再会してからも、触れるたび、話すたび、近づくたび――苦しかった。 でも、嬉しかった。 顔を見られること。声を聞けること。 触れられること。隣にいられること。 そのすべてが、何よりの喜びだった。 修司はきっと、真実を知れば、傷つき、苦しみ、自分を責める。 そして、私のために身を引く。 優しいからこそ、そうするだろうってわかってた。 だから、私は真実を隠してたんだよ。 でも、結局あなたは離れていくんだね……。 つらくて、せつなくて……悔しいよ。 私があなたのもとを去った
last updateLast Updated : 2025-08-27
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第五十話 歩き出す、ひかりの中で

【二〇二五年 修司】 警察署を出ると、目の前に広がる空があまりにも青くて、思わず目を細めた。「……いい天気だな」 まるで何かを祝福するかのように、太陽は高く輝いている。  いや、ある意味では、本当に祝福されるべき日なのかもしれない。 これで、杏の父親の冤罪が晴れる。 俺はすべてを告白してきた。  父と兄が何をしたのか、杏の父親に対してどれほどの罪を犯したのかを、全て。 警察内部で話したところで、父の影響力で揉み消される可能性がある。  そう考えた俺は、警察庁長官へ直接報告し、さらに報道陣へも情報をリークした。  情報は瞬く間に広がり、緊急会見が開かれることになった。 俺はその会見に出席し、自らの口で父と兄の罪を明かした。  これでもう、逃げることも隠れることもできない。 スマホが鳴り続けている。  父と兄からの着信、報道関係者や関係者からのメッセージ。  すべて、無視した。 ……ただ、一件だけ。 画面に表示された名前を見た瞬間、指が止まる。  それは、無視できるはずもない名前だった。「はい、もしもしっ」 胸の奥で、ドクンと心臓が跳ねる。『……もしもし?』 その声だけでも、誰だかわかる。「どうした? 杏」『テレビ……見た』「ああ、そっか」 静かな沈黙のあと、杏が小さく言った。『今から、会えないかな?』  【二〇二五年 杏】 電話を切ったあと、私は急いで支度を整え、玄関で靴を履いた。「行くの?」 背後から聞こえた声に、ゆっくりと振り返る。 新がいた。  優しい笑みを浮かべて、こちらを見つめていた。「……うん、私、行く」 しっかりと頷くと、新はふっと微笑んだ。「うん、そうだと思った。やっと答えが出たんだね」
last updateLast Updated : 2025-08-29
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第五十一話 重なる想い、永久に①

【二〇二五年 杏】 そのとき、遠くから駆けてくる足音がした。 私は思わずそちらへ視線を向ける。  陽光に照らされた遊歩道の先、まっすぐにこちらへ向かってくる人影…… 修司だった。 駆け寄ってきた修司は、息を切らしながら目の前で立ち止まる。  そして、少し息を整えると、ニコッと優しく微笑みかけた。「杏……お待たせ」 その眼差しに、胸がきゅっとなる。  声も、姿も、仕草も、すべてが愛おしくて。ときめいてしまう。 心のままに駆け寄り、修司に飛びついた。「……っ、杏?」 戸惑いの混じった声が耳元で聞こえる。  けれど、構わずぎゅっと抱きしめた。 彼の呼吸、体温、鼓動。 そのすべてに包まれ、満たされていく。「修司……修司っ」 力いっぱい抱きしめると、修司もゆっくりと私の背に腕を回し、そっと抱き返してくれた。 そのぬくもりに、涙が滲みそうになる。「どうした?」 その問いには答えず――  私はただ、修司の胸に顔を埋めたまま、しばらく身を委ねていた。  落ち着きを取り戻した私は、修司と並んでベンチに腰を下ろした。 あのときと同じ場所なのに、今はまるで違う。  穏やかで、あたたかな空気が流れている。 そう感じるのは、私の気持ちが違うから……なのかな。 修司は何かを思い出したように立ち上がり、近くの自販機へと向かった。 そして、手にホットコーヒーとホットココアを持って戻ってくる。「どっち?」「……こっち」 私はホットコーヒーを選んだ。「あれ? 俺がココア?」「そう、今はそういう気分なの」 修司の間抜けな表情が可笑しくて。  私が悪戯っぽく笑うと、修司も照れたように笑った。 「……会見、見たよ」「うん」 優
last updateLast Updated : 2025-08-30
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