All Chapters of どうしてあなたを好きになってしまったんだろう: Chapter 41 - Chapter 50

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第二十六話 揺れる心、差し伸べられた手①

【二〇二五年 杏】 それから、さらに四年の月日が流れていった。  私と新の暮らしは穏やかで、静かで、何より幸せだった。 二人で過ごす、普通で、特別でもなんでもない毎日。 それが、どれほどかけがえのないものかを、私たちは誰よりも知っていた。  そうそう、時々、松下さんからの手紙も届いていた。  きれいな封筒に丁寧な文字。  届くたびに、新と二人で並んで座って、楽しみに開封する。 お返事を書いたあとは、またお屋敷に招待されて、お茶を飲みながら松下さんとたわいない話をして。  こんな日々が、いつまでも続くものだと、信じて疑わなかった。 もう二度と、悲しいことも、苦しいことも、起こらないんだって。  過去は過去、私たちは乗り越えたんだって、そう思ってた。 ――でも、現実は違った。  そんな虫のいい話はなかった。 神様は、やっぱり意地悪だ。 「まだ終わっていない」と言わんばかりに、過去は私を手放してはくれなかった。 あの頃の苦しみが、置いてきたはずの痛みが、またもや私を追いかけてくる。 せっかく、忘れられる時間が少しずつ増えてきたのに。  あんなに努力して、必死で忘れようとしてきたのに。  ……突然、彼は現れた。 月ヶ瀬修司――。  できることなら、再会なんてしたくなかった。  たとえそれが本心じゃなくても、そう思い込もうとした。 私が私に嘘をつくのは、たったひとつの、小さな幸せを守るため。 なのに……。 どうして、あなたは私の前に現れるの?  どうして、私の心をかき乱すの?  °˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°  あの日、会社の屋上で修司と言い争ってから、私の心はずっと荒れたままだった。 気持ちはぐらぐらと揺れ、どこへ向かえばいいのかわからなくなる。  一人では抱えきれなくて、苦し
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第二十六話 揺れる心、差し伸べられた手②

【二〇二五年 杏】 ゆっくりとチャイムを鳴らすと、すぐに門が開き、背の高い執事が出迎えてくれた。 礼儀正しく、でもどこか親しみのこもったその態度に、ほんの少し気持ちが和らぐ。  案内されて、私はお屋敷の奥にある応接間へと向かった。 執事が軽く一礼し、部屋の前で控えていたメイドに小さく合図を送る。  メイドは優しく微笑み、扉を開けて私を中へと案内した。 深いソファに腰を下ろす。 何度も来たはずなのに、ここへ来るたび、やっぱり緊張してしまう。 ドラマやアニメに出てきそうな、まるで夢のような立派な屋敷。  見上げるほど高い天井に、どこまでも大きな窓。 どこを見ても、ため息が出るほど美しく整えられた空間。 けれど、不思議と落ち着く。  なぜだろう、と考えるまでもなく、答えはわかっていた。 ここは、松下さんの家だからだ。 どこまでも柔らかく、優しい空気が漂っている。 同じように立派だった修司の家とは、何かが決定的に違う。  あそこは、冷たく、よそよそしく、ギスギスしていた。  どこにも安らぎはなくて、心が休まる場所がなかった。 ――そんな家で、修司はずっと暮らしていたんだ。  そう思うと、胸が少し痛む。 はっとして、頭を振った。  また、修司のことを考えてしまっていた。 考えないって決めたはずなのに。 気を取り直して顔を上げた瞬間、扉が静かに開いて、メイドさんが入ってきた。  静かに台車を押して、私の目の前にぴたりと止まる。 そして、慣れた手つきで紅茶とケーキを並べ、やわらかな微笑みを浮かべて去っていった。 その所作も、無駄がなくて、それでいてどこか優しさを感じさせるものだった。  この家で働く人たちは、みんな、どこか温かい。 それはきっと、松下さんの人柄が作り出している空気なのだろう。  部屋は再び静かになった。 少しして、ガチャリと扉が開き、松
last updateLast Updated : 2025-07-10
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第二十七話 君のままで、ここにいて①

