All Chapters of どうしてあなたを好きになってしまったんだろう: Chapter 51 - Chapter 60

74 Chapters

第三十一話 恋の仮面、復讐の影②

【二〇二五年 杏】「ふーん、そう……」 新はじとっとした視線を送ってきたものの、あっさりと引き下がった。 鏡越しに見える新の背中を見つめながら、内心ほっとする。 ……なんとか誤魔化せたみたい。 この前のこともあるし、正直に話したらきっと新は猛反対するだろう。  なら、黙ってるしかないじゃない。 復讐は、私一人でやる。  もう大人なんだし、きっとうまくやれる。 なぜか私は、自信満々だった。 準備を終え、玄関へと向かう。「姉さん、行ってらっしゃい」 いつもと変わらず、にこやかに送り出してくれる新。  その笑顔を見て、胸がちくりと痛んだ。 私、嘘ついてる。 新に嘘なんて、あまりついたことなかったのに。  いや、あったかな?  でも、悪意のある嘘はなかった。 これだって、別に悪意があるわけじゃない――そう言い聞かせ、自分を納得させる。「いってきます」 精いっぱい、いつも通りの笑顔でそう返したつもりだった。 だけど、新は鋭いからなあ。  バレてないといいけど……。  人混みの中を小走りで駆け抜けていく。 しまった……待ち合わせ、五分過ぎてる。  たった五分だけど、やっぱり印象悪いかな。 いや、落ち着け。  向こうが私に惚れてるんだから、多少の遅れくらい、気にしないはず。 そう思って、走っていた足を緩めた。  息を整えながら顔を上げると、視線の先に――すぐに見つけてしまった。 駅前で立っている、月ヶ瀬雅也の姿を。 どんなに人混みに紛れていても、なぜか目に入ってしまう。  ……この忌々しい感覚。嫌だけど、こういうときだけはありがたい。 私は雅也の背後からそっと近づき、声をかけた。「お待たせしました」「あ、杏さん!」 嬉しそうに笑顔を浮かべる雅
last updateLast Updated : 2025-07-16
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第三十二話 きらめきの影、微笑みの裏で①

【二〇二五年 杏】 映画が終わり、お昼休憩をとるため、私たちはレストランへとやってきた。 雅也が予約をしていてくれたようで、混んでいたにもかかわらず、すんなり席へと案内された。 とても高級そうなところだ。  フレンチかイタリアンか、そういう料理が出てきそうな店の雰囲気。  静かにクラシック音楽が流れている。 ……女性を口説く時に、いつもここへ連れてきているのだろうか。 私は呆れたように雅也を眺めた。  いかにも、こいつが好みそうなところだ。 席に着き、注文を終えた私が一息ついたとき、雅也が声をかけてきた。「よかったですね、映画。杏さんは楽しめました?」 突然の問いかけに、少し焦りながらも正直な感想を伝える。「ええ、よかったです。二人の恋愛模様がとても切なくて、涙が出そうになりました」 これは本音だった。  どこか物悲しい恋愛映画で、私は勝手に修司のことを思い出してしまい、危うく泣きそうになってしまった。 雅也とのデート中に、修司を思い出すなんて。  ……ほんと、自分でも笑えてくる。何やってるんだろ。「そうですよね……素敵でした。  あの二人のように、私も好きな人に想われたいものです」 雅也の瞳がゆらゆらと揺らめき、熱い視線が私に注がれる。  けれど、そんなふうに見つめられても、私の心は冷めきっていた。 ただ、仕方ないので少しだけ微笑んでおく。  食事も終盤に差しかかったころ、雅也が何やらウエイターにこそこそと話しかけていた。 いったい、何を話しているんだろう?  気になった私は、声をかけてみた。「あの……何か?」「いや、何も」 そっけない返事に、少し焦る。 まさか、私が何かしでかした?  それで機嫌を損ねた?  惚れやすい人って、冷めるのも早いっていうし……。 まあ、嫌われたなら、それはそれで。 この人とは
last updateLast Updated : 2025-07-17
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第三十二話 きらめきの影、微笑みの裏で②

