【二〇二五年 杏】 それから、さらに四年の月日が流れていった。 私と新の暮らしは穏やかで、静かで、何より幸せだった。 二人で過ごす、普通で、特別でもなんでもない毎日。 それが、どれほどかけがえのないものかを、私たちは誰よりも知っていた。 そうそう、時々、松下さんからの手紙も届いていた。 きれいな封筒に丁寧な文字。 届くたびに、新と二人で並んで座って、楽しみに開封する。 お返事を書いたあとは、またお屋敷に招待されて、お茶を飲みながら松下さんとたわいない話をして。 こんな日々が、いつまでも続くものだと、信じて疑わなかった。 もう二度と、悲しいことも、苦しいことも、起こらないんだって。 過去は過去、私たちは乗り越えたんだって、そう思ってた。 ――でも、現実は違った。 そんな虫のいい話はなかった。 神様は、やっぱり意地悪だ。 「まだ終わっていない」と言わんばかりに、過去は私を手放してはくれなかった。 あの頃の苦しみが、置いてきたはずの痛みが、またもや私を追いかけてくる。 せっかく、忘れられる時間が少しずつ増えてきたのに。 あんなに努力して、必死で忘れようとしてきたのに。 ……突然、彼は現れた。 月ヶ瀬修司――。 できることなら、再会なんてしたくなかった。 たとえそれが本心じゃなくても、そう思い込もうとした。 私が私に嘘をつくのは、たったひとつの、小さな幸せを守るため。 なのに……。 どうして、あなたは私の前に現れるの? どうして、私の心をかき乱すの? °˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖° あの日、会社の屋上で修司と言い争ってから、私の心はずっと荒れたままだった。 気持ちはぐらぐらと揺れ、どこへ向かえばいいのかわからなくなる。 一人では抱えきれなくて、苦し
Last Updated : 2025-07-09 Read more