【二〇二五年 杏】「さて、じゃあ話を聞こうか」 私がケーキを食べ終え、紅茶をひと口飲んだタイミングで、松下さんが穏やかにそう言った。 ああ、そうだ。  私は話を聞いてもらいに、ここに来たんだった。  あまりの居心地の良さに、つい忘れかけていた。 それに……なんだか緊張してる。  どこから話せばいいんだろう。 私が少し躊躇っていると、「ゆっくりでいいよ」 そう言って、松下さんは優しく微笑んだ。「杏さんが話したいと思ったことを、話したいだけ話せばいい。焦らなくていいんだ」 その穏やかな声に、私の緊張もふっと緩んでいく。「……はい」 一度、大きく深呼吸してから、私はゆっくりと話し始めた。  そもそも、松下さんには修司のことを話したことはなかった。  だから、私は最初から話すことにした。 修司と初めて出会った日のこと。 それから、少しずつ距離が縮まっていって、お互いに惹かれ合い、付き合うようになった。  私にとって、どれほど彼が大切な存在だったのかということ。 そして、あの事件が起こって――それでも修司は、私を支え続けようとしてくれていた。 でも、私はある真実を知ってしまった。  そのせいで修司と向き合えなくなり、そして……自分から彼を遠ざけてしまったこと。 ずっと、忘れられなかった。  忘れようとすればするほど、彼の存在が自分の中で大きくなってしまって。  そのことで、すごく苦しんでいた。 なのに、また修司が私の目の前に現れて。私はどうしたらいいのかわからなくなっていること。 私は、事件の本当の首謀者が誰だったのか、その部分だけはあえて伏せた。  松下さんにそこまで話すべきじゃない。そう、自分の中で線を引いたから。 でも、それ以外は、包み隠さずに打ち明けた。 きっと、この人ならすべてを受け止めてくれる、そう思えたから。 そ
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第二十七話 君のままで、ここにいて②

【二〇二五年 杏】「そうか……それは、つらかったね」 松下さんは、ゆっくりと目を閉じてから、静かに言葉を紡いだ。「よく、ここまで頑張った。頑張ったね」 その声は、深く温かく、まるで傷口にそっと手を当ててくれるようだった。 松下さんが、ゆっくりと身を乗り出してくる。  そして、そっと腕を伸ばし、私の肩をやさしく抱いた。 まるで、大切なものを包み込むように。 次の瞬間、胸の奥に溜め込んでいたものが、一気に溢れ出す。 「……ふ、ひっ……うぅ……」 声にならない嗚咽がこぼれた。 張り詰めていた心の糸が、ぷつんと音を立てて切れ、  私はただ、子どものように松下さんにすがりついて泣いた。 恥ずかしいとか、思わなかった。  ただ、すべてを投げ出し、声をあげて泣いた。 松下さんは、何も言わず、ただ私の背中をゆっくりと撫で続けてくれた。 その大きな手は、とても、あたたかかった。  どれくらいそうしていたのだろう。  涙が少し落ち着いた頃、いつの間にか目の前に新しい紅茶のカップが置かれていた。 立ち昇る湯気が、ほのかにアールグレイの香りを運んでくる。 メイドさんがそっと微笑みながら一礼し、静かに部屋を後にしていくのが見えた。「紅茶を飲みなさい」 松下さんが優しく微笑む。「温かな飲み物は、気持ちを和らげてくれるからね」 私は黙って小さくうなずき、紅茶にそっと口をつけた。  あたたかな液体が喉を通り、冷えた胸の奥をゆっくりと満たしていく。 それだけで、張りつめていた心が、少しずつほぐれていくのを感じた。 松下さんが、ふっと息をつく。  その気配に顔を上げると、まっすぐに見つめるその瞳と視線が重なる。「それで……杏さんは、どうしたいんだい?」 松下さんの問いかけは、まるで心の奥にそっと触れてくるようだった。「……え?」
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第二十八話 夜の帳に潜む運命、再会は静かに