【二〇二五年 杏】「え?」 私は驚いて辺りを見回す。  他のお客さんたちもざわめきながら、周囲に目を配っている。 雅也を見ると、彼はまるで驚いていない。 次の瞬間、私と雅也だけを照らすスポットライトが灯った。 暗闇のなかで、私たち二人だけが浮かび上がっている。 な、何これ? 戸惑っていると、雅也が満面の笑みを浮かべた。「え……これは、いったい」 驚いて目を瞬かせる私に、雅也が細長い箱を差し出す。「杏さん、あなたのことが好きです。どうか俺と付き合ってほしい」 箱の中から取り出されたのは、光り輝くネックレスだった。 一目でわかる。  これは、相当高価な品。「あ……あの」 私は完全に動転していた。 こんなことって、ある?  まだ付き合ってもいないのに、こんな演出? いや、これって……プロポーズのレベルじゃない? やっぱり金持ちの考えることはわからない。 呆然としたまま動けずにいると、雅也が席を立ち、私の背後へ回り込む。  次の瞬間、ネックレスが私の首にかけられた。 私はまだ、何も返事していないのに――勝手に進めるな! 心の中でそう毒づきながらも、それを顔に出すことはしなかった。「うん、素敵だ。とてもよく似合ってる」 耳元で囁かれた声に、吐き気が込み上げる。  それでも私は必死にこらえた。「あ、ありがとう……でも、驚いた。  こんな高価なもの。もし、私が断ったらどうするの?」 窺うように視線を向けると、雅也は余裕の笑みを返した。「俺を振る女なんて、いない。そうだろ? 杏さん」 くすくすと可笑しそうに笑う彼を見て、私は心底腹が立った。 ――なんなの、この頭クルクルパーは! 自分がどれだけいい男だと思っているんだか。  本来なら、おまえなんかけちょんけちょんに振っ
last updateLast Updated : 2025-07-17
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第三十三話 路地裏の再会、計画外の痛み①

【二〇二五年 杏】 まだ季節は秋というには早い、夏の終わり。 だから、ベタベタされるのはとても不快だった。  普通でも不快なのに……。 私は隣にいるそいつを密かに睨みつけていた。 この男ときたら、付き合ったばかりだというのに、もう遠慮なく私に触れてくる。 虫唾が走るのを懸命に堪えていた。  レストランでの、あのこっぱずかしい告白のあと。 帰り道、雅也は「送っていく」と言って聞かず、私の手を握ってきたのだ。  本当は気持ち悪くて今すぐにでも振り払いたかった。  けれど、今は我慢のとき。 私は唇をかみしめる。 駅までの道を、まるで恋人のように手をつなぎ、憎い相手と並んで歩く。  こんな屈辱が他にあるだろうか。 はあ……私、何やってるんだろう。 こんな復讐計画、立てるんじゃなかった――今になって、猛烈にそう思いはじめていた。「ねえ、杏……」 雅也が名前を呼ぶ。 いきなり、呼び捨て!? とくに寒くもないのに、寒気が背筋を走った。 その呼び方、やめてほしい。  そう呼んでいい人は、一人だけ。 脳裏にまた修司の顔が浮かんでしまい、私は目をぎゅっと瞑ってその映像をかき消した。「あの、まだお付き合いしたばかりなので、その呼び方はちょっと……」 湧き出る怒りを抑えつつ、なんとか笑顔を作る。「え? いいじゃん。杏って可愛い名前だし。俺のことも雅也でいいよ」 あっけらかんと笑う雅也を見て、私の怒りはもう限界寸前だった。 こんなにも気分が悪くなるものなんて、思わなかった。  やっぱり、この計画……やめようかな。 そう考え始めたそのとき。 突然、腕を引っ張られる。 人通りの多い大通りから外れ、雅也は私を無理やり人気のない路地裏へと連れていった。 気づけば、背中が壁に押しつけられていて――目の前には雅也の顔。
last updateLast Updated : 2025-07-18
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第三十三話 路地裏の再会、計画外の痛み②

