伶は陰で人を刺すような真似はしない。もし刃を持つなら、必ず正面から突き立てる男だ。悠良はそのことを思い出し、少し心が軽くなった。「この身はすでに寒河江さんに抵当に入れてますよ?私に利用価値なんてもう......」「じゃあ、借りにしておく。後でゆっくり返せばいい」伶は空になったグラスを置き、布団をめくってベッドに入る。「さて、もう歌っていいぞ」悠良は時間を見やり、もう遅いことを確認すると、部屋の灯りを消し、ベッド脇の小さなナイトライトだけを残した。彼女はベッドの端に腰掛け、気持ちを整えてから歌い始める。あの、古くさい「White Love」。歌詞をほとんど忘れていたが、先ほど史弥と玉巳がいた時、こっそりスマホで検索し、隣の部屋で練習していたのだ。他にも準備していた曲があったのに、一曲歌い終える前に、伶の浅く安定した呼吸音が聞こえてきた。悠良はわざと数秒間黙り、反応がないことを確認してから部屋を出た。犬はドア口に伏せていて、彼女を見ると必死に尻尾を振る。本当は帰りたい。けれど心の中は落ち着かない。数日間ずっと史弥には「葉の家にいる」と言い訳していたのだ。このままではいつか嘘がばれるだろう。けれど、ここはあまりにも辺鄙な場所だ。今からタクシーを呼ぶのも難しい。まあ、仕方ない。我慢しよう。悠良は隣の客間に入り、灯りを点けると、すでにベッドが整えられていることに気づいた。さっきは史弥を避けることで頭がいっぱいで、部屋の様子など見ていなかったのだ。シーツに手を触れると新品で、生地は滑らかだった。ただ触れただけで、眠気が押し寄せてくる。それにしても、伶、本当に睡眠障害なんてある?睡眠障害の人が、あんなにすぐ眠れるもの?歌だって数分しか経っていないのに。悠良は頭を振り、余計なことを考えないようにして軽く身支度を整え、ベッドに横になった。――史弥と玉巳は警察署へ連行され、事情聴取を受けた。元々、大した事件ではなかった。とりわけ史弥が伶との関係を説明したことで、警察も確認を終えると、彼らを釈放せざるを得なかった。このとき初めて玉巳は真相を知った。彼女は信じられないという顔で、険しい表情の史弥を見つめる。「悠良さんは......寒河江社長が史弥の
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