【二〇二五年 杏】 松下さんのお屋敷を出た帰り道、私は一人で街を歩いていた。 行き交う人々の中に、手をつないで歩くカップルが何組もいる。  その幸せそうな笑顔に、思わずため息がこぼれそうになる。 ……いいなあ。 そんな気持ちが顔に出そうで、私は慌てて首を小さく振った。「だめ、だめ、暗いぞ自分……」 気持ちを切り替えるようにそう呟くと、私はふと思い立ったように、足をある場所へ向けた。  そこは、雑居ビルの一角にひっそりと佇む、小さなおしゃれなバーだった。 店の名前は『エル』。  知る人ぞ知る、隠れ家的なバーだ。 場所も目立たないし、看板も控えめだけど、女性客には密かに人気がある。  その理由のひとつは、店を切り盛りしているバーテンダー……伊藤(いとう)くんの存在だった。 私は、数年前、ふらりとこの店に立ち寄ったのがきっかけで、ちょくちょく通うようになった。  仕事帰り、疲れた日、落ち込んだ日、何かから逃げ出したい夜――。 特に、修司のことを思い出して心がざわつくときは、この店にふらっと立ち寄ることが多かった。 新には、ここへ来ていることを話していない。  こういう場所へ足を運んでいることを知れば、またあの子は心配をする。  理由も理由だしね……。 とにかく、これ以上負担をかけたくなかった。  ただ静かに、誰にも気づかれず、ひとりで過ごしたい。  そんなとき、私はここに足を運ぶのだ。 この店は、私にとって、心安らげる場所のひとつ。  いつものように、カウンター席の一角に腰を下ろす。  そこはもう私の“指定席”のようなもので、店に入ると何も言わずに席が空けられていることが多い。  そして、これまたいつものお気に入りのカクテルを注文する。 数杯をゆっくり楽しんでいるうちに、体がほんのりと熱を帯びてくる。  頬がぽわんと火照って、心地よい酔いが巡る。
last updateLast Updated : 2025-07-12
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第二十九話 紅いカクテルと黒い決意、仮面をかぶる夜①

【二〇二五年 杏】 「どうぞ……」 私がそう言うと、雅也は嬉しそうに笑って、隣の席に腰を下ろした。 「いやあ、先ほどからあなたのことが気になっていて、つい声をかけてしまいました」 「そう……ですか」 さっきまでほんのり感じていた酔いは、あっという間に引いてしまった。  私は、目の前に座ったその男をじっと見つめる。 ――月ヶ瀬雅也。 父の敵。  決して忘れられない、いや、忘れてはいけない男。 胸の奥がじくじくと痛む。  あの時の感情が、瞬く間に甦る。 私がどんな表情をしていたのか、自分ではわからない。  でも、きっと……目には憎悪が滲んでいたと思う。 私の異様な空気を察したのか、雅也は少し焦ったように眉を下げた。「申し訳ない。いきなり声をかけて、気を悪くされましたよね?  本当にすみません。でも……ここで声をかけなければ、きっともう二度とお会いできないと思って。  もしよろしければ、一杯だけ、お付き合いいただけませんか?」 そう言って、潤んだような瞳でこちらを見つめてくる。 なに……?  まさか、私に気づいてないの? 私は目の前の男を冷静に見据える。 確かに、会ったのは十年前。  あの頃は、私はまだ子どもで、化粧っ気もないし、格好にもそれほど気を遣っていなかった。 こいつからみたら、ただの小娘だったのだろう。  眼中になかった……ということか。 覚えていなくても、不思議じゃない。 ……でも、それにしても―― まさかこいつ、私を口説いてる? 雅也の態度から、とんでもない推測に至ってしまった私は内心笑ってしまう。 まさか、そんなこと。  でも、確かめてみるか……。 動揺を隠しつつ、私は雅也に微笑み返す。「いえ、こんな風に声をかけられたことがなかったもので。  ちょっと驚いてしまいました。
last updateLast Updated : 2025-07-13
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第二十九話 紅いカクテルと黒い決意、仮面をかぶる夜②