【二〇二五年 杏】 一瞬、幻かと思った。  あまりにも修司のことばかり考えていたから、ついに幻覚でも見始めたかと。 けれど、それは違った。  彼は、確かにそこにいた。 私の瞳に、彼の横顔が映っている。「ってめぇ、何すんだ!」 突き飛ばされた雅也が怒鳴りつける。  だが、すぐにその目が見開かれ、驚きに変わった。「し、修司……? なんで、おまえが」 ゆっくりと歩み寄りながら、雅也は修司をじっと見つめた。 私も、ただ修司を見ていた。  正しく言えば、見惚れていた。 視線を、どうしても外すことができなかった。「別に、たまたま二人を見かけて、それで……。  ていうか、兄さん、彼女に何しようとしてたんだよ?」 修司が、じとっと雅也を睨む。「なにって! 恋人といちゃついてたんだ、悪いか?」 何の悪気もなさそうに言う雅也に、私はあきれ果てた。 私、明らかに嫌がってたけど?「こ、恋人!?」 修司は驚き、目を丸くして私を見る。 私は視線を逸らした。  気まずさで顔が熱くなる。 こんなところで修司が現れるなんて。 ……想定外すぎる。「そうだ、ちょうどいいや。  紹介するよ、俺の彼女の佐原杏さんだ。可愛いだろ?」 雅也が私の肩を抱き寄せ、修司に笑いかける。「……え? え! あ、ああ」 修司は戸惑い、どこか呆然としながら私と雅也を交互に見つめた。 当然だ。  つい最近再会したばかりの私が、いつの間にか兄と恋人関係になっている。  彼にとっては、まるで青天の霹靂だろう。「え? ちょっと待って……二人って知り合いだったの? あれ、いつから?」 我に返った修司が、慌てて問いかける。「なんだよ、そんなにうろたえちゃって。杏が可愛いから、動揺してんのか?  おまえにはやらな
last updateLast Updated : 2025-07-19
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第三十四話 惑う視線、隠された本音①

【二〇二五年 修司】 まだ兄は帰っていない。  俺は先に家へ戻ってきたようだ。 それはそうか……兄さんは杏といた。  彼女を送ってから、帰ってくるはずだ。 先ほど目の当たりにした衝撃の光景が、頭の中で何度もリピートされる。 兄が杏にキスを迫ろうとし、彼女が明らかに戸惑っていたあの瞬間。 そして、兄の口から聞かされた「彼女」だという紹介。  何がどうなっているのか、まったく理解が追いつかない。 家は静かだった。  父はまだ帰宅していないようだ。 その静けさの中、一人きりのリビングで、頭を抱える。 なぜ、杏が兄さんと……?  あの二人、いつからの関係だ? まさか、十年前から――いや、それはない。 あの時、兄は杏に特別な興味を示してはいなかった。  その後の十年間、俺は杏の行方を探し続けていたのに、兄が接触していたなら絶対に気づいていたはずだ。 ということは、最近偶然再会した?  でも、それですぐに付き合うって。いったい、なんで!? わからない……! もやもやと悩んでいたとき、玄関の扉が開く音がした。「ただいまあ」 兄の声だった。  反射的に玄関へ向かう。「おかえり、兄さん」 笑顔を向けると、兄も軽く笑い返す。「お、ああ。ただいま、修司」 どこか浮かれた様子の兄は、鼻歌まじりにリビングへ入っていく。「兄さん」「あ?」「話があるんだけど」 声をかけると、兄の笑顔が一瞬で消える。「なんだよ、そんな怖い顔して。  ははーん、さてはあれだな、杏のことだろ」 ドキリと胸が跳ねる。  どうしてすぐにわかったんだ。 動揺を隠せずにいると、兄がニヤつきながら近づいてくる。「杏、可愛いからなあ。惚れたか? あれは俺の女だから、あきらめろ」 耳元で
last updateLast Updated : 2025-07-20
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第三十四話 惑う視線、隠された本音②