【二〇二五年 杏】 雅也が私にカクテルを注文した。「僕のおごりです」 にこやかな笑顔を私に向けてくる雅也。  私は睨みつけたい感情を必死に押さえながら、にこりと微笑み返す。 雅也の頬が赤くなった。 まさか、私に惚れるなんて……。 これは、運命なのかな――  それともやっぱり、兄弟ってこと? 私が好きなタイプ? ふと修司の顔が頭をよぎった。が、すぐに打ち消した。  今はそんなことを考えていちゃダメだ。 そっちに意識を取られ、機を逃しては元も子もない。 雅也が頼んでくれたカクテルが私の前へと差し出された。 『ハート・オブ・ローズ』 ……名前の通り、ロマンチックで華やかなカクテル。  バラの香りや色を感じさせ、愛を伝える時にも使われることがあるカクテルだった。 これが私へのメッセージってこと?  私に一目惚れしたって? 冗談じゃない!  あんたが私の父親に何をしたと思っているの! 私は歯を食いしばって、震える体をなんとか抑え、怒りに耐えた。 腹わたが煮えくり返りそう。  気が狂いそうなほど、こいつが憎い。 でも、ダメ……杏、我慢よ、我慢。 私は下の方で隠している手をぎゅっと握りしめた。「美味しそうなカクテル……いただきます」 カクテルに口をつける。  美味しい……甘さと酸味、そして香りが絶妙に調和している。 さすがね。と私はマスターの伊藤くんを見つめた。 先ほどから彼は、私と雅也をちらちらと窺うように見つめてくる。 誰ですか? どうしたの? という声がその視線から聞こえてきそうだ。  いつもと違う私に、少し動揺しているのかもしれない。 伊藤くんは何も知らない。  ここは平然としなければ。 大丈夫、というメッセージを視線に込め、伊藤くんを見つめ返した。「君に相応しいカクテルでし
last updateLast Updated : 2025-07-13
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第三十話 届かぬ想い、揺れる夜①

【二〇二五年 杏】 「ただいまあ~」 千鳥足で玄関を開けると、ちょっと不機嫌そうな顔をした新が待っていた。「姉さん、いったい今何時だと思ってるの?」 玄関にしゃがみ込み、靴を脱ごうとする私。  けれど、酔いで手元がおぼつかず、もたもたしてしまう。 見かねた新が私の靴を脱がせ、そのまま肩を貸して立たせてくれる。 ――ああ、飲みすぎたかも。 あいつ、意外と酒が強くて……調子に乗って一緒に飲んでたら、すっかり酔いが回ってしまった。  もしかして酔わせてお持ち帰りでも企んでた? あいつならありえるかも。 途中で伊藤くんが止めてくれなかったら、ほんとに危なかったかもしれない。  次に行ったとき、ちゃんとお礼言わなきゃ。 それにしても……ちょっと反省。 これでは、なんのために月ヶ瀬雅也に近づいたのかわからない。「今日は松下さんのところに行くだけじゃなかったの?  それなのに、遅いから心配したよ。電話だって何回もかけたのに、全然繋がらないし……」 気づけば私は、自分の部屋のベッドにいて、  新はぶつぶつ文句を言いながら、水を手渡してくれた。    私は精いっぱいの笑顔を浮かべ、ご機嫌取りにかかる。「ありがとう……ごめんね、心配かけて。でも、いい知らせがあるよ」 にやりと笑うと、新は眉をひそめ、疑わしげな目で私を見つめた。「何? 嫌な予感しかしないんだけど」 腰に手を当てたその表情は、完全に呆れ顔だ。  酔っ払いの戯言だとでも思っているのだろう。「……月ヶ瀬雅也に会ったの」「え! あいつに?」 新が身を乗り出す。  その剣幕に、私は一瞬たじろいだ。 驚かせるとは思っていたけれど、想像以上の反応だった。「う、うん。私もびっくりしたよ。  いつも行くバーで、偶然声をかけてきてさ。  あいつ、私のこと全然気づいてないの。それに……どうやら私に好
last updateLast Updated : 2025-07-14
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第三十話 届かぬ想い、揺れる夜②