【二〇二五年 杏】 夕焼けが照らす道を歩きながら、私は深く息を吐いた。 今日は、どっと疲れた。  あの大嫌いな雅也とずっと一緒にいたうえに、彼のしつこさに耐え続けたせいだ。 ニヤつきながら馴れ馴れしく触れてきた雅也の姿が脳裏にちらつき、寒気がして、ぶるっと肩をすくめた。 見慣れた住宅街の静かな道――車が二台すれ違えるほどの幅で、人通りもほとんどない。  この道をまっすぐ歩けば、家に辿り着く。 だけど……今日みたいに、あいつと並んで歩くなんて、まっぴらごめんだ。 胸の奥にじわじわと怒りが込み上げるなか、私はさっきのやり取りを思い出した。 雅也は駅に着くと、しつこく「家まで送る」と言い張った。  それを丁重に断り、なんとか別れることができた。 粘り強いというか、あれはもう執念深いレベル。 ……それも疲れの原因だろう。 あいつ、家まで送って、帰り狼になるつもりだったんじゃないの? そんな想像が頭をよぎるほど、雅也は女慣れしていて、遊び慣れているように感じられた。  どうせ、たくさんの女の子たちを泣かせてきたに決まってる。 本当に、最低なやつ。 それに比べて―― 修司は、父親にも兄にも似ていない。  あんな家庭で育ったとは思えないくらい、まっすぐで、優しい。 私の、大好きな人。 ……ダメだ。 また修司のことを考えてる。 メンタルが弱ってるのかもしれない。 でも、それもこれも。  やっぱり修司があの場に現れたせい。 よりによって、あんな場面で……。 私が雅也にキスされそうになっていた、まさにその瞬間に。 あー、やだ。 修司、どう思ったかな。  お兄さんと付き合ってるって知って、ショックだったかな?  それは、兄を取られたショック? それとも……私のこと、まだ好きだから? 思考が修司に占領されそうにな
last updateLast Updated : 2025-07-20
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第三十五話 弟の秘密、重なった鼓動①

【二〇二五年 杏】 家の窓から明かりが漏れている。 きっと新が待っていてくれているんだ。  そう思いながら、私はいつも通り扉を開けた。「ただいまー」 その瞬間、目の前の光景に足が止まる。  新が、女の子とキスをしていた。 玄関で抱き合い、夢中になって唇を重ねている。「えっ……」「あっ」「きゃっ」 私の声に、二人が驚いて離れる。「姉さん……」 新は気まずそうに視線を彷徨わせ、  女の子も真っ赤な顔でうつむいた。「あ、ご、ごめんなさい!」 私は慌てて玄関の外へ逃げ出し、扉を閉める。  胸がバクバクと音を立てていた。 深く息を吸って落ち着こうとしたそのとき、背後で玄関の扉がそっと開く音がした。 先ほどの女の子が顔を背けるようにして飛び出し、そのまま走り去っていく。  私は呆然と彼女の後ろ姿を見送った。「姉さん……とりあえず、入りなよ」 新が気恥ずかしそうに、けれど優しく声をかけてくる。「……う、うん」 なんだか恥ずかしくて、私は俯いたまま頷いた。  テーブルの前に座った私の前に、ホットコーヒーが差し出される。「どうぞ」 新が淹れてくれたようだ。  自分の前にもコーヒーを置いた新は、私の向かいに腰を下ろし、気まずそうに視線を泳がせる。「あ、ありがとう」 私は気持ちを落ち着けるために、それを思い切り飲み込んだ。「ごほっ、ごほっ……」 案の定、むせた。「姉さん、大丈夫? 慌てるからだよ」「はははっ、ごめんごめん」 新が心配そうに立ち上がり、私の背中を優しくさすってくれる。  その温かさに、少しだけ肩の力が抜けた。 しばらくして咳も治まり、ようやく息が整ったところで、私は静かに切り出す。「ねえ
last updateLast Updated : 2025-07-21
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第三十五話 弟の秘密、重なった鼓動②

【二〇二五年 杏】「別にいいだろ。いちいち姉さんに報告する義務なんてないし」 なぜか少し不機嫌そうな新。  私が戸惑っていると、新の表情がさらに曇っていく。「姉さんだって、勝手にいろいろやってるじゃないか!  昔だって修司さんと付き合ってたし、今だって……」 そこで言葉を飲み込む。 え? 今って、どういう――  まさか、雅也のこと?「待って、新。雅也さんのこと、言ってるの?」「そうだよ」「どういうこと? なんで知ってるの? 今日付き合うって決めたばかりなのに」 私が詰め寄ると、新は立ち上がって叫んだ。「どうでもいいだろ! 姉さんだって、いつも勝手に決めちゃうじゃんか!  あいつはダメだって言ったのに……」 苦しげに顔を歪める新。「新……ごめん、それは。  でも、どうしてもあいつをぎゃふんと言わせたいの。  今、私に夢中になってるから、その気持ちを逆手に取ってやろうって思ってる。  それくらいの復讐、してもいいでしょ?」 言い終えたとたん、新が肩をぐっと掴んだ。「そんなことして、何かあったらどうするの!?  あいつだって、いつか姉さんのことに気づくかもしれないんだよ!  ……あの家族とは、もう関わらない方がいい!」 至近距離から注がれる、真剣でまっすぐな眼差し。  怒っているというより、心から心配しているのがわかる。「新……ごめん。お姉ちゃん、ダメだね。弟にこんな心配させて……。  でも、大丈夫。私、こう見えて強いんだから。新も知ってるでしょ?」 少しでも安心させようと微笑んでみせたが、新の表情は険しいままだ。「何が強いだよ……たくさん、弱いとこ見せておいてさ」 新が、私を抱きしめた。  その腕の力に、息が止まる。「あ、新……どうしたの?」 どうも、様子がおかしい。  なんだか、いつもと雰囲気が違うような
last updateLast Updated : 2025-07-21
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第三十六話 痛いほど、好きだった 嘘と本音①

【二〇二五年 杏】 次の日、会社を出たところで、とんでもないものが私の視界に飛び込んできた。 修司だ!  なんで、こんなところにいるのよっ。 私は急いで背を向けた。 しかし、もう手遅れだろう。  先ほど、ばっちりと目が合ってしまったのだ。 後ろから、こちらへ駆けてくる足音がわずかに耳に届いた。 やばい……。 焦った私は、そのまま駆け出した。 このまま気づかぬ振りをして去ってしまおうと思った。  でも、そんなことできるわけもなく。「杏!」 近づいてきた修司に腕を掴まれてしまう。 そりゃそうだ、無謀だったのだ。  だいたい足のコンパスが違うし、男と女では走るスピードだって違う。  すぐに追いつかれることなんて目に見えていた。 ああ、私は何をやっているんだ。 心臓が早鐘を打つ。 昨日の今日でもう会うことになろうとは……。  心の準備ができていない。 観念した私がゆっくりと振り返ると、修司がいた。  切なそうな表情と眼差しを向けている。 ズキン。 胸が痛み、急いで顔を背けた。「な、何?」 大丈夫、落ち着くのよ。  冷静に、うん、まずは深呼吸しよう。 私は馬鹿みたいに、一人で深呼吸する。「あのさ……ちょっとでいいから、付き合ってほしい」 私の腕を握る修司の手に、そっと力がこもる。  背中に熱い視線を感じて振り返ると、真剣な表情の修司が、じっとこちらを見つめていた。 ドッドッドと心臓が鳴る。「い、痛い……」「……あ、ごめん」 修司が申し訳なさそうに眉をひそめ、私の腕からそっと手を離す。 どうしよう……。  ここで逃げても、きっと修司はまたやってくるだろう。 きっと、昨日のことだ。 雅也とのことを、修司は聞こうとしている
last updateLast Updated : 2025-07-22
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