【二〇二五年 新】 姉さんと言い争いをしてしまった。 頭を冷やそうとキッチンへ向かい、コップに水を汲んで一気に飲み干す。「はあ~っ……」 大きなため息が漏れた。 閉じられた姉さんの部屋のドアを見つめながら、怒鳴ってしまったことを少し後悔する。 まさか、あの月ヶ瀬雅也という名前が姉さんの口から出てくるなんて……。  僕としたことが、取り乱してしまった。 月ヶ瀬雅也――父や僕たち、家族を地獄に突き落とした男。 また、僕たちの前に現れるなんて。 修司さんが姉さんの前に現れて、うろついてるだけでも気に食わないのに。  それなのに、あいつまで! よりによって、雅也に会ってしまうとは。 正直、あの家族にはもう二度と関わりたくなかった。  あいつらは、僕や姉さんの心をかき乱し傷つける。 ……絶対に、許せない。 痛いほど、拳をぎゅっと握りしめる。  喉の奥から怒りがこみ上げてきて、叫びたくなるのを必死で堪えた。 僕たち家族を壊した奴らじゃないか。 でも――姉さんは、いまだに修司さんのことを忘れられないようだ。 それはそうだろう。  だって、嫌いになって別れたわけじゃない。 でも、だからこそ……二人は一緒にいないほうがいい。  一緒にいると、どうしてもあの事件のことが思い出されて。 姉さんはその度に、傷つく。 あの事件の記憶を呼び起こす存在に、姉さんを近づけたくない。 修司さんもやっかいだが、今は雅也の方が問題だ。  どうしよう……。 僕は部屋の端から端を何度も往復しながら考えた。 姉さんを守らないと。  せっかく築き上げてきた二人の幸せな暮らしを、壊させはしない。 いったい、どうすれば。 ……ふと、姉さんの顔が浮かぶ。 視線が姉さんの部屋へと向き、気づけば、部屋の前に立っていた。
last updateLast Updated : 2025-07-15
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第三十一話 恋の仮面、復讐の影①

【二〇二五年 杏】 次の日、すぐに雅也から連絡がきた。『迷惑かなと思ったんだけど、君のことが忘れられなくて。  一度だけでいい、どうかデートをしてほしい』 デートのお誘いだった。  雅也は、どうやら完全に私に入れ込んでいるようだ。 やっぱり、このチャンスを逃す手はない。 新に言われたことも理解できるし、その気持ちも痛いほどわかってる。  でも、ずっと我慢していた私の中の復讐心が、膨れ上がるのをもう抑えられなかった。 その気持ちに、抗えそうにない。 ……ごめんね、新。 心の中で弟に懺悔しながら、私は復讐への一歩を踏み出してしまった。   そして、雅也とのデート当日がやってきた。 今日は日曜日。  いつもなら昼近くまで寝ている私だけど、この日は違った。 朝早くに目を覚まし、てきぱきと支度を始める。 鏡の前に座って、いつもよりずっと丁寧に化粧を施す。  普段なら十五分もかからないところを、一時間以上かけた。 よし、ばっちり。 これで雅也は、もっと私に夢中になるはず。 鏡に向かってニコッと微笑んだ。「けばい……」 鏡越しに覗き込んできた新が、渋い顔でつぶやいた。  かなり嫌そうに眉をひそめている。「姉さん、なんなのその化粧……。僕、好みじゃないよ」「べ、別に、あんたの好みなんてどうでもいいの!」 せっかく時間をかけたのに。  否定され、ムッとした私は頬を膨らませた。 新を無視して髪を整える。「ねえ、姉さん……今日どこへ行くの? そんなにお洒落して」 怪しむような目つきで、鏡越しに私を見つめてくる新。 ぎくりとしながら、私は手をひらひらと振って、新を遠ざける。「うるさいな。いいでしょ、どこだって」 ……雅也って、たぶん色っぽい雰囲気が好きそうだし、軽く巻いて
last updateLast Updated : 2025-07-16
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